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道案内の少女  作者: 小睦 博
第5章 王都で過ごす冬

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109 一番の問題児

 野営の容易な夏場であれば14日くらいで王都に着けるらしいのだけど、今の時期は宿泊場所の確保できる街をたどってゆくので20日近くかかるという。空気が乾燥しているので天候が崩れることは少ないというのが唯一の救いだ。


 同行している間は借り上げた馬車と宿泊場所を利用させてもらえるので、王都に向かう行列には一時帰省する生徒たちも多く混じっている。どうせ一緒なら目の届くところに置いておく方が余計な心配をしなくて済む。遠征実習の時のように気を揉まされるのはまっぴらだと、リアリィ先生はまるで僕が悪いみたいに嫌味をぶちまけてくれた。


「アーレイ君……あなたという人はどこまで……」


 行軍の最中、ヒッポグリフに跨った主席が許しがたいと言わんばかりの表情で僕を見下ろしている。気持ちはわかるけど僕を責めないでほしい。騎獣をドクロワルさんに使わせてしまったので、こうする以外の選択肢などなかったのだ。

 僕はイリーガルピッチに牽かせた乳母車に乗って、タルトと一緒にゴロゴロ寝そべっていた。


「ぐぬぬ……ヌトリエッタまで……」


 憎しみで僕を呪い殺そうとするかのようにギリギリと歯噛みする主席。蜜の精霊は出発して早々に乳母車へやってくると、掛け布団の中に潜り込んで丸まってしまった。冷めることのない湯たんぽは実に心地よく、サスペンションとスプリングの利いたシートのおかげで振動も気にならない。ここより快適な空間はリアリィ先生の竜車だけだろう。


「どうせ主席の身長じゃ足がつかえちゃうよ」

「そういう問題ではございませんっ」


 この乳母車は発芽の精霊とタルトに合わせて設計されているから、僕より50センチも背の高い主席には狭すぎる。そう伝えたところ、誰も乗りたいなどとは言ってないと主席はふて腐れたように唇を尖がらせた。


「行軍中に靴まで脱いでくつろいでるなんて、この乳母車は贅沢が過ぎるんじゃないかい?」

「馬車も尻が痛くて敵わんな。本もおちおち読んでられん」


 お昼の休憩で一行が停止すると、帰省途中の【皇帝エンペラー】と【禁書王フォビドゥン】がやって来た。魔導院で借り上げた馬車は上流階級向けの高級馬車ではなく、乗車人数を最優先させた乗合馬車。サスペンションはなく緩衝材は座席のクッションだけなので、振動で本も読んでいられないと【禁書王】が不満をこぼす。


「あなたは馬くらい駆けさせられるよう練習したらいかがです」

「腕があと2本あったら考えなくもないのだがね……」


 超インドア派の【禁書王】は常歩なみあしが限界で、馬を駆けさせることはおろか速歩はやあしすら続けられない。嫡子なのだから騎乗くらいできなければ格好がつかないだろうと言う主席に、手綱を握りながら本をめくれるようになったらなどと答えている。主席を相手にこんなふざけた返しをするのはコイツだけだけど、この時、この場所においてその回答はヘルネスト以上に迂闊と言わざるを得ないだろう。背後から忍び寄った力強い手にガッチリと捕らえられた。


「腕を2本追加ですか。任せてください」

「オゥ、久しぶりの志願者ね。2本といわず、4本サービスするわよ」

「待てっ、待つんだドクロワルッ!」


 猫の手も借りたいと耳にしようものなら本当に猫の前肢を生やそうとするふたりの前で、腕をあと2本とはバカなことを口にしたものだ。両腕をドクロワルさんに掴まれてしまっては、ロクに鍛えていない【禁書王】の力で振りほどくことは不可能。馬上で本を読みながら周囲を見渡せるように、カタツムリの眼も増やしてみないかと【魔薬王ドラッガー】に迫られている。


「そんなことをしている暇はありませんよ。モウホンマーニに到着したら、おふたりは公爵様の随員に加わっていただきます」


 例によって貸し出し中のシルヒメさんを連れたリアリィ先生がやってきた。モウホンマーニからはホンマニ公爵様のご一行に同行するので、プロセルピーネ先生とドクロワルさんはそちらに合流しなければいけない。人体を改造して遊んでいる暇などないと釘を刺されてしまう。


「シルヒメさん。竜車に子供服を用意してありますので、さっさとモロリーヌに変えてしまってください」

「うええっ、もうっ?」


 ゴロゴロしている僕に目を止めたリアリィ先生が、男の子の格好をさせておくとコケトリスでフラフラ出かけてしまいかねない。乳母車に乗っている分にはスカートでも支障はないのだから、今のうちから変装させてしまえとシルヒメさんに命じた。シルキーの手でヒョイと抱き上げられ竜車に連れていかれる。


 赤い格子柄の入った茶色いお出かけ用ワンピースを着せられメイクを施されていたところ、リアリィ先生が竜車へと戻ってきた。僕のショートブーツは預かっておくので、これを履いていろと底の薄いパンプスを差し出してくる。野外活動には向かないだろうと文句を言ったところ、そのために用意したのだから当然だと薄笑いを浮かべた。


「目を離すとまたジラントを引っかけてこないとも限りません。これなら目の届かないところへは行けないでしょう」


 どうやら、リアリィ先生は僕のことを脳筋ズのように思っているらしい。モロリーヌにしてしまえば敵を求めてさまよい出すこともないだろうとニヤニヤ笑っている。


「僕のモットーは『俺より強い奴は避けておく』ですよ。ヘルネストと一緒にしないでください」

「あなたに比べたらウカツダネ君などかわいいものです。一緒にしては彼に失礼でしょう」


 ヘルネストはたびたび喧嘩騒ぎを起こすけど、ジラントの潜む山中に出かけて行ったことも、見ず知らずの騎士にガチバトルを仕掛けたこともない。魔導甲冑もなしに単身ワイバーンに立ち向かうなど正気の沙汰ではなく、僕に比べたら脳筋ズのほうがよっぽど理性的。先生がバグジード以上に頭を悩ませている問題児が他でもない僕だという。


「バグジードよりって……酷くありません?」

「シャチョナルド君ならいかようにも処分できます。アーレイ君はそうもいきません」


 2度にわたるワイバーンの暴走に加え、貸していた屋敷を全焼させてくれた。魔導院に置いておけないようなら放校処分にしてしまえばよく、それだけの材料は充分過ぎるほど揃っている。そういった不祥事は起こさないくせに、非常識な精霊を連れて何かと厄介事を引き起こしてくれる僕のほうがよっぽど目の離せない生徒であるらしい。

 首に縄をかけて繋いでおけたらどんなにいいことかとため息を吐く。


 先生の部屋でペットとして飼われるのも……アリだな……


「着替え中にじゃれついたり、寝ている間にベッドに忍び込んだり、先生の寝室では無限の冒険が僕を待っている」

「突然、何を口走っているのですか?」


 ヤバイ。つい妄想が口から漏れてしまった。言葉では理解できないというのなら、石を抱かせてやってもいいのだぞとリアリィ先生に凄まれてしまう。


「アーレイ君の姿が見えなくなると先生は気が気でなりません。目の届かないところに行くことは禁止です。わかりましたね」


 ひとりにしておくと何をやらかすか知れたものではない。乳母車に乗っておとなしくしているようにと鼻先に人差し指を突き付けられた。


 ヤレヤレ、少しは生徒を信用してくれたっていいのにと思いながら竜車を降りると、なんか所在なさげにポツンと突っ立っているロミーオさんと目が合った。ひとりでいるのかと尋ねてみたところ、南部派の集団には卒業生であるお兄さんがいる。人に自慢できるような成績でもないのにクゲナンデス先輩やアキマヘン嬢に先輩風を吹かせるから、居たたまれなくなって逃げてきたという。


「アキマヘン嬢もいるの?」

「なんでも、冬には顔を出すようにって魔導院祭の時に約束させられたそうよ」


 そういえば、イリーガルピッチを連れ出す時にイナホリプルの姿が見えなかったなと思い出す。王都まで行くけどお披露目パーティーに参加するわけではなく、あくまで一時帰省組なので最後尾にくっついているらしい。使用人の人たちを馬車に乗せて、自分はコケトリスに跨っているそうだ。


「あのニワトリ、ロゥリング族でなくても乗れたのね。流行りそうだわ」


 コケトリスを操れるのはロゥリング族だけとロミーオさんは思っていたらしい。獣のお尻を持っているグリフォンやヒッポグリフに比べると、尾羽がドレスに付ける引き裾のようで実に見栄えが良い。久しぶりにエレガント魂を刺激されたとよくわからん褒め言葉を口にしている。


「アキマヘン家は訓練の仕方を知らなかったからね。ペット魔獣にするしかなかったんだ」

「私にも乗れるかしら?」


 雌鶏ならおとなしくて従順だから誰でも乗れるようになると教えてあげたところ、ロミーオさんは夜会服のまま騎乗したいと言い出した。ドレス姿の貴婦人とコケトリスは絶対に絵になるから、マネしたがるご婦人もたくさん出てくるに違いない。今度こそ、この手で王都にニューウェーブを巻き起こすのだと息巻いている。

 彼女にとって流行は追いかけるものではなく、自ら生み出すものであるらしい。


 出発の時間が近づいてきたのでロミーオさんと別れタルトたちのところに戻る。モロリーヌにされてしまってはもう乳母車に乗っているしかない。ヨッコラショと乗り込む僕を、主席が忌々しそうな目で睨み付けていた。


「お昼を食べた後はお昼寝の時間なのです」


 僕のいない間にひとりだけ何か口にしていたらしい。口元にパンくずをくっつけた3歳児が抱っこしろとしがみついてきた。ハンカチで口を拭ってから隣に寝かせ腕枕で頭を支える。蜜の精霊をお腹に乗っけて寒くないように掛け布団を掛けてやると、満足した様にムフームフーと鼻を鳴らした。魔力から感じる主席のイライラはもうマックスだ。


「仮にも騎乗部門の生徒が乳母車だなんて、恥ずかしいとは思いませんの?」

「そうはいっても、この格好じゃあね……」


 地獄の底から響いてくるような声で主席が僕を非難する。文句があるならイリーガルピッチを弟子に使わせてしまったプロセルピーネ先生と、ひとりで動き回れないようモロリーヌに変装させたリアリィ先生に言ってほしい。


「ゾルビッチなど放っておいて下僕もお昼寝をするのです~」


 タルトはすっかりお昼寝モードだ。蜜の精霊を抱っこして幸せそうに微笑みながら目を閉じてしまっている。掛け布団から頭を出した蜜の精霊が使役者である主席にアッカンベーをした。


「はうあっ……ヌトリエッタまで……」


 自分の精霊に裏切られた主席がフラフラとおぼつかない足取りでヒポリエッタに跨った。あんな状態で落馬しないか心配だけど、パーマネント湯たんぽの温もりと動き出した乳母車のコトコトという振動がダブルで襲い掛かってくる。

 抗うことすら許されず、僕の意識は眠りへと追いやられた。






 領都モウホンマーニ。ヴィヴィアナ湖から流れ出たヴィヴィアナ川を中心に、西岸側にはホンマニ公爵様の居城が、東岸側には城下町が広がる人口10万人ほどの都市である。北部派首領のお膝元なわりにあまり大きくないのは、ぶっちゃけ田舎だから。


 北部派の経済的な中心地は主席の実家があるモウペドロリアーネで、東西南北に走る街道が交差する中継地点に位置し人口は50万を超えるという。公爵様がどうしてこんな田舎を拠点にしているのかと言うと、建国王の血を引くみっつの公爵家のうち、ホンマニ家にはヴィヴィアナ様をお祭りする役目が与えられているかららしい。


 道のない山中を進むのでない限り、モウヴィヴィアーナへ向かうにはモウホンマーニを通過せざるを得ない。他領から来た者がヴィヴィアナ様と魔導院に近づこうとすれば、それは必ず公爵様の知るところとなる。つまり、ここは関所なのだ。


 魔導院の一行がモウホンマーニに到着したところで、プロセルピーネ先生、ドクロワルさんにクゲナンデス先輩は公爵様に随行するべくお城へと向かった。僕たちは魔導院が借り上げた宿に宿泊である。イリーガルピッチがいなくなってしまったのでヒポリエッタに乳母車を牽いてくれるようお願いしたところ、主席は無言のまま般若の如き形相を浮かべた。


「乳母車が動かなくなっては仕方ないのです。ここで魔導器でも作りながらドクロビッチが帰ってくるのを待つのです」

「わかりましたっ。わかりましたからっ!」


 実家の倉庫に大量のマンドレイクが溢れている限り、主席はタルトの要求に従うしかない。高騰することを見越して気前よく買い付けたらしく、今の相場で売り払ったのでは足が出てしまうそうだ。涙目で僕を睨みつけながら乳母車にヒポリエッタを繋ぐ。


 宿に到着したところで、今度は部屋の割り当てをめぐってひと悶着あった。ロミーオさんがモロリーヌを男部屋で寝かせるなどとんでもないと主張したためだ。パートナーであるサンダース先輩と同室でいいのではないかと口にした【皇帝】が顔面にパンチを喰らって沈黙する。


「結婚前のふたりを同室とか、あんた頭腐ってんのっ?」


 腐っているのはロミーオさんの方ではなかろうか……

 そこはかとなく、微美穴先生と同じ香りがするぞ……


「モロリーヌさんには先生の部屋に泊まってもらいます」


 そこにリアリィ先生がやってきて、大きなベッドが2台あるから自分とシルヒメさんに僕とタルトの4人でちょうどいいと結論を下す。今度は男どもがけしからんと騒ぎ出したものの、モロリーヌと同室になって何をするつもりだとロミーオさんに黙らされた。


 うほぉぉぉう……リアリィ先生と同室ってリアリィ?

 もしかして、僕の時代来てる?


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