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道案内の少女  作者: 小睦 博
第6章 追いつけない背中

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149 いろいろ企むモロニダス

「てぇへんだっ、てぇへんだっ」


 そろそろ工作の課題である霧の魔導器に刻む魔法陣を仕上げなければいけない時期。製図室で課題をこなしていた僕のところにクセーラさんが転がり込んできた。


「いったい何事?」

「大変だよ伯爵っ。姉さんたちが私たちをマネして積層型魔法陣を作ってるんだよっ」


 何かと思えばそんなことか……


「そりゃまぁ、あの評価点を見たら当然そうなるだろうね」

「えっ、伯爵はわかってたの?」


 予想はしていた。昨年の秋学期、工作の評価はクセーラさんが一番高くて僕が二番目。次いで次席、主席、【禁書王】と続くのだけど、評価点に着目すれば三番手以降を大きく引き離してのワンツーフィニッシュと言っても過言でないほどの開きがあった。これまで安全策をとってきた主席たちだけど、さすがに看過し得なかったのだろう。


「他人に危ない橋を渡らせて大丈夫だったらマネしようだなんて、やり方が汚いよっ」


 かようなやり方は卑劣極まりないとプンスカ怒るクセーラさん。だけど、積層型魔法陣の尋常でない高評価が知れ渡ってしまった以上、他にも一発チャレンジしてやろうという生徒が現れることは明白。卑怯なのではなく、安全策をとっている余裕がなくなってしまったのだ。


「その状況に追い込んだのは僕たちだからね。次席たちを責められないよ」

「でもっ、でも……」

「工作では僕たちの方が先を行ってるんだ。なら、さらに突き離してあげようぢゃないか」


 秋学期の終わりに見せてもらった魔導器がヒントになった。同学年でその仕掛けを知っているのは僕だけのはず。積層型魔法陣に挑んだ者同士、クセーラさんにだけこっそり伝えておく。主席たちにはさんざん渋ってできる限りの交換条件を引き出したうえで、昨年僕たちが得た加工ノウハウを教えてあげればいいだろう。きっと彼女たちは満足して、僕たちが半年前に終わらせた課題をそのままこなすに違いない。


「私たちに追いつけたと思っている姉さんを奈落に突き落そうだなんて、伯爵も人が悪いねっ」

「下僕はなかなか上手いいたずらを考えつくのです。それでこそわたくしの下僕なのです」


 クックック……、ヒッヒッヒ……と顔を見合わせて悪代官と悪徳商人のような笑みを浮かべるクセーラさんとタルト。ヒントになった魔導器の仕組みを僕に教えてくれたのは他でもないタルトなので、もう僕が何を作ろうとしているのか見当がついているのだろう。いたずらだなんて人聞きが悪い。ただ、昨年と同じものは作らないというだけだ。


「いいね、いいねっ。姉さんたちに吠え面かかせてやろうよっ」


 駆け込んできた時の憤りもどこへやら、クセーラさんはすっかり上機嫌になった。今、Aクラスは下剋上の時代。いつもいつも言いなりになってばかりの僕たちじゃないって、ここらで一発思い知らせておくのも悪くないだろう。






 飽きっぽい3歳児がコケトリスと遊びたがったので魔法陣の描画を切り上げて飼育サークルへ向かうと、ダエコさんと雪だるま先輩が新たに寄贈された雌鶏にどうにか鞍をつけてもらおうと悪戦苦闘していた。アキマヘン家からホンマニ家に贈られたということでホンマニアキマヘンと名付けられたこの雌鶏の訓練に、僕は一切手を出さないことにしている。イナホリプルを教材にやり方は説明するものの、実践するのはコケトリス部門のメンバーにお任せだ。


「ちょっとおとなしくしてて……ああっ、もうっ」


 ホンマニアキマヘンはダエコさんが大のお気に入り。遊んでほしくて全然じっとしていてくれない。最初はおそるおそる世話をする彼女をおもちゃにしているのかと思ったけどそうではなかった。しつこくおねだりされると、最終的にダエコさんは甘やかしてしまうのである。


「はいはい、わかったからいい子にしてなさい」


 甘えついてくるホンマニアキマヘンの首を抱えて、ヨシヨシと喉のあたりをさすってあげるダエコさん。コケトリスが動かなくなった隙をついて、雪だるま先輩がこっそり鞍を取り付けた。


「ふふ~ん。これでこの子に鞍をつけられていないのはパクリスギだけになったわね」

「みんな、私をダシに使ってのことじゃないですかっ」


 どうやら、他のメンバーは全員ダエコさんがおとなしくさせている間に鞍をつけたらしい。成功は成功だと小躍りする雪だるま先輩に、誰も彼も自分を利用しやがってとダエコさんが非難の声を上げる。もっとも、騎乗部門にいなかったメンバーの中で一番コケトリスの扱いが上達するのは彼女かもしれない。他の人はまだ気がついていないけど、黒スケが毛づくろいなどで自慢の羽に触れることを許しているのはダエコさんだけなのだ。


 自らコケトリス部門を希望したメンバーはやる気に満ちているのだけど、今日こそは自分に従わせてやろうという意気込みが黒スケを苛立たせていた。気位の高い雄鶏は、己を支配しようなどという不埒者を許してはおかない。主席によって半ば強制されたダエコさんは肩の力が抜けているので、かえって黒スケに威嚇されずに済むのである。


「ノミを取ってあげるのです」

「実は新開発のノミ取り薬がありまして……」


 イナホリプルはアキマヘン嬢が使っていたので、黒スケとイリーガルピッチに砂浴びをさせる。残っているノミを取ってやろうとタルトが言い出したところ、ドクロワルさんが怪しげなボンベを持ってきた。珍しく飼育サークルに姿を見せていると思ったら、どうやら新薬の実験が目的だったようだ。


「主成分がイボ汁ですので吸い込んでも害はありません。すごく苦いですけど……」


 もともとイボ汁は捕食されないよう他の生き物に嫌がられるための成分。いろいろ調べたところ、予想外な生き物にまで効果があることが判明したそうな。なんでも、イボナマコを捕食しない虫や菌類までイボ汁成分を嫌がって逃げ出すらしい。


「悪食のバシリスクですら嫌がるんですよ。毒と違って耐性が得られないみたいで……」


 黒ゴマに食べさせたところ、何を食べてもお腹を壊すことのないバシリスクがひっくり返ってしまったという。黒スケがなんとなく嫌そうな素振りをしていたけど、かまわず翼の付け根――人で言えばわきの下にあたる部分――にブシュウと一発噴射してみた。しばらくすると、ノミがポロポロと落っこちだす。すごい効き目だ。


「このノミ、跳ねないね……」

「すぐに乾く糊を混ぜてありますので、それがノミの動きを抑えるんです」


 ご飯のネバネバのように乾くと固くなる糊がノミを覆って跳ねるのを封じる。固まると粘着力が失われてポロポロ落っこちてくる仕組みだと、馬場に落ちたノミを砂に埋めながらドクロワルさんが解説してくれた。追い払うだけではなく、ちゃんと退治できるところがこの新薬の売りなのだとか。


「ノミ取り薬なんて開発してて、先生の課題は大丈夫なの?」

「ひとつの研究しかしていないと、どうしても煮詰まっちゃいますので……」


 大成功だと手を叩いて喜んでいるドクロワルさんに魔法薬の製造装置の方はいいのかと尋ねてみたところ、イボ汁研究は手軽にできるので気分転換にいいのだという答えが返ってきた。僕の心配はいらぬお節介だったようだ。


「クマネストたちにも吹きかけてあげるのです」

「後で結果を教えてくださいね」


 こいつぁいい。ティコアやバナナンテにも使ってやろうと、タルトは許しも得ないままノミ取り薬の詰まったボンベを【思い出のがらくた箱】にしまい込んでしまう。所有権というものを無視する3歳児に、使ってみて気になるところがあったら教えてくれとドクロワルさんは寛大だった。






 その日の晩、調子に乗ってプシュプシュやっていたタルトにノミ取り薬を顔へ吹きかけられたクマネストが昏倒したころ、コナカケイル氏がこっそりコテージを訪ねてきた。従者は連れておらず、お隣のモチカさんに見つからないよう部屋の明かりを消して窓の下に座り込む。

 騎士じゃなくてスナイパーなのかこの人は……


「プロセルピーネを怒らせてしまった。君の力を貸してほしいんだ」


 いったい何をやらかしたのかと思えば、首尾よくラトルジラントの頭をふっ飛ばして倒すことに成功し、その場で腹を切り裂いて臓物を袋に入れて持ち帰った。ただ、コナカケイル氏は解体なんてやったことがなく、目につく臓器を適当に袋詰めしたらしい。その中に胃袋があったようで、せっかくの肝が消化液にまみれて台無しになってしまったという。


「いやもう、獲物の解体ひとつ満足にできないのかとカンカンに怒り狂ってね」


 狩猟民族であるロゥリング族にとって獲物の解体はできて当たり前のこと。消化液に触れてしまった部分は溶かされて変な臭いを発し始めるので、消化器官と他の臓器は分別するのが基本なのだけど、どうやらコナカケイル氏は知らなかったようだ。


「プロセルピーネは解体くらい君にだってできると言っていた。だから、倒すのはこちらでやるから後の解体をお願いしたい。できれば、探すのも……」


 モモベェに乗って上空にいればジラントの牙は届かない。戦うのは魔導騎士に任せて、地上に降りるのは息絶えたことが確認されてからだとコナカケイル氏は言う。謝礼として、倒したラトルジラントの一部分は僕が得られるそうな。


 確かに上空から眺めているだけなら僕に危険が及ぶことはない。ジラント発見の報告を待っているのも面倒なので、引き受けるならロゥリングレーダーで探してしまった方がいいだろう。首尾よくジラント袋とやらを手に入れることができれば、魔法染料の懸念であった保持剤の問題が解決する。

 おっぱいに角を生やしたリアリィ先生の姿が脳裏に浮かぶけど、これはチャンスだ……


「こっそり引き受けると僕が叱られますので、リアリィ先生に断りを入れておきましょう」

「メルクリアが首を縦に振るとは思えないな。だから、隠れてやってきたのだが……」

「解体を請け負うとだけ伝えればいいんですよ」


 駐屯地か山中かは履行場所の問題に過ぎないから、モモベェで現場まで行くことをわざわざ伝える必要もないだろう。騎士の倒したジラントを捌くだけならリアリィ先生もダメとは言うまい。こんなノーリスクハイリターンな依頼を断るなんて、ラストバッターが見逃し三振を選ぶようなもの。もったいない精霊に祟られてしまう。


 次の授業のない日の早朝に駐屯地に伺うと約束して、モチカさんに見つからないよう裏口からコナカケイル氏を送り出した。これで保持剤の方は手に入ったも同然。後はリアリィ先生から課題に使用することの許可さえ得られれば、誰もマネできない魔法染料が作れる。今期の課題は魔法薬ではないのでドクロワルさんも評価対象なのだけど、きっと彼女にも負けない高評価が得られるに違いない。

 クックック……、工作と調合で学年一位になって順位を爆上げしてやんよ……






「コナカケイル氏から獲物の解体をお願いされました。謝礼として素材の一部をわけてくれるそうなのですが、課題に使ってもいいですよね?」

「アーレイ君。詳しく話してください」


 いつもの反省室でリアリィ先生の補習を受けている最中、何気ない感じで話を切り出す。何かを警戒するかのように目を細めた先生に包み隠さず話すよう言われるものの、ここまでは想定の範囲内だ。ジラントの解体を頼まれたと正直に答える。


「またそんな危険なことに生徒をっ」

「倒すのは魔導騎士で、息絶えたことが確認された死骸を用意してくれるそうです」

「どうしてアーレイ君に?」

「プロセルピーネ先生のご機嫌を損ねてしまって、とてもお願いできる雰囲気ではないと……」


 解体を依頼するなら生徒より相応しい相手がいるだろうと警戒強めるリアリィ先生。研究室に入れてもらえないので、プッピーとその弟子にはお願いできない。コナカケイル氏が個人的に依頼できる相手が僕しかいなかったのだろうと説明しておく。


「魔導院に依頼すればすむ話ではありませんか」

「それだと、素材が騎士たちに分配されませんよね」


 組織を通したらがっつり巻き上げられると騎士たちもわかっているから、魔導院へ依頼することには同意しないだろう。あくまでも個人が副業で引き受けてくれたという線を固持したいはずだ。


「事情はわかりましたけど、何かが……。何かが胸につかえているような感じがします」

「それはきっと杞憂というやつですね。僕が揉みほぐして差し上げますよ」

「教師にそういう冗談は言わない約束でしたね。アーレイ君」


 先生、僕は本気なんですとむしゃぶりつきたいところだけど、そのような振る舞いに及べば吊るし斬りにされることは目に見えている。ハリウッド女優のような長身を誇るリアリィ先生にとって、僕を吊るすことなんて赤子の手を捻るようなもんだ。今は、解体を引き受けることをお許しいただくだけで満足しよう。


 安全な場所で解体作業をするだけ。ジラントを倒しにはいかないし戦ったりもしないと約束し、どうにかリアリィ先生を納得させることに成功した。


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