3頁 九月の決戦
9月中旬の日曜日。今日は中学生最後の体育祭だ。
元々運動は得意な方だったけど、いつの間にか身体的な成長が止まってしまったせいで、同年代の男子と比べると身長がすこぶる低くなってしまった。
そして中三となった今、他の奴らと比べると体格差による身体能力のハンディキャップは、もはや絶望的な差がついてしまっている。
それでも、俺は小学生の頃から佑馬と一緒に修羅場を潜ってきたのこともあり、あの頃のちょっとした武勇伝(?)に尾ひれが付いて、今も『敵に回すと怖い』という印象を持たれているらしい。しかし実際の俺は『味方にすると頼りない』んだけど、わざわざそれを口外するメリットは無いので黙っている。
あれは中二の1学期の頃だ。1年のときは別のクラスのやつだったとある男子が、俺の事を身長が低いからと上から目線でニタニタと挑発してきた事があったが、俺の周りにいたヤツらが揃いも揃って「お前、瑠伊に手出すとか勇者かよ」とか「やめとけ、こいつだけはマジやめとけ」と、冗談半分で、しかし真顔で本気で諭すように言うものだから、そいつはその異様な空気に駆られたんだろうな、それ以降俺にちょっかいを出してこなくなった。
でもまぁ実際、俺がクラスの誰かとガチで喧嘩をやりあうことになったら、間違いなく俺は負けるだろう。
だがもしそうなれば、俺は必ず相手を道連れにすると心に決めている。たとえ自分がどうなろうとも、反抗の意思を失えばその時点で真の敗者となってしまうから……。
◇ ◇ ◇
2学期最初のロングホームルームで、体育祭の競技に誰が出るのかを決める話し合いが行われた。
俺はパン食い競走とか、借り物競走とか、とにかく手抜きができそうな楽な競技を手当たり次第に希望したのだけど、人気競技には希望者が殺到してジャンケン勝負となった。
俺はそれらのジャンケン勝負に悉く敗れてしまったために、これから始まるスウェーデンリレー参加する事になってしまった……。
──体育祭。
クラス対抗・男女混合スウェーデンリレー。
今日の体育祭で行うスウェーデンリレーは公式のルールと距離が違って、1人目がグラウンドを半周、2人目が1週、3人目が1周半、4人目が2週走る。
ちなみに公式ルールではそれぞれ100m、200m、300m、400mと決まっているが、うちの学校のグラウンド1周が実際何メートルあるのかは知らない。おそらく公式ルールと同じか、もしくはそれより距離がいくらか短いとは思う。
俺達3年6組のメンバーは、俺と坊主頭になった元・赤モヒカンの平沢、それから女子の佐伯涼と北条めぐみの4人。
俺を含めた4人が、入場門の集合場所にぎこちなく集まっている。
佐伯は小麦色の肌のショートヘアの陸上部、北条は逆に色白のセミロング。
佐伯はとにかくお喋りで、教室のどこにいても佐伯の声が聞こえてくるぐらいに煩い。ちなみに佐伯は元陸上部で部活ではエースだったらしい。
みんな嫌がったスウェーデンリレーのメンバー決めの時、佐伯はただ一人自ら立候補した。要するに変態だ。
大体、部活を引退したくせに佐伯の身体が未だ陸上部らしい細い身体を保っている時点で、もう変態であるという事は確定的に明らかなのだ。
一方、北条の方はどこにでも居そうな大人しい女子って感じで、クラス内でも特に影が薄い。
俺なんかこのリレーで一緒になるまで、そんな名前のヤツがいるぐらいにしか思わなかった程だし。
でも北条ってこうして見ると胸が大きいな……。
ちくしょう、こんな立派な胸してて影が薄いとか、俺はどんだけ人を見る目が無かったんだよ。
ああそうか。俺は胸を見る目はあっても人を見る目は無いんだった。仕方ないね。
「じゃ、走る順番でも決めよっか?」
入場門の奥で、各クラスのスウェーデンリレーのメンバーが整列している最中に、元女子陸上部の佐伯が唐突に言った。
「今から決めんのかよ!」
「そりゃあ、他のチームに対策打たれないために、今までわざと決めてこなかったんだからさ」
何その言いわけ、そんな作戦聞いたことないんだけど。
まぁでも、二学期最初のホームルームでリレーのメンバーが決定してから、およそ半月もの時間があったというのに、誰1人として事前に打ち合わせしようなんて言わなかったものだから、本番直前になっていきなり文句言う資格なんて誰にも無いんだけどな。
「上手い事言うね佐伯は。本当は僕たち、誰も決めようとしなかっただけなのにさ」
平沢がボソっと言った。
「いやぁ、割と本気だよあたし。だって、作戦なんか無くてもこのチーム最強だし」
「どこが最強なんだよ!?」
「そりゃあ、あたしがいるからに決まってんでしょ? それよりも走る順番決めようよ、ジャンケンでいいよね? 面倒くさいし」
サバサバと好き勝手言う佐伯。面倒くさいのは同意だが、その絶対的な自信はいったいどこから来るんだよ?
「ほらっ、準備いい?」
佐伯の口調は割と本気のようだけど、順番を決める方法はなぜかジャンケンだ。
やる気があるのか無いのかさっぱり分からん……。
「最初は……」
「パー」「パー」「パー」「グー」
3人はパー。俺だけ握りこぶし。しかも後出しで負けた……。
俺ダセェ。というか、こいつら汚ねーぞ!
「お、おい。今の反則だろ!?」
「うん、宮川は後出しだから反則負け」
佐伯の容赦のない一言。だが俺は諦めないからな。
「いやいやいや、そうじゃなくて最初はグーだろ常考」
「往生際悪いよ宮川、後出しで負けとかもう勝負ついてるのにみっともないよ」
「んだとぉ!?」
くっそ、平沢め。調子に乗りやがって。
てか真面目キノコの平沢がこんなひどい事を言うやつだったとは……。いつか毛根から引き抜いて逆モヒカンにしてやるから覚えておけよ。
「ご、ごめんね宮川君、でも宮川君がアンカーだと安心して走れる気がするし……」
励ましているように聞こえるけど、結局俺に「負けたんだから大人しくアンカー走れ(笑)」と北条は言いたいらしい。
たぶん本人はそんなつもりで言ってないのだろうけど、俺フィルターを通すとなぜかそう変換されるあたり、俺の心はキラキラした純粋さを失ってしまっている。
「ち、ちょっと待て北条、それならなおさら陸上部の佐伯のが適任だろ!?」
「いやいやいやいや、あたしは無理。だってあたし、トラックを1周半以上走ると溶けて消えちゃうから」
「なんだよその都合のいい設定は!? 元ネタ何なんだよ!?」
「そんなのどうでもいいでしょ? いい加減に負けを認めなよ宮川、もう時間無いよ?」
「おい平沢、代われ」
「や、やだよ、僕運動苦手なんだから」
軟弱男子め……。
「わ、わたしも走るの苦手だから」
軟弱女子め……。
でもまぁその気になる胸に免じて、今日は特別に許してやろう。
「あ、あたしも走るの苦手だから」
「おい佐伯、北条の真似してもちっとも可愛くないぞ?」
「あー! 今すごいひどいこと言ったよね? マジサイテー! あたし絶対に変わらないからね!」
ち、ちくしょう、墓穴掘った……。
《次はプログラム12番、3年生によるクラス対抗スウェーデンリレーです》
グラウンドにアナウンスが流れると、前方にいる体育教師が「お前らぁぁー! さっさと整列しろおぉー!」と大きな声で入場準備を急かし始めた。
「……ちっ、俺がラストでいいんだな!? どうなっても知らねーぞ!」
「がんばってね! 宮川くん!」
結局、俺は3人の脅迫まがいの同調圧力に抵抗しきれず、俺がアンカーを引き受け最後2週、およそ400メートルを走るハメになった。
リレーの順番は、元モヒカン男の平沢、おしゃべり陸上部女子の佐伯、影の薄い北条、そして自称ロックシンガーの俺に決まった。ジャンケンで勝った順だ。
このメンバーのどこが最強なんだよ。しかも作戦も何もありゃしねぇ。
そもそも俺達6組のリレーメンバーは、これまで学年合同の入場練習と退場練習といった段取り確認だけのぬるいリハーサル以外には、これといって特に何もしてこなかった。
これじゃ走る前から勝負は見えている。
勝敗というものは、事前にどれだけ準備してきたかで決まる。
たとえ元女子陸上部エースの佐伯がいたとしても、これでは意味が無い。
つまり、俺達6組が無様に負ける準備は万全って事だ……。
「勝とうね!」
整列して行進でグラウンドに入場すると、後ろか北条が気合いの入った声で俺にそう言った。
俺は「おうっ」と軽く返事をすると、それぞれのスタート位置へ移動する。
4番走者の俺と、1番走者の平沢の定位置はスタート地点側で待機。
2番走者の佐伯と3番走者の北条の女子組がトラック半周先の反対側で待機だ。
「宮川、僕、脚遅いけど、やるからには全力でやるつもりだから」
「お、おう……」
おいおい、どうしちまったんだ?
さっきまで調子に乗って佐伯と一緒に俺を口撃していたのに、今になって急に真面目な事を言い出す平沢。
始業式のあの赤モヒカンの件は今でも謎だが、この切り替えの速さも意味不明だ。
というか、平沢以外の女子2人も、それからジャンケンに勝ってリレーを免れたやつらも、本番当日になってみんな急にやる気出すもんだから、そのやる気満々ぶりに戸惑う。
いや、佐伯はともかく、北条と平沢の2人はジャンケンに負けてリレーに決まったとき、露骨に嫌がってたじゃねーか。
いったいどういう風の吹き回しだよ……。
これが体育祭の空気ってヤツなのか?
第一走者の6名がトラックに立つ。その中には坊主頭の平沢もいる。外見だけなら運動部っぽく見える。
近づいてくるスタートの時。
グラウンドは静寂に包まれ、ドクン、ドクン、と俺の心臓の鼓動が聞こえてくる。
おかしい。
最初から負けるつもりなら緊張なんかしないはずた。
何が俺をここまで緊張させたのかは分からない。
だけどここにきて、なぜか俺は負けたくは無いと思った。
「仕方がないな、負ける気満々だったが俺も全力で行ってやるか。帰宅部の実力を見せつけてやるぜ!」
こうして、中学最後の体育祭、3年生による6クラス対抗のスウェーデンリレーが始まった。
「よーい……!」
一瞬の静寂の後、バァン! と、鼓膜を劈ぐような破裂音が響いた。
スウェーデンリレーの始まりだ。
スタートはどのクラスもまずまず。出遅れたやつはいない。
だが、平沢は自分で言っていた通り脚が遅かった。
直走路から曲走路に差し掛かる頃には早くも大勢は決した。平沢はブービーだ。
それでも平沢は粘りの追走を見せた。前を走る3位と4位とは殆ど差は無い。
3位から5位の3人が、団子状に固まりながら直走路に出ると、走力で劣る平沢は前の2人からやや突き放された。そして少し遅れたまま第2走者・陸上部の佐伯に向かってバトンを持った腕を伸ばす。
平沢のスピードに合わせて走りだす佐伯は、小麦色に焼けた腕をグッと伸ばして平沢からバトンを受け取るとしっかりと握り込んだ。
綺麗なアンダーバトンパス。タイムロスは無い。
5位通過か……。
あまり喜べない順位だけど、それでも最下位とはかなり差がある。
ここまで差がついているなら、ここから最下位に落ちる可能性はかなり低いだろう。
2番走者はトラック1周だ。
佐伯は平沢からバトンを受け取るとトップスピードで駆ける。
そして、追い抜くには不利な曲走路の外側から、前を走っていた2人をあっさりとブチ抜くと、直走路で待機している俺の目の前を疾風のように駆け抜けていった。
いつもお喋りばかりしているイメージだった佐伯だが、その表情はまさに死に物狂いという言葉がぴったりだった。
勢いに乗った佐伯は、そのまま直走路で他のクラスの走者を一気にぶっこ抜いて1位浮上したが、後ろからは男子陸上部の岡田が迫っていた。
えっ……岡田!?
岡田は確か2組で、その2組は最下位通過だったはずだ。
なぜなら2組の1番走者は肥満体の丸山だったから印象に残っている。間違えるはずがない。
ということは、岡田は佐伯以上のハンデを背負った状態でありながら、他のクラスをブチ抜いて、ここまで追い上げてきたってことか!?
5位と6位が1位2位になるという大逆転劇。
トップを争う佐伯と岡田の熾烈な陸上部対決に、観客席からどよめきと歓声があがった。
だか、岡田は速すぎた……。
佐伯も女子とは思えないほど脚が速いが、2組の岡田はそれ以上だ。
全く無駄のないプロみたいな高速ランニングフォームでグイグイと佐伯との差を詰める。
そして岡田は最後の曲走路で佐伯をあっさりと抜き去ると1位に浮上し、大きく差をつけて2組の第3走者へバトンパス。
しかし岡田と第3走者とのバトンパスはスムーズに行かず手間取り、勢いがガクッと落ちた。
その隙を突くかのように、渾身の力を振り絞って一気に走りこんできた佐伯が、3番走者の北条へとバトン渡す。このバトンパスも上手い!
だがさすがに逆転とにはならず、北条は先頭からやや遅れて2位スタートとなった。
第3走者はトラック1周半だ。
このスウェーデンリレーには性別の縛りはない。
現在トップを走る2組のように、男子4人で出場しているクラスだっている。
俺は北条については本当に何も知らない。
だが、北条のむちむちとした柔らかそうな肢体肢体をを見る限りでは、やはり北条は運動部ではないだろうとすぐに思った。
後続に目を向ければ、他のクラスの第3走者は全員男子だ。
その中に体育会系がどれだけ混じっているかは分からないけど、とにかくはっきりしているのは、この面子で北条に第3走者を任せるには荷が重すぎるという事だ。
しかし意外にも、北条は1回目の曲走路を2位をキープしたまま駆け抜け、そのまま俺の前の直走路を走り抜けて行った。
3人目は1周半走るのでここからあと1周だ。
つまり、北条がもう1周トラックを走って再びここにやってきた時が俺の出番となる。
北条に続いて、残りの第3走者の6人全員が勢いよく直走路を俺の目の前を走り抜けて行くった。
だがその差は短い。はやくも射程圏内といったところか……。
俺はもう一度北条を見た。
あ。こりゃだめだ、追いつかれるのも時間の問題だ。
第3走者が全員通過したのを確認すると、俺を含めて、待機していた第4走者6名がトラックに入って準備をする。
一方、反対側の直走路では北条は目に見えて脚が遅くなっていた。
たぶん無理をしてペース配分を考えなかったんだろう。
北条がは直走路で次々と後続の選手に追い抜かれていく様が見えたった。
北条を目で追っている俺の視界には、へたりこんだ佐伯が悔しそうに地面を1発殴っていたのが見えた。
まぁ悔しいのは分かるけど、あんなチートすぎる走りをした岡田相手に勝つのは無理だろ。
「どけっ!」
「こっちこっち!」
「ここだここっ!」
各クラスの第三走者が次々と迫って来た!
なんてこった! 悔しがる佐伯を見ていたせいでレース展開を見落としてしまった。
北条は? 、
北条はどこだ!?
……いた!!
一瞬パニックになったものの、第3走者は北条1人だけが女子なのですぐにその姿を確認できた。
よし、思ったよりも1位から6位までの差がない。
他のクラスのやつらも、ペース配分を考えていなかったのだろうか?
──50m走や100m走の感覚で走ると痛い目をみるからな!
去年スウェーデンリレーに参加した佑馬からのアドバイスを思い出した。
最下位に落ちたとはいえ、差を大きく突き放されなかった北条は十分すぎるほどに健闘したと思う。
「北条―っ! ここだーっ!!」
「瑠伊くんっ!!」
走りながらバトンを受け取ったとき北条の指に触れた。
柔らかな彼女の指に触れたその瞬間、俺の身体に雷に打たれたかのような強烈な刺激が走った。
何だ今のは!?
いや、落ち着け俺。今は走る事だけを考えるんだ。
大丈夫だ瑠伊、お前ならできる。俺ならできる!
トップとの差はそんなについていない。
たとえ1位は厳しくとも、ここからなら巻き返しは……できるはずだっ!!
1回目の曲走路に入る。
落ち着け俺。
足は小刻みに素早く回転させる事を意識するんだ。
第4走者は2週もある。まだここでは仕掛けない。
今、下手に外側に出れば距離の面でも体力面でも不利になる。
抜くなら直走路に出た時…………そう、今だっ!
5位の真後ろにひっついて走っていた俺は、直走路に差し掛かるとトラックの外側に出る。
直走路。5位と4位を走っている男子は明らかに俺より脚が遅い。あるいはまだ体力を温存しているのだろうかは分からない。俺はその2人をあっさりと抜き去ると4位に浮上! そして2回目の曲走路に差し掛かる。ここでも俺は無理に抜こうとはせず、3位のやつの間後ろにぴったり付く。
闇雲に走るだけが競争じゃない。トラック2週ともなれば、絶対に駆け引きの優劣が勝敗に影響してくるはずだ。
だけど苦しい。
やはり直走路でのペースが速すぎたのだろうか……。
息がつらい。
半円状にぐにゃりと曲がったこの道が、とても長く感じる。
1歩1歩がとても長く感じる。
そしてまた直走路だ……。ここでもう一度仕掛けてやる!!
俺は全力を振り絞って抜きにかかったが、前を走る3位の男子もなかなか脚が速い。
この辺が帰宅部の、身体の小さい俺の限界なのか……?
「宮川くんっ がんばってっ!!」
半年もの間、同じクラスだったのに、今まで気づきもしなかった北条の張りのある声。
「いいぞっ! 宮川っ! ぶっこ抜けーっ!」
遠くから平沢の叫び声が聞こえてきた。
お前ホームルームでリレーに決まった後も一番やる気無さそうだったじゃねーか。
何必死に応援してんだよ……。
残りあと1周。
俺も苦しいが……力が、滾る!!
前を走る奴らもペースが落ちてきたようだ。
細かい足運びで曲走路を上手く回りきると、2回目の裏の直走路に差し掛かかる。依然として順位はそのまま4位だ。
ま、まだあるのかよ……。
ゴールが、果てしなく遠く感じる。
「宮川遅いっ! もっと腕振れっ! 脚を動かせっ! 気合いをいれろーっ!」
「いけるっ、もう1人いけるぞ宮川っ!」
佐伯と平沢の声。
体が熱い。
足の裏が熱い。
思えば、罰ゲームのようなスウェーデンリレーだった。
佐伯以外のクラス全員が嫌がっていたのに、どいつもこいつも今日の今日までやる気無い素振りをしていたくせに、なんで今になってみんな必死になってんだよ!?
馬鹿かよ……?
まさか今更『最後の体育祭だから』って、そんなふざけた理由で張り切っているのか?
体育祭当日まで何にもしてこなかった俺達が、記憶に残らない日々を無為に過ごしてきた俺達が、今さら1番になりたいだなんて烏滸がましいにも程があるだろ!?
苦しい……。
呼吸も上手くできない……。
耳鳴りがする……。
そろそろ限界かもしれない……。
でもそう思ったのはこれで何回目だ?
みんな、大声で何か言っているはずなのに、全く聞こえなくて。
なぁ瑠伊。
俺は、俺達6組は、最初からヘラヘラ笑いながら最下位になるつもりじゃないのか?
ここで手を抜いても佐伯以外は怒らねぇよ。怒る権利なんてねーよ。
だってさ、みんな露骨に嫌がってたじゃないか。
ほら、最下位になる準備はいつでも出来てるんだぜ?
なに簡単だ。ここでぶっ倒れてやればいい。ただそれだけでいい。
出来もしないスウェーデンリレーを、走れもしないアンカーを押しつけられたんだ。ひと思いに倒れてやれ。こいつらのふざけた青春を、ここで全部台無しにしてやれ。
そしてざまぁ見ろだ!
……だけど。
だけどそれは……。
──はっきり言って最悪だよっ!
聞き覚えのある叫び声。
──俺達はいっつも真剣なんだよっ! どんな仕事でも俺達は常に全力だ!
──どんな事だろうが立ち止まって力を抜いたら俺達は終わっちまうんだよ!
──そんな奴ら目の前にして、『無理です』なんて言えねーんだよ!
……この悲鳴に似た叫びは、夏休みのあの日の迅の叫び。
そうだ。
何も考える必要はない。常に全力でいい。全力がいい!!
ネガティブなんかぶっ放せ!
『魂こめて爆発させろ! 赤と黒の悪夢を』!
………
……
…
俺はまるで42.195キロを走り抜いたマラソン選手みたいにグロッキー状態となってゴール脇に倒れこんでいた。
ぜいぜいと呼吸が乱れ意識が朦朧とする中、会場内ではリレーの順位が淡々とアナウンスされていた。
俺達6組は3位だった。
前に居た3位の奴はいつ抜いたんだろう……。
やがて、他のクラスのやつらが駆け足で揃って退場していく。
しかし情けないことに俺はぜいぜいと息を切らして、地面にぶっ倒れたままだ。
強烈な吐き気と眩暈で、俺は自力で立ち上がることもできず、俺の横に付き添っていた北条は、俺の様子を見かねたのか俺の右腕をしっかりと掴むと肩に乗せて俺を支えた。
密着する北条の身体。俺は北条にもたれかかるようにしてようやく立ち上がる。
北条の柔らかい体の肌の感触と、甘い匂いが俺の鼻孔をくすぐった。
「だいじょうぶ? 宮川くん」
心配する北条。
平沢や佐伯と、それから体育教師も駆け寄って来た。
皆に心配をかけまいと、とにかく俺は平静を装うとした。
「ら、大丈夫らから……」
だが、実際に発せられた俺の声は今にも息の根が止まる寸前のような、実に情けない声だった。勿論ゴリラは俺の死にそうな言葉など全く信用せず、すぐさま野太い声で指示を出した。
「誰かぁ、宮川を保健室まで連れて行ってやれぇ!!」
「あたしが連れて行きます」
「よぉし頼むぞ北条ぅ! そのままいけるか?」
「だ、大丈夫です!」
俺は意識がぐるぐるする中、そのまま北条に支えられて保健室へと連れて行かれたのだった。
■人物紹介■(2015年8月6日追記)
佐伯 涼
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市立夕凪台中学3年6組。陸上部。学業成績は中。
身長:162cm 体重:45kg
誕生日:8月13日
日焼けした褐色肌とショートヘアが特徴的な残念な胸の女の子。
鍛え上げられたその肉体は、素人目にも無駄な贅肉が見事に削ぎ落されていると分かるほど。
中2の頃に参加した記録会において、女子100m走で男子顔負けの11秒台を叩き出した化物だったが、佐伯本人はその事を話さないので陸上部員以外には殆ど知られていない。
その後、練習で股関節を痛めてしまったため、以前よりも速く走れなくなった。
大雑把な性格でハキハキとした喋り方が特徴。かなりのおしゃべりで、会話が弾むとなかなか話しを止められなくなるようだ。




