162 隠された水着を暴け
薄着の女の子たちが眩しい夏学期がやってきた。さっそく湖畔の砂浜でバーベキュー大会を企画する。例によって例の如く、僕はモロリーヌの恰好にさせられてしまうのだけど、女子の水着姿が拝めるなら女装くらいどうということはない。
今年はシルヒメさんとブンザイモンさんの水着も用意した。シルヒメさんは白、ブンザイモンさんは黒で、デザインはどちらも一緒。一部にレースが使われている大人っぽいワンピース水着だ。水着エプロンというなかなかに刺激的な格好で肉や野菜を刺した串を焼いてくれている。
だけど、僕たち飼育サークルの生徒は遊ぶことが許されずつらい労働をさせられていた。
「全部、アキマヘン嬢のせいだね……」
「わっ、私が悪いんですかっ?」
イボナマコをギュウギュウと絞って、水面に浮かべたタライにイボ汁を吐かせる。どうしてかアキマヘン嬢が湖に入るとイボナマコが寄ってくるので、それに目を付けたプロセルピーネ先生にイボ汁搾りを命じられたのだ。以前捕まえたイボナマコは研究素材として高等研究棟で飼育されているのだけど、最近イボ汁の出が悪くなってきたという。飼育環境下には天敵がいないせいというのが先生の推論である。
「このナマコはヴィヴィアナが生み出した眷属なのです。盟約を交わした一族であるお前をヴィヴィアナと勘違いして寄ってきているのですよ」
タルトによると、湖が汚れているのを嫌ったヴィヴィアナ様が水を浄化するために生み出したのがイボナマコ。明るいうちは暗い湖の底に潜っていて、夜になると水面近くまで浮かび上がって汚れの原因になる藻やプランクトンなんかを食べているらしい。盟約を交わした一族の娘であるアキマヘン嬢はわずかにヴィヴィアナ様の魔力を帯びているのだけど、イボナマコには人族と精霊の判別がつかないので自分たちの主だと思って寄ってくるそうな。
「ありがたいお話と受け止めなければならないのでしょうけ――どひやぁぁぁっ!」
アキマヘン嬢が本日何度目になるかわからない悲鳴を上げた。ヴィヴィアナ様に構ってもらいたいのか、いたずら者のイボナマコが幾度となく彼女の身に着けている黄色いワンピース水着に滑り込んでくるのである。水着に忍び込む軟体動物という夢のようなシチュエーションに、ロゥリング族に転生した我が身の不運を呪わずにはいられない。
僕がイボナマコだったら、迷わずドクロワルさんの水着に侵入するのに……
「水から上がってはいけないのですか?」
「あんたがいなくなったら、イボナマコが底の方に潜っちゃうでしょ」
背中からわき腹のあたりに侵入したイボナマコをドクロワルさんに取ってもらいながらアキマヘン嬢が涙目で訴えたものの、無情なプッピーにあっさりと却下される。けしからんイボナマコはドワーフパワーで力一杯絞られ、ブチュブチュと先っちょからイボ汁をタライに吐きだした。いろんな意味で羨ましいと感じざるを得ないところだ。
「アキマヘンさんはイボ汁搾りが上手ですね」
「いえ……これを上手と言われましても……」
ドクロワルさんが素晴らしいとアキマヘン嬢を褒めている。僕たちではフルパワーで絞らないといけないのに、ヴィヴィアナ様にいいところを見せたいのか、アキマヘン嬢に軽くスリーエンドハーフこすられたイボナマコはギンギンに身体を強張らせてズビュビュっと大量のイボ汁を吐きだしてくれるのだ。それはもう微美穴先生の汁だらけ作品に劣らない勢いで、イボナマコがヴィヴィアナ様によって生み出されたというタルトの言葉を裏付けていた。
「ヌメヌメして気持ち悪いわ……」
「仕方ありませんわよ。先生にへそを曲げられては、騎獣が病気になっても治療していただけなくなってしまいますもの……」
隣のタライでは首席の他、ロミーオさんとダエコさんにシュセンドゥ先輩とクゲナンデス先輩がやっぱりイボナマコ相手に悪戦苦闘していた。首席は相変わらずキンキラキンの派手なゴールド水着。ロミーオさんとシュセンドゥ先輩は胸元や腰回りがフリルで飾られたかわいらしいビキニで、ダエコさんとクゲナンデス先輩は上衣がキャミソールみたいに長くて裾がヒラヒラしているタンキニである。こうしてみると、ドクロワルさんを除いた南部派は持たざる者ばっかりだ。地域性があるのかもしれない。
「役に立たない厄介者の代名詞だったイボナマコに、こんな使い道があるなんて思ってもみなかったわ。なんでも研究してみるもんね……」
「ええ。まさか、こんな生き物がヴィヴィアナ様の遣いだったなんて……」
専門課程の先輩ふたりはポジティブに受け止めていて、なんだか楽しそうにイボナマコを絞っている。シュセンドゥ先輩は東部派領にも生息していたら良かったのに零し、クゲナンデス先輩は気持ち悪いを繰り返すロミーオさんをヴィヴィアナ様の遣いに失礼だとたしなめていた。
そして、僕の水着のスカートを引っ張ってくる不埒者がひとり……
「はいはい。遊んであげるから引っ張らない」
尻尾を含めれば40センチくらいの大きさにまで成長したカソリエッタが僕に懐いてしまったのだ。カワウソなだけに泳ぎは達者。飼い主様に遊んでもらえないことがご不満らしく、この中で唯一泳げる僕をしきりに誘ってくる。仲良しの蜜の精霊が僕の頭上にフワリと舞い降りてきて、首席の額に青筋が浮かび上がった。
「ぐぎぎ……またしても……」
「だから、泳ぎを覚えなってあれほど……」
「だってっ、モチカがっ。モチカがっ……」
僕に頼ることは禁止。それは水泳も例外ではないらしい。ロゥリング族の力ではどんなに頑張ったところで搾れるイボ汁の量は微々たるもの。ペットが邪魔をしないよう相手してあげることにする。
「おのれっ。うぉのれぇぇぇ……」
殺意の魔力に目覚めた首席が手にしたイボナマコを千切れんばかりに絞り上げる。目前まで迫った死の恐怖に、ヴィヴィアナ様の遣いは大量のイボ汁を吐きだした。
カワウソというのは好奇心旺盛ないたずら者で、いつだったか首席が口にしていたとおり全然じっとしていない。蜜の精霊を頭にのっけたまま平泳ぎしている僕の周りを忙しそうに泳ぎ回り、隙を見つけてはよじ登ろうと圧し掛かってくる。こんな元気いっぱいに動き回っていたらお腹が空くのではないかと心配していたところ、突然深く潜っていったと思ったらザリガニを捕まえてきた。ハサミから尻尾の先まで20センチくらいありそうな奴で、必死にハサミを振り回して抵抗している。甲羅が固くて、まだカソリエッタでは仕留めきれないようだ。
「ほら、貸してごらん」
かわいそうだけど、カワウソに捕まった時点でこのザリガニの運命は決まってしまった。ボキリと尻尾をもいでむき身にしてあげると、カソリエッタは嬉しそうな鳴き声を上げて獲物をニッチャニッチャと噛み始める。この湖の生き物には寄生虫がいないのでお腹を壊す心配はない。
「そういうことは首席にしてあげなさいよ」
つまみ食いを終えたカソリエッタが僕の肩にしがみついて鼻先を頬にこすりつけてくる。どうやら、こいつはキス魔のようだ。生のザリガニを咀嚼した口でチュウを迫るのはエチケット違反だと思うのだけど、カワウソにそんな理屈が通用するはずもなかった。
「ああっ、伯爵だけずるいよっ」
背後から声がかけられる。こんな足の届かない場所まで来るとは何奴と思ったら、左腕を初めて見るゴーレム腕に換装したクセーラさんだった。浮袋機能に加えて、吸い込んだ水を勢いよく吐き出して進む推進機能を備えた水上航行用ゴーレム腕だそうな。なんかもう、ファンタジー世界のゴーレム使いではなく、SF作品に登場するサイボーグみたいだ。手首がなく、ジェットスキーを小さくしたような左腕に捕まってプカプカ浮きながら、ひとりだけカワウソと仲良くするなんてずるいと文句を言ってくる。
「そうでもないんじゃない」
カソリエッタはこのゴーレム腕がいたく気に入った様子。チョロチョロとよじ登ってはコロコロ転がって水に落ちる遊びを始め、蜜の精霊も僕の頭の上からゴーレム腕に移動した。
「かわいいねっ。かわいいねっ」
明るいオレンジ色のワンピース水着に身を包んだクセーラさんが見て見てと顔を綻ばせる。ゴーレム腕に引っかけることを気にしているのか、右肩だけのワンショルダータイプだ。カワウソと精霊が懐いてくれたと大喜びしている。そのうち遊び疲れたのか、カソリエッタがゴーレム腕の上で身を震わせて水をはじき落とすと、そのまま丸まって甲羅干しを始めた。
「推進器を使っても揺れたりしない?」
「スピードを上げなければそれほどでもないよっ」
「じゃあ、ゆっくり戻ろうか」
ゴーレム腕が水を吐き出し始め、クセーラさんがノロノロと進みだす。僕が平泳ぎで楽々ついていけるスピードで、イボ汁組のいるところに戻った時、カソリエッタと蜜の精霊はすっかり寝入ってしまっていた。首席が般若の如き形相を浮かべていたものの、かわいいもの大好きなクゲナンデス先輩に起こしてしまってはかわいそうだと止められる。
「左腕に船をくっつけてしまわれるなんて、面白いことを思いつきますわね」
「この関節があるおかげよ。これもアーレイのアイデアだったんでしょ」
戦いで四肢を欠損した騎士など、魔術で稼働する義手や義足を使っている人は決して珍しくない。だけど、明らかに人とは異なる形状、機能を持ったゴーレム腕を好んで使う人は初めてだとクゲナンデス先輩が感心していた。それは、自在に切り離せる関節を持っているためだとシュセンドゥ先輩が見抜く。留め金にボルト締めしたりベルトを巻き付けたりとゴーレム腕のつけ外しはそれなりに手間がかかるのに、クセーラさんの左肘は靴下を穿き替えるより簡単に換装できる。面倒な作業が必要ないからこそ状況に応じて腕を付け替えるなんて発想が出てくるのだと、僕の首に腕を巻き付けてきた。
「もおぉぉぉう。どうして西部派にばっかり、そういうアイデアを渡しちゃうのよぅ」
未だ磁力関節の再現に至っていないシュセンドゥ先輩が、チョークスリーパーで僕の首を締め上げながらグイグイとおっぱいを押し付けてくる。磁石に極性があることは知っていても、磁力線という概念を知らないのでマネできないのだ。クセーラさんのゴーレム腕に使われている術式はありふれたもの。ただ、ものの方向を変える術式を磁力線に対して使うという点はふたりだけの秘密である。
「先輩から離れなさいっ。この泥棒猫っ!」
「ちょっとっ、先輩に向かってっ?」
突然、メルエラが飛び込んできた。アーレイ家の魔力を奪わせはしないと、僕の腰に手を回してグイグイ引っ張り始める。アンドレーアが止めようとするものの、くるぶしより深いところには入ってこない。昨年と同じく長袖のシャツできっちりボタンを留めてるってことは、今年もメルエラにマイクロビキニを強要されたのか?
どうしよう? 見てみたい。見てみたいぞ……
昨年はメルエラをけしかけたところ逃げられてしまった。今度こそあのシャツの下に隠されたけしからん水着を暴き出してやりたい。なにかいい方法は……
「魔力が欲しけりゃシャチョナルド……はダメになっちゃったから、スネイルでどう?」
「なんの解決にもなりませんよっ。シュセンドゥはアーレイを潰すつもりですかっ?」
「そういやそうだったわね」
バグジードの奴が売約済みになってしまったため、代わりにスネイルでどうかとシュセンドゥ先輩が口にしたものの、そのスネイル伯爵家から免税特権を取り上げたいメルエラに話にならんと突っぱねられる。アーレイ家の事情を察しているらしき先輩は、どこかに魔力の豊富な生贄が余っておらんものかと呟きながらも僕の首を解放してくれた。
「姉様がグズグズしているから他家につけ入られるのですっ。さっさとコンタミネートされてしまえば心配することはなくなるんですよっ」
「ちょっと、メルエラッ? 引っぱらないでちょうだいっ」
姉に向かってさっさと汚されてしまえとは、スイッチの入ったメルエラは恐ろしい。後は自分が無理やりにでも責任を取らせるからと、アンドレーアをこっちに引っ張ってこようとする。僕がいる辺りまでくればアンドレーアは腰まで水に浸かることになるけど、このままメルエラに任せておいたらまた逃げられてしまうに違いない。なにかいい策はないものか……
よし、あいつを使おう。
アンドレーアの足元を駆け回っているオオカミに目をつける。成長すれば体長が2メートルを超える人喰いオオカミも、今はまだカソリエッタをひと回り大きくした程度。ご主人様に構ってもらいたくてピョンピョン跳びはねている仔オオカミだ。
「この子は水を怖がらないんだね」
「お風呂に慣らせるまでは大変だったけど、ロリボーデが手伝ってくれたわ」
アンドレーアに近づいて仔オオカミを抱っこさせてもらう。浮くことを覚えたそうなので、お腹を腕で支えながらちょっと泳がせてみた。なかなか上手に泳ぐものだ。よしよしと毛皮をさすってあげる。
もちろん、そこに大量の水を含ませるために……
「じゃあ、ロリボーデさんのオオカミも泳げるんだ」
仔オオカミが充分に水を蓄えたところで、何気ない会話をしながらターゲットに接近し――
「……パス」
――全身のバネを使い、腰抱きにした水玉一号をアンドレーアに向かって放り投げた。




