第8話:因縁の級友
※二人の級友との関係は後々変化します。
「お前、尚光か? それに、ユリアも?」
尚光がいつも連れている女といえばユリアだ。
「ぁん? なんだ航かよ」
苛立ちの混じった声。振り向き様、目を細めて睨んでくる女。間違いない。染めた茶髪の生え際が少し黒く見える。まったく、どこのヤンキーだよ。
二人は入口近くの丸テーブルに座っていた。隣のテーブルでも冒険者たちが談笑しながら思い思いに食事をしている。彼らもテストプレイヤーだろうか。
俺に話しかけてきた二人は……。
――守屋 尚光。
家は金持ちのセレブ男子。スポーツ万能、成績優秀、高身長でイケメン。これ見よがしにブランド品を持ち歩き、カースト上位の女子を連れ歩いていた。
もっと上の学校にも行けたはずなのに、なぜか俺と同じ高校に入った。中学から六年間ずっと同じクラスという腐れ縁の級友だ。
――東条 ユリア。
高一からの同級生。アイドルグループに所属している。尚光の彼女だが、表向きはお友だち。確か今年に入ってすぐ「休業」が発表された。
ユリアが歌う歌をそれほど上手いと思ったことはないけど、ダンスはぴかいち。大体の曲でソロパートを踊っていた気がする。
俺だって運動は苦手じゃないし、成績もそこそこよかった。
なのに尚光は六年間ずっと俺を比較対象にして優越感に浸り、それはまだいい。許せないのは、俺をパシリのように扱っていたことだ。
こいつは俺に絡んできては、ついでに何かをお願いした。口癖のように「そんなことより何々してくれよ」と言って。
教師も生徒も、誰も彼もが尚光の味方をして、お願いされた俺がやらざるを得ない雰囲気を作り上げた。尚光こそがクラスの「正義」
正義は何をしても許される。学校とはそんな場所だ。クラスの大半のやつより俺の地位が低かったのは、こいつがそう「定義」したから。
尚光がクラスのためにと俺を使う。だから皆は尚光を崇め、俺を軽蔑した。まともに尚光と口を聞けないやつまでも。
高校を卒業し、この二人ともやっと縁が切れたと思っていたのに。
「何ボーっとしてんだよ。こっちで一緒に飯食おうぜ」
「それなら私もご一緒して構いませんか?」
そう言ったのはソフィアさんだった。彼女は俺に腕を絡め、空いている席へ引っ張った。俺も驚いたけれど、俺以上に驚いたのは尚光とユリアの二人。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている二人を見て、俺は内心ほくそ笑んだ。これは気分がいい。
「どうぞご自由に」
憮然とする尚光をよそに、俺は自然な動作でソフィアさんをエスコートし、席に着いた。
注文を取りに来たご主人にソフィアさんと同じものを頼んで、お代は銀貨一枚。
「で、航はいつ来たんだ?」
「あぁ、今日の昼過ぎかな」
「えー、最後の一人って航のことだったんだー」
「じゃあ、今度狩りに行こうぜ」
「最後ってゆうな。同じ初期メンバーだっつの。まあ、気が向いたらな」
「ふーん。せっかくレベ上げ手伝ってやろうと思ったのに」「なー♪」
心にもないこと言いやがって。「なー♪」だけハモるな。
どうせまた俺を都合よく使おうと考えてるんだろ。魂胆が見え見えなんだよ。
だがここは異世界だ。そうは問屋が卸さない。
「すぐに追い付いてやるから見とけ。てか、お前らこそなんでここにいるんだよ」
「は? テストプレイに当選したからに決まってんだろ。大学は五月からでも余裕だし」
さすが優等生は言うことが違うな。
「そんなことよりお前その人が誰か知らないのか? 手出したらマジで殺されるぞ」
ああ。こいつも岩瀬の傷痕を見せられたクチか。だけど、俺は知っている。岩瀬と彼女の本当の関係を。
お前は何も知らないんだよ、尚光。
「お前と一緒にすんなよ。ダンジョン案内してもらっただけだし」
「じゃあ、次は俺らと一緒に行きましょうソフィアさん」
性懲りもなくソフィアさんを誘う尚光。殺されるんじゃなかったのか?
「お前にはユリアがいるだろ」
「そっかー。航はいつもぼっちだもんねー。可~哀~想~♪」
嬉しそうに俺を哀れむユリア。いつもなら「ぼっちで何が悪い」と開き直るところだけれど、
「これからは私がワタロットさんとご一緒しますわ」
ソフィアさんが援護してくれた。そうだ。俺はもうぼっちではない。
「チッ……。ぼっちで良かったな、航」
舌打ちバッチリ聞こえてるぜ、尚光。
「まあまあ、同じ宿で生活するのですから皆さん仲良くお願いします。いいですね?」
「ソフィアさんがそう言うなら」という体で、俺たちはそれに同意した。
けど、残念だったな尚光。ここはもう学校じゃない。お前を崇めるクラスメイトも、優等生扱いしてくれる先生もいないんだ。
これからは俺のターンだ。
「ワタロットさん、ちょっといいですか?」
「はい」
「この宿にもう一人ソロの女の子がいるのですが、一緒にPTを組んでも構いませんか? よろしければ明日にでも紹介します」
「はい、大丈夫です」
「助かります。今まで尚光さんたちと組んでいただいてましたので」
ああ、そういうことか。恐らくその子は俺のいない数日あるいは十数日の間、この二人のパシリをさせられたに違いない。
そうでなくても、こいつらと一緒に狩りに行ったら、間違いなく戦利品の分配でモメるだろう。ソフィアさんの気苦労は少しでも減らしてあげなければ。
ソロの女の子か。どんな子だろう。会うのが楽しみだな。
お読みいただきありがとうございます。
次回、宿屋の見取り図を挿入してあります。