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道案内の少女  作者: 小睦 博
第1章 掟破りの3歳児

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14 タルトドリル

 野犬たちはサンダース先輩の狙いどおり正面にいる鎧竜へと殺到した。鎧竜は全身が硬い鱗で覆われているので野犬などものともしない。自分が攻撃されているという自覚すらないだろう。

 鎧竜の足元に群がる野犬をモチカさんの氷の槍が貫いてゆく。もう1頭の鎧竜の背にいるシュセンドゥ先輩は炎の魔術を使っているけどあまり効果がないみたいだ。

 炎は相手の体を貫いたり弾き飛ばしたりできないから、怖がらせることはできても致命傷となるほどの火傷を負わせるには時間がかかるし、鎧竜を傷つけることを気にしている。接近戦に弱くて味方を巻き込みやすいのが炎の魔術の欠点だ。


「シュセンドゥ! 足元の敵は任せて回り込まれないように抑えろっ!」


 サンダース先輩の指示が飛び、シュセンドゥ先輩は鎧竜を迂回しようとする野犬の牽制に回った。

 僕の方にも野犬が来たけど、僕自身には野犬を倒せるだけの力がないので、戦うのはコケトリスたちに任せて位置だけ指示してやる。コケトリスは野犬より強いから、単独で飛び出して囲まれでもしない限り大丈夫だ。隣にいるヒッポグリフから離れすぎないように、徒歩で戦っている先輩たちより1歩手前の位置にいられるように注意してやればそれでいい。


「ペドロリアン! 無理するなっ! 下がれっ!」


 僕が守っているのは集められた馬たちの左側面だけど、こっちにくる野犬が少ない。こっち側はヒッポグリフにコケトリス2羽がいるけど、右側面はサンダース先輩と首席のヒッポグリフの2頭だけだし、首席のヒッポグリフは他のヒッポグリフに比べると一回り小さいから、向こう側の方が与し易いと首席が一番に狙われているみたいだ。

 モチカさんは正面にいる鎧竜の上だし、投射型の氷の槍では援護しようにも威力があり過ぎて危ない。


 援護してあげたいけど、コケトリス2羽を指示している僕が動けば今度はこちら側がヒッポグリフ1頭だけになってしまう。僕は隣にいるヒッポグリフに合わせてコケトリスたちを動かしているだけなので、こちら側のヒッポグリフにいなくなられても僕だけで支えきる自信はない。

 野犬に襲われるのは初めてじゃないけど、こんな大きな群れと遭うのは初めてだし、防衛線を維持するなんて前世のゲームで得た知識でしかない。訓練をしたこともなければ、先輩たちが交わしている符牒だって意味不明なままだ。


「ペドロリアンを後退させろっ! もうヒッポグリフが持たない!」


 首席はかなり危なかったようだけど、先輩たちが無事に後退させたようだ。代わりに、僕の隣にいたヒッポグリフがあちら側の応援に呼ばれてしまった。


「アーレイ。お前はコケトリスを今の位置から動かさなければそれでいい。必要な時だけ指示する」


 僕に防衛線を動かすのは無理だとわかっているのだろう。徒歩で戦っていた騎士課程の先輩が声を掛けてくれた。今度はこちら側が手薄だと思ったのか、向かってくる野犬の数が増えてくる。でも、モチカさんが着実に数を減らしてくれているから、もう少し減らせば諦めて逃げていくはずだ。


 コケトリスはびっくりするほど素早い嘴での突っつき攻撃を連続して繰り出せるし、全身を覆う羽毛がクッションの役目を果たし野犬の牙を身にまで届かせない。

 野犬はこちらを誘い出そうとしているのか寄っては離れてを繰り返すので、苛立ったコケトリスが追いかけてしまわないように抑えつける。集団をバラバラにして、足の遅いのや弱い相手を狙うのがコイツらのやり口だろう。こちらはとにかく固まって相手の数が減るのを待てばいい。

 これなら何とかなりそうだと考えたころ、野犬の狙いが変わった。これまでのコケトリスを挑発するような動きから一転して、跳躍して黒スケに跨っている僕に跳びかかってくる。


 ――僕を狙い始めた?


 厄介者のコケトリスが囮を追いかけず防衛線を崩さないのは、僕が指示しているからだと気が付いたらしい。コケトリスを無視して僕を引きずり降ろそうとしてくる。

 左足にしがみつかれたけど、隣にいた先輩が短めの剣のような魔導器を突き立てて引き剥がしてくれた。黒スケも跨っている僕が狙われるのは戦いにくそうだ。僕を護ろうとして、これまでのように周りを攻撃する余裕がなくなってしまった。


 くそっ。首席もこれでやられたのか?


「防衛線をすり抜けて馬を追い散らそうとしているぞっ! やらせるなっ!」


 数匹すり抜けられてしまったけど、騎士課程以外の先輩だって無力じゃない。単独の野犬ならなんとかしてくれるはずだ。ただ、強行突破を図ろうとする野犬が出てきたことで先輩たちも自分の持ち場から離れられなくなってしまい、僕を援護してくれる人がいなくなった。


 黒スケも頑張ってくれてるけど、このままじゃ……


 僕は接近戦で使える武器なんて持ってない。必死になって野犬の頭を踏みつけ、足に噛り付いてくる野犬を蹴っ飛ばして振り払う。蹴り飛ばした野犬の向こうから、勢いよくジャンプして体当たりを仕掛けてくる野犬の姿を捉えとっさに魔導器を向けた。

 こんな至近距離で『エアバースト』をぶつけたら、僕まで巻き込まれてしまうけど耐えるしかない。襲ってくるであろう風圧に備えて鐙に踏ん張り顔を伏せて、自爆覚悟で魔導器へと魔力を流し込む。


 ――あれ?


 予想していた爆風が襲ってこない。手元の魔導器からは確かに魔術が発動した手ごたえを感じたのに。まさか外した?

 だけど、見失ってしまった相手を探そうとした僕の目に映ったのは、上半身の半ばを失って息絶えている野犬の姿だった。


 ……なにがあった? モチカさんが援護してくれたにしては氷の槍が見当たらないし……


「アーレイ! ぼさっとするなっ! その魔導器をもう一発喰らわせてやれっ!」


 近くにいた先輩が呆けていた僕に怒鳴り声を上げる。


 ……僕の魔導器?

 ……喰らわせる?


 僕に跳びかかってくる野犬にわけもわからないまま魔導器を発動させると、魔導器に触れる手前で野犬の頭部が爆発したかのように飛び散った。なんだこれ!?


 これは『エアバースト』じゃない。僕が刻んだ魔法陣にこんな威力はない。


 続けて襲い掛かってきた野犬を魔導器で迎撃する。今度は目を凝らしてちゃんと見た。薄い霧がかかった円錐が魔導器から伸びるように形作られて、ソレに触れた野犬の体が肉も骨も一瞬で削り飛ばされていく。


 間違いない。こいつは……ドリルだっ!


 ――どんな魔法陣も好きに書き換えてしまえるの?

 ――ちょろいのです


 ……タルトだ! 最初に放った時は確かに『エアバースト』だった。こんな戦いの最中に僕に気付かせることもなく魔法陣を書き換えてしまったのか?


 どこまでも規格外な3歳児だ。だけど、おかげで助かった。

 このドリル魔導器は先端から突き刺しても、横から叩きつけても、尻尾以外ならどこに当てても致命傷を負わせるだけの威力がある。遠くに飛ばすことはできないけど、殺傷性能だけならモチカさんの氷の槍以上だ。攻撃範囲が狭いから味方を巻き込む心配もない。


 今の僕が扱うのにこれ以上ない魔導器だ。


 6匹ほど返り討ちにしたところで僕を狙っていた野犬たちが距離を取り始めた。コケトリスを操るだけのちっちゃい奴が一撃必殺のカウンターを持っていると知って、僕を狙うのは得策ではないと思ったようだ。数匹を残して、また反対側へと回り込んでいく。

 野犬ってこんなに賢いものなのか?


「群れのリーダーはわからないかっ?」

「探してるっ!」


 サンダース先輩の声にシュセンドゥ先輩が怒鳴り返す。


「くそっ! 2匹抜かれたぞっ! 任せるっ!」

「きゃあぁぁぁ――――!」


 あの悲鳴はクゲナンデス先輩か……

 ハナちゃんの鳴き声も聞こえてくるけど僕はここを動けない。タルトは頑丈だから、いざとなったらタルトを盾にするよう伝えておけばよかった。


「あいつっ! あの黒くて太ってる奴を狙ってっ!」

「任せてください」


 シュセンドゥ先輩が群れを率いているリーダーに目星をつけたみたいだ。即座にモチカさんが攻撃に移ったらしく、野犬たちが動揺がしたように見える。アタリだ。


「動きが鈍ったぞっ! 逃がすなっ! できる限り叩き潰しておけっ!」


 リーダーがやられたのだろう。野犬たちが逃げ始め、サンダース先輩ができるだけ仕留めるよう指示を出す。野犬は群れを成して人を襲う害獣だ。けっしてワンちゃんなどと思ってはいけない。

 もっとも、サンダース先輩も深追いする気はないようで、皆から離れず追撃はしなかった。


「皆、怪我はないか? クゲナンデスは? ずいぶんと悲鳴を上げていたみたいだが?」

「いえ……襲われたのは私じゃないんです……」


 クゲナンデス先輩は恥ずかし気にタルトが襲われるところを見て悲鳴を上げてしまったと告白した。タルトは地面に置いた音楽の精霊に腰かけていたから、野犬にとっては襲いやすい相手だったのだろう。バカみたいに頑丈だとも知らずに……

 タルトを襲った野犬たちは気が付いたら姿が見えなくなっていたという。クゲナンデス先輩はどこに行ったのかと不思議がっているけど、僕には野犬たちの末路が理解できた。タルトの足元ででっぷりと太った2匹のヒキガエルが震えている。

 本当に生き物をヒキガエルに変えやがった……


「タルト……このヒキガエルは……」

「頭の上で大騒ぎされて、ビックリして冬眠から起きてきたのではないですか?」


 コイツ、すっとぼける気だ……

 まあいい。タルトのチートっぷりは人には知られたくない。せっかくだから、憐れなヒキガエルたちにはサクラヒメへのお土産にでもなってもらおう。


「ペドロリアンのヒッポグリフが足を引き摺っているな。帰りは荷車に載せていくか……」


 首席のヒッポグリフを除けば治療が必要となるような大きな被害はなかった。だけど、首席の愛馬は後ろ足を引き摺るようにして立っているのがやっとという有様だ。必死にご主人様を守ったのだろう、あちこちから出血もしている。

 首席が沈痛な面持ちで寄り添って、「戻ったらすぐに先生に診てもらいますからね」と励ましていた。


「どうしてさっさと治してあげないのです? ぐずぐずしていては元に戻せなくなってしまうではありませんか」


 タルトが不思議そうに尋ねるけど、人より大きいヒッポグリフがここまで傷ついてしまったら、僕たちが持っている人族用の薬を使うのは逆効果だ。獣医の先生に診てもらって、必要な薬を処方してもらうほうが治りが早いし後遺症の心配もない。

 先生が処方してくれる薬は与える種類や順番、分量を慎重に量る必要があるけど、その分効果は高い。素人が常備している薬など効果の程は知れているうえ、下手に与えてしまうと先生が必要な薬を投薬できなくなってしまう。


「誰が薬など使えと言ったのです? ダカーポに治させれば済むではありませんか」


 周囲にいた先輩たちが今持っている薬を与えられない理由をタルトに説明したところ、薬ではなくダカーポに治させろと言い出した。僕にさっさと連れて来いと言って、さっきまで自分が床几代わりにしていた音楽の精霊を指差す。


 ……これがダカーポ?


 タルトに指示されるまま音楽の精霊を傷付いたヒッポグリフのところまで運ぶと、箱の蓋を押し上げるように開いて4本の腕を持つ女性が姿を現した。


「ダカーポ。ここにいる物知らずどもに、お前が何を司る精霊であるのか教えてやるのです」


 音楽の精霊はまるでオルゴールのように、あまり長くない旋律を3度繰り返す。鉄琴の最後の音が響いて、空に吸い込まれるように消えて行ったとき、首席のヒッポグリフは野犬に襲われる以前の元気な姿を取り戻していた。


「えええぇぇぇ―――!」

「なんだとっ?」

「きゃあっ!」


 ヒッポグリフの様子を眺めていた先輩たちが驚きの声を上げるなか、シュセンドゥ先輩が突如として短い悲鳴を上げて膝をついた。


「大丈夫。急にごっそり魔力を持っていかれて驚いただけだから……」


 契約している精霊が重傷を負ったヒッポグリフを一瞬で完治させてしまうほどの力を行使したのだ。蜜を出させるのとは桁違いの魔力を予告もなしに奪われて、立ち眩みでも起こしたのだろう。

 タルトめ、使役者の魔力をちゃんと量ったうえでやらせているのだろうな?


「それより、ダカーポってどういうこと? この子は音楽の精霊じゃなかったの?」

「お前たちは演奏する精霊をひっくるめて音楽の精霊と呼んでいますが、そこにはいろいろな精霊が含まれているのですよ。ダカーポは『はじめに戻す』精霊なのです」

「じゃあ、ヒッポグリフが治ったのは……まさか時間の遡行?」

「それは違うのです。過ぎてしまった時を巻き戻すことは神々にだって許されていないのですよ」


 タルトの説明によると、元の状態には戻るけど、起きてしまったことを無かったことにできるわけではないということだった。

 僕が倒した野犬を元に戻しても、死んだという事実は覆らず傷のない屍になる。ヒッポグリフも野犬と戦って傷付いたことは憶えている。ダカーポは循環とか再生を象徴する【暁の女神】様のお気に入りゆえに、女神様の再生の力を使うことを許されているのだとか……


 突如として女神様の力なんて言われた先輩たちは言葉を失っている。当然だろう。【暁の女神】様は創世の12神と呼ばれる神様の1柱だ。この12神は人族のみならず、ドワーフやロゥリング族といった他種族からも最も尊い神様としてお祀りされている。いわば、この世界の信仰の中心だ。

 自分の契約している精霊がそんな神様のお気に入りで、その力を使えるなんて聞かされたシュセンドゥ先輩は真っ青になってガクブルしているぞ。


「どうしよう……。私、【暁の女神】様にお供え物しなかった……」

「過ぎたことは神様にだってどうしようもないのだろう。それより今は撤収を急ごう」


 サンダース先輩の言うとおりだ。いつまでもぐずぐずしていて、新手に襲われては堪ったものではない。先輩たちが大荷物を荷車に積みだしたので、僕は未だ興奮冷めやらぬ馬たちにリンゴを与えて落ち着かせてあげよう。


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