イベントの時は何か起こるのかもしれない件 3
翌日
五時ごろに目が覚めた。だいたいこういうときはこのくらいの時間にサフィアが起こしにくるせいで自然に目が覚めてしまった。
サフィアは来ていない。
今日は来ないんようだな。しばらくそのままぼーっとしていても来る気配はなかった。
遅くとも七時前に起きれば間に合うかな。
寝た。
のも束の間、サフィアが来た。
「おはようございます。さぁ早く準備をしてください」
「……今回は来ないと思ったのに」
「春楽がいつも早すぎると言うので今回は三十分ほど遅く来たのですが」
なるほどなサフィアなりに気を使ってくれたのか。いつも俺が早いと言うから時間を遅らせたと。
それで直してくれたのはいいがもうちょっと頑張ろうか。
「それで来る時間を遅らせてくれたのはいいことなんだがせめて時間の一時間前くらいにしてくれ。早くてもな」
「早く準備しましょう!」
……話聞いてねぇな。
仕方ないので起き上がりいそいそと準備を始める。
最初に荷物をあらかたまとめ終わり着替えるために服を脱ぐと後ろで「え!?」と驚きとも戸惑いとも取れる声が上がった。
「え、えっと……」
少しだけ固まっていたサフィアはすぐにハッとして部屋を出て行った。
半裸くらいで大袈裟だな。
ささっと残りを着替えると概ね準備は完了した。
やることがない。起こしに来たサフィアは出て行ってしまったし暇だ。と思ったら今度はユリアが来た。
「貴様、サフィア様の前で突然脱ぎ出したらしいな! 一体何を考えているのだ!」
さっきの件についてお怒りのようだ。
でも、サフィアが出発の準備をしろというからしただけでそんなに悪くないと思うんだけどな。
「……何って準備しろって言うから着替えたんだけど。そんなに悪いことか? 半裸見たくらいで。逆だったら怒られても文句言えないけど」
「ダメだ、サフィアには耐性がない。今後は気を使うように。あと私にもだ」
「……サフィアはともかくユリアって意外と初心いのな」
「ッ!?うるさい!」
そのままユリアは出て行った。
家を出るまではまだ一時間程度ある。だいぶ早いけど飯にするか。
同じ頃扇動藤狐々実は彼女の部屋で準備をしていた。
これも違うあれも違うとかれこれ三十分は服を選んでいるが一向に決まらないでいる。
写真を撮って南那星煌梨に送ってみたがまだ寝ているのか反応がない。
諦めて他のことをしているとようやく返信がきた。
いつも通りでいいでしょ
いつも通り?
それっきり反応はなかった。
いつも通りってなんだろ? 考えれば考えるほどわからなくなるよ。もう時間が……。
七時二十分、梓酒匂台駅前。
駅前には一人、舞鶴一が立っていた。
早く着いたようで時計を見ては顔を上げまた少ししてから時計を見るとを繰り返している。
「舞鶴君、おはよ」
「おー! 扇藤さん! おはよーおはよー。煌梨ちゃんもおはよー」
そこに現れたのは扇動藤狐々実と南那星煌梨の二人。
扇藤は胸元で小さく手を上げて挨拶をし南那星はいつも通り無視。
「相模君と二人がいないようだけれど?」
「もうそろそろ来るんじゃないかな、遅れるって連絡きてないしまだ時間は……おっ、来た来た」
三人が足早に歩いて来るのが見えたのかその方向を眺めるような仕草をとってみせる。
南那星はそれを見て大袈裟なと呟いていた。
「悪い、遅くなった」
「すいません、サフィアが準備に手間取ってしまって」
「いえ、私が昨日のうちに完璧にまとめておけばこのようなことには。いや、春楽貴様がダラダラとしていたから」
「全部準備した後だから」
「なんだと!?」
「いやいや、間に合ったなら結構。それにそんなにギリギリってわけじゃないし」
「おはよ、相模君」
少し乾いた感じになってしまったが時に気付いた様子はなく彼は返す。
「ああ、おはよう」
朝、色々と迷っていた扇藤狐々実の服装はホワイト系のブラウスの上からブラウン系のニットを着て襟と袖口からそれぞれ中に着ているブラウスをのぞかせている。袖口は中のブラウスの袖を折り上に重ねている。後はブラック系の前ボタン タック ミディ トレンチスカートにこれも同じブラック系のローファーを履いている。彼女のイメージにあった清楚な服装だ。
南那星煌梨はホワイト系のダボッとした左胸の部分にワンポイントが入っているスウェット、ブラック系のパンツにブラック系のスニーカーといったラフな格好だ。
サフィアはこの前にLISA LISAで購入したふわふわとしたファンシーな感じの服装でユリアはグレー系のパーカーに上からブルー系のやや丈が長めのジャケットを着て、ブラック系の濃いジーンズにブルー系のスニーカーだ。
一方の俺はこの前にサフィア達とアセンブルヤードに行ったときとほとんど変わらない。
一はホワイト系のシャツに上から南国っぽい少々派手なシャツを羽織っている。下はブラック系の七分丈のパンツ、足元はホワイト系のスニーカーだ。
「揃ったことだし乗りましょう、ギリギリではないけれど時間に余裕があるわけではないわ」
全員揃って改札を潜りホームで電車を待つ。
少しすると電車が到着しそれに乗る。
あとは大船まで八駅揺られ、大船でJR京浜東北・根岸線で新杉田駅まで三駅、金沢シーサイドラインに乗り換えさらに八駅行くと八景島に到着する。
移動時間は一時間半ほど。
「ここまでは何もなかったな」
「もう電車に乗って離れている、大丈夫だろう。仮に来ていたとしてもヴラド様には我々の居場所を突き止める手段がない。ここから先の心配は杞憂だ」
「そうだよな、安心していいよな」
駅を通過する度に人が増え俺たちはまとまっていられず少し離れてしまっていた。俺の近くにいるのはユリアで未だに不安が拭えずに意識せずに不意に漏れてしまった言葉に彼女は心配することはないと返してくれた。
以後ポツポツとちょっとした会話があっただけで特に発展することはなかった。会話の内容は基本的にはどれもサフィアの話ばかり。サフィアのことを話すユリアは楽しそうだった。
「いやーそりゃ人多いよねぇ、おかげで春たちとはぐれちゃったよ。ね、サフィアちゃん」
「最悪です。よりにもよって貴方しか近くにいないとは」
サフィアは一と一緒になっていた。
まだ警戒心が残るのか苦手なのか不満を漏らす。
「まぁまぁ、ちょっとの我慢だからさぁ」
「まさかいきなりはなれていしまうとはね。まぁ、これは仕方ないわ。向こうに着いたらがんばりなさい」
「……うん」
朝あった時とは違う沈んだ声、表情に南那星煌梨は不安を覚えた。
「どうしたのよ、元気がないわね」
「朝、相模君とユリアちゃんが仲よさそうに駅に来てたからやっぱり二人は本当は……。毎日相模君のお弁当作ってるみたいだし」
「はぁ、何かと思えばそんなことだったのね。私から見たらあの二人が付き合っているようには見えないわね。それに今朝のは別に仲よさそうじゃないでしょ。ほら、大丈夫だから気を取り直しなさい」
ため息交じりに彼女が告げると扇藤狐々実はいくばくか安心したのか沈み気味だった表情がもとに戻った。
八景島に着くまでの約一時間半途中乗り換えがあったものの合流はできず相模春楽・ユリア、舞鶴一・サフィア、扇藤狐々実・南那星煌梨の二人ずつに分かれたままだった。
「ヴラド様、そろそろ」
「ああ、わかっている。任せたぞユーリ」
「お任せください、サフィア様の目的地はすでに調べてありますので問題はありません」
「もう少しだ、待っていろサフィア!」
魔界ではヴラドとユーリが出発しようとしていた。
約一時間半ほどが経ち八景島駅に到着した。
車内に残っているのはほぼ行き先が同じだろう。電車を降りて改札を出た後駅前の開けた場所まで合流できなかった。
そこから海の公園内を抜けて金沢八景大橋を渡ると入り口とメリーゴーランドが見えてくる。ここまでだいたい徒歩五分。
ここからは水族館エリアまでは百円で乗れる循環バスに乗り水族館まで行く。
歩いても七分ほどらしいのだが楽をしたいということで乗ることにした。
「ついに到着! さっそくチケット買いに行きますか!」
正面にはドデカイ三角形の建物、四つの施設からなる水族館のメインのとなる建物がある。
その横でパスが販売されているので一について行き水族館パスを買うために列に並ぶ。
「でも、すごい人だよな。ほぼ開島直後に来たのに結構並ぶぞこれ」
「……巨大ですね」
「はい、それもそのはずです。この建物には七百種類、十二万点もの生き物がいるのですよ」
「詳しいな」
「ああ、昨日この施設について調べておいたからな」
「すごいです! なんでもしっているのですか?」
「はい、過不足はありません。ここはテーマごとに分かれた四つの水族館がありましてメインとなる一番大きな建物が今紹介したところです。LABOという十一のブースとショーが見られます。他にはペリカン広場やとあるバラエティ番組とのコラボブースがあるようです。それぞれの詳細は入った後に説明していきます。他には海の生き物たちとのふれあいをテーマにした場所があるようです。実際に触ったりすることが出来るようです。後は、イルカメインの施設や海にかかわる体験系の施設ですね。名前にある通りイルカという海洋生物がメインで様々な角度からイルカを見られ、落ち着いた時間を過ごせる癒しの空間だそうですよ。イルカという生物を知りませんがきっと愛嬌のある可愛らしい生物なのでしょうね。最後の施設ですが、釣りをしたりその魚を食べたりと海に関する様々体験ができるようです。だいたいこんなところですね」
「すごいですね」
「……この前のショッピングモールの時といい今回といい、毎回色々調べてるよな」
「勿論だ、サフィア様のためにいついかなる時も様々な備えをしておくものだ」
「調べすぎだろ、サフィアの語彙が低下してたぞ」
「……そんなことは。迷惑でしたか?」
「いえ、そんなことはありません。確かにすごいしか言えませんでしたけど」
そんなやりとりを広げる後ろでは扇藤狐々実と南那星煌梨の二人が前に悟られぬようひそひそと話していた。
「……やっぱりあの三人仲良いなぁ。うぅ、入りづらい」
「同じ家に住んでいるのよ? あれくらいじゃなきゃ気まずいわよ多分。とりあえず普通に入れば問題はないわ」
「でも、あんまり話したことないから」
「……それを言ったらそれほど話したことない人と遊びに来てるでしょう。はぁ、仕方ないわね」
「え?」
ため息をつき一歩前に出ると一度扇藤に視線を送り三人の会話に入った。
「それにしても長いわね、あとどれくらい待つのかしら」
「うぉ、南那星。びっくりした」
「別にそれほど驚くことでもないでしょう? 一緒に来てるんだから」
「そうだな、悪い。なんか南那星が会話に入ってくるの意外だったから」
「そうかしら」
「や、その、ほら、男嫌いで通ってるじゃん? だからそっちからくるのが意外だなって」
「確かにその通りかも知れないけれど別に全員が全員嫌いってわけではないわ。もっとも前にいるあれは一番受け付けないけれど」
「そうだったのですか。初めて知りました。舞鶴一、あの男を受け付けないというのは共感できます」
「サフィアもあの人は苦手です!」
「まぁ、ちょっとわかる、かも?」
凄い嫌われてんな一。そんなに悪い奴じゃないけど普段の彼女らに対する接し方なら仕方ないかも知れないな。
そんな一はこっちで色々言われてるのを知らず順番を待っている。報われないな。
五分ほどすると回って来たようで人数分パスを購入しいよいよ入館。
最初は正面のメインの建物からということになった。
「……な!?」
入り口へ向かおうかというときに不意にユリアが驚嘆の声をあげた。
「どうしたのですか?」
「今、ヴラド様とユーリが向こうに。見間違いではないと思います。赤髪というのは目立ちますし、そうそういるものではないので」
「お兄様が、よりによってこんなにときになんて」
「こんな人の多いところで。サフィアが絡むと何するかわからないんだろ?」
「それ、思ったよりまずいことになるじゃないの」
「聞いていたのか」
「そりゃあね」
「何かあったの?」
ここまで扇藤と南那星はサフィアの事情を知らないでいる。このままだと巻き込むことになってしまいそうだ。とりあえず事情だけは知っておいてもらっておいた方がいいのだろうか。巻き込まない方法考えよう。
どちらにしてもそれくらいは知っておいてもらった方がいいだろうか。
でも魔界だのヴァンパイアだのいうのは伏せた方が良さそうだ。その辺りはうまく誤魔化して伝えよう。
「今言う話じゃないかも知れないんだが実はサフィアは家出してうちにいるんだ。で従者のユリアはそれについて来た感じだ。問題なのは家出の原因になったサフィアのお兄様がここにいるみたいなんだよ」
「……えーと、そのサフィアちゃんのお兄さんって厳しい人なの?」
「あったことないからわからないけどユリアの話だとその、凄いシスコンらしい。それで耐えかねたサフィアが家出したってわけだ。一番やばいのはそのお兄様はサフィアのことになると暴走するらしい。こんな人の多い場所だろうと関係ないだろうから」
「なるほど、相当危ないわね」
「みなさん状況は理解されたのですね。すいません、サフィアのお兄様のせいで」
「ふむ、呼んだかな。サフィア」
「え!?」
「ヴラド様!?」
ユリアからこの近くにいるとは聞いていたがどこにいるのかは聞いていなかった。ただ、まだ少し離れているのだろう、とユリアの声の様子から判断していた。
実際は思っているより近くにいたのかも知れないし思ったように離れていたかも知れない。だが、今突然にして俺たちの輪の中に普通に入って来ていた。
サフィア、ユリアよりワンテンポ遅れて俺たちはその存在に気づく。
サフィアと同じ襟足で短く結われた白髪、中世の貴族を思わせるような服装の長身の男が平然と混じっていたのだ。
四人とも声にならないくらい驚いている。
周りのことなど気にせずの男、サフィアのお兄様は続ける。
「私の愛しいサフィアよ、一ヶ月も会えなくてお兄様は寂しかったぞ。私を揶揄うためのイタズラにしては度が過ぎているぞ」
相当ご立腹なのかと思ったら特に怒っている様子はなく、それどころか笑顔だ。もしくは一ヶ月も溺愛しているサフィアに会えていないからおかしくなってしまったのか。
ていうか、よくそんなことを恥ずかしげもなくこんな場所で言えるな。
おかげで注目が集まってしまった。周りがざわついている。
「ヴラド様、悪目立ちしています。一度ここから離れましょう。みなさんもこちらに」
サフィアのお兄様の後ろから出て来たのはユリアの妹ユーリ。
ひとまずユーリに促されるまま全員この場を離れ、人気のない場所までやってきた。
「お兄様、なぜこの場所がわかったのですか?」
「愚問だな、愛するサフィアの居場所などすがにわかる」
これは素なのかそれともおかしくなってしまったのか。どっちにしても一ヶ月は居場所わからなかったみたいだし後者かもな。
「申し訳ありませんサフィア様。私が昨日聞かせていただきました。姉様が私がきたと知って何もしないと思いませんでしたので」
なぜ居場所がわかったのかという真実はユーリの口から告げられた。
あの後帰ったように見せかけてずっと潜んでいたということらしい。何それこわい。
それを見ていた一は困ったように乾いた笑いを浮かべ、扇藤は状況がいまいち飲み込めていないようで、南那星は半ば呆れているようだった。自分は今、何を見せられているんだろう、そんな感じだ。
「お兄様がここまできてなんと言おうとサフィアは帰りませんしサフィアはお兄様に対して怒っていますから!」
「……そんな!? それに私がサフィアを怒らせるようなことをしたというのか? 一体なんなんだ?」
「自覚が無いのですか!?」
ここまでの態度や反応を見る限りないだろ。逆に自覚ありだったら相当やばいぞ。
「どうすれば機嫌を直してくれるんだ?」
「まずはお兄様のサフィアに対する接し方を変えることです」
などと言い合い……にはなってないな。サフィアは怒ってるみたいだけどお兄様は自覚が無いからそれが普通だと思っている。
「おい、ユリア。あれ止めなくていいのか?」
「無理だ。ヴラド様に関してはユーリの方がいい。ユーリが動かないなら問題はない。……はずだ」
やや不安は残るが大丈夫らしい。
が、いつまでこれが続くのだろうか。終わりそうな気配がない。
そう思っていたところでユーリが口を開いた。
「ヴラド様、このままでは埒があきません。それにこのままではサフィア様のご機嫌が戻るとは思いません。どうか……」
「む? そうか。ならこうしようサフィア。私が今日ここにきた目的はようやく居場所のわかったサフィアを連れ戻しにきたことだったがひとまずそれはやめだ。そのかわり今日はここで私と過ごすのだ! これ以上問答を続けて時間を無駄にするのはわたしにとってもそっちの人間たちにも利にならない。どうだ?」
「むぅ。しかし、お兄様がいては春楽たちの邪魔に」
「何を言っている? 邪魔になどなりはしないさ。言っただろう、サフィアは私と過ごす、とな」
「……それはつまりサフィアは春楽たちとは離れてお兄様と回る、ということですか?」
「そうだ。それでひとまず手を引こう、という話だ」
なんだと!? 確かにそれなら一応今の状況は解決され動ける。けど、そのためにサフィアに全てを押し付けることになってしまう。
「……」
「どうしたサフィア? 早く行こう」
「ッ!」
異議を唱えようとした俺の前にスッとサフィアの手が出てきて遮る。
「いいのですよ春楽。サフィアのせいで皆さんに迷惑をかけるわけにはいきませんから。それに、ユリアやユーリがいますからいざというときにはお兄様を止めてくれますから」
「……でも」
「あの、サフィアちゃんは先に私たちとここにきました。お兄さんだからって急に出てきて連れて行かれるのは、その」
そこで控えめながらも中にはしっかりと強さのこもった声で待ったをかけたのは扇藤だった。
それに対してお兄様は微塵も気にしていなかった人間に向くと気に触れた訳ではないようで柔和に答えた。それはサフィアに接するときとは全く違う顔だった。
「確かに君の言い分もわからないことはない。だが、私も譲れん。そこで妥協案というのはどうだろう?」
「妥協案、ですか?」
「そう、妥協案だ。こちらでサフィアがどうしているのか不安だったが君たちのような者がいてくれて安心している。もちろんユリアがある以上最悪にはならないだろうがそれでも不安なものは不安だ。私も君たちとともに回らせてもらえないだろうか。それならサフィアと離れることはない。もちろん私も君たちの邪魔にならないように努める。どうだろうか?」
本心からサフィアを心配していたのがわかる声色だった。シスコンのどうしようもない変態かと思っていたが案外そうでもなくただの妹思いのいい人のなんじゃないかと思う。いや、行動とか見るとやっぱりシスコンだな。妥協案とかも譲歩してくれたりと思っていたよりかは恐ろしい人ではないみたいだがそれでも無茶苦茶なこと言ってるしやっぱりどうなんだろう。
扇藤は迷ったあとちらりとこちらの意見を伺うように見た。
一と南那星は仕方ないというように頷き、肯定を示したので俺も続いて肯定と頷いた。
それを確認した扇動はうんと頷いて再びお兄様に向き直る。
「私たちはそれで構いません」
「話はまとまったな。では行こうか」
「はい、ヴラド様のパスは用意できております。参りましょう」
お兄様が話を締めるとユーリはいつ用意したのか追加で二人分の水族館パスが彼女の手元にあった。
「……大変なことになっちゃったね」
「いや〜これは仕方ないぜぃ」
「そうね、当たり障りないのが一人増えて五人から六人になっただけだものね」
「いやいや、一人忘れてない? 煌梨ちゃん?」
「私としたことが忘れていたわ。ごめんなさいね、えーと……」
「えー。忘れちゃったの? ひどいなぁ、舞鶴一だよ。一」
「赤髪の」
「私の妹のユーリですよ」
「ええ!? よく似てるなぁとは思ってたけど姉妹だったんだね」
女子だけで話が盛り上がっていく。
一が寄ってきてポンと肩に手を置くと震えながら
「なぁ、春。泣いていい?」
「……ぉ、おう。これは堪えるな」
さしもの一といえどもこれには限界のようだ。
もうやめてやってくれ彼のライフはゼロだ。
「ところであの赤髪の子ってユリアちゃんの妹なんだな。いやー、どことなく似てるなぁと思ったんだけどねぇ。ユリアちゃんとは違って幸薄そうなところがメイドとしては、いいな!」
同情していたが一瞬で立ち直ってそんなことを真剣に言う一を見ると同情して損した感じがする。
お兄様はサフィアにべったりだが俺たちは予定通り正面の建物に向かう。リニューアルしたらしく今までよりも多様な生物がみられるようになったようだ。
さっきのユリアの説明によると十一のブースがあるみたいで、ゲートをくぐり入ってすぐのところにから直進すると最初のブースがある。そこには横幅十メートルほどの水槽群があり比較敵人気のある「キイロハギ」や「カクレクマノミ」、「チンアナゴ」などが出迎えるように展示され南海のサンゴ礁の海を彷彿とさせる。館内は全体的に上品に青っぽい。ネオンが光源のようだ。それが水槽を照らし水槽の中がはっきりとしていてさらに幻想的な雰囲気までもを醸し出している。ちなみに「キイロハギ」はこの水族館のキャラクターフィッシュらしい。
今まで水族館は何度か行ったことがあるがそのどれよりもレベルが上だと感じる。
「……これが水族館ですか。とても、奇麗なところですね」
少々うっとりしたようなサフィアはそんな感嘆の言葉を漏らす。
「この場所が気に入ったのか? ならうちの屋敷にも作ろう。いつでも帰ってきてくれ」
サフィアのその反応にお兄様はここぞとばかりに提案を持ち掛ける。が、サフィアはそれをスルー。したのだが無視されて黙り込んでしまったお兄様をかわいそうに思ったのか遅れて
「そんなことをしてもサフィアは帰りませんよ。それに、わかっていないようですから言っておきますが問題はそんなところにはありませんから」
今まで短い期間とはいえ見てきたサフィアの中で一番冷酷な言い方だった。お兄様を見るとそんな風には思えなくなってきていたがサフィアから見ると深刻な問題のようだ。
「それに、今はそういう話はなしです。そういう話をすると一緒にいる皆さんに気を使わせてしまったりと結果的に邪魔になってしまいます。邪魔にはならないようにする、という条件だったはずです。サフィアたちと水族館を回るのはいいですがそれは条件に反します」
付け加えて言い放つサフィアの言葉には「条件に反するなら帰って下さい」と隠れた言葉が続くようだった。
それにはこの短い期間で知り合った扇藤たちに対する信頼、というか友人として大切に思っている。そんなことが含まれている。
入って早々に周りが気を使わなければならない状態になって黙っていた扇藤たち、主に扇藤はそれを聞いて一瞬呆気にとられるもすぐに元の表情に戻るとふっと柔らかい笑みを浮かべた。それにはこの短い期間だけど私たちのことを大切に思ってくれている、とういことがわかったのかもしれない。それに扇藤は俺の見る限りサフィアやユリアとはそこまでの絡みはない。今更ではあるがそんな人たちといきなり一緒に出掛けるとかなかなかハードだと思う。それは彼女も思うところだったのだろう。故にその言葉の意味を理解した彼女は嬉しく思ったはずだ。そんな思いからこぼれたのが今の笑みだったのだろう。
こんな時にあれだが、俺は扇藤のその姿に思わず見惚れてしまった。この世にこんな美しいものがあるのだろうか、と。上品な青っぽいネオンがさらにその美しさを引き立てる。そんな完成されつくした美に息をのんで見惚れていた。
「……すまない。こんな話は以後控えよう。今はサフィアと過ごせる。その一点を嬉しく思おう」
お兄様の言葉で半ば幻想的な世界に勝手に入っていた意識が覚める。
サフィアとお兄様以外のみんなはすでに動き始めていて俺が取り残される形になっていた。
「春、なにしてるんだ? 行くぞ」
「わりぃ、すぐ行く」
最初のブースを後にして進むとさっきの場所とは打って変わって可愛らしい装飾が施された部屋に入った。
天井からは丸い蛍光灯が無数に吊り下げられ、台がいくつかと壁にも展示がある。
それぞれのケースにはウミムシや貝類が展示されている。
サフィアや扇藤が「雰囲気変わったね」というとすかさずユリアが口を開いて説明モードに入る。
調べてきたと言っていただけに館内の細かいこともばっちりのようだ。
「この二つ目のブースには貝類やウミムシという生物が展示されています。この展示はこの水族館が飼育展示種数が国内一だそうです。古くから装飾として使われている真珠を貝から取り出せる体験もできるようですよ。体験ができる時間が決まっているようですから今は出来ませんがその時間になればできるようです」
「網羅してんな」
「当然だ」
ユリアの説明どおりこのブースにはこんなにも種類があるのかと思うほどの貝類やウミムシが見られる。
赤や紫、白に灰、青、黄、緑、橙など色とりどり。
基本的にはウミムシは平べったいのが多いが触腕みたいなのが生えていたりするのもいる。
指ほどのサイズのものが岩に張り付いていたりヒラヒラと漂っていたりと見ていると愛くるしい。
貝は巻貝やホタテのようななもの、アサリのようなものとこんなもの。とてつもなくデカイのもいる。
じっくり見ていれば非常にゆっくりと動いているのがわかる。ただ、たまに突然跳ねたりするので驚く。
見ていると隣に扇藤がやってきた。
「貝、見てるの?」
「ああ、じっくり見てると地味に動いてるんだけど突然跳ねたりするから結構驚くんだよな」
「え? 貝ってそんな動きするんだ。ちょっと見て見たいかも」
「さっき跳ねたばっかだからどうだろうな」
「そうなの、残念」
そう言いながら彼女が水槽に視線を落とした瞬間だった。
水槽の中にいる貝の一つが唐突に跳ねた。
さっき跳ねたばかりだからすぐには見られないだろうと思っていた彼女は当然驚いて
「ひゃっ!?」
そんな声をあげながら貝と同じように跳ねた。
その先には俺がいるわけで、体制を崩した彼女は俺に倒れかかる形となった。
「うわっと、危な」
そのまま流れで倒れかかってきた彼女を受け止める。まさかひらりと身を躱すわけにもいかない。
トンッと彼女の衣服の上からでもわかる柔らかい身体が密着し全体重がかかってくる。軽い。
遅れてふらりといい香りが漂う。
「あっ、……えっと、ごめんね」
数秒身を預けていた彼女はふっと我に返るとバッと離れて顔を赤く染める。
「こっちは全然大丈夫なんだけど扇藤は大丈夫なのか?」
「うん、私も大丈夫。相模君のおかげで」
「……」
「……」
しばし沈黙が流れる。こういうときってどうすればいいのかさっぱりわからない。しかも相手は校内一の美女、扇藤狐々実である。なら、深くは考えずにラッキーくらいに捉えてしまえばいいのだろうか。
しかしそんな心配は無用だった。なぜなら舞鶴一、彼が入ってきたからだ。助かった。
「おいこら春、ちょぉ~とラッキーが過ぎるんじゃないか? てか、ずるい」
「……あのな」
周りの男性からの視線も痛い。理由は、まぁ、わかってるけど。不可抗力です。わかってください。
扇藤は恥ずかしかったのか離れていったようだ。
「狐々実、よくやったわ。その調子よ」
「偶然だったんだけどなぁ。恥ずかしかった」
ブース内を一通り見て回り次に進むことにした。
順路を少し戻り次へ進むと巨大な水槽が順路に従うように弧を描いてある。
その水槽の中にはアザラシがいる。
広い水槽内を悠々と泳いでいる。ユリアによるとハイイロアザラシらしい。日本ではハイイイロアザラシを見られる水族館は少ないらしくここはその一つだ。
「なんか馬みたい見えるよなぁ。顔長いっていうかさ」
一が率直な感想を述べた。俺もそう思う。
次に行くことになった。
進むとすぐに開けた場所についた。
このブースは四分の三が三つの水槽に囲まれている。
ここにいるのはホッキョクグマ、セイウチ、ペンギンの三種。
飼育員の解説を聞きながらそれぞれの食事を見られるイベントがあるらしいが今は時間がずれているようでそれは見られない。
サフィアが残念ですと呟くとそれにお兄様が反応し私に任せろとか何とか言い出すと。サフィアはうんざりした顔でそういったことはやめてくださいと切り捨てる。お兄様に対しては辛辣だな。
それをされると若干へこんだ様子でおとなしくなるお兄様。話に聞いていたのと違いすぎて拍子抜ける。
「なぁ、ユリア。サフィアのお兄様聞いてた話と全然違うんだけど」
「それに関しては私も同意だ。私が知っているヴラド様とは別人のようだ。普段は大変優秀なお方なのだがサフィア様が絡むと暴走しがちになってまう。そこは同じだ。だが、あのようにサフィア様に言われたくらいでおとなしく引き下がるお方ではなかった。それならばサフィア様は家を出るまではしなかった。一体なにがあったというのだ」
「やっぱりサフィアが一か月近くもいなかったからおかしくなったとか?」
「いや、さすがにそれは……」
うーんと唸っていると控えめの声が会話に入ってきた。
「私が、くぎを刺しておきましたので」
メイド服に身を包んだいかにもメイドですって感じの薄幸オーラをまとった少女、ユリアの妹であるユーリである。
メイドなんていたらそれだけで注目を集めそうだがそうはならない。いつもの都合のいい能力でこの状況を自然と思わせている。
「そのくぎってのはなんなんだ?」
「少々サフィア様を利用させていただきました」
「なんだと!? ユーリ、勝手なことを!」
「ご安心を、姉様。サフィア様には決して不利益も害もありませんので」
「それはその内容を聞いてから私が判断する」
勝手に利用されていればユリアが怒るのも納得はできる。いくら問題はないと言われても安心はできない。
「……ヴラド様はサフィア様のことになると普段のように冷静ではなくなるのは姉様もご存知のはずです。今回もその例に漏れずサフィア様の居場所がわかった途端後先を省みない行動に出ようとされたので諌めるのが大変でした」
「……そこでサフィア様、というわけか?」
「はい。サフィア様が魔界にいたのならヴラド様が少々なにをしようとそこまで問題にはなりませんが、人間界なら話は変わります」
「確かに人間界で事を起こせば魔界で立場が悪くなる。それはわかったがなぜサフィア様を利用する必要があった?」
「ヴラド様がサフィア様のことになると冷静ではなくなる、これはヴラド様がサフィアのことを第一に考えるからです。それが本当にサフィア様にとっていいことではないはずですがそこは置いておきましょう。ヴラド様はサフィア様のためになるように動くのですからサフィア様のためと言えばヴラド様は動きます」
「そこを逆手に取ったってわけか」
「ご安心を。私利私欲のためにこれを行なったことはありませんので。サフィア様がからまれて普段どおりでなくなったヴラド様がクロスロード家に取って不利益になりかねない行動をしないためにこのような手段を取らせたいただいていますが」
「つまり、人間界でことを起こせばクロスロード家の立場が悪くなる。それはサフィア様にも害が及ぶ。だから慎重になるべき、ということか」
「そういうことです。サフィア様には害が及ぶことはありません。むしろ、利にしかなりえないはずです」
ユーリのいうことはわかった。けど一つ気になることがある。
「サフィアの害にはならないし利になっているってはわかったけど人間界で問題起こしたら立場が悪くなるって言ったけどいつもの都合のいい能力でなんとかなるんじゃないのか? いや、なんかされるのはあれだからそれでいいんだけど純粋な疑問な」
「そんなことができたら人間界は滅茶苦茶になっている。魔界の暗黙のルールでそれはできないし、してもバレて余計に立場が悪くなるだけだ。……この前の人狼の件なら問題はない、仕掛けてきたのは向こうだ。そもそもゴブリンやらその辺りの連中はもうすでに事を起こしすぎて立場もない」
魔界にも色々あるんだな。無法地帯みたいなのをなんとなく思っていたけどそうでもないらしい。
それのおかげでとりあえず今は特に何か起きることはなさそうだ。
次のブースは同じエリア内にあり今見ている三つの水槽の後ろにある。その水槽には七万尾ものイワシの大群に加えてサバや数種類のエイ、驚いたことにサメまでいる。
「これ、同じ水槽に入れてたらだめだろ。そのうち全滅するぞ」
「いんや、そうでもないみたいだぜ?」
「どういうことだ?」
水槽の中央で銀光りしながら高速回転するイワシの群れを見ながら一は告げる。
「一見、イワシやらサバ、あとはエイとかサメに全部食われて終わりみたいに思うだろ? ところがそうじゃないんだよなぁ、そうならないようになってるんだよこれが。なんでもこの水槽は実際の厳しい自然を表してるとかで生き抜くために身につけた方法で必死に食われないようにしている。そんなのを見れるのがこの水槽ってわけ。もちろん織りなされる群れの陣形というか移動法は綺麗に見えるってのも魅力らしいけど」
「へぇ、よく知ってるな。ユリアみたいだ」
「それもそのはず、隣でサフィアちゃんに説明してたやつの受け売りだからな!」
といってドヤ顔で決める。ドヤ顔するとこじゃないだろ。呆れていると隣には珍しくサフィアの元にいないお兄様が立っていた。その斜め後ろにはユーリ。
俺に用があるとかではなさそうなのでそっとしておく。
「……このでかい、いかつい生物はなんだ?」
どうやらサメに興味を示したようだ。表情こそ真面目だがその目の奥には密かに少年のような輝きがある。俺も昔はなんかサメかっこいいとか思ってたし好きだったからわかる。小学生くらいだと強いものに惹かれるよね。童心に帰っているとユーリが淡々と説明する。
「シロワニという種類で、サメの仲間です」
「……気に入った。こいつを飼おう」
名前を確認するとお気に召したのか購入するようだ。販売とかはしてないから買えないけど。てか、サメ売ってるような店ってあるの?
「ここでは販売などはしていませんのでそれは難しいかと」
「……交渉。うまく行けば買えるかもしれないな」
どれだけ気に入ったんだよサメ。この人はあれだな。サフィアのことだけじゃなくて自分の気に入ったものに対してのめり込むとかそんな感じの人だ。
残念ながら付近にスタッフの人はいないようで交渉にはならない。多分、スタッフに交渉したところでどうにかなる話じゃないと思うけど。
「諦めてください、次に進むようですよ」
どうやら次に進むようで渋々お兄様もこの場を後にした。けどこの先スタッフの人見つけたら交渉に入りそうだ。
次のブースは上のフロアにあるのでエスカレーターで上がる。
そのエスカレーターは今の水槽に周囲を百八十度ぐるりと囲まれていてエスカレーターでゆっくりと上がりながらまるで水槽の中にいるような感覚で周りを泳ぐ魚たちをさっきとは違う感じで見られることができる。
頭上を泳ぎ回る銀のイワシの群れに照明が反射して美しく輝く。自分のすぐ横には雄大に泳ぐお兄様お気に入りのシロワニよく見ると腹にはコバンザメがくっついている。他にもヒラヒラフワフワと自由に泳ぐエイとゆっくりと上昇しているエスカレーターとは対照的に視線はあっちこっちと忙しい。
この光景に全員が言葉を失いただ見ていた。
ゆっくりと上がっていっていたがそれも一瞬で終わってしまったように感じる。
水槽のトンネルは終わりを迎えた。
「すごいところですね、ここは」
「はい、ですがこれで終わりではありませんよ。まだまだあります」
「もっと続いても良かったのにな」
「うん、でもここも綺麗だよ」
エスカレーターを登りきった先にあるのは最初のブースと同じような青っぽい光源に照らされるいくつもの水槽。
その水槽にはこれまでの五つのブースにあった水槽よりも多くの生物がいるようだ。
鯛やクラゲ、ウツボにタコ、タカアシガニ、アナゴなど他にも名前は知らないが多種多様な海洋生物が見られる。ここにもお兄様お気に入りのサメが二種類ほど。
足並みを揃えて水槽の前を順に回っていきへー、ほーとか言いながら盛り上がりを見せつつ巡り終える。
途中、お兄様とユーリは離れてある水槽の前で止まっていたが。無論サメである。シュモクザメだ。
そこで運悪くスタッフの人が近くを通ってしまいお兄様につかまる。
「少し、時間を取らせてもらっても構わないだろうか」
スタッフの人は「はい、なんでしょう」と受け答える。
「このサメを譲ってはくれないだろうか。もちろんタダでとは言わない。相場がどれほどのものなのかは知らないが相場より少し高い値を出してもいい。どうだろうか?」
なにかしらの質問をされたりするものと思っていたスタッフの人は面食らいえ!? って感じの顔で固まっている。普通はこんなこと聞かれないから正しい反応だろう。
固まっていたがやがて硬直もとけ対応に移る。
「申し訳ありませんがこちらでは販売などはしていませんので」
まぁ至極真っ当な答えだ。突然水族館でこれが気に入ったから売って欲しいとか意味不明なこと言ってくる人相手によく返せたなと尊敬できる。
一方のお兄様は。「……ふむ」とか言って唸っている。まだ諦めがつかないらしい。見兼ねたユーリが「ここは諦めてください。どうしてもというなら私がなんとか致しますので」と諌める。
それを聞くと渋々ではあるが納得して引き下がった。
スタッフの人、災難だったな。
ていうか、あの人サフィアのこと抜きにしてもイメージと違いすぎるだろ。
その様子を見ていたサフィアは呆れてため息をつく。お兄様には冷たいな。ほんと。
他の面々はというと、ユリアはなんとも言えない微妙な表情をしているて扇藤は苦笑いし南那星は興味なしといった様子。一は聞いてたのと違って面白い人じゃんとか言って笑っている。
最初は威厳みたいなの感じたんだけどな。その威厳は何処へやら。
順路に沿って次に向かうと少し暗めに感じられる証明に変わる。色はさっきと同じ青系統の色だ。
そこにはなにがいるのかというと深海生物。
東京湾で捕獲されたものらしい。
奇怪な姿形をした深海生物が何種類かいてそれを見た一はなにやらテンションが上がっている。
「なぁ春、こいつら面白いぞ」
「流石ね、変な生き物同士共鳴し合うのかしらね。心なしか水槽の中の生物も湧いているようだけど?」
南那星がここぞとばかりに一への攻撃をする。
よく無視したりはなからいないものとして扱ったりしてる割にはなにかしらいう時は南那星から絡むことが多いな。なに? ツンデレなの? ドゲデレか。
ここには一は 以外特に興味を示さなかったのか早々に次に移るようだ。確かにオオグソクムシとか物珍しいけどなんか気持ち悪いもんな。
次は幻想的な紺碧の海をイメージしたブースでイカやクラゲと透明度が高めの生物がいる。
クリアな感じと周りの照明とが混ざり合って美しい輝きを放っている。
これはサフィアと扇藤の反響が良かった。
「……綺麗」
「ですね」
その光景に魅入る二人の姿は非常に絵になっている。
お兄様も「尊い」とか呟いてる。ほんと聞いてたのと違うな。
男性陣一同正直水槽の中の生物よりもそれを見ている二人の方を見ていたかったと思う。
が、しばらく見ていた二人が満足した時にそれは終わりを迎える。惜しく思える。
そのことを知らずに女性陣は次へ行こうとしている。
次のブースに移るためにエスカレーターを上がる。今回は周囲を水槽に囲まれているわけではないようだ。
今回の幻想的な水槽の中を上がっていけたらと少し残念だ。
上がると一気に明るくなった。今までの照明と違い屋外の明るさである。
屋内の暗めの照明に慣れていたせいか妙に眩しい。
それはみんな同じなのか額のあたりに手を当てて日差しを遮る姿勢をとったりしている。
すぐに慣れたのか扇藤と南那星は口を開く。
「わっ、雰囲気変わったね」
「そうね、動物園みたいね」
言われて見てみるとフラミンゴやカピバラがいたりと動物園で見られる光景が広がっている。
しかし柵などはなく他の客は至近距離で見ている。
「……えっと水族館ではなかったのですか?」
「水辺に住む生物として水族館のカテゴリーに入れているみたいですよ、サフィア様。それとここではイベントをやっているのですが……」
「イベントですか!? 参加したいです!」
「申し訳ありません。私の落ち度でそれらのことを忘れていて受付などをしていなくて……」
「今からではダメなのですか?」
「はい、定員が決まっていまして。今からではもう」
「姉様にしては珍しいミスですね」
しれっとユーリがユリアを責める。責めたのかどうかはわからないがそんな感じがする。ユーリのことはそれほど、というか全然知らないが昨日今日とを判断材料とすると基本的には主人であるお兄様以外には無頓着、あまり関心を示さないタイプだと思う。だから今回のことで何か言うのは意外だ。なんというか、姉妹で仲悪いの? って感じ。
「いえ、今回はユリアではなく舞鶴さんが進めていたことですし、ユリアからすれば突然のことだったと思うので気にしないでください」
「……サフィア様」
最後ににぱっと微笑みかけるとユリアは感激したようで感嘆の声を漏らしながら膝をガクッとついた。そのまま頭を下げそうな勢いだが目立っているのでこれ以上はやめてもらいたい。
さっきまで近くにいたので今さら他人のフリはできず少し離れたところから苦笑いで見ていると不意に何かが足元にぶつかった。
視線を落とすと一匹のカピバラが寄ってきていた。
「わっわっ、ひ、煌梨ちゃん、これ」
隣の扇藤の方にもいるようで見てみるとそっちは三匹に囲まれてあたふたしている。
いきなりで驚いたのか扇藤は南那星に助けを求める。
「そんなに驚かなくてもいいわよ、カピバラじゃない。可愛いでしょ」
「へ? あ、うん。可愛い」
二人とも頰を緩ませる。
南那星から可愛いという単語が出てくるのは意外だったけど。前にペットショップで見たときはあまり興味がなさそうだったし。こういうときはこっちくんなアピール出して寄せ付けないとか思ってたんだけど。……俺の中の南那星のイメージってなんなんだ?
「へぇー意外だなぁ。煌梨ちゃんから『可愛い』って単語が出てくるなんてさぁ」
一も同じことを思っていたようだ。言わなきゃいいのに。容易に先が想像できる。
罵詈雑言が帰ってくるか鉄拳制裁。鉄拳制裁の場面は見たことがないから罵詈雑言か。
と思っていたら無視。全くの無反応だった。反応したりしなかったりその辺りの違いはなんなのだろうか。
そのうちサフィアたちも近くのカピバラと戯れたりフラミンゴを見たりと和やかな時間が過ぎていく。
それもいい加減にして進むと今度は空中に小さなハンモックが出てきた。
なんだこれ? と思っているとそこに二匹の細長い動物が通ってハンモックの中程でじゃれ始めた。
「あっカワウソだ。可愛いー」
確かにカワウソだ。見ると他にもその辺で寝ていたり少し離れたところで走り回っていたりしている。
カワウソの他にももう二種類くらい動物がいるようだ。開放感あふれる動物園を感じてきた。
だが、もう少し進むと広く上が空いている肩下ほどの水槽が現れる。その水槽の中にはピラニアやピラクル、テッポウウオの三種類の淡水魚がいるらしい。
その水槽もアマゾンのマングローブ林を模して作られている。
ギラギラしているピラニアをお兄様はお気に召すかと思ったがそうでもないらしく見てもサメの時のような反応は無かった。それどころか早々に飽きてカワウソなどの動物がいる方へと戻っていった。サフィアがいるからだろうな。
今この場には一と二人である。
水槽の中を泳ぐピラニアやらをなんとなく見ながらぽつりぽつりと会話が生まれる。
「はぁ、彼女欲しい」
「唐突すぎるだろ。急にどうした」
「そのままの意味だよ」
「まだ高校始まったばっかだしそんな焦らなくてもいいだろ」
「うわ、でたよ。流石美少女、美女と同棲してるやつは違うわ。いつでもできますよー、ってか」
「いや、あの二人はそういうのとは違うからな。あと同棲とか言うな」
「じゃあ春はあの二人は嫌か?」
「極端だな。嫌とかじゃないんだ、一緒にいると楽しいしな。勿論人間じゃないから、なんてわけでもない」
「じゃあなんなのさ」
「いつかは魔界に帰ってしまうだろ。お兄様も来たし俺たちが思っているよりずっと早く帰るかもしれない」
「だから、そう言う風には思えない、か」
「……まぁ、そんなところだ。なぁ、なんでこんな話してるんだ?」
「俺が振ったから」
「……言い方変えるわ。なんでこんな話振ったんだ?」
「恋バナしたかったから!」
「……嘘つけ」
最後は笑ってこの話は流した。
一もニカッと笑って「なら、そろそろ合流するか」とサフィアたちの方へ向かう。俺もそれに続いた。
ひとしきりカピバラやらカワウソやらを堪能して名残惜しく思いつつ最後のブースに向かう。
横に入ったところにステージがあってショーが行われるのだが残念ながら時間が合わず見ることができない。ほぼ全てのイベントと噛み合ってないな。
数あるイベントの中でも目玉のイベントであるショーを見れないのは非常に痛いがこればかりは喚いたところでどうしょうも無いので完全にとはいかないが諦めて足を進める。
最後は先ほどのエリアを抜けてすぐのところから入れる建物の中にある。
入り口を入ってすぐ横に水槽がありそこには日本の渓流に生息する在来種の淡水魚が見られる。
近年外来種により数を減らしているとかでレアな魚らしく普段は目にすることはないためか見てもイマイチすごさがわからなかった。
これレアなんですよ、とか言われてもレアすぎてその存在をあまり知らなかったりするとそれを実際に見ることができてもそのすごさがちょっと理解できない感覚だ。
みんなも「へー」とかそんなありきたりならしい感想しか出ていない。
ちなみにこの建物内には奥に様々な海の生物を立体的に見られるシアタールームがあるのだがそれは別途にパスが必要なので見ることはできない。楽しいからいいのだがショーとかイベントといい損してる感がすごい。
最後であったがほどほどに建物を出ると出口前だ。
んー、と伸びをしながら時計を見た扇藤が驚きの混じった声で呟く。
「もうお昼過ぎなんだ。思ったより長い時間見てたんだね」
呟きかと思っていたが最後にこっちに視線を向けながら話しかけてくるように言われたので咄嗟に応える。
「そーだな。ざっと四時間以上は過ごしてるな」
時計を見ると一時を過ぎている。
「うん、私お腹減っちゃったよ」
「お昼にしましょうか」
そういうわけで出口へ向かいこの建物から出る。
建物から出て左に折れるとレストランやファストフード、カフェなどが立ち並ぶエリアにつながる。一時過ぎとちょうどお昼時で人々でごった返し担っている。
「レストランは入るの難しそうだねぇ」
「つってもどこも混んでるのは同じだぞ」
「フードコートなら回転も早いしそんなに待たなくてもいいんじゃないかな」
「おし、そうするか」
とは言ったもののやはりどこも多くて席が確保できなさそうである。注文の回転は早いのだが席が空いているかどうかは別の話である。
このエリアの奥の方まで来た時にかろうじて席の空いているフードコート店を見つけることができた。
早速向かう。
並んで手早く注文を済ませる。
タコライス、ロコモコがオススメのようでそれを注文する。他にはカルボナーラを注文した。
空いている席に座り食べ始める。
卵、チーズ、ジューシーなハンバーグとが口内で絶妙な旨みを作り出す。
このクオリティが千円以内でいただけるとは得な気分だ。
それぞれの料理も中々のものらしく舌鼓を打っている。満足のようだ。
食べ終わり水族館の方まで戻って来ていた。
そこでサフィアが「美味しそうですね、あれ」といいソフトクリームなどを売っている店を指したのがきっかけでお兄様が「よし、買ってやろう」といい結局みんなで食べることになった。
それぞれが思い思いの種類を選び購入した。
こういう場所では値段が張るイメージがあるが思ったほどではなくかつその値段を超えるクオリティだった。下で溶けるまろやかなバニラが美味しい。
食べ終わるとその足で近くにあるイルカメインの建物に向かうことにした。
入り口をくぐると目の前に広がるのはアーチ型の水槽。午前の水族館のアーチ型になった水槽をエスカレーターで上がっていくのが自分のペースで見て歩けるようになったのがここだ。
水槽の中にはイルカはもちろんのこと、色とりどりの魚が泳いでいる。
さらに水槽の上部には屋根が無いので今日のような快晴の日には太陽の光がキラキラと揺らいでいる。
そんな中で悠々と泳ぐイルカの姿は美しかった。
上を見上げると頭上を泳ぐ色鮮やかな魚達の群れ降り注ぐ光が水面で反射して揺らめく幻想的な光景。
「なんか、海底を歩いてるみたいだな」
「海の底を歩いてるみたい」
なんてことはないそれこそ誰かに聞こえるか聞こえないくらいに呟いた独り言が重なった。数歩隣には扇藤が立っている。
驚いてお互いに顔を見合わせると自然と笑みがこぼれてしまった。それは扇藤も同じようでくくっと笑いがこぼれる。
治ると扇藤が口を開く。
「……同じこと、考えてたんだね。ねぇ、相模君。私たちって……」
「おい、春、こっち来てみろって! なんか色々売ってるぜぃ!」
言葉の続きは一によって遮られてしまった。
すると扇藤は「ううん、なんでもない」と言ってやや足早に一達のいるショップに歩いていった。
あの言葉の続きはものすごく気になるがふっと一息ついて俺もショップに向かう。
ショップではサフィアがお兄様にシロとクロの二色のイルカのぬいぐるみをプレゼントされていたが嬉しいとも迷惑とも言えぬなんとも微妙な表情で受け取っていた。ぬいぐるみは嬉しいがお兄様がいけなかったのだろうか。今日のサフィアは災難だったな。
いくつか物色しこの施設を後にする頃には時計の針は午後四時を指そうとしていた。
時間はまだあるが次へ行くと予定以上に帰るのが遅くなりそうだし帰りの電車も混雑する。今なら決して空いているということはないだろうが行きの時のようにはならないはずだ。
それにサフィアが思った以上に疲れている。あんな表情のサフィアは見たことがない。
そのことをそっと一に話すと納得したようで一からみんなに伝わり惜しいけど少し早めに帰ろうということになった。
帰りはお兄様とユーリは少し用ができたと別になりサフィアにとっては安らげるだろう。
電車は六人全員が座ることができた。女子組は疲れていたのか電車に乗るなり早々に寝てしまった。途中乗り換えがあるとはいえそれもまだ時間がある。近づいたら起こしてやろうということで一と話していた。
「やー、そのなに。アーチ型の水槽のときは悪いことしたなぁって」
他愛のないことを話していたが一旦会話が途切れたところで一が切り出して来た。
「確かに言葉の続きは気になったけど。別に気にすることじゃねぇよ」
「……まぁ、春がそれでいいならいいけど。実際どうなんだ?」
「?」
少し言葉の意味がわからない。一体一はなにを指してどうなんだといったのだろうか。扇藤のことなのか。
「どうって扇藤は競争率高いだろ。めっちゃ可愛いし」
「だよなぁ」
「そういう一はどうなんだ? てか、南那星なんだろ?」
この切り返しは予想外だったのか一瞬面食らったようだがすぐに
「さぁて、どうかなぁ」
とおどけてのらりくらりとした。読めないな。やっぱりわからん。
そんな会話をしているうちに乗り換えの駅が近づいてきたので四人を起こす。
一がこの四人の寝顔写真撮っちゃダメかなとか言ったので命が惜しくないならやればいいだろとか言ったら「いやー煌梨ちゃん怖いしやめとこうかなぁ」とかいって携帯をしまった。もちろん惜しくないとか言って撮ろうとしたら止めるつもりだった。
通路を挟んだ席で寝ている四人を起こそうと立ち上がり一歩近づくと反射的にユリアが起きた。
「……春楽。どうした?」
「いや、乗り換え近いからそろそろ起こそうかなって」
「そうか。だが、貴様がやらなくても私がやっていた。サフィア様には早々触れさせはしない」
そんなやましい気持ちがあったわけではなないがユリアに任せることにした。
電車を乗り換えまた暫く揺られ、すっかり暗くなってしまった頃に帰ってきた。ホームに降り改札をくぐり駅から出ると伸びをして体を伸ばす。
あとはそれぞれ家を目指すだけだ。
「サフィアちゃんの兄様が突然きたりと色々大変だったねぇ」
「ほんとにな。二人とも悪かったな。せっかく一緒に出かけたのに」
「私はそこまで気にしていないけれど狐々実はどうかしらね」
「ええ!? 確かに最初は驚いたけど私もそこまで。……それに一番大変だったのはサフィアちゃんじゃないかな」
「いえ、今回はサフィアの兄が迷惑をおかけして申し訳ないです」
「私からも謝罪します」
「そんなに謝らなくても。それに私は十分楽しかったから大丈夫だよ」
「本当ですか。サフィアもお兄様がいなければもっと楽しかったのですが」
「まぁまぁ、別れ際にそんなしんみりしなくてもいいじゃん」
「そうだな、じゃあそろそろ解散にするか」
「うん、またね」
挨拶を交わしてそれぞれが帰路についた。
扇藤、南那星とは駅で別れ俺の家までは一も一緒だった。そして家の前で一とも別れ三人で玄関をくぐりリビングへ入ると……
「待っていたぞ、遅かったじゃないかサフィア」
ソファに腰掛けたお兄様とその後ろにユーリが立っていた。
「……お兄様?」




