7-2
Side:Luna
やっぱりセイを同行させるのは、私の早計だったかな。
後ろを黙ってついてくる二人に何だか気が重くなりながら反省する。
別にセイがついていてくれるのは安心するし、助かってはいる。
それに彼が声を荒げて私に言い募ったことはまだ記憶に新しい。
彼の言葉は悲しみと不安に満ちていて、そしてそうさせているのは間違いなく私なのだから彼の言葉に頷く他なかった。
――こういうところがきっと、私の狡いところだ。
彼に甘えて、そしてそれが結果的にシルヴァとのあの会話をもたらした。
きっと色々溜め込ませてしまっていたのだろう。
シルヴァもセイの発言を疑問に思っただろうし、何より混乱させてしまった。
それもこれも私が不安定になってきちんとした線引きが出来なくなっているから。
いいや、私はきっとそれすら認めたくないのだ。
線引きが――シルヴァが私にとって何なのかという線引きが出来ていないと、それを、私は認めたくない。
私は今まで通りなのだと答えを先伸ばして、でもグラついて、だからセイも不安になって。
シルヴァはセイの弱さに気づいてしまっただろうか。
彼の弱さ、狂気、恐れ。それらを察知してしまっただろうか。
***
1 day ago
「――本当にやる気かい?」
闇に包まれたセイの自室、僅かな燭台の灯りだけが周囲を照らすなか、私は最後の確認のためにもう一度だけ問いかけた。
それにセイは眉を寄せ、深く頷く。
「何度も言ってるでしょ。止めないよ。
ルナはもう頷いたんだから、ちゃんと言うこときいて」
「わかってる………」
彼の本気は痛いほど感じていた。
それこそ、勝負の最中からずっと。
「――セイ。この紙に血を」
取り出した式神の元となる紙片を差し出せば、彼は持っていたナイフで躊躇いなく手首を切りつけた。
溢れる血液が肌を伝い、紙を真っ赤に染めていく。
嫌な光景だった。自分がするには何も感じないけれど、大切な人がやるとこうも痛々しく忌まわしく映るのだと私に再確認させるような。
「……もういい。治すよ」
「ルナ」
咎めるような声は聞かない。
後は少し魔力を普段より込めるだけで事足りるのだから、嘘を言っている訳ではないのだ。
強制的にセイの傷口を治癒魔術で塞ぎ紙を取れば、まるで非難するような目線。
「……私は君の写し身を造る。
それが賭けの内容だろう。私はルール違反なんてしていないよ」
「そうだね。だけど、なんか納得いかない」
「これ以上の我儘を言うの?」
「確かに我儘だよ。着いていきたいって貴女に言うのも、貴女を支えたいって思うのも、貴女を失いたくないって恐れるのも」
「…………」
黙るしかなかった。
きっと彼の抱くたくさんの感情は、八年前までの私が等しく感じていたもののはずだから。
でもその前提があの時の私と今の彼では違う。
「私はもう、一番の絶望を知ってる。
だから君を置いていったりしないよ…」
「俺は確信なんて出来ない。
月の悲しみを否定する訳じゃないけど、でも何があるかなんて分からないんだから」
「あれから45年も経っているのに?
私はあの当時の聖王も首席魔術師も殺して、城を滅茶苦茶にして逃げた。それでも?」
「それでも。行かなかった――やらなかった後悔より、やった後悔の方がずっといい。
月は大丈夫と言うけど、俺は100%なんてないと思ってる。
だから俺が貴女に着いていくことで、せめて可能性を99%にしたいんだよ」
心配性、と呟いた私に、セイはくしゃりと微笑んだ。
そのまま手が伸ばされて抱き締められる。
「月の事だからだよ。ねぇ、自覚してね?
月がいなくなったら俺、この世界の人間全部殺して死ぬから」
「……これが巷で噂のヤンデレというやつか。とても興味深いね」
「茶化さないで」
可笑しな事を言う。
セイがどこまでも本気だから、私はこうして嘯いてみせるのに。
「俺が世界中の人間を殺そうと暴れまわったら、ギルドが手を出してくるでしょ?
ギルドだけじゃない、“帝国”の皇帝とか、もしかしたら闇ギルドも」
確かにそうだろう。
言ってみれば世界の危機、世を恐怖で染め上げる大魔王の誕生だ。
セイに与えられた力を考えれば決して不可能ではないというところも現実感を強調させる。
けれどいくらセイと言えど、ガイオス、総代、煌炎、氷雨、ジョーカーを同時に相手取るには相討ちを覚悟する必要がある。
彼が私のように魔術面でもチートを得ていれば、また違ったかもしれないが。
それをセイも分かっているんだろう。
「そしたら俺、怪我だってするし、下手したら死んじゃうね」
耳元で艶めいた声にのせて囁かれるには不釣り合いな言葉だ。
「ね、俺のこと大事に思ってくれて、死なせたくないって思ってくれるなら、ちゃんと約束守って。
囚われないで、俺の傍にいつだって来てね。
月がそう思ってくれることが可能性を99%から99.9%にするんだよ?」
これが噂のヤンデレか。
心の中でもう一度呟いて深く息をつく。
そしてその言葉に私は頷いてしまうのだから、本当に困ったものだと思う。
「相変わらず君は、作り笑顔が下手だ。
確かに私は君の涙が嫌いだけれど、だからと言ってそう無理に笑わないでいいよ。
……それとも、これも私の我儘なのかな?」
不安でどうにかなりそうな癖に、言葉で飾って笑顔で騙って、私相手にそんなこと無駄なのに。
こうして抱き合っていれば表情なんか見えないよと囁けば、肩口に顔を押し付けられた。
「月は何でもお見通しで、嫌だな…」
「何でもなんて見通せないよ。
そうだったなら私は、君の企みを看破できたはずなのだから」
「ごめんね、つけ込むような事して……
どうしても怖かったんだ。
俺は、貴女と違って最初から一人じゃなかったから。
何年も一人で生きてきた月と違って、最初から貴女の事を知ってた。
だから俺は、月に置いていかれたらもうどうしようも無くなっちゃうんだよ…」
「…………知っているよ」
セイは孤独に弱い。
十五年前出会って、それから私はずっと彼の傍にいたから。
勿論ずっと、というのは時間的な事ではないけれど、出会って、話して、触れあって――そうした時折の、それでも密度の濃い触れ合いが彼を強くして、同時に酷く脆くさせた。
私は逆に、傍にいた人を喪ったから。
ずっと、彼に会うまでこの世界で一人きりで生きてきて、だから私はその哀しみの大きさはどうであれセイを喪ってもどうにか生きていける。
でもきっと、セイには無理だ。
彼が何も知らなかったときも、すべてを知ってしまったときも、そして知った後も。
私は彼の傍にいた。
だからもし私が命を絶つような事があれば、彼の精神状態はどうなってしまうのか――
けれどそれを弱さと呼ぶなら、それを作ったのは間違いなく私なのだろう。
「私は君が死ぬまで傍にいる。
君がいなくなってしまってからも、君の事をずっとずっと忘れない」
この言葉もきっとセイの弱さを助長するだけ。
けれど他にどうしたらいいかなんて私達には分からない。
だからきっと彼が死ぬまで、私達はこうして傷の舐めあいを続けるんだろう。
***
あまり、彼の弱さをこの世界の人間に知られたくはない。
セイ自身それを望んでいるだろう。
今回の旅で彼の弱さがこれ以上表に出てこないことを祈っているけれど――
儘ならない事だ。何もかも。
問題を誤魔化して知らないふりを続け、先送りにばかりするのがいけないのだと分かってはいるが。
「……さて、ここから“聖国”の領内だ」
でもまだ、そうしていて許されるはずだから。
時間は嫌になるくらいたくさんあるのだ。だから、きっと大丈夫。
「国境には不可視の結界が張ってあってね。
“聖国”の中からは抵抗なく他国へ出ることができるけれど、こうして外から中に入ろうとすると――弾かれる」
45年前にはなかった防壁。
国が力を失ったことを他国に知られることがないようとられた鎖国制度。
手を伸ばせばちょうど国境ラインで強い反発にあって、それは衝撃音として周囲に響いた。
「ルナ、怪我は」
「大丈夫だよ。ただ弾くだけの単純なものだから。
ただ術式が単純な分、破ろうとするにはなかなかの力が必要になるけど」
弾かれた手に怪我がないかを検分するシルヴァに微笑みつつ説明すれば、反対の手をセイにとられた。
「……セイルート、何のつもりだ」
「えー?何って国境越えないといけないし?」
「………?」
あぁ、こういうところにも問題が。
そう言えばセイには“聖国”への密入国について粗方の説明はしたけれど、シルヴァには全然だ。
「このタイプの防壁は自分の周囲を全く同じ術式で囲って、結界と同化させて通り抜けるのが一番なんだ。
破壊したりすると気づかれる恐れもあるけれど、この手法ならその心配も少ないしね。
そして三人を一度に同化させるにはこうして手を繋いで、三人でひとつの個体という考え方で周囲を囲って同化させたい。
だからシルヴァも、結界を抜けるまで手を離さないでいてくれるかな?」
「……セイルートは、知ってた?」
「まあね、昨日の勝負の時にさらっと」
セイの返事にシルヴァの手の力が強くなる。
眉間に皺がよっているし、拗ねている…のかな。
「話すのが直前になってごめん。
ともかく入ってしまおう。
その後は一先ず私が位置情報を覚えている国境近辺の街の近くまですぐに転移するつもりだ。
もしも入国を察知された場合、その場に長く居続けるのは危険だからね」
「分かった」
「それじゃあいくよ」
まあ、この入国自体は簡単なんだ。
問題はその後。“聖国”の国民は総じて警戒心と自尊心が高い。
だからこそどうやって怪しまれずに街に入るかがポイントだ。
特に、私は一番警戒されやすい筈だし。
「……あそこに見えるのが街だ」
結界を越え転移した先は既に雪景色。
膝下まで積もる雪がひたひたと熱を奪うように足元から侵食する気すらして吐き気がする。
指差した先は、正直二人を連れてくるような場所ではないけれど――国境付近で最も情報の集まる場所なのだから、背に腹は変えられなかった。
「あそこが…」
「セイ、君は少し変装した方がいい。
髪型と――眼鏡でもかけようか」
「え」
その方がらしいから、我慢して。
同じ日本人としてその恥ずかしさと言うかなんとも言えない心境は痛いほど分かる。
でもこれでも控えめにしたのだ。
眼鏡とか髪型とか、芸能人もよくやってたし。
「シルヴァはこれ」
「これは?」
そして眼鏡をかけたセイを胡散臭そうに眺めているシルヴァには小瓶をひとつ。
今回ある意味彼のこともかなり心配だ。
「この国では絶対に獣人だと知られてはいけないから。
獣人は、匂いで互いの種族がある程度分かるだろう?
だからその匂いを消すための香水のようなものだ。
君の鼻は鈍らないから、その点は安心して」
1日一回吹き掛ければ効果は切れることなく続く。
それを言い含めると共に、彼に約束させなければならないことがあと2つある。
「……シルヴァ。ここは“聖国”だ。
ここで君達獣人や亜人は差別の対象となり無条件で奴隷の身分に落とされる。
だから絶対に耳や尻尾も出してはいけないよ。
そして辛いかもしれないけれど、この国で同族たちがどんな目に遭っていたとしても、目の前でどんなことがあっても、決して手を出してはいけない。
絶対に、これだけは守って欲しいんだ。
そうじゃないと君の身が危なくなる。
君に何かあっても私は君を助けることが出来るけれど、この国で騒ぎを起こしたくないんだ」
きっと一度この国で争いを起こしてしまえば、止まることは難しいから。
「大丈夫。ちゃんと、そういうのは覚悟してる。
ルナを危険な目に遭わせたくないし、それに俺が奴隷の獣人を救ったところでルナがしてくれたように彼らの命に責任を持つことは出来ないから。
ルナはそんなに心配しなくていい」
「……うん、なら、大丈夫なのかな…」
どうしてむしろ私が安心するように微笑みかけられているんだろう。
こんなんじゃ全然駄目だ。
「るーな。表情固いよ?」
「別に、そんなこと…」
「体調が悪いなら、抱える。
ルナは寒いのが苦手だから心配」
「いや、平気だよ、抱えられながら街に入るとか、不審すぎるだろう」
半ば本気で発言しているらしいシルヴァが身を屈めるのをどうにか止めて勢いよく首を振れば、元々の原因であるセイが苦笑した。
「そう思うならそんな顔色悪くしないの。
俺達心配になっちゃうでしょ?
もう、だからついて来たくなっちゃうんだよ」
「気に入らないけど、セイルートの言うことは一理ある。
ルナ、全然元気がないから、心配。
そんなに色々心配しないで、笑ってほしい」
「う……」
なんだろう、これ。
心配性が二人もいて、凄く過保護だ。やりにくい。
……でもそれと同じくらいくすぐったくてあたたかい。
「……うん。君達がそう言うなら、気をつける」
でもそういう顔を見られるのは何だか癪だったから、私は急いで用意していたフードつきのローブで全身を覆った。
突然の動作にシルヴァはきょとりと首を傾げ、セイはにやにやと笑う。
「ルナ?」
「あはは、シルヴァ君、ルナ照れてるよ」
「照れてない!
……私はこの国の人間の前ではこうやって極力隠れていないといけないから」
和やかだった二人の顔つきが一気に厳しいものになる。
だから、二人とも心配性だ。
「それは、どういう?」
「いや、その……この国だと、黒髪は嫌われているから」
これは今日こうして直接“聖国”に足を踏み入れる前、魔術で国内の様子を探ったときに得られた情報だ。
この国で黒髪を持つ――特に女性は忌まれる傾向にある。
勿論それが人族ならばそれほどの差別はないが、奴隷の身分では嬲り殺される程だ。
私の外見は人間だけど、だからこそ人間の黒髪を持つ女性は自らの髪色を恥じ、表に出そうとはしない。
「黒髪は悪魔の色と言われているんだ。
だからこうして隠しておかないといけない。
――あ、黒い瞳はそういう対象じゃないから大丈夫だよ」
だってこの世界に来た瞬間から私の瞳の色は変わってしまっていたから、この国の人間は私の本当の瞳の色を知らないのだ。
何となくセイは黒髪が忌まれる理由を悟ったのだろう。
難しい顔をしてこちらを見つめている。
「ルナ。その事については、後で説明してくれるんだよね?」
「……分かっているよ。これは“聖国”の人間にとって常識のようなものだから、知らないことがバレる方がまずい。
ただこんな雪の中でするのもどうかと思うから、一先ず街に入って宿をとろう。
――シルヴァも、それでいいかな?」
問いかけて彼が頷いたことを確認し、重い足を動かす。
――と、あぁそうだ、忘れていた。
「この旅で、私はいいとこの生まれのご令嬢。
セイは家に仕える家庭教師で、シルヴァは私の――兄か弟になるんだけど、どっちがいい?」
「……どちらかと言えば、あ――」
「弟でしょ、どう考えてもね!」
シルヴァは兄と言いかけていたような気がするけど、それに被せるようにセイが大声を出したせいでちゃんと聞こえなかった。
でも確かに、兄と言うよりは彼は弟感覚だ。
それに実際まだ十代だし。
「……じゃあ、弟で。
呼び方はそのままでいいよ。
私はシルヴァのことはシルヴァと呼ぶし、私のこともルナでいい。
ただ、セイのことは外では先生と呼ぶね」
「先生………なんか禁断の香りが」
「…真剣にやってくれる?」
一体何を考えているんだ、何を。
「……セイルートのこと、先生?」
「まあ、出来れば。それか名前を呼ばなければいいことだしね。
セイは私たちのこと、普段通り呼んで」
「了解。ところで俺達の旅の名目は?
いいとこのお嬢さんが旅とか、あんましなくない?」
確かにセイの言う通りだろう。
けれどそれは私が黒髪であるからこそ、この国の人間か皆納得するような理由をつけられる。
「“聖地巡礼”と言えば大丈夫」
「“聖地巡礼”?」
忌々しくて仕方がない呼び名だけれど、利用できるのならしてやろう。
「内容については黒髪の件と合わせて宿で説明するよ。もう街の入り口だ」
こんな話し方では二人が納得しないだろうことは分かっているけれど、同じく外で食い下がって来ないということも分かっている。
実際シルヴァは黙って頷き、セイは肩を竦めた。
さて、宿屋はどこだったかな。
少し記憶が朧気だけど、大通りにあった気がする。
街の入り口から真っ直ぐに続くこの大通りは基本的には静かだ。
食料品などの店の主は大声で客寄せなどしないし、そもそもあまりここに余所者は近づかない。
“聖国”の人間で外からこの街にやって来るのは殆どがある商品を入手するためだから。
「そこのお兄さん、奴隷はいかがですか?」
あぁ、どこの世界も不快な商人はいるものだ。
突然横から声をかけられたセイは一瞬不快げに目を細め、それでもすぐにそれを消してみせた。
「……あぁごめん、そういうのは興味ないから」
「えぇ?それはないでしょう!
ウチはいいのが揃ってますよ。
用心棒に暗殺者、世話係に夜伽まで。
この街一番の店だからね!」
「いや……」
セイもシルヴァもこういうことは初めてだから、少しどうしていいか分からないみたいだ。
何だかんだシルヴァと出掛けるときはそういうものをあまり目に触れさせないようにしてきたし、セイはこういうのを断るの苦手そう。
たぶん日本でもキャッチセールスからなかなか逃げられないタイプだ。
それに他国はこの国ほど開けっ広げに奴隷商売を行ったりはしないし。
「……先生?私、もう」
「ルナ」
「おや?こちらは…」
声をかけたことで商人の意識が私へと移った。
私がセイを先生、と呼んだことも原因だろうが。
「俺が家庭教師として仕えさせて頂いている商家のお嬢さん。
こちらの彼はその弟だ。
旅をしているもので、お嬢さんを早く休ませて差し上げたいんだけど」
「旅、ですか?若いご令嬢を連れて?」
「それは……」
「構いませんよ、先生。
旅は私がしたいと申し出たのです。
どうしても“聖地巡礼”がしたいと父に無理を言って。
先生と弟はそのお目付け役と言うか、付き添いのようなもので」
ズキリと心臓が痛んだ。
そんなこちらの事情など知らず、“聖地巡礼”という言葉に商人が目を見開く。
巡礼は“聖国”の国民が尊ぶ行為だが、国内をほぼすべて回る過酷な旅でもある。
それを若い娘が行うなんて、それなりの理由がなければ信じがたい事だ。
「それこそ貴女のようなお嬢さんが…」
「いえ、どうしてもやりたいと思ったのです」
フードからそれらしく髪の一房を取り出せば、商人が目を剥いた。
その瞳に浮かぶのは紛れもない哀れみ。
不愉快だな、と思った瞬間にはそれからまるで隠すように間にシルヴァが立ち塞がる。
「シルヴァ……ごめんなさい、弟が」
「いえ、無理もありませんよ。
姉君が黒髪ともなれば弟さんも心配でしょう。
“聖地巡礼”はそのために…?」
「はい。少しでも私の穢れが灌がれればと、家族に無理を言いました」
なんて、家族なんかいやしないけれど。
増す痛みを誤魔化すように心の中で嘲笑した。
けれど商人はこんな嘘でも感動的な話だと捉えてくれたらしい。
微笑んで何度も頷き、胸が悪くなるような温かな目線をこちらに送った。
「貴女の穢れが聖王様のお力で少しでも灌がれることを祈っています。
そのように人目を気にしながらの旅は気疲れも多いことでしょう。
この街一番の宿屋がこの先にありますよ」
「お気遣いありがとうございます。
では、巡礼を終えて家に戻った頃には今度こそお客として家の者を寄越させていただきますね」
「これは光栄ですな。それでは、あなた方に聖王の光が降り注ぎますように」
「光が世界に広がりますように」
一度丁寧に頭を下げて、不審に思われない程度に早足でその場を立ち去る。
下手に長居をすれば話に耳を傾けていた他の人間達が絡んでくるだろうし、それにいつまでも平静に対処できるとも思えなかった。
――あの祝福の言葉は、国が力を失った後でも使われているらしい。
本当に反吐が出る話だ。あぁ、胸が痛い。
「……ルナ、平気?」
ぐるくると頭のなかを巡る思考はそんなセイの声と、両脇から注がれる心配そうな視線でどうにか止まった。
あぁ、そうだ、二人がいるんだっけ。
「……うん。大丈夫。
あれは全部嘘だから」
「………うん。俺は分かってるから」
悲しい顔をしないで。
そう言いたかったけれど、許されるような状況ではない。
「――シルヴァも、さっきはありがとう」
「ルナがそう言ってくれるなら、嬉しい」
「うん……」
ひとりでこなくて、よかった。
そうでなければきっとこんな風に、心が休まることなんて無かっただろう。
閑話:もしも三人がキャッチセールスにあったら
事例その1:月
「おねーさん、これ新商品なんですけど、どうです?」
「……すみません、興味ないので」
「そう言わずに、見るだけ見てくださいよ」
「興味ないって、聞こえませんでした?(笑顔の圧力)」
「あ、はい………」
結果:迫力でごり押し
事例その2:シルヴァ
「そこのおにーさん、これ、見ていきませんか?」
「…………」
「…あの、新商品なんですけど」
「…………」
「………えっと、」
「…………」
結果:無言で無視
事例その3:誠司
「おにーさん、ちょっとこれ見ていきません?」
「へ?」
「うちの新商品なんですよー。そりゃもう大人気で」
「あーいや、そういうのは…」
「そう言わずに!見るだけならいいでしょ?ほら、ここなんかは……」
「あー………はい…」
結果:逃げられず話を聞かされる
余談ですが私はシルヴァタイプです(笑)




