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他人というのが、諒には分からない。なぜ突然、あずさの態度が変わったのか、まったく不明だ。
自分のせいか? それとも赤城が何かしでかしたのか?
せめて原因が明らかなら諒にも改善するなりなんなり、いくらでもやりようはあるが、見当もつかない。
行き場のない感情を内に燻らせて、諒は帰る。赤城の友達に誘われたものの、体調不良を理由に断った。
やはり一人がいい。他人と関わるとろくなことがない。今回でそれが証明された。こんな辛いことは一度だけで充分だ。もう心が折れそうだ。
あずさの冷めた目を思い出すと、諒の気分は落ち込む。
「知らない方がいいって……何だよ、それ」
愚痴っても聞いてくれる人間など、諒にはいない。黙って聞き、余計な口を挟まずにただ相槌を打ってくれるような都合のいい存在なんて、どこにもいない。
猟奇殺人の被害者の第一発見者にもなるし、赤城の体に移ってからは災難続きだ。
クラスメイトに絡まれ、惨い死体を見つけ、彼女にはふられ――何一つとして、いいことがない。
むしゃくしゃして、何かで気を紛らわせたかった。ちょうどゲームセンターの前を通りがかったので、諒は少し寄っていくことにした。
騒音で満ちた店内を、筐体の間を縫うように歩いて両替機に向かう。
ゲームセンターにくるのは、何年ぶりだろう? 小学生以来か?
両替をすませて、諒はゲームの筐体を見て回る。
さて、どれからやろうか? シューティングゲーム、レースゲーム、格闘ゲーム――。
「えっ――?」
自分が目にしたものがあまりに意外すぎて、諒は思わず二度見してしまった。
まさか彼女が、こんなところに?
格闘ゲームの筐体の一つに、彼女はいた。真剣な顔つきで画面を睨み付けている。
手慣れた様子で、次々とコンボを決めていく。
藤上結羽――だった。
くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃっ――。
「…………」
しかもガムを、音をたてて噛んでいる。
ここにいるのは、本当にあの藤上結羽なのか?
どうしても、諒には信じられない。藤上結羽という少女をよく知っているわけではない彼から見ても、無視できないほど大きな違和感を覚える。
「――っしゃあ!」
結羽がガッツポーズをする。どうやら勝ったらしい。
それからも様子を見るうち、ふいに結羽がこちらを向いた。
「あのさあ、さっきから気が散るんだけど。用がないならどっか行ってくんない?」
鬱陶しそうに言うその態度は、いつかの誰かに似てる気がした。
それにしても学校にも来ないで、なぜこんなところで遊んでるんだろう?
それにまるで初対面みたいな反応――クラスメイトの顔が分からないなど、そんなことがあるのか?。
「覚えてない? 僕のこと?」
「は? なにそれ、ナンパのつもり? 悪いけどそういうの興味ないし。他をあたってくんない?」
冗談ではなく、本当に知らないようだった。あんまりしつこくしても逆効果だと思い、諒は諦めて結羽から離れた。
クラスメイトを忘れてしまっている? そういえば諒自身も、病院の医師には事故による記憶喪失だと思われていた。
そして、以前とはまるで別人のような振る舞い――。
自分のときと、よく似ている。
「まさかな……」
その考えを、諒は首を振って追い払う。考え過ぎだ。馬鹿げた妄想だ。
偶然の一致に決まっている。諒でなくとも、そう片付けるのが当然だった。
火曜日。登校した諒は下駄箱で上履きにはきかえる。
ぼんやりしていると、うっかり緒方諒の下駄箱を使いそうになる。だから常に意識してないと駄目だ。
階段にさしかかると、諒の前に階段をあがっていく女子生徒に目が止まる。
なぜかというと、彼女は他の生徒より目立っていたからだ。
右手には包帯、左足にはギブス。そんな痛々しい姿のせいか、顔色も心なしか悪いように見える。
慎重に松葉杖を使ってるものの、どうにも危なっかしくて目を離せない。だというのに諒以外の生徒はそんなことはお構いなしにどんどん女子生徒を追い抜いていく。
時間は確かにホームルームまであまり余裕はない。だからといって自分以外の人間をないがしろにしていい理由にはならない。
ただでさえ一人であがるのが大変そうだというのに、やってくる他の生徒にぶつからないように気をつけないといけない。諒は見ていて心配になってきた。
予感は的中した。階段をあがろうとしたときに松葉杖が段差に引っかかり、女子生徒はバランスを崩した。
「危ないっ!」
何を考える暇もなかった。とっさに諒は女子生徒の両肩をおさえて、転倒を阻止した。
間一髪だった。
「あ、ありがとう……赤城くん」
諒を見るなり女子生徒は礼を言った。赤城の顔見知りか? 同じクラスではないようだが、一年のときに一緒だったんだろうか?
諒の方はこの女子生徒のことをまったく知らない。だから彼女の名前を呼ぶことはできない。
女子生徒が階段をあがるのを手伝う。近くで見ると整った顔立ちをしている。血色さえよければと、もったいなく感じる。
女子生徒は小柄で痩せていて、体を支えるのにそんなに苦労はしなかった。むしろ彼女の方は歩くたびに足が痛むらしく、顔を歪めていた。
「ごめんね。本当に助かった」
階段をあがりきると、女子生徒は改めて礼を口にした。弱々しい笑みを浮かべる。
「こんなこと……全然、たいしたことないし。それよりもどうしたの?」
「ニュースで見たかも知れないけれど、コンビニに車が衝突した事故……あそこに居合わせて。昨日まで入院していたのよ」
「……君も?」
「え?」
「ぼっ――俺もいたんだ、あのときコンビニに」
「そうだったの……」
「よかったら教室まで手伝おうか?」
「ここまでくれば大丈夫よ。それにホームルームに遅れさせたら悪いもの」
「別に気にすることはないけど……君がそういうなら」
「ええ。ありがとう」
そして女子生徒は諒から離れると、隣の教室に入った。それを確認して、彼も自分の教室に入る。
教室には、今日も二つの席が空席のままだった。