120 薄っぺらなエルフ
お披露目パーティーから3日が経ち、今日は馬術競技と使い魔や騎獣の披露会が同時に開かれている。出身領に仕官しない卒業生には派閥から仕官先が斡旋されていて、これら一連のイベントはいわば採用面接。魔導院の卒業生というだけで魔力の素養に優れているという点は保証されているので、よっぽど相手の神経を逆撫でしない限り不採用ということはないらしいけど、配属先や待遇がかかっている先輩たちはいいところを見せようと大張り切りだ。
もっとも、馬術競技は王都にある国立高等学習院や王国軍士官学校の生徒のみならず、領主お抱えの腕自慢の参加も受け付けていて、入賞は全部大人たちに掻っ攫われるのが通例だとリアリィ先生が教えてくれた。この競技会の目的は、上流階級の一員となる卒業生たちに自分はまだひよっこなのだと思い知らせることにあるそうな。
会場になっているのはどうも競馬場のようなところらしく、前世の競馬場ほど広くはないもののグルッと回るコースがあって、真ん中に障害馬術の大会が開かれる馬場が設けられている。通常馬を走らせるコース上には騎獣や使い魔を収容する仕切りが用意され、それぞれに番号がふられていた。この番号で訪れた人たちにお気に入りを投票してもらい、披露会の入賞者を決めるという。
「ここいらは陽当たりが良さそうなのです」
クマネストに跨ったタルトがコース上の一角を指差した。仕切りはどこを使うのか指定されてはおらず、披露会の参加者は空いている場所を好きに選んでいい。馬場の北側で周囲に背の高い障害物がないなかなか良さそうな場所だ。
クマネスト、黒スケ、イリーガルピッチ、ヒポリエッタの順に並べて仕切りに入れ、用意されている看板に騎獣のプロフィールを書いて立てかけておく。クマネストの隣が空いていたので、防水布を敷いてお昼寝場所をキープしたとタルトを呼び寄せる。
「下僕。どうしてわたくしを独りぼっちにするのですか?」
「そんなこと言っても、使い魔はひとつの仕切りに一匹がルールだよ」
看板に「種族、3歳児。名前、タルト」と書いて仕切りの前に立てかけた。
「これでよし」
「よくないのです。仕切りには下僕が入るのです」
僕の腰をガッチリと掴んだ3歳児がお前が入れと仕切りの中に押し込もうとしてきた。タルトは体格の割に力が強くグイグイ押してくる。負けるものかっ……
「バカなことしてないで場所を空けてちょうだい」
そこにイナホリプルを曳いたロミーオさんがやってきた。
「おはようございます。先輩」
「本当にドレスで騎乗したんだ」
イナホリプルの背には真っ赤な夜会服を身に纏ったアキマヘン嬢が横座りに腰かけていて、機嫌がいいのか咲き誇らんばかりの微笑みを投げかけてくる。コケトリスを騎獣として普及させるために、流行を生みだすことに情熱を傾けているロミーオさんとタッグを組むことにしたのだろう。とっても似合っていてかわいい。
「まるで、絵画の中から出てきたようですわね……」
「ふふっ、ありがとうございます」
くやしいけど、ヒッポグリフより尾羽の美しいコケトリスの方が数段エレガントだと主席がしきりに感心している。イリーガルピッチを仕切りに入れていたドクロワルさんもやってきて、自分も夜会服を着てくればよかったと残念そうに呟く。クマネストの隣にイナホリプルを入れ看板を立てかけたところで、馬術競技の始まりを告げる花火が打ち上げられた。
馬術競技は馬場の中に設けられた10個かそこらある障害を決められた順番にクリアしていく競技で、障害に触れてバーを落下させてしまったりすると減点。順位は減点の少ない順につけられ、同点の場合はタイムの短い方が上位とされる。ただ、ストップウォッチなんてないので使われるのは砂時計。タイムとはいうものの、単位は秒ではなくグラムで表されるそうだ。
騎獣は馬でなくても参加可能だけど契約している使い魔はダメ。自分の騎獣がなくても用意されている馬を借りることができ、時間内であればエントリーは随時受け付け中。披露会で久しぶりに顔を会わせて、よし勝負だとなる人たちも少なくないという。
「見せていただきましょうか。王国軍の士官候補生の実力とやらを……」
主席がクックック……と薄笑いを浮かべていた。士官学校の教育課程には騎乗技術が含まれているから、学習院よりも数段手強いとリアリィ先生からは聞かされている。懲りもせず、また他の学校に喧嘩を売る気だろうか。
エントリーの受付に目を向ければ、簡易な軍礼装のような制服に身を包んだ子たちが列をなしていた。士官学校の候補生だろう。わちゃわちゃと団子になっている魔導院の先輩たちと違って整然と並んでいるあたり、かなり厳しい軍隊教育が施されていることが見て取れる。
なるほど、これは手強そうだと眺めていたところに、あのクセイナーというエルフのお嬢様も学習院の生徒たちを引き連れてやってきた。額から1本の捻じれた角を生やしたカッコイイ白馬に跨っている。
おぉう……もしかして、ユニコーンってヤツか?
「研究発表会ではずいぶんなことをなされたと耳にいたしております。あなたと、そちらのドワーフの方が……」
「あの程度でずいぶんとは、学習院こそずいぶんと温いのではありませんこと?」
僕たちの前でユニコーンの足を止めさせて、よくもやってくれたなと睨み付けてくるエルフお嬢様。受けて立った主席が、自分もドクロワルさんも単に事実を指摘しただけ。それのどこが「ずいぶん」なのだと鼻を鳴らす。
「わざわざ晴れの舞台で貶めるなんて、少々思慮に欠けていたとは思いませんか?」
「彼らは自分で自分を貶めたのですわ。私たちが貶めたわけではございませんわよ」
生徒はしょせん半人前なのだから、誰もが唸るような研究や製品として流通させられる上級再生薬なんて作れなくても恥じることはない。訪れた人たちだってそんなことはわかっている。姑息な手段でそれを誤魔化そうとして墓穴を掘ったのは彼ら自身だと主席は肩をすくめた。
「穴を掘ったのは彼ら自身でも、突き落としたのはしゅ――ぜぎっ!」
「話の最中に横からツッコムなんてお行儀が悪いですわよ」
余計なことを言うなと主席に拳骨を落っことされた。酷い……
「なんとも野蛮なこと。高貴な者には相応しい振る舞いというものがあるでしょうに……」
「実力にそぐわない称賛を得ようと振る舞うことが高貴とは、薄っぺらなエルフには相応しいかもしれませんわね」
エルフお嬢様は知らないだろうけど、「高貴な者に相応しい……」はなにかとバグジードが口にしていたから主席はカチンときてしまったようだ。容赦なくエルフお嬢様の身体的欠陥をあげつらう。
「わたくし達のどこが薄っぺらだと……」
「それはもちろん――」
「おっぱい」
「――のことに決まっているではございませんか」
主席に胸がない奴は度量もないと言われたエルフお嬢様は顔を紅蓮に染め怒りをあらわに――ぐはっ、僕の目の前に星が散った。
「話の途中で口を挟むなと言ったはずですわよ」
再び頭のてっぺんに拳骨を落とされた。痛い……
「だって、アレはどう見てもムジヒダネ級だよ。クゲナンデス級にすら届いてないよ」
「誰がおっぱいの話をしているのですっ?」
違うというのだろうか。薄っぺらといったら、間違いなくブタさんが現れないであろう胸元以外にないと思うのだけど……
「なんて低俗な……。馬術競技も披露会もわたくしとこのリルティングトロットが制覇して、魔導院がいかに下劣であるか思い知らせてさしあげましょう……」
エルフお嬢様は胸が薄いのを気にしていたらしい。早くも怒りマックスで憎しみに満ち溢れた魔力を叩きつけてくる。確かにおっぱいは大切だけど、沸点低すぎじゃないか……
「そんな雑種が神々の創り出した聖獣に敵うはずもありませんが、せいぜい足掻いてくださいな。滑稽な姿を楽しめるように……」
「ヒポリエッタを侮辱することは許しませんわよっ!」
主席の沸点も相当に低かった。ヒッポグリフはグリフォンが牝馬に産ませた仔だから雑種というのは疑いようのない事実なのだけど、先ほど「自分は単に事実を指摘しただけ」と鼻で笑っていたことも忘れて逆上している。
別に雑種だからって劣っているとは限らないだろうに……
ホホホ……と高笑いを残してエルフお嬢様が去ってゆく。後に従う学習院の生徒たちの中には、喧嘩を売った相手が【禁書王】の親分格であることに気付いていないマダお兄さんの姿もあった。まぁ、ダエコさんの方が魔力に優れているみたいだから、彼が破滅してもパクリスギ家としては困らないだろう。
「森の貴族だかなんだか知りませんけど、なんとしてもあのエルフの鼻っ柱を叩き折らなければ気が済みそうにありません。もちろん、協力してくださいますわよね……」
グワシと主席に肩を鷲掴みにされた。ギリギリと爪が食い込んでくる。口では協力を求めているものの、絶対に逃がさない構えだ。
「そんなこと言ったって、ヒポリエッタじゃ勝ち目はないと思うよ」
主席のヒッポグリフはまだ訓練を始めたばかりの若駒で、エルフお嬢様の自信と立派な馬体を見ればあのユニコーンが訓練済みの古馬であることは明らかだった。馬術競技というのは、いかに馬をきっちり仕上げてきたかで8割方勝敗が決まる。どれほど凄腕の騎手であっても、馬が動作を覚えていなければどうしようもない。
騎乗部門に所属している主席が知らないはずないのだけど……
「冗談じゃないわ。あんなのに話題をかっさらわれて堪るもんですか」
「馬術競技はともかく、披露会での入賞は譲れません」
ロミーオさんとアキマヘン嬢も負けてなるものかと息巻いていた。ユニコーンなんて王侯貴族であっても易々とは手に入らない。憧れるしかない希少種より、手の届くコケトリスを貴婦人たちの間に流行させるのだと対抗心を燃やしている。
「そういうわけですから、何か上手い方法を考えてください」
「なんとしても、コケトリスをユニコーンより上位に入賞させるのよ」
「先輩ならなんとかしてくれるって、私信じてます」
おいぃぃぃ……3人揃って丸投げかよ?
誰だ文殊の知恵なんて言ったバカ野郎は……
「心配はいりませんよモロリーヌちゃん。お姉さんにいい考えがあります」
オゥ、さすがはドクロワルさんだ。右手の人差し指をチッチッチ……と振りながら、任せておけと自信マンマンに請け負ってくれる。学業成績では他の3人に譲るけど、こうゆう時に頼りになるのは大人に混じって仕事をしたことのある彼女しかいない。
「薬を仕込んだニンジンを食べさせればイチコロですよ」
「会場はバシリスクだらけですわよ。僅かな毒もすぐに嗅ぎ付けられますわ」
「ユニコーンは毒や病気を浄化するっていうじゃない。そんなのただのニンジンと同じよ」
「躊躇いなく馬を毒殺するという発想に戦慄を禁じ得ません」
毒ニンジンというベタ過ぎる提案に、考えることを放棄した3人は僕に丸投げしたことも忘れて集中砲火を浴びせかけた。まぁ主席の言うとおり、上流階級の人たちにお茶や食事が供される催し物には必ずヒメバシリスクが連れてこられるので、毒エサなんてあっという間に横取りされてしまう。ロミーオさんの言うような能力が本当にあるのなら、食べさせることに成功したところですぐに解毒されて終わりだろう。
「いえっ。薬殺ではなく、気を失っている間に脚を4本付け足すぐらいでっ」
脚の数が倍になれば走る速さも倍になるのではないかと、マッドな謎理論を並べて必死に弁解するドクロワルさん。殺害ではなく改造なら許されると思っているのだろうか。患者が寝ている間にこっそり改造してしまおうなど、治療士としての倫理はどこへ行ったと丸投げ3人衆が容赦なく責め立てる。
「別に減るわけではありませんし……」
「増えるならいいってものではございませんでしょう」
普通に診察している分にはスゴ腕の治療士なのに、師弟揃ってどうして余計な手を加えたがるのだと主席はこめかみを抑えていた。
「体重が増えちゃうのは深刻な問題ですね。わかります」
「どういう納得の仕方よそれ……」
誰も体重の話なんてしていないとロミーオさんが呆れていたけど、ひとまず毒ニンジン作戦は諦めてくれたようだ。もっとマシな方法はないのかと荒ぶっている主席は、まだ身体が出来上がっていないヒポリエッタに無理をさせて怪我でも負わせたら元も子もない。馬術競技の方はエルフお嬢様に花を持たせてやろうとなだめておく。
「まあ、地道にアピールを続けて披露会での入賞を狙うしかないと思うよ」
「それは手をこまねいているのと、どう違いますの?」
「なにもしないってわけじゃないさ。魔導院祭の時みたいに曳きコケトリスをやろう」
フォーマルな夜会服でこそないものの、馬術競技に参加しないご婦人方は当然ドレスを身に着けている。とりあえずアキマヘン嬢にコースを1周してもらい、ドレスのままでも乗っていただけますと希望者を募ることにした。




