5頁 九月の修羅
体育祭の翌週の昼休み。昼食を終えて自分の席で一息つこうとした時。
「おいブサ川、やきそばパン買ってこいよ」
「マジキモいなこいつ」
未だ体育祭の筋肉痛で苦しんでいる俺のところに、生倉と登呂杉がニタニタ笑いながら絡んできた。
どうやら体育祭の一件で、俺はこいつらに目をつけられたようだ。
さて、どうしようか……。
馬鹿どもの挑発に乗って真っ正面から喧嘩するもアリだが、みんなが教室にいるこの状況だと、有難いのか有り難くないのか、この前みたいに誰かが喧嘩を止めに来るに決まってる。
しかし問題はそこじゃない。
この馬鹿2人の場合、喧嘩に勝とうが負けようが、おそらく根本的な解決にはならないだろう。
仮に俺が超本気出してこの馬鹿2人をフルボッコにしてこの場を治めたとしても、2人は必ず根に持つはずだ。というか既に根に持たれてるか……。
まぁ実際は、2対1の状況になった時点で勝算は0に近いから、こうして頭の中で強がってる余裕なんて全く無いんだけどな。
とにかくだ。
ここで俺が安易に反撃に出て、馬鹿2人に強烈なしっぺ返しを食らわる事が出来たとしても、おそらく何の解決にもならない。また、喧嘩の途中にクラスのみんなが仲裁に入った場合も同じだ。
喧嘩が収まって一見解決したかのように見えたとしても、脳みそ空っぽの馬鹿2人の事だ。
今度は陰湿なやり方で俺に嫌がらせをしてくるはずだ。例えば下駄箱に置いてる靴を隠したり、俺の居ない間にかばんに小便をぶっかけたりとか、そういうねちっこいのな。
喧嘩に勝っても、誰かに仲裁に入られても解決しないのなら、喧嘩に負けて、あるいは無抵抗のままいじめられ続けた場合を考えてみる。
まぁ、これも実際は佑馬やクラスの誰かが止めに入ったりするだろうけど、それでも仮に、みんなが敵に回って無視決め込んだ場合を想定してみる。
だが、実際にそんな状況になると、かなり最悪だ。
何故かと言うと、そんな状況になった時点で、クラス全員に暗黙の根回しが完了していると見ていいからだ。
俺の知らないところ、例えばSNS上で独特のコミュニティが形成されていて、そんでもって俺だけがハブられてる、という状況になってるかも知れない。
もしも実際にそんな状況になっていたとするたら、馬鹿2人はさらに調子に乗ってどんどん嫌がらせがエスカレートしていくだろう……。
もちろん、そんな事になる前にケリはしっかりつけるつもりだけど、このケースにまで発展してしまうと、さすがの俺でも精神的にキツい。
で、現時点で馬鹿どもの増長を根本的に解決する手段はいくつか考えられるのだけど、やはり一番手っ取り早いのは、《突然飛んできた豆腐の角に頭をぶつけてこいつらが死んでしまえば》全てが丸く収まる。
だが、それはさすがにファンタジー小説でもあり得ないので、次点としては、2人が俺に、いや、できれば俺以外のみんなにも《ちょっかいを出せば痛い目に遭うということを徹底的に分からせる事》だ。
たとえどんな汚い手を使ってでも、だ。
要は、この馬鹿2人には躾が必要なんだ。
それも一生トラウマになるぐらいの強烈な躾をさ。
「知ってるか、こいつオタクなんだぜ? 今どき音楽オタクで中二病」
「うわっだっさ! マジキモっ! しかも中二病とかキモすぎるわー。アレだろ? いつもひとりで空気と戦ってたりすんだろ? もーマジ頭おかしいから早く死んだほうがいいよなぁ」
まったく悲しい奴らだ。
他人を見下すことでしか自尊心を保てないなんて憐れみすら覚える。
俺はセオリー通り馬鹿2人を徹底的に無視する。こういう輩は相手にすると我が意を得たりとつけ上がるからだ。
こいつらの心の根底には、徹底的におちょくって嫌がる相手の反応を楽しみたいという醜い欲求がある。
だからこちらは徹底的に反応しない。存在そのものを抹消してやればいい。
ただしこのやり方は心の弱いやつにはできない。やろうとしても精神的に根をあげてしまうだろう。それは顔に、表情に、そして身体に絶対に出てくる。
とにかく今はこいつらの挑発には乗らない。
俺は感づかれないように、そっと周囲の様子を探る。
別に教室にいるクラスメイトが静観を決め込んで無視していてもかまわない。
ただ俺の敵に回る事なく、俺に非が無く被害者であると認識してくれればそれだけでいい。後はいくらでもやり様がある。もちろん味方になってくれればもっといいけど。
教室の空気が、ピリピリとしてきた。
周りのヤツらは平然を装いつつも俺達の様子を見ている。それでいい。
が、ここで誰か止めに入ってくるか来ないかで俺の対応も変わる。
そう考えていると、佑馬がニヤニヤと笑いながらこちらを見ているのが見えた。
佑馬は黄色いボールペンを手に持つと、まるで俺に自慢するかのようにドヤ顔で黄色いボールペンをチラつかせている。
あのボールペンは確か……そうか。
さすがに佑馬はやることが早い。ならば作戦はもう決まったも同然だ。
この騒動、誰かが止めに来ても来なくても、もはやどうでもよくなった。
少し回りくどいけど、もしも佑馬が俺の想像している通りに動いてくれているのなら、現時点で9割以上の確率で俺の勝ちだ。
高校受験を前にして、目の前で粋がっている馬鹿2人に、内申面で大打撃を与えられる。
できれば派手にやらかして欲しい。俺は少し嫌な目に遭うだけだが、こいつらは今日しでかした事を生涯悔いる事になるのだから。
ちなみに残りの1割の負けルートは、担任の黒田やその他のクソ教師、クソ校長、クソ教育委員会、そして馬鹿2人の親を含めた汚い大人達の対応が、クソすぎた場合だ。
この展開はさすがにちょっと予想ができない。
しかし、大人の問題にまで発展すれば、俺の父さんは絶対に黙ってはいないはずだから、結果として全員無事では済まなくなる。
それと、本当かどうか知らないけど、学校関係者が一度いじめを認めてしまうと、給料や退職金に大きく響くから、何があっても絶対認めないなんて話を聞いたことがある。
もしも、そんなくだらない利己的な理由で、何人もの生徒が命を絶ったかと思うと殺意すら覚える。俺の教師に対する不信感は、この話をどこかで聞いてからだったと思う。
事実、今でもどこかの中学生が自殺したニュースが流れる度に「いじめはなかった」なんていう太々しいコメントが流れるものだから、こいつら結局カネかよと思ってしまうわけで……。
まぁ、それはともかく、今は佑馬が協力してくれているから、とりあえずみんなの前で上手い事いじめられてやろう。
できれば惨めで、凄惨で、悪魔じみていて人間のやる事じゃ無いぐらいのいじめられ方がいい。
「頭のおかしいキモ川くんさぁ、いつ死んでくれるの? マジキモッ!」
「だな、マジでキモすぎだし頭おかしいんじゃね? てかよ、雑魚のくせにくっだらねぇ事で犬みたいにキャンキャンキャンキャン吠えてやがってよ、昼飯がクソ不味くなるっての! あぁ!?」
馬鹿2人とは違う男の声がした。
誰だか知らないがいじめっ子の増援が来たか……。だが結果は変わらない。
俺は徹底して無視を決め込んでいるので、誰が来ようとも視線は動かさず反応はしない。
「そうそう、中学卒業するより先に、人生卒業す……」
どうせ社会的に死ぬ馬鹿が1人増えるだけだ……し……!?
つい横目で3人目が誰か確認した瞬間、俺の体は条件反射でビクっとした。
ああっ、徹底無視する計画が……。
と光の速さで意識したが、俺の視線の先では、すでに拷問が始まっていた。
まさに一瞬の光景だった。
野球部の原田が、何かを言いかけていた生倉の首根っこを左手でがっしりと掴んだかと思うと、そのまま左手で宙に持ち上げたと同時に原田の右手はすぐさま生倉の金的を鷲掴みにする。そしてそのまま躊躇なく生倉のアレを中学生とは思えないほどの強烈な握力でぐしゃりと握り潰すと、さらに追い打ちをかけるように、原田は全力で生倉の大事な金的をもぎ取ろうとした。
大事なアレを鷲掴みにされて引き千切られそうになった生倉は、今まで聞いたことが無い断末魔のような悲鳴をあげながら、身体をくの字に曲げて前屈みになった。
生倉の姿勢が前屈みになったことにより足が地面についたが、それでも原田の攻撃は止まらない。
前屈み状態の生倉の後頭部がガラ空きなのを原田が見逃すことはなく、原田はすぐさま金的を掴んでいた右手を放すと、生倉の後ろ首に強烈な肘鉄を浴びせた。
生倉は原田の強烈な肘鉄で地面に叩きつけられると、もはや呼吸も満足にできない様子で、床の上で芋虫のようにのたうち回ってもがき苦しんでいるが、そこに原田の強烈なローキックが生倉のみぞおちに直撃すると、生倉は気持ち悪いゲロを吐いて、ついには捌かれた魚の活け造りのように手足がピクピクと動くだけになってしまった。
半殺しだ! 半殺し!! 文字通りの半殺しだ。
言葉ではよく聞くけど、まさか実際にこの目で見る事になるとは……。
生倉の地獄のような末路を目にした登呂杉は、原田に一睨みされると一目散に逃げて行ってしまった。
原田一将。
三国志で例えるなら原田は武力最強の呂布だと、原田を知っている野球部の奴らは口をそろえて言う。
なるほど……な。
実際に喧嘩をしているところを見たのは初めてだけど、これは噂以上の化け物だ。
身体能力がステータスMAXを振り切ってバグ起こすぐらいチートだというのは、どうやら誇張でもないらしい。
野球でもとんでもないスラッガーだという話しも聞くし、それにさっき、片手で生倉を持ちあげていた気がするし……。
体格はやや大柄だけど、外見は普通の中学生にしか見えないし、喧嘩がメチャクチャ強いって言っても、この惨劇を見るまでは正直そこまで強いとは思えなかった。
大体、喧嘩が強くて悪そうなやつは他にも一杯いるし。
だけど俺的には、一番の悪党ってのは、表向きは善人ぶっている計算高いタイプだ。
政治家の陰に隠れて好き放題している官僚とか秘書とか、荒稼ぎしているブラック企業の社長とか、法の穴をすり抜けてギリギリの商売してるヤツとか、あと俺とか。なんかそういうタイプの人種。
「あ、ありがとう、原田」
「気にすんな。こいつら最近調子に乗ってうざかったし」
面倒くさそうにそうに一言だけ呟くと、原田は何事も無かったかのように歩いて教室から出て行った。
「いやぁ、びっくりしたなぁ。大丈夫か? 瑠伊」
今度は佑馬が話しかけてきた。
「そう言うなら直接助けてくれよ。お前ずっとこっち見てニヤニヤしてただろ?」
「いやいやいやいや! あのタイミングで動いたらせっかくの収集作業が台無しじゃん?」
佑馬はそう言うとまた黄色いボールペンをチラつかせた。
「やっぱりか。にしても収集作業ねぇ……。感心しないけど、佑馬がソレをちゃんと使ってるなら、実は助けてもらおうかなって考えてたんだよな」
佑馬が持っている黄色いボールペンは一見すると普通のボールペンに見えるが、実はこいつは『盗聴器』だ。そしてその事実を知っているのはおそらく俺だけ。
佑馬が言うには、このボールペン型盗聴器は、なんでも連続72時間も録音できるとか。
以前、「なんでこんな物騒なもの持ってるんだ?」って佑馬に聞いたら、佑馬は「テスト勉強に役立つから」とか「いじめの防止になる」とか、いかにも真面目そうな理由を並べて誤魔化していたけど、まさか本当に佑馬の言うとおり、実際に役立つ日が来るとはな……。
でも俺の予想だと、佑馬の本当の目的はこの盗聴器をつかって、なんかエロい事に使うに決まってる。例えば、女子の声をこっそり録音して編集ソフトで切り貼りしてエロい台詞言わせたりとかさ。
ていうか、むしろそんな想像を平気でしてしまう俺自身が気持ち悪い。
けど、そんな妄想をしてしまうのは、悪い事ばかり書いてあるネットせいだからしょうがない。俺はただの被害者だ。大人が悪い。社会が悪い。
それにしても佑馬は言葉を濁す事については天才的だ。
どんな状況でも、絶対に「録音」とか「証拠」といったような盗聴器を連想させるような言葉を吐くことは無い。
それはまるで、核心的な回答をせずに、のらりくらりと話を逸らして誤魔化し続ける政治家みたいで尊敬に値する。
かく言う俺も、佑馬の言葉づかいに合わせて、『盗聴』とか直接的な言葉は言わなかったから、ある意味共犯者みたいなものだけど。
「な? 頼りになるだろ?」
佑馬は黄色のボールペン(?)をくるくる回しながら自慢げに言った。
「な? じゃねーよ! 相変わらず悪趣味だよなぁ……」
「んな事ねぇって! 瑠伊、あんな奴らが相手だったら手段なんて何でもいいんだよ。お前だってそういうタイプだろ?」
「当然。まぁ直接殴り倒してもよかったんだけど、後々面倒な事になるかなって思って様子見てただけだし」
嘘だ。直接殴り倒してもいいとか、かなり誇張入ってる。
相手が雑魚の生倉と登呂杉とはいえ、まともにやりあったらタダじゃ済まない。
「でもまぁ原田が出てきたのは意外だったけど、たぶん馬鹿2人もあれで大人しくなるんじゃないかな?」
「あぁ、原田だけはヤベェよな。あれは絶対に敵に回したくないわ」
佑馬はそう言うと指を器用に絡ませながら、くるくるとボールペン(?)を回し続けた。
「ま、あの馬鹿共も、原田に目つけられた以上、もう終わりだな」
「だといいねぇ」
ちなみに、逃げていった登呂杉も、あの後原田に半殺しにされたらしい……。
しかしこの一件はすぐに教師達にバレて、ホームルームで反省会が行われた。
俺もクラスのみんなも原田を擁護したことにより、原田は反省文を書かされるだけで済み、元々クラスの大半から嫌われていた生倉と登呂杉の2人は、クラスからますます孤立して大人しくなった。
だが、孤立していると言えばむしろ原田の方だった。
原田はこの件とは関係なく、いつも自分から1人になろうとして友達を作ろうとはしなかったから……。
■人物紹介■(2015年9月11日追記)
生倉 矢威葉
市立夕凪台中学3年6組。帰宅部。学業成績は下。
身長:174cm 体重:56kg
初登場:4頁
ヒョロっとした痩せた体形の男子。陰湿さが顔に滲み出ている。
登呂杉 草夫
市立夕凪台中学3年6組。帰宅部。学業成績は下。
身長:167cm 体重:75kg
初登場:4頁
ブヨッっとした太った体形の男子。陰険さが顔に滲み出ている。
2人の悪質な性格は以前よりクラスの内外に知れ渡っていたが、2学期になるとその性格が顕在化し、とうとう授業妨害までするようになった。
だが、原田にボコられ地獄を見てからは再び大人しくなった。




