男達は皆疲れたようだ
岩風呂につかりながら、満天の星空を見上げる。地下施設の筈なのにな、プラネタリウムなのか?
ぬるめのお湯がひたひたと肌に心地いい。このままうとうとと眠ってしまいそうだ。
絶体絶命の戦場から生還した俺様が、風呂で溺死したりしてな。間抜けだが、そう悪くない死に方だとも思う。
どうやら俺は地球を救ってしまったようだ。
銀河連邦のヴァルキリアは、たった一機で地球人類を滅ぼせるだけの火力を備えている。俺が拿捕した宇宙戦艦は、軍艦ではなく環境保護団体の調査船だったようだ。
太陽系がブラックホール砲で消滅させられるのを防ぐために、人類を駆除する計画だったみたいだな。
絶対平和主義を唱える銀河連邦は、建前としては武力を所持していない。やがて送り込まれて来る超巨大宇宙要塞艦も、公式には輸送船ということになっているらしい。
まったくシャクに触る連中じゃないか。どんな名前で呼ぼうとバラはバラだしクソはクソなんだよ。
そういえば、最近は水も配給制なんだったな。地下シェルターは宇宙船と同じ閉じた世界で、水の再処理にも結構なエネルギーを使う。一般人は飲料水に回すのがせいぜいで、シャワーを使えるのは外から帰って来た軍人さんくらいらしい。
俺がこんな風呂に入ってるのがバレたらやばいぞ。悪徳貴族にでもなった気分だよ。水がなければミルク風呂に入ればいいのにとか言ったら、暴動が起きるかもな。
そんな貴重な風呂なんだし、いつまでも堪能していたいところだが……さすがにのぼせてきた。もう上がるかなあ。
脱衣所には清潔なバスタオルが用意されている。こんなものすら、今じゃ使えるのはごく一部の特権階級の者だけだそうだ。
ドライクリーニングするにも貴重なエネルギーを使うからなあ。頼みの綱だった月面発電所も今回の戦闘で相当の被害を受けた。俺のせいか?
樺太の地下原発だけでは日本全土の電力は賄えず、地上の発電パネルなんかは武装難民に占拠されているようだ。中途半端に憐れんで上陸を許すから悲劇は繰り返される。
まあ、地球人同士の争いなんてあんま関わりたくもないし、クーデター政権のお手並み拝見だな。
置いてあった豪華なバスローブを見て絶句する……どこの王様の衣装だよ。いやむしろスペースオペラのラスボスが着てそうだ。
こういうイカレたファッションセンスはリンリンだな。
脱衣所を出て再び絶句。女達が巫女服っぽいのを着て、ずらりと平伏している。
「おいおい、これはどういう遊びなんだ?」
例の結婚ゴッコは、結局エスパー的な絆を強くするための儀式みたいなものだった。まあ、アリサちゃんは結構脈ありだったし、全部片付いたら本当にプロポーズしてみるのもアリだな。
「東洋風に大奥とか後宮っぽいイメージで演出してみましたが? 何か? やはりこちらのB案の方が良かったでしょうか?」
リンリンは今日はやり手の演出家って設定のようだ。それっぽくメガホンを振り回している。なんか洋画でそういうキャラ良く登場するよな。
ラフスケッチが描かれたスケッチブックを見せてくる。コイツの癖に、何気に絵が上手いな。
B案は、でかい玉座に座った魔王っぽいキャラが、貝殻ビキニの美女達を足元に大勢侍らせている絵面だ。
まあ、アニメで良くありそうなシーンだな。
視聴者視点だと分かり易くていいけれど、魔王視点だと女達の後頭部しか見えないんじゃないか?
「すまんが俺には嬉しさがイマイチよくわからん」
「広報用に使うので、いかにも絶対権力者って感じの絵が必要です。編集でいい感じにまとめますから、全てお任せください」
完成予想みたいのを見せられる。志願兵募集ビデオの女の子向けみたいなノリだ。みんなで地球を救っちゃおう? 柿崎ハーレムへようこそ?
「マジかよ?」
「はい、マジなのです」
巫女服の一人が挙手する。あれ? 誰だっけ?
「ご無沙汰しております、超研の猿渡です。乙女達の祈りが主人公補正を限界突破させて地球を救います。それがこの世界のルール」
うわあ、何言ってんだこいつ? あ、俺の体に電極ペタペタ張りまくってた奴じゃないか。
怖いよ、こいつが嫁とかごっこでも嫌だよ。
「信じられなくてもとにかく信じてください、信じる者は救われます。本日より秘密兵器のナージャちゃんを投入しますから、バフの有効性がはっきり実感できると思います」
ナージャちゃん……だと。
「あれ? ひょっとしてナージャちゃん?」
「覚えていてくれました? 光栄だなあ」
皆と同じ衣装を着て、しれっと紛れ込んでいた。しばらく見ない間に大きくなったなあ。
なるほど、豪運の彼女が俺のために祈ってくれるなら、凄くご利益がありそうだ。
要するに、元寇の時に加持祈祷していたのと同じ原理だな。科学がどんなに進歩してもやることは変わらないってことか。俺だって宇宙人相手にいまだに剣で戦ってるしな。
「ナージャちゃんが来たってことは、センセイも戻って来てるのか?」
「はい、父を呼んできますね」
いや、別にそこまで会いたいわけでもないんだけど。
今はそれより見慣れないガラス張りの冷蔵庫が気になる。昭和レトロなデザインで、フルーツ牛乳にコーヒー牛乳、イチゴミルクまで並んでいる。
風呂上がりの一杯か、いいね。やはり王道はフルーツ牛乳だろうな。だが意表をついて炭酸系も捨てがたい。褐色のガラス瓶に入った栄養ドリンクっぽいのもあるな。
マッサージチェアに座り、イチゴミルクを堪能する。これが特権階級の贅沢なんだよなあ……少し前なら誰にでもできたことなのに。
「やあ、その、久しぶり……ですね」
ナージャちゃんに連れられて来たセンセイは、何故か少しオドオドしていた。
汚い身なりをしていて、かなり臭い。皺だらけになって、たった数か月で一気に老け込んだ感じだな。
「なんかやつれてるぞ、風呂入ったらどうだ?」
「とんでもねえ! 身綺麗にしちまったら居住区を歩けねえよ」
「そんなに治安が悪化してるのか?」
「素人強盗は案外厄介なもんだよ。俺はあんたとは違うからな、十回に一回くらい負けることもあるさ」
一度ボコられたらしい。
「俺だって負ける時は負けるぞ。そもそも勝ち目がなければ逃げるがな」
「敵を知り己を知れば、逃げるが勝ちだよなあ」
己を知る、か。リンクスの性能が一番謎かもしれないな。なんか最近勝手に強くなってないか?
ビリーに呼ばれて地下要塞に行く。直接会うレベルの重要案件なんだろう。
通信はどうしても盗聴の可能性が残るらしい。暗号化しても絶対はないんだそうだ。
捕虜にしたマッドな髭爺さんも、何故かビリーと一緒にいる。こいつら宿敵なのに仲いいな。自称天才同士で波長が合うのかもしれない。
どうやらヴァルキリアの解析がある程度できたようだ。できるだけマテリアルを使わずに地球の技術で量産する計画らしい。意外に簡単に作れるんだな。
「問題は中の人なんだよ」
中の人、ヴァルキリアのパイロットは専用のドロイドだった。
「基本構造はワシのドロイドと同じようですが……あ、そろそろワシのドロイド返してくだされ」
髭ジイのドロイドと同じってことは、かなりいいやつだ。
ロボの本体と各種コードで接続されていて、コクピットは乗り降りとかは想定されていない構造になっていた。
ヴァルキリアは戦闘ロボというより巨大サイボーグと言えなくもない。中の人は人間じゃなくてドロイドだから、サイボーグというのも変なのか?
「こういうのを見せられると、人類が戦闘ロボの制御ユニットとして創造されたって説が、真実味を帯びてきちゃうよねえ」
ビリーがさらっと、とんでもないことを言う。
「ただの家畜ではなく、部品だったということか」
髭ジジイはまだ家畜とか言ってやがるのか。こいつは勝手に俺の手下になった気でいるようだが、悪事の報いは受けさせないとな。
地球人を百万単位で殺しておいて、本人に罪の意識が皆無なのが問題だ。
「いや、ワシ悪くないんじゃよ。地球人の大統領とちゃんと契約したし、対価も支払い済みなんじゃよ」
国民を宇宙人に売った大統領がいたのか? 選挙で選ばれた者にそんな権限ないだろう、いやあるのか?
「魂の売買を禁じた法はないからねえ。アスラビッチを裁けないんだよ」
いや、魂って売り買いできるのかよ? それってもう悪魔の所業じゃないか……
「ワシ、ソフトウエア専門なんじゃよ。現物を扱ってたのはドーノ男爵あたりでしてな」
「ああ、それ気になってたんだが、宇宙海賊ってなんで爵位があるんだ? やっぱ宇宙海賊王みたいなのっているのか?」
「いますぞ。今は空位ですが、ヴァルキリアを何機かお預け下されば、ワタクシメが宇宙海賊王になってみせましょうぞ」
髭ジジイが妙な恰好で床に這いつくばる。どうやら俺に対する絶対服従を表現するポーズのようだ。
宇宙海賊王か……そういう面白そうなのは俺がやってみたかったが、海賊の決闘にはいろいろルールがあるらしい。仕方ないなあ。
ジジイは決闘に行き、ビリーはヴァルキリアの量産にかかりきりとなると……俺は新しい武器でも準備するかな。
ツノゼミンミンに頼みたい武器もあるし、ベティちゃんに作ってもらいたい仕掛けも考えた。
ああ、地球にもマテリアルなしで作れる凄い兵器があるじゃないか。
人類最強の核兵器。バリアには無効化されてしまうけれど、転移門で敵艦内部に放り込んでしまえば意外にいける気がする。
銀河連邦が核兵器の使用を気にしてるってことは、無視できない程度の脅威ではあるってことじゃないか?
アメリカやロシアを探せば、まだまだ大量の核兵器が残っている筈だ。すでに択捉島ではロシア製核弾頭のリサイクル工場が稼働しているという。
ビリーに確認すると、試作中のアトミック手榴弾を好きなだけ持って行っていいとのこと。
量産型スキュータム用のサブウエポンらしい。当然、リンクスでも使えるな。
わざわざワープで向かうにも微妙な距離だし、フライトユニットで飛んでいくことにする。
空気抵抗を減らし、音の壁を突き破るために、バリアでリンクスの前面にノーズコーンを展開する。
以前ベティちゃんが編み出したのを叩き台に、ビリーが改良したものだ。
弾道軌道で一度成層圏を抜けていくコースをとる。
弾道弾迎撃システムで狙われる危険はあるが、それもまあ面白い。俺の能力が本物なら、直前に予感がある筈だ。
猿渡さんは主人公補正みたいなものだと言っていた。ナージャちゃんを知っているから、なんとなくそのニュアンスはわかる。
応援してもらうことでバフがかかるのなら、ナージャちゃんが加わったら百人力じゃないか。
回避は自力で避ければいいだけだから、射撃命中率を上げてもらえれば有難い。
眼下を日本列島がゆっくり動いていく。
マッハ5をいささか遅いと感じてしまうのは、宇宙のスピードに慣れてしまったせいか。
俺も随分偉くなったもんだ。
指定された海域に降下、そのまま海中を進んで地下基地のドックに入る。
潜水艦用の秘密トンネルの中には、可愛くないクリオネみたいなプランクトンがヒラヒラ泳いでいる。この辺なら本物もいるかもしれないな。
わざわざ海面の下に港を作ったのは流氷対策なんだろうか? 秘密基地はロマンがあるけれど、浸水した時のことを考えるとちょっと怖いな。
「お待ちしてました。お久しぶりです柿崎さん」
白衣を着た中年男が出迎えてくれる。やばいな、誰だったっけ、この人。
疲れたような顔に既視感はあるが、最近じゃ男達は皆すごく疲れた顔をしてるからなあ。例外はビリーと髭ジジイくらいだ。
アメリカの男たちは活き活きした目をしてたがなあ。いや違う、あいつらも最初は死んだ魚みたいな目をして戦っていた。
トビトカゲの活躍を見たからか? ヒーローの存在がアメリカ人に勇気と希望を与えた? 日本人はどうだろう? そこまでピュアじゃないと思うが。
うーん、どこかで会った気はするんだよ。白衣の知合いねえ……ちょっと名前が出てこない。こんな時はそうだな、平然と誤魔化そう。
「出迎えご苦労様、話は通ってるね?」
「はい、こちらとしても助かります。シミュレーションでは完璧でも、できれば核実験はしておきたかったので」
え? 俺が実験するのか? そんな話は聞いてないぞ。
「核実験って、何をすればいい?」
「爆発の規模がわかるだけでも有難いです。映像でもあればさらに嬉しいですが」
あれ、そんな簡単でいいのか? ちゃんと爆発するか確認したいだけなのかな?
「こちらが原寸大のモックアップになります」
缶に柄をつけただけのシンプルなデザインだ。一メートル程度で思ったより小さい。
電子機器は一切使わず、安全ピンを引き抜くと五秒後に起爆する仕様か。
完全機械式だとハッキングとか気にしなくていいのがメリットだな。
「随分軽いような……」
片手で持ててしまう。中身は空だな。
「本物は重いですよ。弾頭は六種類設計しました。ウランのが四つでプルトニウムが二つです」
ウランとプルトニウムってどっちが強いんだ? 水爆はないのか。
「六発か、結構貴重品だな」
「いえ、すでに二千発ほど完成しています。できればタイプ別に十発ずつくらい試してみてください」
二千発か、とりあえずインベントリに入れておけばいいか。
「これってロシアの核弾頭をほぐして再利用してるの?」
「ほぐすと言うか、溶剤に溶かして再精錬ですね。ここの設備は素晴らしいですよ、わずか一か月足らずで百年分の技術革新です」
そりゃあ宇宙人の超科学だしな。
ヴァルキリアの量産が始まれば、さらに数千年分の技術革新だ。銀河連邦に追いつき追い越せ。
「ここの本来の目的は爆弾ではなく新型原発用の燃料製造ですけどね。本当に凄いですよ、我が国にエネルギー問題はなくなるでしょう」
エネルギーさえ確保できれば食料工場を動かせる。これで未来は大丈夫そうだな。
最新のテクノロジーについて熱く語る白衣の男。名前はまだ思い出せない。
言ってることの半分もわからんが、適当に相槌をうっておく。どうせベティちゃんも聞いているから、大事なことであれば後で教えてくれるだろう。
基地内に突然みゃあみゃあと可愛い音声が鳴り響くと、彼の顔色が変わった。
「もしかして、これって警報?」
「ええ、ウミネコの鳴き声を加工してつくりました。いや! 緊急事態のようですね」
そう言う割には落ち着いてモニタールームに向かう白衣の男。いやいや、そういうの勝手に変えたらダメだろう。
リンクスのアラート音は結構変更したから、俺が言えた義理じゃないか。デフォルトの音は必要以上に神経を逆なでするから仕方ないよな。
「ああ主任、結構ヤバイですよ」
作業服を着た若者が、こちらもわりと呑気に白衣の男に報告してくる。避難訓練程度の緊張感だなあ。
ガチガチに緊張してミスするよりいいか。
工場の敷地内に侵入者か。モニターの映像を見た感じだと十人程度だな。
地上の工場には核爆弾の完成品は置いていないようで、そこは安心だ。
「武装難民みたいだな。自動小銃とロケットランチャーで武装しているな。こちらの戦力は?」
「戦力も何も、地上に人間はいませんよ。致死線量が100%を余裕で超えてるんですから、そもそも侵入者なんて想定していません。彼らにも警告してやらないと」
あ、ランチャーぶっ放しやがった。たまにしか実弾訓練できない日本軍の兵隊さんより練度が高そうだ。あいつらプロじゃないか?
ぽっかり空いた壁の穴から手際よく侵入して来る。やっぱ動きがプロってるな。
「いや、防護服も着ないでおかしいですよね?」
そういえば、日本人以外はそこまで放射線とか気にしてないよなあ。
数か月先、数年先の死より、まず今を生き抜かなきゃってことだろうか? 知らないだけかもしれないが。
仕方ないなあ、俺がトビトカゲで出るか。
ドロイドは放射線とか平気だ。でなきゃ宇宙空間で作業できないしな。
『生憎トビトカゲは調整中ですが、新作のミイラマンが使えますよ』
ミイラマン? ヒーローらしく呼べばミイラーマンか。
全身包帯で巻かれたミイラ男じゃないか。
このセンスはさすがにどうかと思ったので、白衣を借りて上に羽織ってみた。余計に怪しくなったかもしれない。
武器はデッキブラシでいいか。さすがに時計の針だとオーバーキル過ぎる。
リンクスを地下基地に残したまま、工場側に転送してもらう。インベントリを経由すれば、出現位置はある程度自由に変えられる。これも一種のワープだよな?
宇宙人のテクノロジーは、空間の概念が結構適当なとこあるから注意しとかないとな。自分が使う分には便利だけれど、こんなの敵にやられたらシャレにならん。
幸いヴァルキリアにはインベントリの機能はなかった。つまりリンクス最強? ああ、タケバヤシのサジタリウスとかにもついてたな。
「ヒャッハー! 日本人はミナゴロシだあっ! 若い女は生かしとけ」
シンプルにゲスだな。まあ、そのくらいの方が心置きなくブチ殺せていい。
ミイラ男に憑依した俺に気づくとギョッとしたようだが、それでも脊髄反射で撃ってくるのはさすがだ。
驚いたな、このミイラ男、レスポンスの良さがトビトカゲの比じゃないよ。動きがキレッキレだ。発砲を確認してからでも避けれるんじゃないか?
性能が良すぎて、これじゃあナージャちゃんのバフ効果とか確認できないぞ。
「踊れバケモノおっ!」
半狂乱で乱射してくるので、リクエストに応えてタップダンスで回避する。
弾倉一本分避ける間に白衣の裾に三つ穴があいてしまった。あ、これって借り物じゃないか、ヤベえ。
少し舐めプし過ぎたな。
「何ボケっと見てんだクズども! ウテウテウテーッ!」
ファイア、ファイア、ファイアって言ってるとこだけ同時通訳に頼らなくても理解できたぞ。見た目は東洋系だが英語を話しているのか。こいつらどこから流れて来たんだ?
一方的に攻撃されてやる必要もないので、一気に距離を詰めて喉元に突きを放つ。
即死か、デッキブラシは凶器だな。
「ヒエッ! 話が違う! 日本人は人を殺せないんじゃなかったのかよっ」
日本人舐められ過ぎだろ。
あっさり戦意を喪失し逃げ出すテロリスト達。
逃げる敵を殺すのはハードルが高いな。
悪さができないように、両の膝と肘の関節を砕いて放置する。俺も随分甘ちゃんだ。
アジトを突き止めるために、何人かはあえて見逃す。
小川の近くにブルーシートのテント村を発見。べこべこの鍋やフライパンがロープで吊り下げてある。鳴子のつもりだろうか?
周囲に散らばる空き缶や動物の骨が異臭を放っている。
元の色がわからないくらいに汚れた毛布。腐ったガソリンの入ったジェリカン。大量の弾薬ケースに海外製の大きな軍用無線機。
武装難民の正体が見えて来たな。奴らの目的は何だ?
それにしても妙だな? 逃げた連中はこっちに来ないぞ。他にもアジトがあるのか?
耳をすませば聞こえてくる、奴らの足音が海に向かっているのが。
アニメのニンジャよりあり得ないアクションで追尾。トビトカゲはまだリアリティがあったが……リアリティってなんだろうな? 昨日の常識は今日の非常識だ。
この新型ドロイドは腹も減らないし、エネルギー源も謎である。髭ジジイのUFOで斬り捨てた奴らはナマモノだったが……そういえばトーラスだって装甲の下はナマモノっぽかった。
視界が開ける。海だ。
ああ、港か。わりと普通の港がある。コンクリートの埠頭に、汚らしいボロ船が停泊している。
港湾施設は奴らに占領されている。ひどく荒らされているなあ。コンビニなんかゾンビ映画の舞台みたいだぞ。
飲み散らかし、食い散らかし、レジのアンドロイド達はさんざん弄ばれたようでえらい格好で転がっている。
レジロイドって衣服の下はハリボテなんだが、どれだけ女に飢えてるんだよ。
建物から出たところで、重機関銃の十字砲火を受ける。なんかこう、発射速度が遅すぎて笑っちまうな。ガトリングガンなんかと比べると、どうしてもなあ。
だが、これで確信した。素人は十字砲火なんてしてこない。
「ベティちゃん、時計の針を! 大胆にカムヒヤー!」
プロ相手に舐めプはやめとこう。デッキブラシはここまでだ。
コンクリートブロックを積み上げただけのトーチカに飛び込み、時計の針を一閃して制圧。何を斬っても刃こぼれしないのがいいんだよなあ。
もう一方の銃座はボロ船の上か。機関銃といったって、一挺だけではたいした脅威ではない。適当に射線を避けながら近づくだけでいい。
まあ、生身の人間だとちょっとキツイかなあ? できなくはないだろうが、翌日の筋肉痛が凄いことになりそうだ。
慌てて出航しようとしているボロ船にひらりと飛び乗る。今更逃げようったってそうはいかないぞ。
足元から閃光と轟音。なにッ。
ああ、スタングレネードが仕掛けてあったのか。殺気を感じなかったので油断したな。
だが目と耳をやられただけだ。さすが高性能ドロイドだ。麻痺とかしないのな。
ここぞとばかりに周囲から迫り来る殺気を、避けては斬り、斬っては避る。視覚に頼らないのも集中力が高まっていいかもしれない。座頭市にでもなった気分だ。
視界が回復してくると、足元は血の海……なんだ? 白い血液?
ロシア系のサイボーグとかにたまに使われる廉価な人造血液だっけ?
製品によって色が違うとか、シュールな血液だよなあ。
皆殺しちまったかと思ったが、船内にはまだ誰かいる。まだ終わらんか。
中はもうゴミ屋敷みたいになっている。整理整頓を知らんのか。
よし、ここがボス部屋だな。ブービートラップを警戒して、壁ごと切断する。
両手首を縄で縛られた若い女が出て来たぞ。粗末だが清潔な衣服を着ている。
長い黒髪で整った顔。東洋的な美女のつもりなんだろうが、俺的には鼻が不自然で気に入らないな。
「私を助けて」
ヘルプミーをそう訳すかよ。自動翻訳は直訳に近いから、情緒もへったくれもない。
「中の人は男だな。お前がボスか、それにしちゃあ粗末な義体だよ」
「クソがあっ!」
女装サイボーグは、軽く巻いていただけの縄を投げ捨ててとびかかって来る。
そういうとこだぞ。リンリンなら役になりきる。あいつはコスプレの小道具には徹底的に拘るからなあ。
サイボーグの手のひらを突き破ってビームブレードが形成される。ほう、ポンコツサイボーグかと思ったが、このギミックはなかなかそそるな。
だが、スピードに差があり過ぎてチャンバラにはならんのだよ。
俺は五芒星を描くように素早く時計の針を振る。これで小間切れになった筈だ。
バラバラになるのをのんびり確認している暇はない。ピキーンと虫の知らせが来た。
ダッシュだ! 逃げろ!
船から飛び降り、結構本気で走る。
数秒後に背後で爆発、そして大爆発。ボスサイボーグのボディにも、ボロ船の船底にも、相当量の爆薬が仕込まれていたな。
技術漏洩を防ぐためか? あんなのたいした技術じゃないぞ。なら証拠隠滅? 爆薬の量が必要以上に多過ぎな気もするがな。
パラパラと飛んでくる破片は丁寧に避ける。ああいうのでも人は簡単に死ぬからな。このドロイドだとどうなんだろうな?
こいつの防御力については試せなかったな。今回、かすり傷一つないや。ナージャちゃん効果か? それも検証できなかった。
まあ、俺だったから良かったものの、警察や民間の警備会社がどうこうできる相手じゃなかったな。
陸軍を送り込めば勝てただろうけれど、少なからぬ戦死者を出した筈だ。
だいたい、武装難民なんて呼び方がいかんだろう。凶悪殺人軍団とか、しっかり脅威を認識できるネーミングにしないと。
そもそも、本当に奴らは人間なのだろうか? どこかの国のスパイかとも思ったが、地球上にまともに機能している国家なんてもうないぞ。
銀河連邦の浸透工作? 有り得なくはないぞ。
地球人を拉致改造してスパイとして送り込むとか、古いSF映画のテンプレじゃないか。
今にして思えば映画の製作者達は、宇宙からの侵略を警告してくれていたのかもしれない。