第9話「撤退戦と、不器用な庇い合い」
第9話「撤退戦と、不器用な庇い合い」
「……アリア。聞こえるか。絶対に足を止めるな。俺の歩調に合わせろ」
暗闇の森の中。
全方位から響く無数の獣の咆哮と、木々をなぎ倒す重低音。
四方八方から押し寄せる魔物の群れ――スタンピードの「先陣」を前に、レオンとアリアは森の出口へ向かって撤退戦を繰り広げていた。
「わ、わかっている……っ! だが、数が多すぎる!」
アリアは魔剣の噴射を利用し、迫り来るオークやキメラを次々と両断していく。
しかし、倒しても倒しても、暗闇の奥から次代の魔物が波のように押し寄せてくる。
「くそっ、キリがない!」
「無駄に魔力を消費するな! 背後と側面は俺が塞ぐ。お前は前方の突破だけに集中しろ!」
レオンは走りながら、両手に持ったいくつもの小瓶を後方へ向けてばら撒いた。
「錬成――『茨の壁』!」
バキンッ!という甲高い音と共に、地面から鋭い棘を持つ巨大な茨が異常繁殖し、背後から迫る魔物の群れを物理的に分断する。
さらに、側面から飛び出してきた大蜘蛛の顔面に向けて、紫色の粉末を放り投げた。
「『麻痺毒』だ! 吸い込むなよ!」
紫の煙に包まれた魔物たちが、次々と痙攣して倒れ伏す。
(……チッ、触媒の消費が激しすぎる。今月の利益が飛ぶどころか、赤字転落だぞ……!)
レオンは内ポケットの在庫を確認しながら、忌々しそうに舌打ちをした。
こんな無謀な調査依頼を押し付けた騎士団の上層部に、後で絶対に莫大な請求書を送りつけてやると固く決意する。
「レオン殿! 前方に大型の群れだ!」
アリアの悲痛な叫び。
視線の先、森の出口へと続く唯一の獣道を塞ぐように、装甲を纏った熊の魔物――『鉄甲熊』が3頭、立ち塞がっていた。
「……あれを突破しなければ帰れないぞ。アリア、やれるか?」
「……やってみせる!」
アリアは魔剣を上段に構え、残存する魔力の多くを刀身に注ぎ込んだ。
『シュゴォォォォォォッ!!!』
これまでで最大の青白い炎が噴き出し、彼女の体を大砲の弾のように前へ射出する。
「はぁぁぁぁっ!!」
凄まじい推進力と共に振り下ろされた一撃。
1頭目の鉄甲熊の分厚い装甲を、バターのように切り裂いて両断する。
しかし、その直後だった。
『ギチッ……』
魔剣の刀身から、不吉な軋み音が響いた。
「なっ……!?」
魔力の過剰供給と、硬い装甲を連続で叩き斬った反動。
レオンが徹夜で錬成した特注の魔剣でさえ、この異常な連続戦闘には限界が近づいていたのだ。
そのわずかな隙を突いて、2頭目の鉄甲熊が巨大な爪をアリアに向けて振り下ろす。
「しまっ――」
アリアが防御姿勢を取ろうとした、その瞬間。
「……ッ!!」
横から凄まじい衝撃がアリアを突き飛ばした。
「……レオン殿!?」
地面に転がったアリアが顔を上げると、そこには、彼女を庇って鉄甲熊の爪をモロに受けたレオンの姿があった。
「ぐっ……!!」
革のコートが引き裂かれ、レオンの肩から鮮血が舞う。
「レ、レオン殿ぉぉぉっ!!」
アリアの悲鳴が森に響く。
鉄甲熊は、血を流して膝をついたレオンへ、トドメの一撃を振り下ろそうと巨大な腕を高く上げた。
(……馬鹿な。俺が、他人のために身を呈するなんて……。スローライフはどうした……?)
薄れゆく意識の中で、レオンは自嘲気味に笑った。
徹底した合理主義で、自分の平穏と金だけを優先してきたはずなのに。アリアが殺されると思った瞬間、身体が勝手に動いていた。
(……まあ、いい。あいつが死ねば、経費全額負担の契約も打ち切りだからな……)
そんな言い訳を脳内で並べながら、レオンは最後の力を振り絞り、懐に隠し持っていた『切り札』の赤い宝石(特級触媒)を握り潰そうとした。
しかし、その必要はなかった。
「……私の、私の相棒に……触れるなぁぁぁぁっ!!!」
アリアが、血走った目で鉄甲熊へと跳躍していた。
魔剣の限界? そんなものは関係ない。
彼女は自身の魔力の全て――リミッターを完全に外し、剣へと流し込んだ。
『バチィィィィィンッ!!!』
魔剣が悲鳴を上げ、刀身が砕け散る。
しかし、その砕け散った破片の一つ一つが、アリアの過剰な魔力によって青白い「光の刃」となって空中に固定された。
「……ッ!! 『星砕き(スター・スマッシュ)』ッ!!」
アリアが柄を振り下ろすと同時に、無数の光の刃が雨あられと鉄甲熊たちに降り注いだ。
装甲ごと全身を貫かれた2頭の魔物は、声を発する間もなく絶命し、その場に崩れ落ちた。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
完全に魔力を使い果たし、アリアがその場にへたり込む。
周囲に群がっていた他の魔物たちも、アリアの凄まじい魔力放出に恐れをなし、チリヂリに森の奥へと逃げ去っていった。
◆
「……お前、馬鹿か。俺が作った最高傑作の剣を、たった数日で粉々にしやがって……」
静寂が戻った森の中。
肩から血を流し、木に寄りかかって座り込むレオンが、弱々しく毒づいた。
「レオン殿! 傷は、傷は……っ!」
アリアが泣きそうな顔で駆け寄り、自身の服の裾を破って止血を試みる。
「……浅い。大したことはない。ポーションを飲めば治る……」
レオンは痛みに顔をしかめながら、腰のポーチから回復薬を取り出し、一気に飲み干した。
徐々に傷口が塞がり、顔色が戻っていく。
「……すまない、すまない……! 私の不注意で、貴殿にこんな傷を……!」
ポロポロと大粒の涙をこぼすアリア。
普段の勇ましい姿からは想像もつかないほど、彼女は震えていた。
「泣くな。鬱陶しい。……俺は、俺の『投資先』を守っただけだ。お前に死なれちゃ、これまでの赤字が回収できなくなるからな」
「……っ、ふふ。こんな時まで、金の話か。本当に、ブレないなレオン殿は」
涙を拭いながら、アリアが小さく吹き出す。
「とりあえず、出口はすぐそこだ。……さっさと帰るぞ。お前の折れた剣の修繕費と、俺の治療費の請求書を作らなきゃならないからな」
「あはは……。また、天引きか。これは一生かかっても返しきれないかもしれないな」
「なら、一生かけて働け。俺のスローライフの資金稼ぎのためにな」
「……ああ。約束する」
ボロボロになった二人は、互いに肩を貸し合いながら、夜明けの光が差し込む森の出口へと歩き出した。
彼らの背後、嘆きの森の最深部では、未だ見ぬ「真の脅威」がゆっくりと、しかし確実に目覚めの時を迎えようとしていた。
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