150 モレルンジャーvsラトルジラント
約束の日の早朝、こっそりとコテージを出て徒歩で駐屯地へと向かう。僕が魔導院の外へ出かけていることを覚られないよう、コケトリスやクマネストはお留守番だ。一緒に行くのはキコキコと元気いっぱいに三輪車で走り回る3歳児と、僕のデザインしたコスプレメイド服に身を包んだブンザイモンさんだけである。
「あの、どうしてこんな破廉恥な装束を?」
「それが我が家で正式採用しているお仕着せです」
僕入魂のデザインを破廉恥とは失礼な竜の巫女である。本日はコナカケイル氏が魔導甲冑で出撃するため、モモベェに指示を出してくれるブンザイモンさんについてきてもらった。契約はなくなってしまったもののモモベェは彼女によく懐いているので、今の主が別のことを命令しない限りは言うことを聞いてくれるのだ。彼女には僕が落っこちないようにしっかり抱っこしていてもらわなければならない。エッチな格好をしたメイドさんに抱きしめてもらう機会を見逃す僕ではなかった。
次はコスプレ巫女服を用意しておこう。デュフフフ……
駐屯地に着くと、かつての主を見つけたモモベェがドスドスとやってきた。まだティコアくらいの大きさだったころからブンザイモンさんが育てていたそうで、甘えたいのかしきりに鼻先を擦りつけている。
「よしよし、大事にしてもらってるみたいですね」
ひとしきりモモベェに異常がないか見て回ったブンザイモンさんが、体調は良好だと太鼓判を押してくれる。ドラゴンを崇拝する一族の巫女だけあって、亜竜種の健康管理に関してはジューイ先生がシャッポを脱ぐほど詳しい。ホンマニ公爵様がワイバーンの飼育員として雇いたがったのだけど、彼女にはティコアのお世話をさせるのだとタルトに断られてしまった。ティコアがドラゴンであることを知ったブンザイモンさんが3歳児に同意したことは言うまでもない。
「アーレイは出動できるのか……いいなぁ……」
まだ従者なので任務に同行させてもらえないサンダース先輩が羨ましそうな顔をしていた。僕たちが出かけている間、コナカケイル氏がモモベェに乗るときに着用している飛行甲冑の手入れをしておくよう言いつけられているらしい。こいつは甲冑と呼ばれているものの魔導甲冑ほどゴイツものではなく、魔導軽装甲に滑空用の魔導器などいくつかのパーツを付け足したものだ。
「装備の手入れを軽んじてはいけないよ。整備は工師に任せるにしても、普段の手入れは自分でできなければいざという時に後悔するハメになる」
工師だって人数が限られているので、整備は基本順番待ち。好きな時にすぐ整備してもらえるわけではないのだぞと、ヒッポグリフでついていきたがる先輩をコナカケイル氏がたしなめた。装備の扱いが雑な騎士はそれだけ整備も頻繁になる。それはつまりコストが嵩むということなので、騎士の人事評価にもかかわってくるそうな。
「モレルンジャー、出撃なのです」
本日、ジラント狩りに出かけるのは僕たち以外に、コナカケイル氏を含めた魔導騎士3騎にワイバーンに乗った竜騎士が2騎。航空戦力である騎士はいつでも用を足せるわけではないので、オムツ機能の付いた鎧下を着用している。僕とブンザイモンさんもやっぱりオムツなので、ご機嫌なタルトによってオムツ戦隊モレルンジャーに任命されてしまった。ちなみに、僕はオムツイエローらしい。
カレー喰ってろってか?
タルトの号令を受け、コケトリスの騎乗練習をしていた斜面を使ってモモベェが飛び立つ。下り坂でスピードが得やすいうえ向かい風が吹きあがってきているので、以前平地から離陸した時とは比べ物にならないくらい軽やかだ。ワイバーンたちが飛び立つと、その後を追って魔導騎士が上昇してきた。最初に目指すのは昨年ラトルジラントに囲まれてしまった山小屋。今年は対ラトルジラント用の防衛設備を設置して領軍が拠点として使っているという。
徒歩では到達するのに半日かかった山小屋もワイバーンの翼なら四半刻。およそ15分だ。上空から見ると、周囲に設置された柵がまるで迷路のように配置されているのがわかる。ジラントを罠ゾーンに誘導するための仕掛けだと隣を飛んでいたオムツブルーが教えてくれた。
「あちらに進路を向けてください」
山小屋を通り過ぎて、昨年ドクロワル診療所となった避難小屋のあたりまで来たところで強い魔力の反応を感じた。この辺りに生息する野生動物でないことは確かだ。オムツピンクにお願いしてモモベェを向かわせる。
「いますね。2体です」
ワイバーンが近づいてきたことを察知したのか、こちらを警戒するような気配が伝わってくる。ジラントは隠れているつもりだろうけど、僕たちを意識してくれたおかげではっきりと魔力を捉えられるようになった。もうロゥリングレーダーから逃れるすべはない。
「本当なのか……こんな簡単に?」
「あそこの岩陰に隠れてます。炙り出しますよ」
ブルーは信じられないようだ。春から探索を続けてまだ2体しか討伐できていないのにと懐疑的な視線を向けてくる。すぐにわかるとモモベェに爆撃進路をとってもらい、こんなこともあろうかと用意しておいたクラスターイボ汁弾――20個のイボ汁玉を布でくるんだシロモノ――を腰袋から取り出す。
「わたくしにやらせるのです」
「ちょっ、タルトッ?」
あろうことか、タルトの奴がモモベェの背で突然立ち上がると、今まさに投げ落とされようとしているイボ汁弾に手を伸ばしてきた。とっさのことに振り下ろす手を止められず、3歳児の身体を巻き込むようにしてイボ汁弾を投下する僕の右腕。
「きゃあぁぁぁっ、タルトさんっ」
「げぇぇぇぼぉぉぉぐぅぅぅ…………」
モレルンジャーの総司令、オムツプラチナが落っこちるのを目にしたピンクが悲鳴を上げる。地上までは30メートルしかなく、モモベェを回り込ませて拾い直す余裕はない。イボ汁弾を片手に掴んだ3歳児は、そのままジラントの潜む岩陰付近に狙いたがわず着弾。一帯に青黒いイボ汁煙がもうもうと広がり、ラトルジラント怒りのガラガラが響き渡った。
「まぁ、この高さなら大丈夫でしょう……」
「そんなっ?」
僕の頭の上から落っこちてきた時に比べればソフトランディングと言ってもいい。あの程度で傷つくようなオムツプラチナではないと、取り乱すピンクを落ち着かせる。
「おいっ、精霊が食べられてるぞっ!」
ブルーの声に眼下を見下ろしてみれば、イボ汁煙から転がり出てきたジラントの一体がタルトを丸呑みにしようと口にくわえていた。バカな奴だ。あんな3歳児を呑み込んでもお腹を壊すだけなのに……
「解体した時に取り出しますので、気にせずもう一体の方から仕留めちゃってください」
「ちょっ、いいのかっ?」
オムツプラチナはドラゴンに丸呑みされても大丈夫。呑み込んでる間、しばらく動けないはずだから一体ずつ確固撃破してしまえとオムツレッドことコナカケイル氏に攻撃開始を勧める。
「わかった。精霊が時間を稼いでくれている間に動いている方から倒すぞっ」
「「おうっ」」
オムツレッドの号令にブルーとグリーンが応え、3騎の魔導騎士がジラントに向かって降下していく。2騎の竜騎士は上空で待機。戦闘力という点では竜騎士より魔導騎士の方が優れているので、数の不利がないなら戦闘に加わる必要はないのだろう。ジラントにも翼があるものの、上体を高く持ち上げたりジャンプする時の補助に使うものらしく、ワイバーンのように空を飛ぶことはできない。魔導騎士たちは牙の届かない高度を飛び回りながら、執拗なまでに頭を狙った波状攻撃を繰り返す。
牙を向けられた魔導騎士はすぐさま安全な距離をとり、別のふたりが死角から魔術を撃ち込むという卑劣極まる戦法に怒ったジラントが激しくガラガラを震わせていた。もはやイジメとしか思えないやり方だけど、本来戦いとはこうあるべきなのだろう。集団リンチこそ正しく、命がけのバトルなんてものは追い詰められた時の最終手段。一方的に相手をボコッた奴がチャンピオンだ。
「動きが鈍ってきた。いまだっ」
「いただきだぜっ」
反撃すら許されず弱って逃げ出そうとするジラントに、ブルーが砲を4つ束ねたような武器を向ける。投げ槍のような武器を4連射する兵器だったようで、2発は外れ1発は固い鱗に弾かれたものの、残りの1本がブスリとジラントの首筋に突き刺さった。次の瞬間、ジラントの頭が内部から破裂したように吹っ飛ぶ。
なんちゅうえげつない兵器を使うんだ……
相手の体内で直接魔術を発動させることはできないけど、外から打ち込まれた魔導器はそのまま作動する。突き刺さってから穂先が爆発する槍だったようだ。
そういうのは、「お前の命はあと3秒」って宣告してから爆発させないとダメだろ……
この世界の騎士はマナーがなってないなと思いつつもう一体のジラントの方へ目を向ければ、どうしたことか地面に伸びて動かなくなっていた。口からはみ出ている3歳児の足が、早く引っ張り出せと催促するかのようにパタパタ動いている。確実に絶命していることを確認したコナカケイル氏が降りてきていいぞと手で合図してくれたのでモモベェを着陸させ、丸呑みされていたタルトを引っ張り出す。
「喉を詰まらせてしまったようなのです」
どうやらこのジラント、3歳児を喉に詰まらせて窒息死してしまったらしい。吐き出そうと試みたものの足が毒牙に引っかかって戻せなかったと、傷どころか汚れひとつ見当たらないのにローブをパンパンとはたいてみせるタルト。ワンダフォーやアメイジングを通り越してクレイジーとしか言い様のない総司令に、モレルンジャーたちは愕然とした表情のまま固まっている。
「どうして下僕はわたくしを助けにこないのですか。約束が違うのです」
「だって、ドラゴンに丸呑みされても平気だって……」
「そういう問題ではないのです」
大切にするという約束なのだから自分の身を案じて助けに来るのが当然ではないかと、タルトが僕のすねに3歳児キックをお見舞いしてくる。心配してもらえなかったのがお気に召さないようだ。
「心配してなかったんじゃなくて、タルトなら大丈夫だって信じていたんだよ」
「おだててごまかそうったって、そうはいかないのです。お詫びとして帰りに甘いパンのお店に連れていくのです」
最近いってなかったせいか、3歳児は熱々シナモンロールが食べたくなったらしい。帰りに寄っていこうと約束し、騎士たちが倒したジラントの解体に取りかかる。喉を詰まらせたジラントはタルトが自分のものだと【思い出のがらくた箱】にしまい込んでしまった。
早く肝を取り出してくれとオムツレッドに急かされ、先端が鉤のように湾曲した解体用のナイフを使いジラントの腹をゴリゴリ裂いていく。まだドワーフ国にいたころ高名な鍛冶職人に作ってもらったもので、次席のイカす鎌と同じく切れ味を増す魔法陣が刻まれている。それでも、頑丈な鱗を切り裂くには結構な力が必要なうえ胴体が長いからひと苦労だ。腹を裂いたら消化器官に直結していない臓物を選んで慎重に取り外し、たくさん用意しておいた袋にひとつひとつ詰める。僕に判別できたのは心臓と肝臓くらいで、残りは何が何だかわからなかった。金平糖みたいなブツブツに覆われたこれが、もしかしたらジラント袋かもしれない。
腹わたを取り出し終えたら皮を剥ぐ。ガラガラは持って帰るよう言われているらしいので切り落とし、尻尾の先から50センチほど剥いだところで騎士たちにバトンタッチ。後はワイバーンに身体の方を押さえてもらい皮を引っ張れば自然とめくれていくはずだ。
肝を抜かれ皮を剥がれたジラントはワイバーンにおやつとして与えられ、モモベェたちがムシャムシャやっている間、僕たちは小休止させてもらう。騎士の筋力だけでは立っていることすら困難な魔導騎士は、背中から支持脚を伸ばして寄りかかっていた。この姿勢なら浮遊の魔術を切っても自重を支えられるそうな。
「こんなにあっさり見つけ出せるなんて、公爵様は竜騎士を廃されるおつもりだろうか……」
竜騎士のひとり、オムツパープルが落ち込んでいた。魔導騎士は確かに強いけど、攻撃、防御、機動のすべてを騎士ひとりの魔力で賄わなければならないため、長時間の作戦行動に難がある。そのため、哨戒任務なんかは行動範囲の広い竜騎士の役目だった。両者は互いの欠点を補いあう形で併存してきたのに、ロゥリング族が魔導騎士に随伴するようになった今、自分たちの存在意義とはなんなのだと頭を抱えている。
「ロゥリング族がっ。ロゥリング族がオラたちから仕事を奪うっ!」
もうひとりの竜騎士、オムツブラックが「仕事を返せ~。ロゥリング族はんた~い」と怒りの拳を天に突き上げる。僕は片親が人族のハーフで純粋なロゥリング族は密入国者がひとりいるだけなのに、この人たちはいくらなんでも気が早すぎではなかろうか。
「ロゥリング族の能力は騎士から警戒心を失わせてしまう。頼りすぎるなって同級生が言っていましたよ」
「おおっ、そいつはどこの領のもんだっ?」
「カリューア家の嫡子です」
「よし、クビになったらカリューア領に再就職しよう」
この国にもまだ良識を持った領主様が残っていてくれたと歓声を上げるオムツブラック。まるでホンマニ公爵様に良識がないような言い様である。
「どんな能力があろうとも、数を揃えられなければ意味がありませんよ」
タルトまで含めたって、ロゥリングレーダーの使い手は国内に3人しかいない。竜騎士の哨戒範囲をすべてカバーしきれるはずもないのだから、ロゥリング族に取って代わられることはないと安心させておく。
「この仕事から帰ったら、私はプロセルピーネにプロポーズするつもりだよ」
ロゥリング族の赤ちゃんをいっぱい産んでもらおうと、ニヤニヤしながら禁断のワードを口にするコナカケイル氏。こいつぁマズイ。彼が生きて駐屯地に帰り着くことはないだろう。オムツレッド亡き後、モレルンジャーはイエローを主人公にして再スタートだ。
「プロセルピーネって、遠征に来てくれてるちっちゃい先生か?」
「ショタリアンっ。それはさすがに犯罪だろっ!」
いたいけな幼女に赤ちゃんを産ませようだなんて、お前はどこまで鬼畜なんだとブラックが非難の声を上げた。プッピーはもうアラフォーで幼女なのは見た目だけなんだけど、彼は先生の本性を知らないのだろう。くるはずのないお巡りさんを呼び続けている。
騎士には犯罪者を拘束する権利が与えられているだろうに……
「彼女はれっきとした大人の女性だ。これは合法。そう、何をしたってすべて合法だっ」
「黙れこの性犯罪者っ。逮捕してくれるっ!」
勝ち誇ったように宣言するレッドに激高したブラックが襲い掛かった。




