02 侵入者②
仮にも公爵令嬢たるわたくしが、屋敷の事情を何も知らないとでも思って?
と、厳しい顔で言い放ちたいところだが――私は実際に何も知らなかったせいで、過去に何度も過ちを犯し、そのたびに自己嫌悪に陥ってきた。
ああ、どうしよう。“尋問”って、一体どう進めればいいの?
後ろを振り向いてライラに頼りたい衝動に駆られながらも、ここで甘えるわけにはいかない。私はできるだけ平静を装い、言葉を続けた。
「わたくしがそれを知った経緯は、今は重要ではありませんわ」
過去、メイド長の調査で知った事だなんて言えるはずもなく、情報源は濁すしかない。
「ルクレティアの指示でしょう」
「ち、違います」
私の断言に対し、サラは即座に否定したものの、その瞳は明らかに動揺して泳いでいる。
「この件はすべて、わたくしの一存でやったことです。公爵夫人が一人娘に残した魔導具だと聞き、その価値に目が眩んだのです」
あっ、ルクレティアはこれが魔導具だと分かっていたのね。そして、ずっと私には黙っていたんだ。
……いや、卑屈な考えかもしれないけれど、あっさりと盗まれ、その価値すら知らなかった私にも非はある。
「ねえ、サラ。仮に今回の盗難事件が貴女の単独犯だとしても、公爵令嬢たるわたくしの食事に異物を混入した罪は、どう償うつもりかしら?」
「えっ……何を、おっしゃって?」
私は伏し目がちに膝の上で組んだ手にぎゅっと力を込め、再び彼女を真っ直ぐに見据えた。
「あら、お忘れかしら? たとえば……そう、五年前。わたくしが王都へ向かう直前、ルクレティアからお茶会に招待されたことがありましたわね」
叔父様が公爵代理を請け負うことになり、彼ら一家がこのスペンサーグ公爵邸へ移り住んできた頃のことだ。
乳母に守られ、常に屋敷の奥に引きこもって外部との交流がなかった私にとって、従姉妹であるルクレティアからの招待はとても嬉しいものだった。
けれど、不慣れな異国のお菓子のせいか、その夜、私は酷い腹痛に襲われた。乳母が手配してくれた神官から薬を貰って何とか治まったものの、翌日王都へ向かう道中で酷い馬車酔いを起こし、半日も経たないうちに公爵邸へ引き返す羽目になった。
そして今日に至るまで、お父様から王都への迎えの指示はなかった。
「……申し訳ございません。何をおっしゃっているのか存じません」
口ではそう否定しているが、見開かれた瞳と彷徨う視線からして、どうやら心当たりはあるらしい。
「貴女は確か、救済院の出身でしたわね」
救済院は、我が公爵家が主導し、東部貴族たちの出資を集めて設立された施設だ。戦争孤児を中心に居場所のない子供たちを保護しており、そこで教育を施された者は、貴族の屋敷に奉公に出たり、紹介を得て貴族縁の商会で働いたりする機会を与えられる。
サラはそこを経由して屋敷に入ってきた一人だ。
「わたくし、覚えていますよ。当時、貴女はたどたどしくわたくしにお茶を出しましたわね。とても緊張した面持ちで」
「……フリージア様に覚えていただいているなんて、とても光栄です。あの時は初めてお茶会のお使いを許されたため、ひどく緊張しておりました」
「ええ。わたくしも初仕事で緊張しているのではないか、と思っていましたけれど……今思えば、あれは毒を盛ったことに対する罪悪感だったのではないかしら?」
「違います! わたくしはただ――」
私は片手を挙げて、彼女の言葉を制した。
「今回の窃盗の件だけなら、ルクレティアが庇ってくれればお咎めなしで済むと考えているかもしれないわね。けれど、もしその罪が『わたくしへの毒殺未遂』となれば話は別よ。たとえルクレティアが庇おうとも、貴女は貴族殺害未遂の罪で死罪になります」
「本当に違います! わたくしはそのような不敬を働いておりません!」
執拗に無罪を唱えるサラに、私は内心で密かに溜め息をついた。
やはり、ただの交渉だけでは私の言葉に重みはなく、彼女の心には届かないらしい。
けれど、彼女はただ指示された通りに行動しただけなのだ。拷問などの極端な真似はしたくない。
「貴女はひたすら違うと言い張りますが、まさかお嬢様が貴女を陥れるために、わざとつまらない嘘をついているとでもおっしゃるのですか?」
「それ……は……、そのようなつもりはございません」
ずっと私の後ろに控えていたライラが、冷ややかな声で口を挟んできた。
あ、なるほど。質問で追い詰める以外に、別の角度から退路を断つ手もあったわね。
それを思いつけなかった自分に少し恥ずかしさを覚えつつ、表情には出さずに私も言葉を重ねた。
「サラ。何故わたくしが、今すぐ貴女を騎士団に引き渡さないのだと思う?」
口をつぐむ彼女の警戒を解くために、私はぎこちない笑みを浮かべてみせた。
「気を張らなくてもよろしくてよ。これは“取引”です」
「とり…ひき?」
「ええ。わたくしは見ての通り、今は元気に生きています。ただの悪戯程度の毒だとは思いますが、知人の検査で、今もその毒がわたくしの体内に残っているらしいの。ねぇ、一体何をわたくしに飲ませたのかしら?」
ルクレティアも……私を苦しめたかっただけで、死なせたいとまでは思っていなかったはずだ。
あの時、乳母も側にいて神官にも診てもらった結果、「ただの食物アレルギー」と推測されたため、私はそれ以上気に留めなかった。
けれど、兄弟子であるシズの検査により、私の体内の魔力の器が、何年も前に瘴気に汚染されていたことが判明した。
軽い汚染のため、薬で調理すれば問題ないと予想されていたが、それが思った以上にしぶとく、今も僅かに体内に残留しているらしい。
だから、今すぐ彼女を騎士団に突き出すのではなく、毒の成分を特定するために、私はこの場を設けた。
「そんなはず……違います、わたしは何も知りません」
少し隙を見せたかと思いきや、彼女はまだ白を切った。
「仕方ありません。もし貴女が素直に答えてくれるのなら、お礼に駆け落ちを手伝ってあげるつもりでしたのに」
疑わしげな表情を浮かべる彼女の前で、私は頬に手を当て、あからさまな溜め息をついてみせた。
「もうすぐ騎士団の者たちも訓練を始める頃合いでしょう。では、わたくしに毒を盛った罪で騎士団に引き渡すしかありませんわね。ライラ」
「はい、お嬢様。今すぐこの者を」
ライラがそう言って、素早い動作で縄に縛られたサラを引きずり、ドアへ向かおうとした瞬間、サラは突然叫び声を上げた。
「待ってください! フリージアお嬢様、先程のお言葉は本当ですか!」
引っかかった!
「ええ、もちろん。二言はありませんわ。貴女の命は、わたくしにとって何の価値もありませんもの」
ライラに視線を向けると、彼女は私の意図を察し、サラの縄を解いてソファーへと押さえつけた。
サラは自分の袖を弄り、目を左右に泳がせている。どう切り出そうかと戸惑っているようなので、私は静かに彼女の言葉を待つことにした。
「わたくしが、あの時にお茶に入れたのは……ただの蜥蜴草を砕いたものです。胃痛を起こさせる効果があると聞いておりましたが、あれほど酷い症状が出るとは知りませんでした!」
蜥蜴草? 蜥蜴の形に似た雑草の一種で、微量の毒が含まれており、誤食すると腹痛や頭痛を引き起こすことがあると、薬草の勉強で学んだことがある。
サラの言う通り、ただそれだけなら、当時の私が幼かったとはいえ、光属性の回復薬を飲んでもあれほど酷い反応が出るとは思えない。
私が眉を寄せているのを見て、自分の言葉が信じてもらえていないと思ったのか、サラはすがるように床に跪き、重い音を立てて床に額を擦りつけた。
「わたくしが知っているのは本当にそれだけです! どうかお許しください!」
「貴女の言葉を信用しないとは言いません。けれど、それだけでこれほどの影響が残るとはとても思えないの。それは、どこで採ったものかしら?」
指摘され、顔を上げたサラは不自然に目を逸らした。
「ねえ、サラ。これきりの付き合いです。嘘をつかないでちょうだい。」
しばしの沈黙の後、サラの震える唇が動いた。
「……北園、です」
「北園?」
北園は過去に魔物が出没し、瘴気で汚染されてしまった庭園だ。神官が浄化魔術を使っても植物は元通りにはならず、暫く放棄されていた場所であり、そして現在、私が許可を得て、畑と薬草園として使っている場所でもある。
五年前といえば、事件が終わって間もない頃のはず。そこの草を使ったということは、その草に魔物の瘴気が含まれていたということだろうか? そして、私はそれを食べた。
***
「よろしかったのですか? あの者に宝石まで持たせて、そのまま野放しにして」
「うん。知りたいことは分かったから、これでいいの」
それに、サラには悪いけれど、彼女が逃亡したことで、私が冒険者の装備や自分の店を開く資金のためにドレスを売り払ったことが、今回の盗難騒ぎの中に紛れて誤魔化せそうだ。
ああ、私、本当に悪い子になったわね。
本当にごめんなさい、サラ。
内心で両手を合わせ、私は密かにサラに謝罪した。
「ライラ、今日来てくれてありがとう」
過去に同じことが起きたとはいえ、リセットされた新たな時間線で、サラがいつ私の指輪を盗みに来るかまでは予想できなかった。だから当然、ライラには事前にこの話を教えていなかったのだ。
魔術師としての訓練と薬草の知識があったおかげで、サラが薬を使ったことには瞬時に気づき、解毒剤を飲んで対応できたけれど……まさかライラがいつの間にか部屋に潜んでいるなんて、本当に驚いたわ。
「メイドの務めですので」
ライラは相変わらず淡々とした態度だったが、もうすぐ二年になる付き合いのおかげで、彼女の機嫌が少し良いことくらいは分かる。
つられて私も思わず頬を緩めた。
しかし、ふと机の上に置かれたプレゼントの箱が目に入り、その笑みはわずかに曇る。




