2涙がでちまう
ベランダの開いた窓に美和の姿がある。
僕が首を横に振ると、目を潤ませ近づいてきて、横で崩れるように膝をついた。
「ごめんね。助けられなくて」
小さな手をすくい上げるように包み込んだ。と次の瞬間、美和が顔を少女の口元へと近づけた。
「バカッ!」
鋭い視線と声。
美和が幼女を優しく奪い取っていく。
「大丈夫。ちゃんと温かいよ」
涙で濡れた顔には柔らかな笑みが浮かんでいる。
「えっ、何? どういうこと?」
「だから、もーう、バカ。早とちりのおっちょこちょい。この子はちゃんと生きてる。弱いけどちゃんと呼吸もしてる」
「……えっ、うそ」
あえて言いわけするなら、動揺していたということだろう。だって、あの姿を見れば、そう思うのも当然だろ。温かい? そんなの気付かないよ。っていうか、生きてんだよ。助かったんだよ。
「ほら、泣いてないで水持ってきて」
気付けば、しゃくりあげるほど泣いてる自分がいる。
「あぁ、そうか。水、水ね」
慌てて立ち上がり、キッチンに向かった。
流しのシンクも部屋同様、物が散乱していて、コップが見当たらない。とりあえず、手近な茶碗を濯いで水をくんでいく。
急いだせいで、半分くらいしか残っていない。それを美和へと手渡し、すぐにキッチンへと戻った。
さっきから何度もチャイムが鳴っている。
鍵とドアを開けると、隣の部屋のお姉さんの姿があった。
「あのう、えーっと、どういうことなの?」
彼女は相変わらず訳が分からない、といった感じだ。
きっと、美和も電話が終わるとすぐにベランダを渡ってきて、何も説明していないのだろう。といっても、なんと説明すればいい。鼻水をすすり上げながら、そんなことを思った。
☆
サイレンが遠ざかっていく。救急車にはあの子と隣のお姉さんが乗っている。
救急隊員には、たまたまここを通りかかり、ベランダを跨ぎ渡る女性を目にし、事情を聴いて手伝ったと説明した。
お姉さんは見ず知らずの高校生から訳の分からない話が飛びだし、言葉を失っていたが、構うことなく救急車に押し込み、送りだしてしまった。
「お願い助かって」
救急車を見つめ、美和が呟いた。僕も胸の中で声を送る――がんばれ!
☆
後日、スマホで調べていると、幼児虐待で21歳のシングルマザー逮捕、というのがあり、詳しく知るために、図書館に行って地元の新聞をみていみた。
若い母親は子供をほったらかしにして遊び歩いていたようだ。毎日様子を見に帰り、飲み物と食べ物を置いてきたというが、この1週間くらいはいろいろあって帰れなかったと語っている。
ふざけるな!――僕は知っている。母親がこの後、何週間も家に帰らなかったことを。そして、あの子がどうなってしまったかを。
記事を読み進めていく。
命に別状はない。その文字にホッと胸をなで下ろす。衰弱し、栄養失調と脱水症状があったようだが、なんとか間に合ったようだ。
さらに記事を読み進めていくと、お姉さんの困り顔が浮かんできた――ごめん。
発見者は隣に住む女子大生とあるだけで、僕たちに関する記事はなかった。きっと、彼女は、病院や警察でもいろいろ聞かれたりして大変だったと思う。それでも、あの頼みを聞いてくれたのだろう。
救急車に押し込む時、「ごめんなさい。今、救急隊の人に話したとおりでお願いします」
そう耳打ちしていた。
それを聞いてくれたのか、それとも、どう説明していいか分からず話せなかったのか。重要なことを彼女に話してはいない。何故、僕たちがあそこにいたかを。
そして、あの部屋の状況を知っていたのか。
くっきりと脳裏に刻まれている映像が浮かんでくる。
テレビのリポーターがマイクを片手に歩いている。スーパーの横を通り、グリーンのアパートに向かっている。
「ここが、3歳になって間もない子供が置き去りにされ、亡くなっていたアパートです」
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