13 襲い来る獣
ノシノシと校内を騎獣に跨って進む。タルトは手綱も鞍もいらないと言ったのだけど、手綱だけは着けさせてもらった。嘴を開くことができないよう轡を嵌めなければならないからだ。
魔獣にはハミではなく、口を開けられないようがっちりとした轡を嵌める。そうしないと魔獣が襲い掛かってしまうからだ。もちろん人にではない。飼育サークルの魔獣たちは相手から攻撃されない限り、食べられもしない生き物を襲ったりはしない。
その代わり、園芸サークルが大切にしている栽培地には容赦なく襲い掛かる。
柵なんて役に立たない。頑丈で力の強い鎧竜は柵なんて壊してしまうし、ヒッポグリフやコケトリスは軽々と飛び越えてエサ場へと侵入を果たす。生えている草は根こそぎ引っこ抜き、蒔いたばかりの種もほじくり返して食べてしまう。力ずくで追い払おうにもご馳走を奪われると怒るので、園芸サークルからは文字通りの魔獣と恐れられていた。
「轡を嵌めるなんてかわいそうなのです」
「こうしないと園芸サークルが許してくれないんだよ」
タルトはプリプリ怒っているけど、様々な植物を育てている園芸サークルには剪定で生じる植物廃材なんかを融通してもらっている。未成熟でも、形が悪くても、虫が喰ってしまった果実だって魔獣たちにとってはご馳走だ。宝の山を握っている園芸サークルとは仲良くしておきたい。
人通りの多い正門は使わず、通用門を通ってモウヴィヴィアーナの街へ入り、街の西側に抜けてしばらく進んだところが放牧地だ。魔導院から1刻ほどで到着した。
魔導院の周辺は森林地帯なのだけど、ここは木材を取るための場所だったらしく、かなり広い範囲にわたって森が切り開かれている。足元は柔らかい土でちょうど下草が伸び始めてきた時期だし、小さな沢も流れているので飲み水にも困らない。放牧するのに良い場所だ。
轡やハミを外して自由にしてあげると魔獣、竜、馬の3つのグループに分かれて思い思いに遊び始めた。
ヒッポグリフとコケトリスは翼を広げて大ジャンプ大会だ。冬の間中、狭いところに押し込められてよっぽどストレスが溜まっていたのだろう。荷車を牽いてきた2匹の鎧竜は喉が渇いたのか沢の方へノソノソと移動して行き、馬たちは群れになって足元の草を食んだりゆっくりと駆け回ったりしている。
僕たちは荷車からテーブルを降ろしてピクニックの準備だ。端っこの方で竃を掘って火を起こしている先輩がいる。どうやら、この場でお茶を淹れて楽しもうという魂胆らしい。折りたたみ椅子にテーブルクロスに茶器までしっかり用意されていた。
「アーレイ君のシルキーが来て下されればよかったのですけど……」
作業服ではなく、仕立ての良いジャケットとズボンにブーツという、どことなく高級軍人っぽい衣装に着替えた首席がちょっと残念そうに零す。ここまで本格的にするなら先に言ってくれればよかったのに……
「シルヒメは下僕の部屋のキノコを片付けるのに忙しいのです」
「部屋のキノコ……?」
「待ってよ。まだ生えてはいないじゃないか……」
「そ……それは、ピクニックどころではありませんわね。失礼いたしましたわ」
顔を引きつらせた首席が何か見てはいけないものを見てしまったかのような視線を僕に向けてくる。そんな目で見ないでよ。本当に生えてきたわけじゃないんだし。セーフだよセーフ!
「それでは、お茶はモチカに淹れていただくことにしますわ」
モチカというのは首席の侍女兼お目付け役のモチカエイルさんを略した呼び名で、ここまでは鎧竜の1頭に乗ってきてくれたのだ。荷車を牽いた鎧竜を思い通りに動かすのは結構難しいのだけど、大先輩の貫禄を見せつけるかのように何事もなく操ってみせた。上は首席とおそろいのジャケットだけど、下は膝丈のキュロットスカートにブーツを履いている。
テーブルで優雅にお茶をいただいている女性陣を尻目に、男どもは地面に敷いた防水布に座って昼メシの時間だ。今日も風の強くないご機嫌な天気で実にピクニック日和。どこからか鉄琴の澄んだ音が聞こえてくると思ったら、女性陣のテーブルの真ん中に装飾の施された箱が置かれていた。
一見、オルゴールに見えるそれは、実は専門課程のシュセンドゥ先輩が使役する音楽の精霊で、箱の中で腕が4本ある上半身だけのちっちゃい女性が鉄琴を奏でている。
先輩方も精霊を連れてきているので、この場にいる精霊はタルトを含めて5体。音楽に、雷鳴に、くっつく精霊だ。もちろん、首席も蜜の精霊を連れてきていた。
雲に乗って太鼓を叩く、まんま雷神様な雷鳴の精霊は所在なさげに浮かんでいる。雷鳴に演奏を邪魔されると音楽の精霊が怒るらしい。この雷鳴の精霊は音楽の精霊に気があるのではないかと思う。
ソフトボールくらいの大きさで、真っ白いふわふわした毛玉につぶらなふたつの瞳が特徴のくっつく精霊は、使役者であるクゲナンデス先輩の肩にくっついて鉄琴の旋律に合わせて体を揺らしている。何にでもペトペトくっつくだけという何とも言えない微妙な精霊だけど、とにかくかわいいからと先輩は満足しているそうだ。
蜜の精霊はというと、タルトに呼びつけられ木製の器を差し出されていた。
「さぁ、ヌトヌト。お前の力を示す時が来たのです!」
仰々しい言い方をしているが、結局のところ器に蜜を出せと言うことである。たっぷりと蜜を出してくれた精霊にはそのうちお礼をしないといけないだろう。
そして、蜜の匂いにつられたのかハナクイドレイクのハナちゃんが寄ってきた。
普段は葉っぱなんかを食べているけど、花の蜜が大好物で花の咲く時期になると蜜を蓄えた花の部分ばかり食べてしまう亜竜の一種だ。鎧竜のような絶大な力もなく、馬のように速く走れるわけでもないので騎獣としては正直微妙なのだけど、記憶力が良く甘い物をくれた人を覚えておねだりをするので女の子たちから可愛がられている。
タルトがちぎったスコーンにたっぷりと蜜を絡ませて与えると、ハナちゃんはキュウキュウと可愛らしい声を上げて喜び、タルトに頬擦りをしてもっともっととおねだりを始めた。亜竜のくせにとんでもない甘えん坊だ。持ち主はくっつく精霊を使役しているクゲナンデス先輩。あの先輩は絶対にかわいいもの好きだな。
「こんなこともあろうかと、野菜スティックを用意してきたんだ」
ヒッポグリフに乗って先導を務めていたサンダース先輩が食べやすいようにカットされた野菜を取り出した。
「わたくしがこの菜の花を与えるのですよ!」
「ニンジンも美味しいぞ、ハナちゃん」
「あら、カリフラワーなんて。また園芸サークルからガメたわね?」
女性陣もやってきて、ハナちゃんに餌付けしながらそのまま皆でランチに突入してしまった。テーブルに取り残された自分では動けない音楽の精霊を雷鳴と蜜の精霊が運んでくる。使役者であるシュセンドゥ先輩はハナちゃんに夢中だ。かわいそうに……
「よくやったアーレイ。お前の精霊のおかげで自然に女子たちをランチに誘えたぞ……」
先輩のひとりが耳打ちしてきた。なんとサンダース先輩はクゲナンデス先輩に近づく機会を狙っていたらしい。タルトがハナちゃんを呼んでくれたので、ここぞとばかりに野菜スティック作戦を決行したそうだ。言われてみれば、ふたり仲良くハナちゃんにエサをあげている。
他の先輩たちもいつもは女子と男子に分かれてしまうのに、今日はハナちゃんや精霊たちの話題が弾んでいるようで楽しそうにお話ししていた。皆、抜け目ないなぁ……
タルトがお昼寝を訴えたので精霊たちはお昼寝の時間だ。タルトは蜜の精霊とくっつく精霊を抱っこして眠ってしまった。雷鳴の精霊も雲の上で横になっているし、音楽の精霊はタルトたちの耳元で小さく子守唄を奏でている。
精霊たちとサンダース先輩の作戦に便乗してちゃっかり女の子と仲良くしてやがる先輩たちは放っておいて、僕はコケトリスとボール遊びだ。
僕の乗ってきたコケトリスは【魔薬王】ことプロセルピーネ先生の騎獣で、真っ黒な体が光の当たり方で緑や青みがかって見える美しい雄鶏だ。【天を覆う漆黒の翼】という中二センス溢れる名前が付いているのだけど、皆からは黒スケと呼ばれている。
コイツはイリーガルピッチが気に入っているようで求愛行動を示すのだけど、当のイリーガルピッチからはまったく相手にされていない。あんまり放っておくとイリーガルピッチがウザがって喧嘩してしまうので、別のもので気を逸らしてあげないといけないのだ。
目立つようオレンジ色に着色された軽い木製のボールを投げたり蹴とばしたりしてコケトリスに取ってこさせていると、一緒に遊んで欲しいのか、ヒッポグリフたちまでこちらに寄ってきたので仲間に入れてあげる。
しばらくの間は何事もなく遊んでいたけど、僕は森の中からこちらを伺っている視線があることに気が付いた。
……好意的なものではないな……僕たちを狙っている?
これがロゥリング族の特性なのか、僕は自分に対する他者の気配に敏感だ。予感とか直感とか14歳の妄想ではなく、田西宿実にはなかったものなので言葉にはし難いのだけど、五感とは別にそういったナニカを感じる感覚がある。燃え上がらせて超人的なパワーを発揮するなんてできなかったけど……
気配に気付かない振りをしてボールを皆のいる方へ蹴っ飛ばす。ボールを追いかけて行ったヒッポグリフを追いながら皆のところまで戻り、サンダース先輩に森の中の視線について報告した。
「これだけ騒げば熊や猪なら離れていくはずだ。野犬の群れでもいるのか? 馬たちを集めよう」
サンダース先輩の指示を受けてシュセンドゥ先輩が笛を吹きならす。鎧竜を呼ぶ音だ。頑丈な身体ゆえに鞭もハミも意に介さない鎧竜は匂いや音でしか操れない。精霊たちを起こすように言われた音楽の精霊が甲高い耳障りな音を響かせると、お昼寝中だった精霊たちがぱっちりと目を覚ました。
「警告音とは穏やかでないのです」
どうやら危険を知らせる信号が決まっていたらしい。
「リンゴを用意しておいてくれ、馬を集めてくる」
馬具を装着したヒッポグリフに跨ったサンダース先輩と雷鳴の精霊が馬を集めに行き、女性陣は馬を落ち着かせるためのリンゴを切り始めた。サンダース先輩は上手いもので、群れが散らばらないよう雷鳴の精霊に周りを飛び回らせながら馬たちを追ってくる。その様子はまるでカウボーイだ。
馬たちがもう少しで合流するというところで、襲うタイミングを失ったことに気付いたらしい野犬たちが森から飛び出してきた。
20? いや、30匹はいるぞ……
コイツらは野良じゃなく完全に野生化していて、山で繁殖して数を増やし当たり前に人も襲う。狼と変わらない野生動物だ。こんな大きな群れを作るなんて思っていなかった。
「防御円陣! 鎧竜を盾に、魔獣たちの内側に馬を入れろっ!」
サンダース先輩が怒鳴り声を上げる。それを受けて他の先輩たちが動き始めた。
魔導院の専門課程には騎士課程という魔術を用いた戦闘を専門とする課程があり、魔物や魔獣との戦闘を想定した訓練を積んでいる。野犬がこちらに到達する前に騎士課程に所属している先輩たちが鎧竜を正面に、ヒッポグリフを左右に展開させて馬たちを囲い込む。
「騎士課程の者は防衛戦闘用意! 奴らを中に通すなっ! 騎士課程以外の者は馬を抑えろっ!」
ヒッポグリフやコケトリスは魔獣だけあって野犬の数匹は相手取れるけど、軍馬として訓練されていない馬に野犬の相手は無理だ。1頭だけいる世紀末覇王が跨っていたような大型馬を中心に集める。実はどんくさい奴なのだけど、貫禄だけはあるので近くにいれば他の馬が安心してくれるかもしれない。亜竜なのに戦闘能力皆無なハナちゃんも一緒だ。
首席はまだ教養課程だというのに自らのヒッポグリフに跨って戦うつもりか。僕もコケトリスたちに指示を出さないとダメだろう。勝手気ままに戦わせるならともかく、防衛線を守らせるためには誰かが指示してやらないといけない。
背負い鞄から小振りな羽子板のような僕の魔導器を取り出して黒スケに跨れば、イリーガルピッチは何も指示しなくても隣に並んでくれた。
「ペトペトはヌトヌトと一緒にこの者にしっかりくっついているのです」
タルトはハナちゃんに跨ったクゲナンデス先輩にくっつく精霊と蜜の精霊を押し付けていた。自分は蓋を閉めて箱に閉じこもってしまった音楽の精霊の上によっこいしょと腰を下ろす。
何だろう……床几に座った戦国武将のような威厳を感じるのは、僕が緊張しているせいだろうか……
「遠距離攻撃が可能な魔導器を持つ者は斉射用意っ! 敵を散らばらせるな、両端を狙えよっ!」
魔導器というのは魔法陣を刻み込んだ道具のことで、見た目は武器だったり防具だったり装飾品だったりといろいろだ。あらかじめ決められた魔術しか使えないけど、魔力を流し込むだけで魔術が発動して、長ったらしい呪文をいちいち口で唱える必要がない。
僕は試したことないけど、5秒程度で唱えられる呪文でも不意打ち以外では使い難いそうだ。主人公がだらだらと呪文を唱えている間、悪党は手を出してはいけないなんてルールはこの世界にはなかった。
「ようしっ、てっ――!」
サンダース先輩の合図で一斉に魔術が放たれた。氷の槍や岩の塊、炎の球なんかが飛んでいく。
僕も撃ったけど、僕の魔導器に刻まれた魔法陣は『エアバースト』という圧縮した空気の塊を飛ばして、なにかにぶつかるとその空気を開放して吹き飛ばすという術式なので足止めがせいぜいだろう。実習で作った魔導院で行われる競技用の魔導器なので、殺傷能力の高い術式なんて刻んでいないのだ。
今の先制攻撃で数匹の野犬が動かなくなった。一度に3匹ほど氷の槍で串刺しにしたのは鎧竜の背にいるモチカさんだ。さすがは大先輩。ただし、まだ野犬は20匹以上残っていて、仲間の犠牲など目に入っていないかのように一目散に襲い掛かってきた。




