死に難い
城門を抜けると、そこは中世ヨーロッパ風の中庭だった……とか言うと、またベティちゃんにツッコまれるだろうな。
西洋の城なんて、実際はどんなだかよく知らないからなあ。ファンタジーものの映画で見たことはあるが、ああいうのはセットかCGだろうしな。
緑の芝生を、白い道が幾何学模様に分断している。城壁にもたれるように寝転がっているのは、毎度おなじみのスキュータムIIだな。
リンクスとだいたい同じくらいのサイズ、身長約10メートルくらい? ツノを含めればもうちょいあるのか? 意外に小さく見えるな。
バラバラに分解されているのもあるが、全部かき集めれば五機分くらいのパーツはありそうだ。
女性タイプのドロイドがたった二人で、スキュータムIIの壊れた盾を持ち上げて運んでいる。怪力にも程があるなあ。アリがチョウを運んでるみたいだ。
どうやら新しいパーツに交換して修理しているようだ。スキュータムIIには自己修復能力はないのだろうか? スキュータム系列の機体って、身長以外はリンクスとの共通点はほとんどないしなあ。デザインだけ見たら、別ゲームのロボだよな。
作業中の他のドロイド達に紛れて、格納庫っぽい開口部から侵入する。
壊れたパーツをどこに運んでいくのかが気になったが、ズンズン進むベティちゃんを追いかけないといけないので、それどころではない。
通路はどんどん細くなる。
天井が低くなり、立ったまま歩けなくなった。前から誰か来たら、すれ違うこともできそうにない。
わざわざ不便に作ってあるのは、多分、何か文化的な意味があるんだろう。茶室の入り口みたいなものかな? わびさびか?
地下街のような広い場所に出ると一安心だ。天井はそこまで高くはないが、ジャンプしなければ頭をぶつけることはないだろう。
普通にドロイドや有尾人達が行き来しているが、見咎められることもなくどんどん歩く。あれだな、潜入なんて堂々としてりゃ勝ちだな。
いくつものゲートを抜けると、もう完全にどこを通って来たかわけがわからなくなった。ベティちゃんからはぐれたら迷子確定だ。
本当の俺はリンクスのコクピットにいる筈だから、大丈夫だよな? だが、感情移入してしまうとホラー映画でも怖いんだ。特にこのドロイドなんてシンクロ率ハンパないし、憑依中に殺されたりしたら、それは俺が本当に一度殺されるのと同じじゃなかろうか?
衛兵のいるゲートは緊張するけれど、実はそんなに大事な場所じゃないようだな。重要なゲートは分厚い隔壁で閉ざされていて、そういう所には衛兵はいない。
まあ、ベティちゃんがハッキングすれば、苦も無く開くわけだが。
順調なのはいいが、俺のすることがまるでない。手持ちぶさたというか、これって俺がついて来る意味あったか?
立派な回廊から一段下がった通路の奥に、広い踊り場があり、いかにもラスボスがいそうな大きな扉がある。
普通に考えてボス部屋だよな? ゲームならここでバフかけまくってから突入するところなんだが。
「ここのセキュリティは破れません。開けると戦闘になるので、ザックさんにお任せしますね」
ベティちゃん、普通に喋れるようになってるし。そういえば、俺の体の方もかなり違和感はなくなってきたな。箸でハエをつまめるかといえば微妙だが、銃弾くらいなら躱せるだろう。
この状況で戦闘となると、対戦相手はあの有尾人の衛兵達だろうか? 尻尾の生えた連中は体格もよく、例外なく鎧のような装備を身に着けていることから、戦闘種族だと思われる。兵隊アリみたいなものかな?
槍や斧を持ってる奴も見かけたし、手ぶらの奴も腰のホルスターに警棒みたいなのを吊っている。
こっちは素手かあ、せめてモップくらい欲しい。リーチの差ってのは結構なハンデなんだぞ。おまけに敵は一人じゃないだろうし。
戦うとか簡単に言っちゃってくれちゃってるが、その辺ちゃんとわかってるのかなあ。
ベティちゃんは躊躇いもせず扉を開けてしまう。
警報音が響き渡る。心臓に悪いよなあ。
ええい、ままよ。仕方ないなあ。
覚悟を決めて飛び込むが、中には誰もいない。ちょっと拍子抜けだ。
やたら天井の高い部屋の中には、黒い卵がいくつもそびえている。一つ一つがリンクスの倍くらいもあるな、高さ二十メートルくらいか? 樺太でもっと巨大なガスタンクを見たことがあるから、この程度で驚きはしない。
卵の横っ腹には、不気味な顔のようにも見えるレリーフが彫り込まれている。まあ、何かのマークか文字かもしれない。電気のコンセントや天井のシミだって、なんとなく顔に見えるからな。人間は何でも顔に見立ててしまうんだよ。
ベティちゃんが卵に駆け寄り手をかざす。おお、消えたな、手品みたいだ。インベントリに収納したのか、便利だな。
ってことは、この黒い卵がマテリアル増殖プラントか。プラントって言うから、もっとすごい工場みたいな何かを想像していたよ。
五つほどあった卵が全て消滅すると、随分広々とした部屋になった。引っ越しの時のようなもの悲しさを感じる。奴らにとっても大事なものみたいだが、全部もらっちゃっていいんだろうか?
ほぼ円形だった部屋の中央付近にぽつんと、人間が入れるくらいのガラスの筒が取り残されている。
「これはいらないのか?」
「いりませんよ、そんな古い時計」
時計なのか? 中を見ると、ビームソードみたいのがフワフワ浮いている。刀身部分は光っていなくて、なんか黒くて透明? クリスタルブレードって感じだな。
いや、これは剣だろう?
「これってどう見ても伝説の剣って感じじゃないか?」
「ああ、それは時計の針ですね。剣に見えなくもないですが、刻んでいるのは時ですよ」
気のせいかベティちゃんがドヤ顔だ。誰が上手いこと言えと……
一本しか針のない時計ねえ。針というより、クオーツみたいな部品なのかもしれない。
ガラスケースの周囲を保護している柵に手をかける。二メートルくらいのアルミパイプみたいなのだ。力任せに引っ張ると、しなって外れた。カーボンロッド並みに弾力がある。
これはこれで武器になりそうだが、ちょっと軽いな。竹刀より軽い。
運動エネルギーは質量と速さの二乗に比例するから、軽い分はスピードで補えばいいか。
殺気が飛んできたので振り返ると、銀色の鎧を着た有尾人達がなだれ込んで来た。六人、いや、部屋の外にもう二人ほどいるな。
フォーメーションを意識している動きだ。よく訓練されている。
一番偉そうな顔をした奴が、なんか偉そうに話しかけてくるが、宇宙語なのでさっぱりわからん。
「普通は同時通訳だろう、ここは」
「古い銀河標準語の一つなので、可能ですよ」
可能らしい。
「こちらに戦闘の意思はありません。双方の利益のために話し合いましょう」
両手を広げて偉そうな奴に歩み寄るベティちゃん。私は無抵抗ですよってボディランゲージだよなあ。これなら言葉が通じなくても伝わる筈だ。
だが、奴は問答無用でベティーちゃんの心臓を貫いた。やはり奴らが腰にぶら下げていた棍棒みたいなのは、ビームソードの柄だったか。
ベティーちゃんも油断し過ぎだろう。あの程度の攻撃は余裕で避けると思ったんだが、まったく何やってるんだよもう。
「この体、ちょっと気に入っていたのですが……」
ベティちゃんがそう言い残してこと切れる。いや、これって大丈夫だよな? 操り人形が壊れただけだよな?
「イレギュラーは処分する」
偉そうな有尾人はそう言いながら、ベティちゃんの遺体を足蹴にする。
なんかカッと来たな。奴がトカゲ人間の癖にイケメンだからか? それとも俺の憑依しているドロイドの感情だろうか?
「お前なんか人間じゃねえ! 叩き切ってやる!!」
連中、笑いやがったな。嗜虐心が混じった殺気がビンビン来る。自分達が絶対負けないと思ってやがるな。
馬鹿なのか? あの黒い卵がなくなってる時点で、すでにお前達は戦略的に負けてるんだよ。
アルミパイプを構え、ずんずん間合いを詰めていく。どうやら向こうも一騎打ちするつもりのようで、他の個体は周囲を取り囲んでヤジを飛ばしているだけだ。こりゃあ、やりやすいな。
俺の額を狙って、奴の突きが来る。フェンシングに似た剣術だな。ビームソードなら突き主体なのは間違っていない。
ビームの刃が届いていないように見えても、先端のさらに先に当たり判定があるようだ。かすっただけでも火傷する。これは気が抜けない。
余裕をもって躱し、小手を殴りつけてやる。が、やはりこの棒は軽すぎるな。しなりが加わってかなりの勢いだったのに、ほとんどダメージは与えていない。
奴の鎧、銀色なので金属甲冑かと思ったが、動くとシワがよる。ソフトな素材にアルミを蒸着しただけかもしれない。生半可な衝撃だと柔らかく吸収されてしまう。
干したふとんを叩いている気分だ。あれって実は意味がないらしいな。
このアルミパイプ、どうもアルミ製じゃない気がしてきた。しなり過ぎだろう。振り回すスピードを上げると、ものすごく曲がる。
素材の特性を活かしてムチのように使うのがいいんだろうが、奴はほぼ全身を鎧に守られているからなあ。狙えるのは顔だけか?
目なんかは特に急所なんだがな。目を狙われて避けない馬鹿はいないから、その辺は駆け引きだ。
戦いを続けるうちに、連続で繰り出される奴の突きを避けるだけで精一杯になってきた。なんか負けそうな流れだよな?
どうも俺が憑依しているこのドロイド、パワーはあるがそれだけのようだ。敏捷性とか反射神経なんかは、有尾人の方が圧倒的に上なんだな。
先読みで躱すにしても、物理的な限界がある。これだけ肉体のスペックに差があると、普通に戦っていては到底勝てない。詰将棋のように二手三手先を読みながら、詰まないように敵を誘導する必要がある。
まあ、このくらいのハンデがあった方が面白いのも確かだが……詰むや詰まざるや……諦めたらそこで試合終了だ。
しばらくの間、なかなか緊張感のあるバトルが続いたのだが、奴は思い通りにいかないことに焦り始めたようだ。徐々に流れが俺の方に来る。
敵は目に見えてミスを連発するようになり、それを挽回しようとますます無理な動きを重ねていく。こうなるともうボロボロだなあ、隙だらけだ。
戦闘訓練は相当にしているのがわかるが、実戦経験は少ないんだろう。スキュータムIIを相手にしてる時も思ったが、こいつらって太刀筋が素直過ぎる。道場剣術かよ。
奴の突きを紙一重で避け、横にないで来たところをしゃがんで躱す。どうやら敵さん、突きだけにこだわるのをやめたようだ。一皮むけたな。
俺に打たれても、たいしたダメージにはならないことにも思い至ったみたいだな。防御を完全に捨てやがった。
確かに、防御を捨てた攻撃ってのは有効なことも多い。肉を切らせて骨を断つってのは有名だし。
だが、それも、TPOを考えなきゃだな。まだまだだ。
戦闘中に戦闘スタイルを変えるのも好し悪しだと思うぞ。日頃から訓練を続けていたであろうフェンシングスタイルは、なかなか洗練されたスタイルだった。やはり付け焼刃ではなあ。
ビョンっとパイプをしならせて、奴の眼窩に突き込む。
一見ランダムとも思えるしなりを活かすなんて、もちろん狙ってできるような技じゃない。相手だって避けられるもんじゃない。
使い慣れた武器でもないし、ほぼ運任せの技だな。だがまあ、運なら運でコツってのがあるんだ。以前、ナージャちゃんと試合した時に、気がついたことがある。
上手くいきそうな時は、なんとなくわかるもんだよ。そのチャンスをグイッと無心で手繰り寄せる。無我の境地って奴だな、多分。
グチョっとした感触が、長いパイプを通しても伝わってくる。目玉が潰れたな、グロいのは好きじゃないんだがな。
「目が! 目がーっ!!」
見苦しく騒ぐなよな。昔、東アジア地方の武人は、こんな時には自分の目玉を食べたんだぞ。
突き刺さったパイプはくれてやるよ、まだ何本もあるしな。
連中がオロオロしている隙に、俺は時計の所まで撤退して、さらなるパイプを二本引き抜く。結構軽いから、二刀流で振り回しても余裕そうだ。
周囲のパイプを引き抜くたびに、ガラスの筒だと思っていた壁がずいぶん薄くなっていくようだ。これって六本全部抜いたらどうなるんだ?
おお、壁が消えた。これはもう俺に抜けってことだよな? どう見ても剣に見える時計の針の、柄の部分に手をかける。動かんな……やはり伝説の勇者にしか抜けないのか?
いや、抜くも何も、最初から台座に突き刺さってはいないし。そもそも刃先が上だし。フワフワ宙に浮かんでいるだけだし、リニア的な何かの仕掛けか?
力任せにぐりぐりしているうちに、上下方向にならなんとか動かせることが判明した。結構固いけれど、垂直に真っ直ぐ引っ張り下ろすのがコツだな。
力任せに台座に当たるまで押し下げてみる。ゴチッと柄頭が台座にぶつかると、当然だがそれ以上は下がらない。
知恵の輪かよ? バナナを取る実験で、棒を渡されたチンパンジーになった気分だ。
アーサー王の剣って奴も、実は宇宙人が用意した知能テストだったりしてな。
怖い顔をした連中がにじり寄って来たので、時計の針は諦める。
手を離した瞬間、時計の針が反動ですっぽ抜けて飛び上がる。なるほど、元の位置に戻ろうと力が働いたわけだな。
そしてそのままシリンダーの天井を突き破り、上にすっ飛んでいく。
ああ、外す時は上に持ち上げれば良かったのか。逆転の発想って奴だ。
落ちて来た時計の針をキャッチ。どう見たってこれはSFチックなビームソードだ。ブレードは光ってないけれど、一応向こう側は透けて見える。闇の剣って感じでなんかカッコイイぞ。
試し切りしたいので、手に持っていたアルミパイプを斜めに切断してみる。何の抵抗もなしにスパッと切れた。
ツンツンの竹槍みたいになったアルミパイプを見て、奴らがふるえ上がるのがわかる。さっき仲間の一人に大怪我させたからな。トラウマでパイプ恐怖症にでもなったんだろう。
あいつはなんとか目からパイプを引き抜いてもらったようだな。あれでよく生きているよ、頭蓋骨はセラミック製なんじゃなかろうか? それでも床にへたり込んでいて、もう戦う気力は残っていそうにない。
まだ完全には出血が止まっていないようで、周囲の床が血まみれだ。
奴らの血は赤かった。
奴ら、怯えてやがるな。さっきまでの舐めた空気は欠片もない。
右手に時計の針、左手に竹槍っぽいのを構えて、大見得を切って見せる。おお、ビビってる。これはちょっと気分がいいな。
怖ければ逃げればいいものを、それでもおっかなびっくり俺を囲んでくる。こいつら戦闘員みたいだし、メンツとかプライドみたいのがあるのかもしれんなあ。
せっかく包囲したのに、時代劇の悪役みたいに順番に飛び掛かって来るのは馬鹿すぎる。
ま、俺がそう仕向けたというのもある。リーチのあるパイプで牽制し、やたら切れ味のいい時計の針で一刀両断にしていく。別に二刀流ったって、両方振り回す必要はないんだ。適材適所ってね。
そうやってパイプは見せかけだと思わせておいて、いきなり突き刺す。今度は目ではなく脇の下を狙ってみた。
銀色の薄い膜は突き破れなかったものの、肉に深く突き刺さる手ごたえはあった。柔軟性が仇になったな。
苦悶の表情を浮かべると、相手は倒れるように床に寝転がる。鎧の中は血の海だろうな。
時計の針の切れ味が凄すぎて、うっかり殺し過ぎてしまった。こいつはブレード部分に触れるものを問答無用で切断してしまうから、手加減にコツがいるみたいだ。
ゲームじゃないって可能性もあるんだっけ? まあ、片腕を切り落としても向かって来た奴もいたし、どの程度で殺さずに無力化できるか良くわからんしなあ。
マンガや映画で不殺の剣士みたいのがよくいるけれど、しっかりトドメを刺しておかないとどんな達人でも足元をすくわれる。少なくとも俺にはまだまだハードルが高い境地だな。
「かかってこなければ死ななかったものを。だが、その心意気やアッパレ!」
アッパレとか自分で言っておいてちょっと恥ずかしいな。他にこいつらをリスペクトする適当な言葉が思いつかなかったんだよ。
ベティちゃんの同時通訳できちんとニュアンスが伝わるかは不明だけれど。
「貴様! 一体何奴だ!」
片目を失ってへたり込んでいたくせに、まだ偉そうな奴だな。
「聞かれて名乗る名などはない。戦場に遅れてやってきた、時代劇の武士だとでも言っておこう」
ナニヤツだなんて聞かれたら、悪乗りするしかないじゃないか。気分はもう暴れん坊な将軍様だ。
「……ジダイのブシ……だと。私の負けだ……斬れ」
「……罪を憎んで人を憎まず」
考えてみれば、そもそも悪いのは一方的に俺達なんだけどな。やってることはただの泥棒だし。
「……持っていけ。戦利品は勝者の正当な権利だ」
颯爽と立ち去ろうとした俺の背後から、ビームソードが投げてよこされる。
え、くれるのか? 案外いい奴だなこいつ。
ふむ、スイッチはどこだ? ああ、これか。懐中電灯みたいだな。
ブレードを発生させてブンブン振ってみる。なるほど、あまり振り回すとパチパチして危ない感じだ。やはり突き主体で使う武器なのか。
一通り演武みたいに振ってみると、それを見届けた奴は満足そうな表情でこと切れた。いや、気を失っただけかもしれんが。
戦ったことに罪悪感はないな。プラントを盗んだのは悪かったよ。またどこかで戦えるといいな。
時計の針の方は、スイッチらしいのが見当たらず、ブレードを消すことができない。電池が勿体ないし、何より抜身の剣を持ち歩くのは危なっかしくて仕方がないんだが。
まあ、切れ味はすごいし、見た目もカッコイイ。気に入ったことは気に入った。
そもそもこいつの刃がビームブレードじゃなくて、ガラスか何かの物質って可能性もあるな。ブレードに触れた物質は即消滅してしまうから確認のしようがないわけだが、素振りした時にブレード部にも若干重さを感じるからな。
来た道を正確に戻ったつもりだが、どうも迷子になったかもしれない。来るとき通った物凄く狭い通路が見当たらない。
ベティちゃんの後をただ追いかけていただけだったからなあ。俺は方向音痴ではない筈だ。
とにかく上に向かえばそのうち外に出るだろうと、適当な階段を上っていく。ロボットやビームソードがある世界なのに、エレベーターは見当たらないようだ。
まあ、エレベーターだと待ち伏せされた時に詰むし、これでいいのだ。
俺が抜身の剣をぶら下げているのを見て、皆逃げていく。ドロイド達まで逃げるのは、メインコンピュータから避難指示でも出てるんだろうか? 憑依してみて思ったが、こいつらって、まったく感情のない操り人形ってわけでもなさそうなんだよな。
ようやく通路の出口にたどり着いたようだが、明らかに待ち伏せされているよな。土嚢を積んで掩体を作ってやがる。
奴らの背後に空が見えている。こうして見ると、いかにも外は自由な世界って感じだな。自由なんてどこにもないのにな。
敵はローブを着て長い杖を持った有尾人が三人か。他はせっせと土嚢を積み上げているドロイド達だ。仕掛けるなら今か?
兵は拙速を尊ぶ、下手な作戦でも早い方がいいってね。自分にハッパをかけて迷わず突き進む!
いやあ、自分のテンションを思い通りに調整するのって、戦闘より難しいなあ。沈着冷静でいながらハイテンションをキープとか、いろいろ矛盾し過ぎなんだが、勝利のためには重要な要素だ。
精神論はあまり好きじゃない。剣の技術なんてつまるところ、鉄の棒を使った殴り合いだしな。だが、だからこそ、ある程度駆け引きのコツがわかってきたら、後は気の持ちようだとも言える。
特に、相手が本当に生き物かもしれないなら、なおのこと気合を入れなければ戦えない。
奴らが杖を掲げる。まさか、魔法か? 悪い冗談だ。
杖の先からビームが飛んで来たので、思わず切り払う。体感的には拳銃弾より速いか? このドロイドの反応速度だと、かなり先行して動かないと間に合わない感じだ。殺気を斬るくらいで丁度いい。
まあ、処理落ちプレイも悪いことばかりじゃないさ。スローモーションという程じゃないが、いろいろ考える余裕が生まれるしな。
土嚢を飛び越えると同時に、二人斬り捨てる。有尾人は肉体的なスペックは高い筈なのに、まるで活かせていないな。訓練不足なのか?
魔法使いだから接近戦は苦手とか? まさかなあ。
一人は杖を放り出して一目散に逃げて行く。去る者は追わずだ。
カッコ悪くても逃げるのが正解だな。生き延びた奴には次のチャンスがあるんだ。
また無益な殺生をしてしまったが、よくわからん攻撃をしてくるからだ。手加減しようにも、どの程度で無力化できるのかわからん。
せっかくだし、この杖ももらっておくか? 気分は武蔵坊だ。敵の武器を鹵獲してコレクションするとか、いい趣味してるぜ弁慶さんよお。
ビームソードを腰に差し、左手に杖を持つ。本当に魔法の杖かなのかコレ? 金属製で、ビームガンと言われても違和感のないデザインだ。構え方がおかしかったけどな。
スイッチはないが、呪文とか唱えて使うんだろうか? 音声入力式の銃ってことか?
外に出たのはいいが、手すりのないベランダのような場所で、飛び降りるには少々高い。3階くらいの高さはあるかな。
どうやらスキュータムIIのコクピットと同じ高さにしてあるようだ。何機かスタンバっている機体がある。
スキュータムのコクピットハッチって背中側にあったんだな。リンクスはどうなんだろう? デモムービーでは乗り降りするシーンはなかったと思う。
ロボットアニメのお約束だと、ハッチは前面なんだがな。でなきゃハッチを開いて、戦闘中に敵と語り合うとかできないじゃないか。
そういえば、軍の機動戦車もハッチは後方についていた。正面装甲ってのは大事だからだそうだ。
開いたハッチから中を覗いてみると、基本的にはゲームの筐体とそう変わらない。素材とか細部のデザインは違うけれど、これなら普通に操縦できそうじゃないか。
見ていると急に動かしたくなってきた。そうだ、こいつも鹵獲してしまおう。
乗り込もうとして、時計の針が邪魔なことに気づいた。こんな危険物、抜身で狭いコクピットに持ち込むわけにはいかない。
捨てていくか? それともスキュータムIIを諦めるか? よく考えたらスキュータムなんていらんよなあ。まあ、それを言い出したら時計の針もいらないけれど。
なんとなく、コクピットハッチの脇の装甲の継ぎ目に目を留める。スキュータムIIの外装はリンクスよりメカメカしい感じだ。直線的なパーティングラインは、握りこぶしが入るか入らないかといったぐらい。装甲に隙間ありすぎだろうとツッコミたいところだが、ちょうど時計の針を押し込んでおけそうなスペースだ。
土嚢を切り裂いた布を、時計の針の柄に巻き付けて太さを調整し、装甲の隙間にねじ込む。魔法の杖も同様に押し込む。
機体を動かした振動で外れて落ちるかもしれないが、その時はその時だ。いや待てよ、そもそもこの隙間は可動のための遊びじゃないのか? ぺちゃんこにプレスされたりしてな。
コクピットに乗り込むと、超狭い。ゲームの筐体と比べると二回りくらい小さいんじゃないか? 俺のドロイドが大柄なせいだろうか? だが、有尾人達の方がもっとごついぞ。
ハッチを閉じると、ほとんど身動きができなくなる。閉所恐怖症じゃなくてよかったよ。
シートベルトの使い方がわからないので諦める。操縦の方は特に問題ないな、“ガーディアントルーパーズ”の基本操作とだいたい同じみたいだ。
リンクスを操作する時は、ベティちゃんのサポートもあるんで、かなり特殊なことをしている。今更通常の操作とか忘れてしまったぜ。
と思ったが、動かしているうちに結構思い出してきた。歩かせるくらいは問題ないな。
視界は全周囲ではなく、前面に固定されている。いくらなんでも後ろが見えないのはちょっと酷いな。スキュータムIIが弱い訳だよ。
中庭に出たのはいいが、この図体では人間用の門は通れない。出口はどこだ? ええい、面倒だ。壁を飛び越えるか。
いくらスキュータムIIがポンコツでも、その程度のジャンプはできるだろう。
助走をつけて、なんとか飛び上がる。実にのっそりした動きだ。エネルギーゲージとかが一切表示されていないので、その辺は勘でやるしかない。ジョイステック周辺の明滅している半球体が、計器類じゃないかと思うんだがな。
この程度のジャンプでも、結構なGがかかる。このドロイドで耐えられるだろうか? 耐G訓練していないと、簡単に失神するからなあ。
ふうわりと城壁が足の下に消えていく。ブーストをかけ続けたおかげで、なんとか引っかからずに飛び越えることができた。
だが、そのせいでオーバーヒートしてしまったようだ。なんて駄目なマシンなんだ。
ジャンプの頂点あたりで、背後から殺気を感じる。後ろが見えないので、仕方なく手足を振って機体をぐるりと半周させてみる。
飛行中にバランスをとるやり方はリンクスとそう変わらないが、レスポンスがちょっと酷すぎる。コクピットは狭いし、Gもキツイし、こんなので戦っている敵が可哀そうになってきた。
俺が楽に勝てていたのは、リンクスの性能のおかげだということを思い知る。これは相当なハンデだぞ。
なんとか機体の角度を調整すると、視界に二機のスキュータムIIが入った。中庭からビームガンを撃ち上げて来やがったので、咄嗟に盾で受ける。
もう少し遅かったら危なかったな。左手そのものが盾になっているのは便利だ。
さて、今度は着地をどうするかだな。背後が見えない訳だが……
再び機体を反転させるのは多分間に合わない。想像した以上に機体の反応が遅い。
見えなくても、適当に勘でなんとかなるか? リンクスなら目隠ししてても余裕なんだがな。
だが、慣れない機体のせいで水平感覚を失ってしまい、そのまま背中から建物に突っ込んでしまう。
頭を強烈に殴られたような衝撃に、目から火が出た。痛いのを通り越して、なんかマジで死にそうな感じ? 頭蓋骨が割れたかも。
バキバキ材木の折れる音がする。人々が悲鳴を上げて逃げて行く。あー、何人か押しつぶしたかもな。
民間人を巻き込んだのは不本意だが、意外に罪悪感のようなものは湧かないな? ここがゲームなのか現実なのかもわからないし、どちらにせよ相手は地球人じゃないしな。
いや、待てよ。街や人のスキンは変更できるんだよな? 実はここは異世界じゃなくて地球のどこかでしたってオチじゃないだろうな? あり得ない、ありえない話だが……前に現実世界で、スキュータムっぽい何かのシルエットを見た気もするしなあ。チラっとだけどな。
本当はこの街が、ヨーロッパやアフリカあたりの紛争地帯のどこかだとしたら? 俺は人殺しか? 急に不安になる。人を殺したことにではなく、自分が罪の意識をまるで感じていないことに気がついたからだ。
理屈の上では命を奪って申し訳ないとは思うが、それだけだ。これなら釣ったイワシを〆た時の方が、よっぽど心にグッと迫る痛みがあったぜ。
やはりゲーム感覚なのか? それともドロイドに憑依しているせいで、こいつに精神が引っ張られているのか?
俺を追ってジャンプした二機のスキュータムIIが、城壁を飛び越えて迫る。
空中にいる間、奴らは隙だらけだ。ビームガンを撃ち込むなら絶好のチャンスなのに……撃てなかった。呆然と見守ってしまう。
ああ、やっぱり罪悪感はちゃんとあるみたいだ。何故だか少し安心する。
二機は上手に道の上の空きスペースに着地した。こんなポンコツマシンでよくやる、普段から街中で動き慣れてる感じだな。
奴らは俺にビームガンを向けてくるが、撃ってこない。
降伏しろってか? 今さらするわけないだろ。切り払いは機体性能的にちょっと無理かもだが、盾で弾くくらいは造作もないことだ。
ん? ははあ、街に被害が出るのをおそれているな? 攻撃してこない訳だよ。だが、その甘さが命取りなのだよ。
やってやる!! ヘッポコマシンでも条件は同じだ。二対一だけれど、そのくらいは丁度いいハンデだ。リンクスなら千対一でも余裕だけどな。
右側のスキュータムIIをロックオンする。視界が大きく右に動き、そのまま固定されてしまう。おいおい! これじゃ正面が見えない!!
どうやら頭部ユニットがターゲットの方向を向いてしまったようだ。ロックオンを解除しても何故か元に戻らない。
さすがにここまで不便過ぎる仕様はあり得ない。おそらく、パイロットは専用のヘルメットかゴーグルを装着して戦うのだろう。パイロットの頭の向きと、機体の頭部ユニットが連動して動くんじゃないかな。
痒いところまで手が届くベティちゃんは、ゴーグルなんかなくてもその辺をいい感じに忖度してくれるんだがな。こいつにはサポートAIはついてないみたいだ。
もう一度敵をロックオンして、なんとか視点が正面に来るように戻す。まだ多少ズレてるが、とりあえず前方が確認できれば問題ない。
不便過ぎて急速にテンションが下がる。なんかもう戦うのが馬鹿らしくなってきた。リンクスと比べたら何をするにしてもストレスが溜まるから、大暴れしても気持ちよくないんだ。むしろ苦行?
これ以上周囲に被害が出る前に、隙を見て撤退だな。
攻撃されないように、民家の屋根スレスレを掠めるようにジャンプ。民を盾にするとは卑怯な! とか、あいつら言ってそうだな。きっと言ってるに違いない。
現実ってのは綺麗ごとじゃ済まないんだよ。現実かあ……やっぱりこれってゲームじゃなさそうだよなあ。
追っ手を振り切って海に飛び込む。普通にプカプカ浮くな、リンクスより中身が詰まってない感じだ。
潜水するためにはバラストとして岩でも抱える必要がありそうだ。指がない武器腕だとそれだけでも一苦労だよ。
消波ブロック的な人工物を、盾の裏に引っ掛けてなんとか固定に成功。沈み始めてやっと一安心。
いや、今度はハッチの隙間から水が噴き出してきた。浸水だ! このポンコツめ!
『お帰りなさい。お楽しみのようでしたので、いつ回収しようかと迷ってしまいましたよ』
軽い眩暈がする。ああ、自分の体に戻ったのか。やっぱりリンクスのコクピットは安心感が違う。
全身に少し違和感があるのは、ドロイドのボディの方に感覚が馴染んでしまっていたせいか。
軽く柔軟体操をすると気にならなくなった。やっぱり自分の体が一番だな。
ベティちゃんに言いたいことが山ほどある! が、とりあえず今は寝るか。
俺はもう駄目だ。肉体は疲れていない筈なのに、何だか物凄くへとへとだ。




