71頁 カレンダーは次の月。
今日も学校が終わると、いつものように村神さんに車に乗せてもらって七色座に送ってもらった。
地下の駐車場で車を降りて、村神さんと一緒にエレベーターに乗り込む。
数十秒後、「チーン」という7階に着いたことを知らせるベルが鳴ると、エレベーターの扉が静かに開く。
先に俺がエレベーターから降りようとすると、目の前にはまるで待ち伏せでもしていたかのように鎌田さんが立っていた居た。今日も紫色の服だ……。
「あら、ちょうど良かったわ、兄さん」
村神さんの姿を確認すると鎌田さんはいつもの調子で話しかける。
「おう、どした?」
「例のシーンについて少し相談があるんだけど、今いいかしら?」
「ああ、この前言ってたとこだな?」
「ありがと、じゃ早速行きましょう」
「おう。つー訳だ瑠璃子、おめぇは先に事務所に行ってろ。俺様はコイツと話があるから、しばらく好きにしててくれや」
「はーい」
右手を首に当てながら、少しだるそうな態度で村神さんが言うと、俺は返事をしてエレベーターから降り、入れ替わりで鎌田さんがエレベーターに乗り込んだ。
「ごめんね、瑠璃ちゃん。今度チーズケーキの美味しいお店に連れて行ってあげるわね!」
エレベーターの扉が閉まる直前に、鎌田さんがウィンクしながらそう言うと扉は静かに閉じた。
俺は一人で七色座の事務所に入ると、中年のおっさんに変装した奈良屋さんが腕組みしながら、若手男性俳優の黄塚さんと何やら込み入った話をしていた。
「時間内に収めようとすると、かなり巻かないとキツいですね……」
「いや、それ以前に全体的に盛りすぎだな」
「けど、奈良屋さんの台本を舞台上に表現しようとするとこれぐらいやらないとダメだと思いますよ」
「あー……」
奈良屋さんが、少し呆れたように声を漏らした。
「もしやと思ったがそこからか。……参ったな」
「え? えっと……」
黄塚さんは2月14日に夕凪台中学で行われる劇の《舞台演出》担当だ。
黄塚さんのその人となりを一言で言うなら『さわやかな好青年』というイメージがぴったりハマる人って印象で、たぶん、っていうか絶対女の子にすごいモテるタイプだと思う。
ちなみに黄塚さんは元々、アクションが得意なスタント・パーソンで、舞台演出は今回が初挑戦らしい。いわば今回の舞台演出は、黄塚さんからしてみれば畑違いの仕事を任されたようなものだ。
なお、《舞台演出》というのは、台本を元に役者の動きやセリフといった立ち回りをまとめたり、音響や照明などの効果を決めて舞台を作り上げていく、映画でいうと監督に相当する。
そして、その劇を作るベースとなる台本を書く仕事をするのが《劇作家》だ。
ちなみに舞台台本をかっこよく言うと《戯曲》っていう、日本中の中二病患者の右腕が疼きそうなカッコイイ単語になるのだけど、奈良屋さん曰く、台本と戯曲は別物らしい。
七色座ではいつも奈良屋さんが舞台演出と劇作家を兼任していたらしいけど、今回の夕凪台中学での公演では、奈良屋さんが舞台にも並行して携わっていることもあって、さすがに担当を分ける事にしたとか。
なので今回は、奈良屋さんが書いた台本を元に、黄塚さんが舞台を作り上げるという、七色座ではこれまでになかった新しい体制で夕凪台の舞台の準備は着々と進行している……。
──っていう噂を耳にしてたんだけれど……。
「舞台演出ってのはさ、俺が書いた台本を完全に理解するとこから始まるんだよ」
「台本ならもう何度も読みました」
「だったらさ、読んでて何か思うところがあっただろ? コイツ馬鹿だなとか、ここは笑えるな、ここは押したいとか、イロイロさ」
「はい。いっぱいあります!」
「舞台演出ってのはさ、そうして実感した部分を自分なりに咀嚼して、いかにお客様に伝えるかなんだよ。だから台本を考えなしでそのまま舞台に落とし込もうとすると、今回みたいにどこかで破綻する」
ああ、なるほど。
ついこの前ネットで見たアニメが、1話目から原作を隈なくトレースしすぎてたんだけど、無理やり言わせたせいか、早口すぎてもう何を言ってるのか意味不明なレベルだったんだよな。
あのアニメの原作漫画はかなり面白かったのに、アニメの方は雰囲気台無しでちっーとも面白くなかったんだよなぁ。
分かんないけど、たぶん今回の黄塚さんの状況も、きっとあのアニメと同じような状況なんだろう。
台本全部取り入れたいけど、時間内に入りきらないから全部巻き巻きで入れちゃえー! 的な?
「すいません……。俺、勉強不足でした」
「いや、俺も悪かった。きちんと見てやりたかったんだが、結果的に今日まで殆ど丸投げ状態にしてしまったからなぁ……」
奈良屋さんは大きく息を吸うと、ふぅーと、ため息をついた。
「さてと、どうしたものかな……」
「あの、奈良屋さんすいません。やっぱり、今からナレって……無理でしょうか? 他のみんなも、これならナレ入れたほうがいいって話になってて……」
恐る恐る、黄塚さんは奈良屋さんに訊いた。
「ナレ?」
「はい……」
「確かアレ、最初にボツになったよな?」
「はい。そうなんですけど、やっぱり無駄な部分はナレーションですっきりさせた方がこの際いいんじゃないかなって」
「へぇ……」
奈良屋さんは感心したような、あるいは呆れたような目をして黄塚さんを見つめた。
「黄塚君、それ言ってる意味分かってる?」
「い、いえ」
「キミ達の言ってる事は、このタイミングになって俺に一から台本書き直せって言ってる事になるんだけど、意外と怖いもの知らずだよなぁ、キミら」
ニタニタと笑いを浮かべる奈良屋さんだったが、その目線は冷ややかに見えた。
「あーいやいやいやいや! 一からだなんてそんな……。俺がちょっとばかしテキレジしますんで……」
黄塚さんの言った「テキレジ」ってのは、確か『テキストレジ』って言うんだっけ。意味的には『台本を書き換える』こと……だったっけ。
「おいおい、今までの台詞回しの流れからいきなりナレぶち込んじゃダメだろ? お客さんは絶対戸惑うぞ?」
「やっぱりそうですよねぇー」
黄塚さんははぁとため息をついて肩を落とした。
その様子は「やっぱり言われたか……」と諦観気味であった。
「まぁでも、黄塚君達が『やる』って言うなら俺、最初から全部書き直してもいいけど」
「えっ!?」
「でもそれやると、もう後戻りはできないけど、いいの?」
「書き直してくれるんですかっ!?」
藁にもつかむような勢いで、黄塚さんは声を上げて奈良屋さんに迫った。
なんか思った以上にヤバい状況なのかな……。
「あーいや、俺は別にいいんだけどさ、でも君らマジでいいの? 公演まであと2週間切ったけど、今から修正間に合う? 立ち回りもセリフ回し結構変わるし、演出だって変更だらけになるぞ? それで纏められる覚悟ある?」
なんか怖い雰囲気。
とりあえず二人の話の邪魔にならないよう、俺はそろりそろりと事務所の対面ソファに移動すると、ハムスターみたいにちょこんと腰掛ける。
ふと壁に貼り付けられているカレンダーを見ると、この前まで1月だったカレンダーは、早くも2月に変わっていた。
「それは……いや、やります。やってみせます! やるしかないです!」
「そうか。確認するけど、みんな覚悟出来てるんだね?」
「はい! それは大丈夫ですっ!」
「ふーん。分かった。具体的にどうするのか徹底的に問い詰めてやろうかと思ってたけど、気が変わった。今回は俺の出血大サービス。今から全部書き直してきてやるよ。〆は今日中でいいよな?」
「えっ? 今日中……ですか?」
奈良屋さんが早速執筆に取り掛かろうと歩き出した瞬間、黄塚さんが呼び止めるように言った。
「えっ、何? 黄塚君もっと早く書けって? うわぁ……涼しい顔して鬼だなキミは」
「そ、そんな事言ってませんって!」
「そう? なら、コーヒー片手に70年代の映画でも見ながら、2週間ぐらい時間をかけてゆっくりと書いてくるかな……。稽古は半日もあれば十分だろ?」
「そ、それは勘弁してくださいよー」
黄塚さんに背中を見せたまま、ふざけ半分に奈良屋さんが言った。
けれど、奈良屋さんの言葉の中に、脅しとも取れる言葉が混じっていたせいか、いつも爽やかな笑顔の黄塚さんの顔は少し引き攣ってるようにも見えた。
「ははは、冗談だ。そんな顔するな。すぐに書いてきてやるから、ちょっとそこで待ってろ」
「は、はい! ありがとうございますっ!」
奈良屋さんはそう言うと、事務所の奥にある座長室へと入っていった。
「……はぁ、おっかないなぁ。深夜まで掛かるかなぁ……?」
一人ぽつんと残された黄塚さんは、深い溜息をつく。そんながっくりとした様子の黄塚さんと、つい目が合ってしまった。
「こ、こんにちは、何だかとても大変そうですね」
「あー、瑠璃ちゃん。恥ずかしいとこ見られちゃったね」
「あ、いえ……そんなことないですよ。黄塚さんすっごく頑張ってますから」
本当はよく知らないけど、とりあえず褒めておいた。
「ははは……ありがとう。瑠璃ちゃんも毎日頑張ってて偉いよね。ところで今日は村神さんはどうしたの?」
「さっき鎌田さんに捕まって、話があるから先に行っててくれって言われて、絶賛放置プレイです」
「そっか。あっちも中々大変そうだね」
「お? 瑠璃ちゃん、元気してたかい?」
座長室に入ったはずの奈良屋さんは、黄色い表紙の台本を片手に数冊ほど抱えてすぐに戻ってきた。
いや、座長室からすぐ出てきたのは視界に入っていたのたけど、まさかそのまま直接こっちに来るとは思わなかった。
「はい! でも奈良屋さんとは久しぶりな感じがします」
「ははは、そうだな。俺って人気者だからな。可愛い瑠璃ちゃんに構ってあげられなくてすまないね」
可愛いという余計な一言にイラッと来たが、その変装中年マスクを剥がすと、本当に人気者になってしまうから困る。
そう思いながら、俺は返事がわりに愛想笑いで答える。
「ほい黄塚君、ナレ入りの台本書いてきたぜ」
「えっ? もうですかっ!?」
「いやー今回は苦労したぞ? 一から書き直すってのは大変だなぁ」
涼しい顔をしながら、手に持っている台本のうちの1冊を黄塚さんに渡す奈良屋さん。
けれど、どう考えても事前に別の台本を準備していたとしか思えなくて、わざとらしいというか何ていうか、白々しいったらありゃしない……。
「なんてな。たぶんこうなるだろうなと思っていくつか準備しておいたんだぜ。俺、結構凄くない?」
「す、凄いです。あ、ありがとうございます!」
「ま、俺じゃなかったら、今頃は喧々囂々の大喧嘩になって舞台そのものが暗礁に乗り上げるパターンだったかも知れないから、存分に感謝しろよな?」
「は、はいっ! 助かりましたっ!! 本当に!!」
黄塚さんは卒業証書を受け取ったときみたいに両手で台本を持ちながらペコペコしていた。
「いいよ、さっきも言ったけど今回は俺にも責任あるからな。でもまぁ本音を言えば、台本を《書き直す/書き直さない》で黄塚君と盛大に口論してみたかったんだけど、それが出来なくて本当残念だよ」
残念って……。
舞台の完成なんかよりも、口論がしたかったのだろうかこの人は……。
「そ、そんな、奈良屋さんと口論だなんて、絶対にあり得ないですって! 俺、コテンパンにされますよ!」
「あーダメ。『口論』って言葉は語弊があったけどな、互いの意見をぶつけ合うのは決して悪くは無いんだ。むしろ、互いに遠慮しあうのが一番マズい。意見なんてのはな、銃弾が飛び交う戦場ぐらいにドンパチ言い合ったほうがいいんだ。だから誰が相手でも遠慮なんてするな? エゴを貫き通さなきゃ、この先演出家なんてやってけないからな」
「はい! ……そうですよね。確かに俺、これまで奈良屋さんにも、みんなにも遠慮してたと思います」
「うん、遠慮なんてものはゴミ箱に捨てておけ。あれは創作の邪魔になるだけだ。まぁとにかく今日はその台本読んで自分なりに咀嚼してみろ。皆に台本配るのはその後だ。まずは自分の頭の中で舞台を創りあげてからにしろ」
「はい!」
奈良屋さんは、黄塚さんの肩をポンと叩いて気合を注入した。
「あーそれと黄塚くん」
「はい?」
「ちなみにその台本な、そのまま舞台にしたら45分以内に収まらないよう、わざと書いているからな、そこをどうまとめるのかは自分で考えるんだぞ?」
「了解です!」
ひかりさんから「わざと収まらないよう書いたんじゃなくて、収められなかったのでしょう?」と、ツッコミが入りそうな言い回しだなぁ。
「くどいけどな、君の役目は、その台本から俺が一番やりたかった事を汲み取って、それをお客様に伝えられるように1つの舞台としてまとめ上げる事だからな、そこ忘れるなよ?」
「はい! では早速、台本の方を拝見させて頂きます……」
黄塚さんは立ったまま、受け取った新しい台本を齧り付くように読み込み始めた。そして少しすると「うわっ、マジで1から書き直してる……」といった、黄塚さんの小さな呟きが何度か聞こえてくるのだった。
「さて、瑠璃ちゃん、学校のほうはどうだい?」
黄塚さんが台本を真剣に読み込んでいるので、奈良屋さんの標的は自然と俺にロックされた。
「学校ですか? お友達も出来て楽しいですけど、あの、実はちょっと……気になる子がいて」
「お? やるなぁ……。もう好きな男の子でも出来たのか?」
奈良屋さんはとぼけ交じりに言いながら、手慣れた手つきで備え付けのコーヒーメーカーにペーパーフィルターやら豆やらをセットする。
「ち、違いますよ! す、好きっていうか、むしろ相手は普通の女の子ですから!」
「あれ? 女の子が好きって事は……瑠璃ちゃんってもしかして、男の子なのか?」
ちょっ!!
俺が元男だったと知ってるくせに、なんて危険なボケかますんだよ!
「女ですっ!」
「ああなんだ、俺、一瞬瑠璃ちゃんの事、男の子かと思っちゃったよ」
ヤメテ……。
てか奈良屋さんめ、ただ俺に「女」だと言わせたかっただけだろ、ちくしょうめが!!
「この格好のどこが男なんですか!」
「だよなぁ……。どうみても女の子だ」
ぐぬぬぬっ……。
改めて言われると、言いようのない屈辱みたいなモノを感じる。
ちくしょう、好きでこんなになったんじゃねーのにさ。
「あ、なるほど。そうか、そういうことか」
奈良屋さんは一人勝手に納得したように呟いた。
何が「なるほど」なんだよ。
「な、なんですか?」
「つまり瑠璃ちゃんは百合系か」
「は、はぁ!?」
「まぁ俺としては、人の趣味や性癖を否定する気はさらさら無いんだが、そういうのだったら普通に男の子と遊んだ方が楽しいと思うんだけどなぁ……」
俺だってそう思うよ!
「べ、別に、全然そういうんじゃないですし、それにそもそも趣味でもないですからっ!」
「そうなのか?」
ちくしょう、少し前までは野郎共と楽しく遊んでたんだよ!
それに俺は普通に百枝さんの事が気になるってだけで……。
ん? いや、待てよ?
やっぱりこれって、意識してないだけで、やっぱりある種の恋愛感情だったりするのかな?
い、いやいやいやっ、流石に違うって!
ほら、こうして彼女のことを思い浮かべても全然ドキドキしないから、やっぱり恋愛感情とは程遠いって思うんだけど、百枝さん本人を目の前にしたら、かなり自信が無い……。
「でもほら、百合って言ったらさ、大昔からアイドルやら声優やらがSNSでワザとらしいぐらいにアピールやってるだろ? もう何十年も使い古された手だけどさ、俺、あの見え見えのわざとらしさって中々いいと思うんだよなぁ。瑠璃ちゃんはどう思う? 百合営業」
どう思うって言われても……。
てかそもそも、そういう話をしたかったワケじゃないんだけど。
てか、やっぱりからかわれてるんだろうなぁ。
奈良屋さんがコーヒーメーカーのスイッチを押すと、セットしていたマグカップにコーヒーが注がれる。空間に広がるふんわりとしたコーヒーの芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。
「はぁ……真面目に相談持ち掛けた私が馬鹿でした。もう奈良屋さんにだけは何も相談しないことにしますね!」
「あー悪い悪い、俺が悪かった」
「むー!」
のらりくらりした反省の色なしの奈良屋さんの態度に、膨れっ面で抗議の意を示す俺。
コーヒーが注がれたマグカップとお皿を持ちながら、奈良屋さんは俺と対面する形でソファの反対側に優雅に腰掛ける。
「おいおい、そんな子供みたいにへそ曲げないでくれよ? で、瑠璃ちゃん、気になる子ってのは?」
コーヒーを応接机に置いた奈良屋さんは、ズイッと身体を乗り出して俺に聞いた。
まったくこの人は……。
相談しないって言ったばかりなのに、お構いなしで話進めちゃうんだからもう!
でも何だかひかりさんの気持ちが分かった気がする。
やっぱりこの人滅茶苦茶だ。ここで黙ってるとそれはそれで面倒くさいことになりそうだから、もうサクッと話しちゃうか。
「実はですね……」
俺は先月の百枝さんのことを、奈良屋さんに話した。
………
……
…
「なるほどな、学校に行きたいのに行けない絵描きの子……か。いかにも売れない物書きが書きそうな話だなぁ。しかも古典的すぎるぜ?」
「あの……?」
ソファに腰をかけて足組みしながら、少し冷めたコーヒーを持って呑気に言う奈良屋さん。
「ま、いるんだよ。とりあえず可哀そうな雰囲気の美少女を出して、保護欲そそられるような話でも書いときゃいいや! っていう考えなしの輩がさ」
「奈良屋さん?」
「いやけどな、実際その手の話は男の根源的な欲求に直接訴えかけるものがあるから、うまく書きゃ結構効果あったりするんだけど、でもアレって簡単そうで意外と難しいんだぜ?」
「あの……」
「ん? 瑠璃ちゃん、そういう話書きたいんじゃないの?」
「いえ……全然。ていうか、私の話は創作のお話じゃなくてですね、実話なんですけど!」
「あ、すまん」
奈良屋さんと会話を交わすと、いつの間にか創作話に切り替わってしまうことがあるってひかりさんが言ってたけど、本当だったのか。
でも今みたいに楽しそうに語ってるところを目のあたりにすると、やっぱりこの人は根っからの劇作家なんだなぁって思ったり。
「で、瑠璃ちゃんは結局、その絵描きの美少女ちゃんに何してあげたいワケ?」
「してあげたいというか、普通に一緒に登校して、彼女に『学校は恐れるような場所じゃないんだよ』って伝えたいだけなんです」
「優しいね、瑠璃ちゃんは。……けどな、その子の場合、瑠璃ちゃんが強引に腕を引っ張って連れ出すようなやり方だけは止した方がいいぞ?」
「ど、どうしてですか?」
奈良屋さんは、コーヒーをクイッと食いっと飲み干すと、手に持っていたカップソーサーにマグカップをそっと置くと、流れるようにカップソーサーごと、応接机の上にコトリと置いた。
「単純だ。彼女はまだマシだからだよ。学校に行きたがってるんだろ?」
そう。百枝さんは行きたがっている。
けれど、それ以上に何かを恐れている気がする……。
「はい……」
奈良屋さんはそっとソファから立ち上がる。
「瑠璃ちゃんの話を聞く限りだけどな、彼女の場合、何か勇気が出せるような切っ掛けさえ上手く与えてやれば、あとは自分で立ちあがることが出来るはずだ。だからそう心配しなくてもいい」
「そう……でしょうか?」
「ああ……。瑠璃ちゃん、本当に追い詰められた人ってのはね、誰かに助けを求めることすら出来なくなるんだよ」
奈良屋さんは、まるで自分に言い聞かせるかのように言った。
「だが、今の瑠璃ちゃんにはその可哀そうな子を構う時間なんて無いからな。何せ本番まで2週間も無い」
「…………?」
本番? 2週間??
「黄塚くんさ、ナレは誰がやるか決まってる?」
「あ、いや、まだ決まってないです。ぼんやりとしたイメージはふわりとあるんですけど……。でも『誰か』って言われると……風間さんは空いてないですよね?」
「ああ、彼女は出せないな。今、ESO(エターナル・スフィア・オンライン)の方で手一杯だ」
「そうですよね……。うーん、声のイメージはもう絶対に女性ですよねこれ。幽霊役の女の子が語るみたいな感じじゃないですか、このナレって」
「そりゃそう書いたからな」
「やっぱりそうですよね。となると、うーん……」
台本を見つめながら黄塚さんは手を顎に当てて考え込む。
「黄塚君分かんないかな? 俺、新しいナレは『当て』で書いたんだけどな」
「え? 『当て』ですか? 奈良屋さんにしては珍しいですね。誰だろう?」
奈良屋さんの言う「当てで書いた」っていうのは、《当て書き》のことで、演じる人を先に決めて、その役者をイメージしながら台本を書いたって意味だ。
つまり、奈良屋さんがナレーター役を先に決めて書いたってワケなんだけど……ってあれれ?
「そうか、まだ分かんないか。じゃあナレも俺が配役決めるけど、別にいいよな?」
「はい。人選は元々奈良屋さんの担当ですから」
「分かった。じゃ、そういうワケだ、瑠璃ちゃん」
「……へっ?」
奈良屋さんは、俺が座っているソファの後ろへと回り込むと、俺の両肩をポンポンと叩いた。
「あの……」
「夕凪台での舞台のナレーション、お願いできる? 瑠璃ちゃん」
「え、えぇぇえええええー!?」
番外編
「あの、奈良屋さん……」
黄色い台本を片手に、困った顔をした黄塚さんが奈良屋さんに話しかける。
「どうした? 俺の一番やりたい事が分かったか?」
「それはもう、十分すぎるぐらいによく分かりましたけど……」
「なら、やることは分かるよな?」
「はい……」
「……校庭に10式戦車を乗り入れるくだりは、舞台とは関係ないので丸々カットしますね」




