73頁 冬の花の記憶
「否定され続けてきたってあるけど、どういうこと?」
真冬の夜の噴水広場。
噴水を取り囲むようにベンチが点々と設置されているその一角で、俺と百枝さんは、まるで恋人同士のように並んで座って話し続ける。
街灯に照らされた百枝さんは相も変わらず幻想的なまでに綺麗だけど、弱々しい微笑みを浮かべるその唇はほんの僅かに震えているように見えた。
彼女がくれたメッセージカードには否定されてきたという物騒な一文が書かれていたけれど、こんな子が訳もなく否定されるなんて想像もつかない。
そういえば、初めて会ったときもそんな話をしていたけれど、結局有耶無耶になってしまったんだよな。
ということは、ついに教えてくれる気になったのかな……。
「それは……昔の、話です……」
空を見上げながら、百枝さんはいつものようにゆっくりと話し始める。
彼女の独特の話し方にはもう慣れたけど、いつも以上に、頭の中で1つ1つ単語を手繰り寄せながら慎重に話しているよう思えた。
「私は、フィンランドのイナリという、北の方にある村で生まれました。お父さんは日本人で、お母さんはフィンランド人です。私、ハーフなんです」
「そうなんだ」
ほぼ察しはついていたけれど、日本語のイントネーションはほぼ完璧なのに、話し方が変に不自由なのはそういうことか。それにしても、顔つきは日本人っぽいのに、ゲームに出てくる美形キャラみたいな雰囲気なのは、ハーフという血の為せる技なんだろうか。
「えーっと、フィンランドって北欧の国であってたっけ?」
「はい! スウェーデンの隣です」
「そっか。お母さんがフィンランド人ってことは、百枝さんはお母さん似なんだ」
「はい。小さい頃は、よく、お母さんに似てるねと、みんなから言われました。でも、お父さんは、そう言われると、いつも困って顔して、なんだかちょっぴり、可哀そうでした」
「あはは……」
実は百枝さんは不義の子で、本当の父親はどこぞで酔いつぶれているフィンランド人だったりして……なんて一瞬思ってしまった俺は、誤魔化し交じりの乾いた笑いで応える。
俺がそんな不埒な事を考えているなんて知らない百枝さんは、噴水広場の敷石を見つめながら微笑みを浮かる。
「フィンランドに居た頃は、とても楽しかったです」
「フィンランドってさ、オーロラとか見れたりするんだよね?」
「はい。お母さんが、『ほらっ、ミカも見てごらん。オーロラ出てるよ』って、観光に来たお客さんと一緒に、よく教えてくれました」
百枝さんは夜空を見上げると、遠い故郷を思い浮かべながら、独り言のように話してくれた。
「あ、いいなぁ」
「でも他に、何もないです」
羨ましがる俺に、空を見上げたままクスリと微笑む百枝さん。
「私、思います。日本の桜の方が、オーロラよりも、見るの難しいです」
「そう?」
「だって、桜は、4月の半分この、もう半分こしか、見るのが、できないです」
確かに桜の時期は一瞬で儚い。けれど桜は、陰鬱な冬の終わりを告げるかのように咲き誇るからこそ、綺麗なのだと俺は思う。
もしも年がら年中、春夏秋冬、四六時中どこを見てもいつも満開の桜しか見れないなら、美しさも有難みもない。人はすぐに飽きる生き物だから、当たり前になると疎かにするし、ときには狂暴にさえなる。
「いやでも桜はさ、毎年春になったら必ず咲くから……」
だから、桜もオーロラも、少しだけでいい。少しだけがいい。
「でも、桜の方が、少しだけしか、見れないですよ?」
「オーロラもだよ」
もうすぐ冬が終わる。
新しい季節がやってきて、俺も高校生になって、新しい人生を歩み始める。
そのときには、百枝さんも一緒に居てほしい。
「あ、そういえば百枝さんって、日本にはいつ来たの?」
「いつかといいますと、初めて日本に来たのは、10歳です。青森の小さな町に……」
「へー。青森かぁ」
話を広げようと思ったけど、りんごしか思い浮かばなかった……。
「でも、お父さんの仕事の都合で、すぐにイナリに戻って、そしてまた日本の、今度は愛媛に。でもまた、すぐにイナリに戻って……」
「そっか、引っ越しばかりで、大変だったんだ」
「はい、大変でした。けれど、初めての日本は、とても楽しかったです……あっ、そうだ」
そう言いながら、百枝さんは何か思い出したのか、床に置いていた鞄からスマートフォンを取り出すと、これまで取ってきた写真を見せてくれた。
「昔の、写真です」
百枝さんが差し出したスマホをのぞき込む。
暗い夜空の下で煌々と光を放つスマホの画面には、フィンランドで撮ったと思われる6歳ぐらいの百枝さんの写真が次々とスライドしていく。
どの写真も今の百枝さんの髪型とは違って短くて、男の子に見えるほどさっぱりした髪型だった。
一言で言えば、育ちの良いおぼっちゃま、もしくは宮廷貴族の貴公子みたいだ。
時折一緒に写っている黒い服ばかりを着ている日本人の男は、おそらく百枝さんのお父さんだろうか。かなりのイケメンだ。
そしてその黒服男とセットで写っている金髪の女の人は、たぶん百枝さんのお母さんだろう。こちらは百枝さんそっくりで、かなりの美人さんだ。
「一緒に写ってるのはお父さんとお母さん?」
「はい」
「お母さんめっちゃ美人だね!」
「よく、言われます」
まるで自分が褒められたかのように照れる百枝さん。
いや、百枝さんも可愛いから照れてもいいんだぜ?
てかこれ、一家そろって美形揃いじゃないか。さすがにチートすぎるだろ。これじゃ百枝さんが可愛すぎるのも当然だわ。
ああ、ちくしょう! どうして俺は長身のイケメンに生まれなかったんだ……。
そしたらもうとっくに童貞卒業してて、高校生活もハーレム間違い無しだったはずなのに。
写真から、少しずつ成長していく百枝さんの様子が伺えるけど、それにしても、子供の頃の百枝さんの写真、どれもこれもイケメンすぎる。
……ん?
「これも、百枝さん?」
「は、はい……」
湖全体が大きな鏡のようになって、どこまでも広がる大空を映し出している。
そんな冬の大自然と湖の景色の迫力も然る事ながら、その氷結した湖の上で華麗にスケートを楽しんでいる百枝さんの写真が、これまたとんでもなくカッコ良く写っている。
きっとこの写真を『北欧の美少年』としてネットにアップしたら、世界中から80憶ぐらい「いいね!」が貰えそうだ。
てかもうこれ、フィギュアスケートの美少年選手みたいだ。
「これ、すごくかっこいいね」
「よ、よく、言われました……」
けれど、恥ずかしく思ったのか、百枝さんは隠すようにスマホの写真を次々とスライドしはじめた。ああ、もっとじっくり舐めるように見たかったのに……。
ハイペースで何枚も写真をスライドしていくと、フィンランドでの日常風景から打って変わって、日本の小学校の運動会の写真が映し出された。
さっき言ってた青森の学校での運動会だろうか。
東京と違って高層の建物が無いせいか、バックに映り込む青空が広々としているように感じる。空を縛るように張り巡らされている電線は、どこにも見当たらない。
そして来ました、百枝さんの貴重な体操服姿。白くて綺麗な足がむき出しになっていると、真っ先に視線が吸い寄せられてしまう。
けれど、写真に写っている百枝さんの髪は、このときもまだ貴公子みたいなおぼっちゃまヘアーでちょっと残念だ。
「あっ……」
百枝さんが小さく声を漏らすと、ゆっくりスライドしていた指が止まった。
スマホの画面には、無邪気に笑う百枝さんと、元気があり余ってそうな男の子が一緒におにぎりを食べている姿が写し出された。
元気があり余っているその男の子を、百枝さんはどこか懐かしそうにじっと眺め続ける。
確かさっき、日本に来たのは10歳って言ってたっけ?
今みたいに髪伸ばすのはいつなののかなぁ……。
「お友達?」
「はい……健太君です」
10歳にしてはイケメンだな……。満面の笑顔が眩しい。
百枝さんとは対照的に程よく日焼けした少年は、サッカーとか野球とかやってそうな、いかにもなスポーツ少年に見える。てかこいつ、白い歯見せびらかせやがって、絶対女子にモテるタイプじゃねーか。ちくしょう!
「なんか悪ガキそうだなぁ……」
思わず拍子でディスる。
「そんなことないですよ? 健太君は、転校した私に、とても、優しかったです……」
しかも優しいのかよ……。イケメンは死ね!
って、あれれ? なんで男子に嫉妬してんだよ俺は……と一瞬思ってしまったけれど、そもそもあれだ、百枝さんと仲良く写真撮っている時点で死刑だよな。よし、問題なしだ。
てかこのツーショットさ、イケメン貴公子が二人いるみたいで、絶対女子から人気絶頂間違い無しだろ。ともすればショタ好きなお姉さま方からも金を巻き上げられそうだ。
「へぇ、そうなんだ。ね、転校してきたときって、どんなだったの?」
俺も3学期に転校してきたときは、周囲の反応がすごかったから、ついつい気になった。
「私、うまく自己紹介できなくて……失敗でした」
そう言いながら、百枝さんは当時の頃について話し始める。
◇ ◇ ◇
『みんな静かに! 転校生を紹介しまーす』
『うぉー! マジかー!?』
『おい、みんな静かにしろよ!』
全学年で、両手の指で数えることができるしかない、小学校の児童全員が、教室でワクワクしながら、みんな席に座って、私を、待っていました。
『じゃあ入ってきてくれる?』
若い、女の先生に呼ばれて、私は、教室に入ります。
『えっ!? 嘘っ!?』
『か、かっこいいね……』
女の子は、私を見て、ひそひそ話を、していました。
『百枝ミカさんです。みんな、仲良くしてあげるように!』
『はぁい!』
女の先生は、私の名前を、黒いボードに書きますと、皆さんに、言いました。
『うぉー! 外人だー! すっげー!』
健太君が、大はしゃぎしてました。
『こらっ! 健太くん騒がない!』
『うぉー! すっげー! ガイジンって、マジで肌白いし、目が青いんだなぁ!』
『あー! 健太くん、ガイジンとか肌の色とか言っちゃ、ダメなんだよー!』
『そこ!! しーずーかーに! えー、百枝さんはね、遠いフィンランドって国から来ました。みんな仲良くしてあげてね!』
『『『はーい!』』』
まだ、日本語が不得意で、私、何が何だか、あまりよく分かりませんでした。
『うぉー! なぁなぁミカ! 休み時間にドッジしようぜ!』
『ドッジ?』
後で分かりました。
健太君、先生の言うことを聞なくて、困る私の手を握って……。
『なんだ知らねーのかよ! ドッジってのはなドッジボールって言って……、あーもう、やりゃあ分かるから行こうぜ!』
そう言って、私の手を引っ張って、強引に、グラウンドへ連れ出そうと、しました。
『こらっ! 健太くん! 勝手に外に行こうとしない! 百枝さんの自己紹介がまだでしょ!』
『ちぇーっ』
『じゃあ百枝さん、自己紹介』
自己紹介、お父さんに教わって、いっぱい、いっぱい練習しました。
『もぃ……。私……、もものえ……ミ……』
『はいはーい! オレは沢渡健太だ! よろしくな! ミカ!』
けれど、健太君に横取りされて、私、困ってしまって、何も言えませんでした。
昨日まで、何回も練習して、けれど失敗して、ニックになりました……。
『よし! 自己紹介終わりっ! さっそくドッジしようぜ!』
『健太くん!!!』
健太は、先生の言葉なんてお構いなしで、私をグラウンドへと、連れていってくれました。
『あーずるーい! 私も行くー!』
ほかの皆さんも、グラウンドに行って、みんなでドッジ、遊びました。
そして、健太君が言います。
『自己紹介なんてしなくても、ドッジすれば、誰とでも友達になれるんだぜ!』
……って。
先生は、健太君が何かするたびに、ため息をついていました。
◇ ◇ ◇
学級崩壊してんじゃねーか!
そうツッコミたかったけど、楽しそうに話している百枝さんを見て思いとどまる。
「私は……それから、健太君と、毎日外で遊んでました」
「百枝さん」
「は、はい……?」
「その健太って子、ちょっと地面に埋めてきてもいいかな?」
「え?」
「将来の禍根を残さないためにも、早めに対処しなきゃ……」
「???」
俺の言ってる意味が分からなんという顔をして戸惑う百枝さん。
いや、ただの嫉妬なんだけどさ。
「あ、いや、その健太って子が、百枝さんを攫いに来ちゃったら困るし」
聞いてる限りじゃ、健太ってヤツはなんか相当ヤバそうだ。
さっきから頭の中で警告音が鳴りっぱなしだぜ。
「け、健太君はそんなことしないですよ! 瑠璃ちゃんは、時々変なこと言います……」
「あっははは……」
ちくしょう、健太とかいう野郎、百枝さんの好感度かなり上げてやがる。笑うしかねぇ。
「もう、瑠璃ちゃんは、変な人です……。健太君は、そんな人じゃ、ないですから……」
困ったようにボソボソ言う百枝さんだったが、そう言いながらも少し嬉しそうに笑った。
クソガキのことはともかくとして、百枝さんのその小さな笑顔が嬉しくて、俺も笑みを浮かべてクスッと笑った。
「……でも、そんな青森での生活も、長くはなくて、私、3か月で、またフィンランドに戻りました。そして、次にまた、日本に転校してきたのは、愛媛の学校でした」
「それはいつ頃?」
「小学校6年生の夏……です。あの頃も、青森の時と同じで、私、男の子達と一緒に、よく遊んでいました」
「よし、じゃあその男子たちも埋めよう!」
「……」
「ご、ごめん。嘘ね」
「……」
あ、あれれ?
もう一回笑わせようとふざけ半分で言った言葉だったが、百枝さんは俺の冗談に反応してくれなかった。
いや、どちらかと言えば、強引に感情を押し殺したようだった。
一瞬、もの悲しい笑みを浮かべた彼女は、無言でスマホに写るの写真をスライドする。
またフィンランドでの日常風景の写真が続いた後、再び映し出された日本での写真は、山に囲まれたおだやかな渓流だった。
フィンランドに居た頃から間が空いたのか、ちょっと成長した百枝さんと、男子5人ぐらいが楽しそうに川のほとりでテントを張っているシーンの写真が映し出された。
写真に写る百枝さんは、白のTシャツに、ショートジーンズのパンツルック。
太陽に照らされて輝くプラチナブロンドの髪は、今の百枝さんと、イケメン貴公子の中間ぐらいまで伸びていた。傍目には男にも女にも見えて、変な性癖に目覚めてしまいそうなほど魅惑的だ。
にしても、無防備なポーズが多い。しかも、ショートジーンズパンツから伸びる百枝さんの真っ白な生足が、ものすごく艶めかしい……。
おまけにブラをしていないから、白のTシャツから除く胸元に思わず目が吸い寄せられてしまった。大きさはぶっちゃけ残念だけど……。
つーか、これ一緒にいる男どもは絶対アレだな。隙あらばエロい目で百枝さんを見てたに違いないぞ。てか俺ならそうする。
はぁ、俺もこんな超絶美少女と淫靡な小学生性活してみたかったなぁ、と、心の中で穢れた溜め息が漏れる。
「百枝さんの小さい頃って、フィンランドでもそうだけど、ずっと男の子と一緒だね」
「……」
俺の問いに無言で頷くと、スマホをスライドし続けていた百枝さんの指が止まった。
「……楽しかった思い出は、これでおしまいです」
「えっ?」
そう呟くと、あからさまに悲しい表情を浮かべる。
「この後、夏休みのキャンプが終わって、6年生の2学期が始まって、すぐでした。私、クラスの女の子達に、学校裏に呼ばれました……」
つまりこの後、何かがあったのか。
彼女の表情から生気を奪うような何かが……。
◇ ◇ ◇
『百枝さん、ヒロ君に近づかないで!』
『え?』
私、話をしてくれなかった女の子達から、「珍しいものが見つけたから見せてあげる」と言われました。その女の子達に、付いていくと、先生も来ない、校舎の後ろでした。
私、猫とか拾ったのかと思いました。けれど、私は、あっというまに、取り囲まれてしまって……。
『二度とヒロ君と話さないで、って言ってるの』
『でも、ヒロ君が話す、たら、してきたら……』
『そうじゃなくて、日本語分かる? 言わないと分かんない? 帰れってって言ってんだよ!』
『えっ?』
私の日本語、今よりも、まだまだ不十分で、間違っているから、怒られたのかと思いました。
『えっ……じゃなくてさぁー。さっさと国へ帰れっての』
『どうして……?』
『は? どうしてって? てめぇが来てから、ヒロ君が私と全然話ししてくれなくなったからに決まってんでしょ!? ねぇあんた、どうセキニンとってくれんの?』
『セキ……?』
一緒にいっぱい言われると、私、分からなくて。
『あたしたち両想いでずっと付き合ってたのに、いきなり現れて酷くない?』
『あんたはいいわよね、夏休みにヒロくん達とキャンプ行って、花火大会行って。でもうちらが誘っても何もなし』
『そうですか……』
『はぁ?』
『何? 『そうですか……』って。馬鹿にしてるの? 上から目線。嫌味? それとも余裕ってヤツ?』
女の子達が、怒っいるのが、分からなくて。
『亜里沙、井上君の事ずっと好きだったのに、井上くんから、あんたと一緒にいる方が楽しいって言われたのよ? ねぇ、あんた何なの? 亜里沙ずっと泣いてたんだよ!?』
『そんな……泣かないで』
『ざけんなっ! てかさー何? なんで男みたいなカッコしてんの?』
『だ、だって……ごめんなさい』
◇ ◇ ◇
それからは、聞くに堪えなかった……。
女たちは、百枝さんを、ひどく傷つけた。
「よく、話して……くれたね。がんばったね」
それ以上に、彼女がありのままに話してくれたことを、俺はまず褒めた。
辛い経験ほど、人には話しづらい。
それが不甲斐なくて、恥ずかしくて、弱い自分の事となると、もうそれだけで得体も知れない恐怖に苛まれる。
人に相談しようなんて発想は、恐怖を前にすれば、たちまち掻き消されてしまう。
けれど、生物の本能として弱点を隠そうとするのは当然のことであって、その弱点を自ら見せるような行為をするのいうことは生物の本能に反するから、黙り込むのもなの当然だ。その事を俺は、よく知っている……。
だから、弱い自分を見せるのにはとてつもない勇気が必要なんだ。
そして、彼女は俺に弱さを見せてくれた。
それはとても勇気が必要で、隠れてばかりの今の俺じゃ、とても真似できそうにないよ……。
けれど……。
「……」
「最低だよ……そいつら」
俺には、佑馬がいたから、身長が小さくて馬鹿にされても強くなれた。
佑馬以外にも、一緒にふざけあってくれる友達がいたからこそ、調子に乗って悪ふざも出来た。
弱さを認めてくれる誰かが一緒にいてくれるだけで、人は救われるんだよ。
だから……。
「実は、この日の夜、フィンランドのおばあちゃんが、病気で倒れたって、連絡があって、それですぐに、イナリへ戻りました。ですから、お別れも、仲直りも、お話も、何もできませんでした」
「急だね……」
「はい」
にしても、「帰れ」と言われて本当に百枝さんが帰ってしまったから、たぶんあの学校じゃ大問題になってたはずだ。
百枝さんが帰った後、残された奴らはどうなったんだろう……。
少なくとも、ヒロくんとやらと亜里沙とやらくっついて幸せに……なんてことは、たぶんもう無いだろうな。
「おばあちゃん、亡くなる前に、『ミカは可愛くなったね』って言いました」
「実際可愛いと思うよ、百枝さんは」
「えへへ、なんだか、照れますね」
来た、エンジェルスマイル。
もうずっと見ていたい。
「そして、ボーイフレンドができたら、クリスマスに連れてきてねって、おばあちゃん言いました。だから、私、連れてくるよって、おばあちゃんと、約束しました」
「クリスマスに?」
「フィンランドでは、クリスマスにお墓参りをしますから」
「へぇー、そうなんだ」
「私、おばあちゃんが大好きだから、叶えたい……です」
そう言うと、百枝さんは、困ったような表情を浮かべた。
はぁ、ちくしょう! ボーイフレンドかよ。
ガールフレンドだったら一緒に行ってあげれたのに……。
「おばあちゃんが亡くなって、それから少ししたら、また、東京に引っ越してきました……。また、お父さんの仕事の都合で、この近くじゃないですけど」
「そっか。もう日本に来るのは嫌だとか思わなかった?」
「少し……思いました」
だよなぁ……。
「けれど、しょうがないとも、思いました」
「え?」
そう言う百枝さんの指先は、プルプルと震えていた。
「私、嘘ばかり……です」
またその言葉だ。
何かにつけて、口癖のように出てくる言葉。
「嘘って?」
「……」
百枝さんは、時間が留まったかのように、動かなくなった。
「あ、言いたくないなら言わなくてもいいから」
「いえ、その……今日は、それを言うつもりで、来ましたので……」
「そっか……」
百枝さんの言葉を、一言一言じっくりと聞く準備はできている。
そう身構えていると、百枝さんはベンチから立ち上がり、噴水をバックに俺の前に立つ。
街灯と夜空を背景に背負った百枝さんは、どこまでも綺麗だった。
「瑠璃ちゃんは、今までの話しを、どこまで信じますか?」
まるで全部作り話だったかのように、あるいは俺を試すかのように、彼女は問いかける。
けれど、こんなの1つしか答えがないに決まってるだろ。
「全部信じるよ」
「そう……ですよね。私、嘘は言ってません」
「うん……」
「けれど、秘密にしていることが、あります……」
「うん……」
これまでの話しを聞いていて、なんとなく気づいていた。
幼少時代の容姿が、ボーイッシュだということ。
男友達とばかり遊んでいること。
以前に、「綺麗だと言われたのは初めて」だと言ってたこと。
察するに、俺の直感が正しかったら、それは……。




