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道案内の少女  作者: 小睦 博
第5章 王都で過ごす冬

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112 迂闊なるクマ

 ワイバーンで先行偵察といってもこんなところで魔物が出るはずもなく、竜車の通行に支障がないよう街道の状態を確認するのが主な任務だという。道が崩れていたり塞がっているようなら工兵隊に報せて修復させるなり、迂回路を探すなりしなければならない。


 盗賊団が出たりしないのかと尋ねたところ、公爵様の一行を襲撃できるほど人を集められるなら、領の募集している開拓事業に応募する方がよっぽど実入りが大きい。過去に存在していたとされる盗賊団の正体は勢力争いに負けた土豪。その土地の正当な支配者は自分だという理屈を通すために、勝者によって不法占拠していた悪者に仕立て上げられたのだという。

 本当に盗賊働きだけで食べていけるわけがないとコナカケイル氏に笑われてしまった。


「あっちに武器を持った者たちが集まっているのです」

「にゃにっ?」


 盗賊団なんているわけないと口にした矢先に武装集団がいるとタルトに教えられコナカケイル氏が噛んだ。いったい何事かとモモベェを向かわせたところ、集落の中心に槍だの鎌だのを持った男たちが集まっていた。盗賊団ではなかったらしく、ワイバーンを着陸させると竜騎士様が来てくれたと歓声を上げて集まってくる。

 話を聞いたところ、冬ごもりに失敗した大熊に民家が襲撃されたらしい。


「女ふたりがやられました。人の味を覚えた奴はまた来るに違いありません」


 近くの街道を領主様が通過するという時に武器なんて集めていたら武装蜂起の疑いをかけられるぞと解散させようとしたものの、熊を恐れる村人たちは奴が近くをウロついている限り安心できないと引き下がらない。竜騎士様のお力でやっつけてくれとお願いされてしまう。


「とっ捕まえてわたくしの乳母車を牽かせるのです」


 そこに、タルトが生け捕りにすると言い出した。ヒポリエッタに牽かせると主席がふて腐れてしまうので、代わりに乳母車を牽かせたいようだ。自分の従僕にすると簡単に言いやがる。


「モモベェがいては近づいてこないのです。お前はひと足先に戻るのですよ」

「そんなことをしたら、メルクリアとプロセルピーネからダブルでお叱りを受けてしまうよ」


 いつの間にやらプッピーを呼び捨てする仲になっていたらしいコナカケイル氏。僕たちから目を離すわけにはいかないと、近くにあった林の中へ隠れているようモモベェに命じ、腰のホルスターからリボルバー式の拳銃のような魔導器を取り出した。


 銃身と撃鉄がなく、弾倉にあたる部分に装填されているのは弾ではなく魔法陣。引き金を引くとシリンダーが回転し術式が切り替わるという仕組みになっていて、これひとつで5つか6つの術式を持ち歩けるという優れものだ。魔導器本体は比較的安価なのだけど、騎士の使う強力で複雑な術式を銃弾サイズに収めるのは容易なことではなく、魔法陣の方はけっこう高価。フル装填するならかなりの出費を覚悟しなければならない。


「6つ全部装填してあるんですか?」

「まあ……いちおうはね……」


 着弾すると爆発する火球を撃ち出すグレネード術式と、魔力を流し続けている限り次々と氷の矢を射出するマシンガン術式だけはプロ職人の手によるもの。残りの4つは、魔導院の教本にあるような基本術式をモチカさんに作ってもらったものだという。細やかな作業は苦手なのだと、コナカケイル氏は言い訳をするように苦笑いを浮かべた。


「そんなものはしまっておくのです」


 従僕にするのに傷つけてどうする。相手を従わせるには力の差を思い知らせるのが一番。あえて傷つけない方法を採ることで余裕を見せつけるのだと、腕に巻きついたモチカさんの精霊をタルトが指し示す。攻撃を仕掛けるのは相手を恐れているという証拠だそうな。


「弱虫なお前たちに、冴えたやり方というものを教えてあげるのですよ」


 ついてこいと言って、樵の人たちが使う森へと足を向ける3歳児。僕にはまだ感じられないけど、タルトはすでに大熊の居場所をつかんでいるのだろう。微塵の迷いも感じさせない足取りで木々の間をトコトコと突き進んでゆく。


 人喰い熊は意外と近くに潜んでいたらしく、森に入って500メートルほど進んだところで獲物を狙うような殺気を感じた。いつでも『ヴィヴィアナロック』と『ヴィヴィアナピット』を使えるよう準備しておく。底の薄いパンプスでは3歳児の足について行くのが精一杯。走って逃げることはまず不可能だ。


「ここいらでいいのです」


 僕たちを狙う気配は風下に回り込もうと移動している。大樹の袂で足を止めたタルトがポイと放り投げると、巻きつく精霊が頭上の枝に絡みつき梢の中へと姿を消した。少し離れたところにあった倒木に腰かけて、僕たちにもひと休みせよと手招きする。


 こいつ……熊が近づいてくるルートまで計算して……


 風下から接近するのに、その大樹の陰はここしかないというくらい恰好の隠れ場所だった。感付かれていると気付いていない熊は足音を立てないようゆっくりと忍び寄ってきて、ガオーッと飛び出そうとした瞬間、両後肢を巻きつく精霊に絡めとられ海老反りに吊るされる。その機を逃さず、『ヴィヴィアナロック』で前肢と首も拘束してしまう。


 無防備な獲物に襲い掛かるはずが一瞬で抵抗できない状態に捕らえられた憐れな熊は、なにがなんだかわからないとでも言いたげに情けない吠え声を上げた。


「良い子にしているなら食べ物をあげるのです。悪い子のままでいるなら、この場でバラバラにしてしまうのですよ」


 好きな方を選べと、タルトが熊の鼻先に人差し指を突き付ける。状況が飲み込めないのか熊の魔力からは混乱が伝わってきたものの、どうやら3歳児の従僕になることを受け入れたらしい。落ち着きを取り戻し魔力からも殺気が消えうせた。拘束を解かれた人喰い熊は、タルトに耳の後ろを撫でられて気持ちよさそうに唸っている。


「大熊って話だったけど、それほどでもなかったようだね」


 人の目はあてにならんとコナカケイル氏が笑う。迂闊な奴ということでクマネストと名付けられたこの熊は、体長が180センチ弱のオス。熊としては特別大きいというほどではない。狐の様な黄色っぽい毛並みをしていて、食べ物に困っていたのか身体は痩せていた。


 集落に連れて戻ると、こんなに小さい奴だったかと村人たちは半信半疑だったけど、タルトが立ち上がらせてみたところ、こいつで間違いないということになった。熊の体長というのは四つん這い状態での鼻先からお尻までの長さ。立ち上がると後肢の長さが加わるのでおっきく見えるのだ。


 仲間の仇を討ちたがる村人もいたものの、精霊が従えてしまったのだからと不承不承矛を収めてもらう。お礼として馬に与えるトウモロコシをわけてもらい、街道に戻って魔導院の一行に合流した僕たちを待っていたのは、もちろんリアリィ先生の大目玉だった。


「ワイバーンで飛び立ったはずが、熊に跨って戻って来るなんて……。あなたという人はどこまで予測不能なことをしでかせば気が済むのです?」


 そんなに石を抱かされたいのかと僕を睨みつけるリアリィ先生。違うんだ。僕のせいじゃないと言っても大人はわかってくれない。問答無用で全部僕が悪かったことにされてしまう。


「いやまぁ……。実にスマートというか、エレガントとすら感じさせる手際だったよ……」


 熊の接近を知らされていなかったコナカケイル氏が、気が付いたら熊が縛られていた。騎士である自分が魔導器を向ける暇さえないほどあっけなかったので、タルトにとっては危険なんて欠片もなかったのだろうと援護してくれる。


「先輩が一緒ならと安心していたのに生徒にやらせるなんて、それでも騎士ですかっ!」


 コナカケイル氏の弁解は火に油を注ぐ結果となった。そんなのは結果論に過ぎないと、リアリィ先生はおっぱいをブルブル震わせてますますヒートアップする。とうとう、僕は巻きつく精霊を首にかけられ、勝手に離れられないようモチカさんに繋がれた。


「まさか、本当に繋ぐとは……」

「あの精霊と術式に加えてロゥリング族の特性。アーレイ君が並みの生徒でないからこそ、メルは余計心配でならないのです。察してあげてください」


 ジラントやワイバーンは騎士の出動を要請するに足る魔物。本来であれば、生徒の持っている装備でどうにかできるような相手ではない。だけど、ロゥリングレーダーに『ヴィヴィアナロック』と亜竜にも対抗しうる力を有しているがゆえに、無力であれば避けるであろう危険にも飛び込んでしまうのではないか。リアリィ先生はそれが不安で仕方ないのだと、竜車を牽く鎧竜の御者台でモチカさんが口にする。


 サクラちゃんのお兄さんに戦いを挑んだことや、メイド欲しさに炎上している屋敷に突入したのも同じこと。なまじっか有用な術式を持っているものだから何をするか見当もつかない。リアリィ先生が過敏になるのは当然のことで、僕には前科者という意識が足りないそうだ。


「私は兄の様に甘くはありません。モロリーヌさんには従順な飼い犬になってもらいます」

「ちょっ!」


 嗜虐的な笑みを浮かべたモチカさんに飼い犬宣言されてしまった。






 ヒポリエッタが馬車馬から解放され、僕が乳母車でゴロゴロできなくなったことで主席のご機嫌は回復した。クマネストがすっかり気に入ったようで、暇さえあれば蜜の精霊とお腹の柔らかい毛の感触を楽しんでいる。クマネストも主席というか蜜の精霊にすっかり懐いてしまった。

 熊だけあって、蜜が大好物だったのだ。


 主席によると、紅葉した葉っぱの様に赤とかオレンジの毛並みを持つモミジグマという種類で、赤みが薄く黄色っぽいのは珍しいのだという。ペドロリアン領の領紋には楓の葉っぱと熊がデザインに使われているのだけど、この熊がモミジグマ。実家にゆかりのある熊がかわいいのか甘やかしまくっている。


 モチカさんの監視付きとなった僕には厳しい女の子レッスンが課されることになった。御者台に腰かけている時に膝の間に隙間ができるとチョップ。脇が開くとチョップ。ヘキシッとくしゃみをしてもチョップである。女の子は可愛らしくクチュンとしなければいけないらしい。

 そんな数日が過ぎて、魔導院の一行は北部派最大の都市モウペドロリアーネに到着した。


「でっか……」


 元々は中心街だけがモウペドロリアーネで、広い場所を必要とする市場は農産物、鉱物、建材、家畜といったカテゴリーごとに街の外に設けられていたのだけど、街が広がって市場を飲み込んでしまったそうだ。そのため、中心街を囲むように円状に市場が配置され、それらを繋ぐ環状の大通りが目抜き通り。中心街に近いところを走る内回りと、市場の外側を走る外回りがあって、徒歩以外の荷馬や車両は進行方向が決められているという。


「騎獣で逆走すると捕らえられますから、移動にはちょっとコツが必要になりますの」


 通行の妨げとならないよう、逆走と大通りの横断は禁止。横断したい場合は、いったん大通りを進んでから次の交差点を曲がるというルールなのだと主席が教えてくれた。


 ホンマニ公爵様の一行は主席の祖父、ペドロリアン侯爵の屋敷にお招きされているので中心街へと向かい、僕たちは借り上げた宿に宿泊。かと思ったら、宿に着いたところで自分たちも領主の屋敷に向かうぞと主席が宣言する。実家から迎えが来たようで、僕とタルトも連れてくるよう指示があったらしい。


「なんで僕まで?」

「授業料を肩代わりする約束ですもの。どんな生徒なのか気になるのは当然のことですわ」


 2年分の授業料と引き換えにモモベェを譲り受けたのはペドロリアン侯爵。それをコナカケイル氏に貸与しているのだという。売却代金とはいえ授業料を肩代わりするのだから、一度顔を見ておきたいということのようだ。


「うえぇぇぇ……それってつまり、面接ってこと?」

「固くなる必要はありませんわよ。真っ当な取引を後から反故にしたりはいたしません」


 僕と侯爵は取引相手。仕官を申し出ているわけではないのだから、作法以上にへりくだって気に入られようとする必要はまったくない。そもそも、売却代金を授業料でというのはリアリィ先生の提案で、ワイバーンの引き渡しにも立ち会っている。魔導院が仲介した取引を一方的に破棄してホンマニ公爵様の怒りを買うようなお爺様ではないと主席が笑った。


 ただ、授業料を負担することで侯爵が僕を支援していると周囲の目には映るから、顔も知らなければ言葉を交わしたこともないというのは些か体裁が悪い。他人から尋ねられた時に答えられるくらいには知っておきたいということらしい。


「クマリエッタも連れて行きましょう。モミジグマはペドロリアンの象徴ですから」

「勝手に名前を変えてしまうのではないのです」


 主席はヒッポグリフ。タルトはクマネストに牽かせた乳母車があるので、僕とモチカさんだけ迎えの人が用意してくれた馬車に乗り込む。地元に戻ってきたことが嬉しいのか、先導するのは主席なようだ。ペドロリアンの旗を掲げて意気揚々とヒポリエッタを進ませ始めた。


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