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月桂樹の唄  作者: 松山 京平
転変編
51/73

51頁 繋がり


  ──おおっーーー!


 夕凪台中学の校門をくぐると、校庭からどよめき声が聞こえた。

 運動部が校庭で部活してると、たまにああいう歓声が聞こえてくる。まぁよくある事だな。おそらくさっき走ってた岡田のタイムが凄かったんだろう。





「えー、お話しは伺(うかが)っております。えー、どうぞこちらへ……」


 来客用のスリッパに履き替えて職員室に入ると、そこで俺達を出迎えたのはベートーベンの偽物みたいな髪型をした中年で背の高い細身の教頭だった。

 どうでもいいけど、この教頭はやたら「えーえーえーえー」言う口癖があって、とにかく聞いてて鬱陶しいんだ。

 けど俺も、休み時間に教頭の物まねとかよくやったりしたっけ。



「大変お忙しいところを、ご無理を言って誠に申し訳ありません」


 奈良屋さんが紳士っぽく教頭に言った。


「えー、いえいえ。通常このような申し出はお断りさせていただいてるのですが、えー、黒田先生からのご推薦とのことで、えー、生徒たちに劇を披露していただけるとのことですが……」


 は? 劇?

 舞台セットの参考に取材するんじゃ……。

 ていうか、よく考えたら元々そういう取材だったらもっと人が付いてきてるよな。よくわかんないけど大道具の人とか小道具の人とかさ。


「ああ、その芝居の件についてはこちらもまだ具体的にどうするかは決まっておらず、今はまだ何もお答えできず申し訳ありません」

「えー、そうですか。えーでは、その話はまた後日改めてお話しを……」

「はい。ところで黒田先生はいらっしゃいますでしょうか?」

「えー、実は黒田先生は病院に入院されまして、えー」

「そうなのですか?」

「えー」


 おかしいな……。

 俺の元(?)担任の黒田が入院した事は奈良屋さんも知ってるはずなのに、奈良屋さんはわざとその事を質問してるんだ? しかも初耳のように驚くフリしてるし。

 もしかしてこの人、また何かよからぬ事でも企んでるのかな……。

 いやいや、逆に何も考えてないかも知れない。わかんないけど。


「では校内の撮影の件はご存じでしょうか?」

「撮影……ですか? えー、いえ、恥ずかしながら聞いておりませんで……、えー、いったい何を撮られるのでしょう?」

「今度の芝居の準備として体育館の設備の下見とテスト撮影を。それから参考にいくつか教室を撮影させてもらう予定でした。あと、これは個人的なことで申し訳ないのですが、別件で進めている映画の資料用に、美術室や理科室等、校舎内の施設を一通り撮影させていただければと思います」

「えー、なるほどなるほど、となると、えー、かなりやる事が多そうですな。えー、ちと困りましたな……」


 教頭は片手に顎に当て、考える人のポーズをして数秒ほど硬直した。


「えー、実はですな、私は他の仕事で手一杯で、えー、そこまで多いとなるとご一緒にする事ができそうにありません」

「そうですか。では私どもだけで撮影を進める……というのは無理でしょうか?」

「うーん……」


 教頭は俺達をジロジロ見ながら息を大きく吸って、ゆっくりとため息のように息を吐いた。


「えー、そうですな。えー、黒田先生の推薦でもありますし、えー、本当はダメなんですが……。えー、仕方がありません、特別に許可しましょう」

「ありがとうございます」

「えー、ではこちらへどうぞ。そこの壁に校舎内の見取り図が、その横の棚のキーボックスに各教室の鍵がありまして……」


 教頭はえーえー言いながら校内での注意事項と、各部屋の鍵は1つだけ持ち出すようにと説明した。

 どうやら違う部屋に行く場合は、鍵を交換するためにいちいち職員室に戻って来ないといけないみたいだ。なんか面倒くさいな……。


「ああそれと教頭先生、舞台確認の参考として、うちのスタッフのテスト撮影も行う予定だったのですが、どこかこの子が着替えられる場所を用意して頂けるととてもありがたいのですが……」


 は? 撮影……だと!?


 奈良屋さんは俺の肩に手をまわして強引に抱き寄せると、教頭に紹介するように俺を見せつけた。


「えー、そちらの子がそうですか?」

「はい、この子に着替えてもらう予定です」


 ちょっ!? 俺は聞いてなっ……!


 俺の肩に手をまわしている奈良屋さんの手が、今度は『黙っておじぎをしろ』と言わんばかりにぐっと後ろから力が入ると、俺はペコリとお辞儀をさせられた。

 その様子を教頭はジロジロと絡みつくように見下ろす。


「えー、なるほど……。とてもとても可愛らしい方ですね」


 うるせぇ、こっちみんな!

 ていうか、俺はまだ七色座の一員じゃなくて、入院中の患者なんだんだけど……。


「えー、分かりました、えー、それでしたらお嬢さん、着替える場所は女子更衣室でいいですかね?」

「あ、はい……」


 ちくしょう。つい反射的に返事しちまった……。

 けど俺、女子更衣室なんて入ったことねーぞ?

 ……脱ぎたての女子のパンツとか落ちてんのかな?


「えー、では更衣室だけでもご案内いたしましょうか」

「はい、お願いします」



 俺達一同は、教頭の後に続いて校舎内の廊下を進む。行(ゆ)く先は下駄箱がある生徒用玄関の近くにある更衣室だ。

 男子更衣室の方なら何度も入ったことがあるけど、すげぇ汗臭くて独特の変な匂いがするんだよな。


「すみません教頭先生、年末なのに校庭に人が沢山いらっしゃいましたが、あれは何をしていたのでしょうか?」


 校舎内を歩きながら、ひかりさんが教頭に訪ねた。


「ああ。えー、実はここ最近ですね、我が校に見学を希望される方が急に増えてまして……。えー、今日はうちの陸上部の見学会だそうです」

「ほう……」


 校門の外から学校の外からチラッと見たとき、岡田が校庭を全力疾走してたけど、そういえば校庭の隅っこのほうに、なんか大人の一団がいた気がする。


「えー、去年まではこんな事は無かったんですがね、えー、今日は全国から体育大学の関係者の方々が見学に来られてまして……」

「へぇー、すっごいですねぇ。もしかしてスーパー中学生がいるんですか?」


 りさちん先生が訪ねた。


「えぇ……。えー、うちの学校には注目されている生徒が2人もいまして、えー、1人は今日外にいる陸上部の3年生、それからもう1人野球部の3年生がいまして……。そっちの野球部の子は、えー、確かクリスマスでしたかな? えー、全国からその子ひと目見ようとかなりの数の見学者が集まりまして……」

「ほう、それはすごい」


 間違いない……。

 野球部の方は絶対に原田だ。あいつ何やらかしたんだ?


「えー、その野球部の子の動画がネットで注目されたとか、えー、よく分からんのですが、今月になってから急に問い合わせの電話がひっきりなしに掛かってくるようになりまして……。えー、私は野球もネットもさっぱり分からんのですが、えー、とにかく業務に支障が出るほどでして。えー、それで芋づる式に今度は陸上部の子までもが注目を浴びてしまいまして、それで大変な事になっておるのですよ。……ああ、ここが更衣室です」

「なるほど、大変なんですね。ご案内ありがとうございます」


 深々と頭をさげながら礼を述べる奈良屋さん。教頭のヤツ、奈良屋さんの正体を知ったらどう思うかな。


 それはともかく、原田のヤツ、そんな事になってたのか……。


「えー、申し訳ありませんが、そういう事情でございまして、私も他の仕事が溜まりに溜まっておりまして、えー、ここいらで失礼してもよろしいでしょうか?」

「はい、わざわざご案内して頂きありがとうこざいました」


 今度はひかりさんが丁寧にお礼を返した。


「えーでは、なにかあれば職員室へお願いします」

「わかりました」


 ベートーベンみたいな髪型の教頭は、ツカツカと職員室へ戻っていった。





「……あの教頭さ、なんか気味が悪いね」


 教頭の姿が見えなくなると、奈良屋さんがボソっと言った。


「そうですか? 私はてっきりキャラが立ってて舞台に立たせたいとか言い出すんじゃないかと思いましたが」

「いやいや、外見は面白いけど、あの口ぐせを矯正するのはきっと大変だぜ? あれは職業病だな」


 なるほど、教頭になるとあんな口癖になってしまうのか。

 えー、とりあえず俺は、あんなのになりたくないので、教頭にはならないと心に誓った。えー。


「……ていうかだな、ひかりさん、この学校自体が気味悪くない?」

「いえ、特には。もしかして先生、怪談モノの話でも思いついたのですか?」

「いや……まあいいか。ところで瑠璃ちゃんさ」

「はい?」

「さっそくだけど着替えてきて」

「き、着替えるって何にですか?」

「これに」


 奈良屋さんは手に持っていた紙袋を俺に渡した。


「あー、袋の中、ここで覗くなよ?」

「あの……、ていうか奈良屋さん、撮影なんて話、全然聞いてないんですけどー」

「うん、言ってないし」

「いやいやいや、言ってくださいよ!」

「先に言うと面白くないだろ?」

「面白いとかそういう問題じゃなくて、心の準備とか」

「あー。別に心配しなくていいから。今日撮るのは外部に出すものじゃないし」


 ……って事は、外部に出すものもあるのかよっ!?

 てか、この袋の中身ってなんかすっげぇ胡散臭い気がするんだけど。

 も、もしかしてエッチな衣装でも入ってんじゃねーのか?


「り、りさちん先生は知ってたの? 着替えの事とか撮影の事とか」

「いえ、撮影だなんて話はわたくしも初耳よ、 るーちゃん。奈良屋さん、ちょっとその袋貸してくれます? 外出歩行訓練の責任者として、一応中身を確認してますので」

「どうぞ」


 りさちん先生は、紙袋を受け取るとの中を覗き込んだ。

 しばらくゴソゴソと中身を確認すると、りさちん先生は奈良屋さんをジト目で見た。


「奈良屋さんってやらしー」

「おいおい、誤解するような言い方しないでくれよ、普通の服だぞ?」

「いやいやいや、すっごいやらしーですよこれ? なんですか? なんで奈良屋さんがこんなの(・・・・)持っているんですか?」

「そりゃ瑠璃ちゃんに着せてみたかったからに決まってるさ」

「なるほどー、そういう趣味のお方でしたか……。いえ、正直でよろしいですねー」

「いや、違うんだが……。うーむ……」


 りさちん先生は意味深にニヤつきながら袋を俺に返した。


「るーちゃん、大丈夫だからこれに着替えてきていいよ。たぶんすっごく似合うと思うから。あ、心配だったらわたくしも付き添ってあげるけど?」

「い、いや、1人でできるから……」

「そ? ま、何かあったら呼ぶんだよ?」

「う、うん」


 俺は一人で女子更衣室へと入った。

 ドアノブを握ったときは、いったいどんな部屋なのかとワクワクしてたけど、中に入ってみると女子更衣室内は男子更衣室と殆ど同じで特に変わったこともなく、壁には田の字ように縦横に区切られた古い木製の棚がずらりと並んでいるだけだった。

 匂いは男子更衣室とはちょっと違う気もしなくもないけど、空気が腐ったような感じは同じだと思う。


 一応俺は全ての棚を1つ1つこまめにチェックしてみた。だが、女子の脱ぎたての下着とか、変態が喜びそうな忘れ物とかは一切見つからなかった。ちっ。


「なんだよちくしょう、変に期待した俺が馬鹿みたいじゃねーか」


 そう独り言を呟きながら、俺は祐馬の事を思い出す。

 もしかしてあいつ、こんなとこにまで盗撮カメラとか仕組んでたりしたのかな……。

 あいつ、今何してんだろう?

 もうすぐ受験だってのにさ、大事な時に金髪になんかしやがってさ、いったいどうするつもりなんだろう?


 そう考えながら、俺は紙袋を開けて中身を取り出した。



「マジかよ……」



 紙袋の中身……。

 それは夕凪台中学の制服だった。しかも女子の。


 白のスクールシャツを手に取ると、夏の授業中に前に座ってる女子の透けたブラジャーを周囲にバレないようにこっそり見てた事を思い出す。


「今じゃ俺がつけてんだもんなぁ……」


 自分の胸を見下ろす。

 以前よりは慣れたとはいえ、この貧乳でも巨乳でもない絶妙な胸の腫れ具合を意識するとまだまだ気が滅入る。

 ひとまずスクールシャツを棚に置いて、今度はスカートを袋から取り出した。

 スカートと言えば中一の頃、祐馬と一緒に階段の下でわざと転倒したフリして、階段を登っていく女子のスカートの中を、どうにかこうにか覗こうとしたりしてたよな。

 結局そのときは見えそうで見えなくて残念だったけど、こうして思い出してみれば、祐馬のヤツ、あの頃から盗撮趣味の兆候でもあったのかな。


 この女子の制服には、男子中学生の夢と昔のいやらしい思い出が一杯詰まっている。

 だけど、この制服を用意したのがあの奈良屋さんってのが、なんか意外。りさちん先生じゃないけど、そういう趣味(・・・・・・)の人なのかと思ってしまう。

 この事を剣雪人のファンが知ったらどう思うんだろな? 例えば今井とかさ。


 りさちん先生が奈良屋さんに「やらしー」って言ったのも分かる。

 女子の制服ってだけでなんかちょっとエロいし。


 まぁでも、もっと露骨にエロい衣装着せられてAVのゲリラ撮影みたいな事をさせられるんじゃって心配してたけど、とりあえずそういうのじゃなさそうなのでひと安心。……なのか?


 うーん。

 でもこれ用意したのは奈良屋さんなんだよなぁ。やっぱりなんか複雑な心境だ。

 まあいいや、とにかくさっさと着替えてしまおうぜ。



 俺は着ている服を脱いで靴下と下着姿になると、用意された制服を着た。


「スカートはこんなんでいいのかな?」


 着てみた感想、サイズが一回り大きいかも知れないと思った。

 少しぶかぶかなのが気になりつつも、俺は袋からブレザーを取り出して手に取る。

 するとブレザーの胸ボケットに名札が付いていたことに気付いた。



 『夕凪台中学 今井玲奈(れいな)』



 えっ!?


 どういう事だ?

 何で今井の名札が……。


 てか、マジでどういう事なんだよ?

 こ、これって、もしかして今井の制服なのか?

 仮にそうだとして、なんでそれを奈良屋さんが持ってんだよ!?


 俺はくんくんとブレザーを嗅いでみるが、ブレザーには特徴的な匂いもなく、本当に今井の制服なのかは匂いからは判断できなかった。


「北条の匂いだったら一発で分かるんだけどなー」



 それにしても全然分からない。

 今井が『剣雪人』の大ファンで奈良屋さん=(イコール)剣雪人本人だから、2人の間に繋がりが全く無いことはないけど、まさか今井がこの制服をプレゼントしたのか?

 剣雪人宛に、脱ぎたての制服を梱包して事務所にでも贈った……とか?


 あのしっかり者で天然お嬢様の今井が?

 うーん……。いくらなんでも、それは考えられないよなぁ。

 中学を卒業した後なら、もしかしたらあるいは……って思うけど、まだ3学期が残ってるし。


 あっ!


 ま、まさか今井のヤツ、3学期は下着姿で登校する気か!?

 だとしたらクレイジーだなおい!



  ──私も人並みには興味がありますよ。でも、雪斗様は別格なんです!

  ──さっきから『雪斗様』『雪斗様』って呼んでるけど、今井は剣雪斗のファンなの?

  ──ふ、ファンだなんて、そんな……やだっ、恥ずかしいわ……。


 ふと修学旅行のときの今井の様子が思い浮かんだ。


 無いな。

 やっぱり、いくらなんでも今井が制服を奈良屋さんに送るってのは無いわ。




  ──はぁっ……はぁっ……。すけべしようや、宮川……。

  ──はぁっ……はぁっ……。やっべぇ、宮川ってすっげぇいい匂いする。

  ──どこのシャンプー使ってんだ?



「うわあぁぁぁぁぁぁっ!」

「ど、どうしたの? るーちゃん!?」

「あ、いや、平気、なんでもない!」

「そ、そう? 助けが必要なら言うんだよー?」


 ちっ、ちくしょう!!

 なんでガチホモの西村に抱きつかれたことまで思い出すんだよっ!

 あー、もうなんでこんな時に余計なことまでフラッシュバックするかな。

 いいや。さっさとこれ着て出よう。


 俺は今井のブレザーを着ると、元から着ていた私服を丁寧に畳んで紙袋に入れた。

 そして忘れ物が無いかチェックすると女子更衣室から出た。


「わっ! るーちゃん、すっごいかわいいよ!」

「ええ、よくお似合いです」


 更衣室から出た途端、りさちん先生とひかりさんが俺の制服姿を褒めてくれた。


「おや、サイズが少し合ってないようだね。まぁ、その程度なら撮影に支障は無いか」


 奈良屋さんは鋭い目つきで俺を見ながら言った。

 それは性的なエロ目的の目で見ているのでなく、服を飾り付けたデパートのマネキンでもチェックしてるような感じだった。


「あの、奈良屋さん、ちょっと聞きたいんですけど」

「瑠璃ちゃん、先に言っておくが、俺は制服フェチでもロリコンでもないからな」


 あ、ちょっとは気にしてたんだ……。


「い、いえ、そういうのじゃなくて、なんで奈良屋さんが俺……じゃなかた、私の同級生の服をもってるのかなーって思って。ほら、名札がついてるでしょ?」


 俺は胸に付いている今井の名札を指差した。


「ああそれな、借りたんだ」

「か、借りた……って、俺の……じゃなかった、私と同じクラスの子の服ですよ!?」

「えっ?」「あらまぁ!」


 ひかりさんは驚きの表情を見せ、りさちん先生はジト目で奈良屋さんを見た。


「どうして借りれたのか? って顔してるね、瑠璃ちゃん」

「は、はい……」

「まぁ別に隠すほどでもなんいだけどね、この際だから最初から話そうか」


 奈良屋さんは周囲に人がいないか確認した。


「随分前の事だ。その名札にある玲奈ちゃんの祖父に当たる今井のじい様と俺は、とあるCM撮影がきっかけで知り合って、それからずっと長い付き合いでね、俺が俳優を引退するときにも相談に乗ってもらった仲なんだよ。七色座の立ち上げにもご助力していただいた方なんだ」


 な、なるほど。

 という事は今井と奈良屋さんの間には、繫(つな)がりがあったって事か。


「で、瑠璃ちゃんが知りたがっているその制服の事についてなんだけど、俳優引退前に七色座を立ち上げてから、よく今井のじい様とそのお孫さんの玲奈ちゃんに食事に誘われるようになってね、瑠璃ちゃんは玲奈ちゃんの事を知っているみたいだから、もしかしたら知っているかもだけど、玲奈ちゃんはとにかく俺……じゃないな、『剣雪人』の大ファンでね。それで最近は会う機会もかなり多くてね」

「う、うん……」

「あぁそうだ。あれは先月だったかな? 玲奈ちゃんに『どうして俳優辞めちゃたんですか!』ってえらい詰め寄られてな。そのときの俺は少し酒に酔っててだな、『その制服貸してくれたら教えてあげるよ』なんて冗談半分でつい言ってしまってさ」


「うわぁ……」


 りさちん先生とひかりさんと俺の3人は、ドン引きしながら軽蔑の目で奈良屋さんを見つめた。現役女子中学生に制服を貸してくれとか……ただのセクハラおやぢじゃないか。



「な、なんだよ? 酒の席だしよくあることだろ? これぐらいは」

「何も言ってませんが」

「あーそう。でな、この前『冬休みになったのてお貸しします』って突然玲奈ちゃんから連絡がきて、送られてきたのかソレだ」


 奈良屋さんは俺の着ている服を指差した。


 まぁ今井の場合、冗談が通じないところあるからなぁ。

 となると、やっぱり俺が今着ているこの制服は、間違いなく今井のって事か……。

 なんかそう意識しだすと、制服フェチのド変態みたいな気分になってくる。


「先生、制服の話がそのような経緯だとは一切聞いてませんでしたが」


 ひかりさんが問い詰めるように言った。


「いや、言ってないし、酒の席の話だし、だいたい本当に送ってくるなんて普通思わないだろ?」

「答えになってませんよ。……とにかくこの件はこちらで処理しておきます。今井会長には後程ご一緒に謝罪に行きましょう」

「そいつはダメだ」

「え?」


 堂々と拒否する奈良屋さん。


「ど、どうしてですか?」

「これは確実に覚えている。玲奈ちゃんに『制服を貸してくれない?』って言ったとき、今井のじい様がトイレに行った直後だ。だからじい様はこのことについて何も知らない。だからもしもその事がバレたりしたら、出資金を引き上げられて七色座が崩壊しちゃうかもしんないぜ?」

「変態座長の劇団なんて、崩壊した方が世の為かと思いますが?」

「あっ、ひっどいなぁ。勘弁してくれよひかりさん。とにかく制服は玲奈ちゃんに直接返せば済む話だ。なに、問題ない」

「ではなぜ瑠璃さんに着せたのですか?」

「そりゃ瑠璃ちゃんに着せてみたかったから。……ってさっき言ったよな」

「あっきれた……。わかりました。では私はこの件については一切聞かなかったことにしておきますから、制服は先生ご自身でご返却してください」

「お、おいおい、玲奈ちゃんの連絡先は? 最初に受け取ったのはひかりさんだよね?」

「私が玲奈さんから受け取った品目はお菓子の詰め合せだと記憶しております。現役中学生の制服だとは一切知りませんから」

「おいおい、これも大切な仕事(・・)なんだから、しっかりやってくれないと困る」

「つまりバレずに制服を返したいから、私に玲奈さんとコンタクトを取れと?」

「うん、よろしく」

「却下ですね」

「ひかりさんのケチ」


 あーもう、まったく、どうしようもないなこの人は。

 ていうか、クリスマスイヴの時のあの強烈なオーラはどこいったんだよ……。

 これじゃただのおっさんじゃないか。


「と、とにかくだな、簡単にまとめると、俺と今井のじい様とは古い付き合い。そしてじい様は七色座のオーナー。そのじい様の孫娘の玲奈ちゃんが俺の大ファンで、瑠璃ちゃんは偶然にも玲奈ちゃんとクラスメイトだったと」

「狭い世の中ですね」

「まったくだ。しょうがないな。こちらから今井のじい様に食事でも誘ってみるとするか。そのとき玲奈ちゃんに直接制服を返せすとするか」


 食事に、制服……か。

 ん?



  ──家の事情で、その……急きょ会食に付き合わされる事になりまして



 修学旅行明けの登校日、俺が研究センターに入院する直前のホームルームで、今井はそんな事言ってたっけ。

 あれってもしかして、奈良屋さんとの食事会だったってことか? ただの思い過ごしかもしれないけど。


 でも今井はあの時、『付き合わされる』って嫌々強制されるような言い方をしてたけど、奈良屋さんの話を聞くと、どちらかと言えば会食を強制したのはむしろ今井の方って感じだよな?

 だって奈良屋さんは今井のじい様には逆らえない雰囲気だから、あの『会食』とやらは今井の方から持ち掛けたとしか思えない。


 でもさ、学校早退するならわざわざ『会食』だなんて言わなくても、例えば家の用事だとか、親戚が病気だとか死んだとか、いくらでもごまかしようがあるのにな。

 それでも今井は『会食』だなんて成金っぽい事も普通に言ってしまうタイプから、嘘なんてとてもつけない性格だと思ったけれど、意外というかなんというか、さすがに学校をサボる事には抵抗があったから『会食に付き合わされる』なんて言い方をしたんだろうか。

 今井ってそういうとこ不器用だし。

 あ、ちなみに俺のじいちゃんは、俺がズル休みするためにもう6回ぐらいは死んだことになってる。って、それはどうでもいいか。


 まぁ、あくまで俺の壮大な想像でしかないけど、仮にこれが本当だとしても、俺なんかと比べたら、今井の嘘なんてとても些細で可愛らしいとしか思わない。

 けど、それでも、今井も人並みに嘘付くんだって想像すると、なんだかこの世には正直者なんて一人もいないんだなって改めて思ってしまった。

あくまで俺の想像だけど。



………

……

…



「ややこしい話をしてしまったけどな、瑠璃ちゃんの着ているその制服は、俺が趣味でネットオークションや怪しい店から手に入れたとかじゃないから、変な誤解はするなよ?」


 体育館に向かう途中、奈良屋さんが何事もなかったかのように呑気に喋り始めた。

 ロリコン制服フェチ疑惑で気まずい雰囲気なんかお構いなしに。


「は、はい、わかりました」


 とりあえずにこりと愛想笑いする俺。


「あぁひかりさん、玲奈ちゃんの名札は外しておいてよ」

「……」

「怖いよ。ひかりさん」

「気持ち悪いですよ、ろりこんさん」

「あ、ひどい……」

「ご安心ください。撮影は必要な事ですし瑠璃さんも綺麗に撮りますので」


 そう言いながらひかりさんは無言で俺の目の前に立つと、胸ポケットの名札を外し始めた。


「少しの間、じっとしててくださいね」


 俺の胸にひかりさんの白い手が触れた感触が、ほんの少しだけ気になった。

 俺が男だったらひかりさんみたいな綺麗な人にこんな近くまで接近されてしまうと、結構ドキドキしてたかもしれない。

 けど、今度は俺の膨らんだ胸にひかりさんの手が接触するだけで、なんか妙に触られる事を意識してしまうというか、ずっとなかったものに触れられたものだから、こそばゆいというか。

 そして、俺はそんな事を意識してしまう自分自身に戸惑った。




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