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シーン1:【豪華絢爛な断罪劇、あるいは狂宴の幕開け】

甘ったるい香水の匂いと、脂ぎった欲望の気配が、シャンデリアの眩い光の下でドロドロに溶け合っている。

王城の最上階に位置する『白亜の大広間』。

本来ならば建国記念を祝うための華やかな夜会は、今や一人の女を血祭りに上げるための、悪趣味な公開処刑場へと変貌を遂げている。


「クローディア=エルヴァンシア公爵令嬢! 貴様の悪逆非道な振る舞い、もはや看過できぬ!」


大広間の中心。磨き抜かれた大理石の床に響き渡る、甲高くも芝居がかった男の声。

声の主は、金糸のような美しい髪と、正義感に満ち溢れた(と本人は信じ込んでいる)青い瞳を持つ青年。このルーヴェル王国の王太子であり、私の婚約者であるアルフレッド=ルーヴェルその人だ。


周囲を取り囲む数百人の貴族たちが、息を呑む音が一斉に耳へなだれ込んでくる。

ヒソヒソと交わされる囁き声。嘲笑。そして、露骨なまでの見下した視線。


(……ああ、退屈ね)


私は扇子で口元を隠し、微かに息を吐き出す。

背筋をピンと伸ばし、豪奢な真紅のドレスに身を包んだ私の姿勢は、定規で測ったかのように完璧だ。

瞬きの一つ、呼吸の深さすら計算し尽くした『完璧な公爵令嬢』の仮面。

その裏側で、私の両手はドレスの襞を握り締め、今にも暴れ出しそうになる己の拳を必死に押さえつけている。


(この男の首を刎ねるのに、何秒かかるかしら。……いや、護衛の近衛兵が四人、背後に控えているわね。彼らの剣を奪ってアルフレッドの喉笛に突き立てるまで、おおよそ一・二秒。その後に群がってくる貴族どもを素手で全員ひき肉に変えるとして、三分……ううん、五分はかかるわね。ドレスが汚れるのは厄介だわ)


そんな物騒極まりない計算を脳内で弾き出しながら、私は静かにアルフレッドを見据える。


「……看過できぬ、とは。いかなる意味でしょうか、殿下」


鈴を転がすような、冷たく澄んだ声。

我ながら完璧な発声だ。感情の揺らぎを一切見せない私の態度が、アルフレッドの安い自尊心をさらに逆撫でする。


「しらばっくれるな! ミレイユに対する数々の嫌がらせ、もはや言い逃れはできんぞ!」


アルフレッドの背中から、おずおずと顔を出す小柄な影。

男爵令嬢ミレイユ=フォルナー。

桃色のふんわりとした髪に、小動物のように潤んだ瞳。彼女はアルフレッドの袖を震える手で強く握り締め、怯えたように私のほうを見ている。


「クローディア様……ひ、酷いです。私、ただ殿下とお話をしたかっただけで……あんな、あんな恐ろしい真似をされるなんて……っ」


ぽろぽろと、見事なタイミングで零れ落ちる涙。

周囲の貴族たちから、「ああ、可哀想に」「なんという毒婦だ」と同情と非難のどよめきが沸き起こる。


(……恐ろしい真似?)


私は内心で深く溜息をつく。

彼女が言っているのは、おそらく三日前の夜会のことだろう。

暗殺ギルドの刺客が彼女のパトロンである侯爵を狙って潜入していたため、私が裏から手を回し、会場の隅で刺客の四肢を物理的にへし折って制圧した件だ。

血しぶきが飛ばないように関節だけを綺麗に外し、気絶させて窓から投げ捨てたのだが、運悪くその『処理』の瞬間をミレイユに見られてしまったらしい。


(あの時は『あら、ただの酔っ払いよ。気にしないで』と微笑んでおいたけれど。まさか私から嫌がらせの暴行を受けたことに変換されるなんて。想像力が豊かで素晴らしいわね)


「ミレイユからすべて聞いたぞ! 彼女を暗がりへ呼び出し、暴力で脅しつけたそうだな! さらには彼女の生家への不当な圧力、そして我が国の軍備物資の横流し、極めつけは隣国と通じた国家転覆の謀略!」


アルフレッドの声が、天井のフレスコ画を震わせる。

ずらずらと並べ立てられる罪状の数々に、私は思わず扇子を握り潰しそうになる。


(不当な圧力? 彼女の生家が違法な麻薬栽培に手を出していたから、証拠を揃えて商会を一つ潰しただけよ。

軍備物資の横流し? 軍部の上層部が横領していた分を私が力尽くで奪い返し、前線の砦へ正規のルートで送り直しただけでしょうが。

国家転覆の謀略? 隣国の好戦派が国境に軍を進めてきたから、私が単騎で夜襲をかけて敵将の首の皮一枚のところで寸止めし、『これ以上踏み込んだら国境線ごと地図から消す』と笑顔で交渉(物理)してきただけよ)


すべて、この腐りきった王国を裏で支えるための『お掃除』だ。

私がいなければ、この国はとっくの昔に内側から崩壊するか、隣国に蹂躙されて地図から消えている。

だが、温室育ちのアルフレッドにそんな裏社会の現実が見えるはずもない。


「何も言い返せないようだな、クローディア! 貴様のような悪逆非道な女は、この国に不要だ! よって、私アルフレッド=ルーヴェルは、貴様との婚約を破棄する!」


ビシィッ、とアルフレッドが私に向けて指を突きつける。

大広間が、爆発したかのような歓声に包まれる。

特に、アルフレッドの背後に立つでっぷりと太った男――私を排除したくてたまらない宰相派の筆頭、グラディウス侯爵の口元が、下品な三日月の形に歪むのがはっきりと見えた。


(あいつらが描いた絵図通り、というわけね)


私が邪魔な腐敗貴族たちが、ミレイユという神輿を担ぎ上げ、愚かな王太子を操って私を排除する。

分かりやすすぎて欠伸が出る。


「……婚約破棄、承りました。殿下」


私は優雅に、一糸乱れぬ動作でカーテシー(淑女の礼)を披露する。

ドレスの裾がふわりと広がり、赤い薔薇が咲いたような錯覚を周囲に与える。


「ふん、往生際が良いことだ。だが、それだけでは済まされんぞ!」


アルフレッドが、勝ち誇ったように顎を上げる。

大広間の空気が、ピリッと張り詰める。

処罰の言い渡しだ。修道院への幽閉か、それとも国外追放か。


「クローディア=エルヴァンシア! 貴様の数々の大罪を鑑み、極刑に等しい罰を与える!」


アルフレッドの瞳に、残酷な光が宿る。


「貴様を、王都地下深くに口を開く死の迷宮――『奈落のダンジョン』へ永久追放とする!!」


――ドッ、と。

広間が揺れた。

ざわめきではない。恐怖と興奮が入り混じった、狂気のような喧騒だ。

『奈落のダンジョン』。

それは、かつて世界を滅ぼしかけた魔王が封印されているとされる絶対禁忌の領域。

生還率ゼロ。

落ちた者は、凶悪な古代魔獣の餌食になるか、濃密すぎる魔力にあてられて発狂するか、どちらかの運命しか辿らない。

実質的な、そして最も残酷な死刑宣告。


「あ、ああ……奈落へ……」

「なんて恐ろしい……ですが、あの毒婦にはふさわしい末路ですわ!」

「エルヴァンシア公爵家もこれで終わりだな!」


嘲笑が、悪意が、大波となって私に押し寄せる。

アルフレッドは「どうだ、恐ろしいだろう」と言わんばかりの優越感に浸り、ミレイユは「これで私が王太子妃ね」という野心を瞳の奥でギラつかせている。


誰もが、私の絶望を待っている。

泣き叫び、許しを乞い、大理石の床に這いつくばる無様な姿を。


「…………」


私は俯く。

両肩が、小刻みに震え始める。

扇子を握る手がプルプルと痙攣し、ドレスの隙間から漏れる息が荒くなる。


「ははっ! ようやく自分がどれほどの罪を犯したか理解したようだな! 今さら泣いて許しを請うても遅いぞ!」


アルフレッドが高らかに笑う。

周囲の貴族たちも、哀れな女を嘲るようにゲラゲラと笑い声を上げる。


ああ、違う。

違うのよ、アルフレッド。


私は。

私は、震えているんじゃない。

泣いているわけでもない。


(奈落の、ダンジョン……?)


私の胸の奥底で、重く冷たい鎖が、カァン、と音を立てて砕け散る感覚があった。

幼い頃から私を縛り付け、押さえ込んできた『公爵令嬢』という鉄の枷。

国を守るため、血を吐くような思いで身につけた完璧なマナーも、政治の駆け引きも、笑顔の裏に隠した殺意も。

そのすべてが、今、音を立てて崩れ去っていく。


(生還率ゼロ? 古代魔獣の巣窟? 極限の死地?)


腹の底から、熱いものが込み上げてくる。

マグマのように煮えたぎる、純粋な闘争本能。

今まで私がどれだけ手加減して、どれだけ理性を総動員して、あなたたちのような脆弱な生き物を壊さないように生きてきたか。

その足枷を、あなたたちは自ら外してくれた。


「くっ……ふふっ……」


口から、抑えきれない吐息が漏れる。


「……クローディア? 何を笑って……」


アルフレッドの顔から、スッと余裕が消える。

私はゆっくりと顔を上げる。

口元を隠していた扇子を、パチンと音を立てて閉じる。


そこに在るのは、もう完璧な令嬢の顔ではない。

瞳孔は限界まで開き、口角は三日月の形に釣り上がっている。

全身の血が沸騰し、細胞の一つ一つが歓喜の悲鳴を上げている。隠しきれない魔力が、私の周囲の空気を歪め、シャンデリアの光をチカチカと明滅させる。


「――っ!? な、なんだお前は……その顔は……!」


アルフレッドが一歩、後ずさる。

ミレイユが悲鳴を上げてしゃがみ込む。

先ほどまで嘲笑っていた貴族たちが、私の全身から漏れ出す異常な覇気に当てられ、顔面を蒼白にして次々と床に腰を抜かしていく。

まるで、巨大な肉食獣を前にした草食動物の群れのように。


「……やっと」


私は、心の底からの、甘くとろけるような声で囁く。


「……やっと、思い切り暴れられるのね?」


ドレスの裾が、私の魔力マナの余波でバチバチと弾け飛ぶ。

王城の大広間が、静寂と恐怖に支配される中。

生粋の戦闘狂(怪物)が、18年間の眠りから目を覚ました瞬間だった。

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