10*
Side:Seilute
あぁ疲れる。苛々する。
好きでもない女の傍にいるのって、やっぱりしんどい。
「セイ様、次はあちらの方向です」
「わかった」
聖女の命令に従って示された方角に攻撃を仕掛ける。
それも聖女を抱きかかえながら。
あぁこんなところを月が見たら何て思うか。
考えるだけで心の内側が針で刺されたように――どころか剣で一刀両断されたように痛む。
“王国”の王太子や国王として似たようなことをやってた時の方がまだマシだ。
あの頃は月じゃない女なんてどれも一緒に見えたし、どうせ月とは結婚できないって分かってたからある意味諦めもついてたし自分で自分の妃選びに無関心だったのだ。
けど今はどうだろう。
月と過ごす日々の甘さを知ってしまっている俺はこんな子供のままごと(実際はそれよりもどす黒くてドロドロした思惑が絡んでいるけれど)程度のことだって満足にできなくなっている。
聖女に月との関係性を察されてしまったのがいい証拠だ。
俺は間違いなく色々と―――そう、敢えて言うなら平和ボケしてしまっているみたいだ。
尤もそれはシルヴァ君にも言えることだけど、まあ彼はいい。元々甘ちゃんだし。
あぁ、けど本当にどうしようか。
いくら帰還条件を達成できても、月を人質にとられたら俺達は帰れない。
勿論月が聖女程度の人間にどうこうされることは考えられないけど……今の状況なら、月を捕まえることはもしかしたら可能だ。
俺達は聖女の命令に従わざるを得ないから彼女に向かっていく。
月はそれだけである程度のことは察するだろう。
その瞬間から俺達は月にとっての人質だ。
そして月が大人しく捕まった瞬間、何かしらの手段で無力化されれば例え魔王を倒して俺達が帰還条件を達成しても今度は月が俺達にとっての人質になる。
月が無力化なんて想像もできないけど、この世界の魔術は未知数だ。
召喚術に帰還の方法があることだけに着目すれば元の世界よりも魔術の精度や技術が高い可能性も考えられなくはない。
一番いいのは月を捕まえた瞬間、そして新たに聖女が命令を下す暇もなく魔王を倒すことだけど――魔王の実力は分からないし、その場合は俺とシルヴァ君で魔王と月を分担して相手取らないといけなくなる。
今俺が考えていることは全て、月が俺達の事を忘れていなくて、尚且つ魔王から何の制限も受けていないことが前提だ。
もしも月が魔王から敵を倒せ、と命令されていて、それに従わなければいけない状態なら彼女相手に一対一の戦いは厳しいし、考えたくはないけど月が魔王に魅了されていてもやはり同じだ。
そもそも俺達ふたりがかりでも月に勝てるかどうか。
だからこの策はほぼ失敗が決まっているような、言ってしまえば奇跡に賭けるようなもの。
シルヴァ君が俺達にかかっている魔術をどうにか解析して解呪しなければ俺達は終わりだろう。
チラリと視線をシルヴァ君の方に向ける。
シルヴァ君は聖女に、この世界の魔術に対しての知識を得たいと申し出たけれど、それは却下された。
聖女の方も解呪を警戒しているんだろう。
だから彼は戦場で行使される魔術のひとつひとつを目にして、刹那の時間でそれを学び、吸収しなければならない。
かなりの負担だろうが、その分聖女の相手は俺が受け持つように話し合い済みだ。
今日のうちに何かしらの糸口がつかめればいいけど、何しろ使われてる魔術は攻撃系か防御系ばっかりだから難しいだろうな。
「よかったの?あの二人おいてけぼりになってるよ。他の兵士も」
聖女が俺という移動手段を利用したことで、俺達の進みは早い。
最初は騎士と神官も一緒だったけど途中で着いてこられなくなっていた。
向かってくる魔物(魔族が歩兵として使役しているのだと説明された。魔族は人に近い形をとっているもの、という定義らしい)を倒しながらだったとして、こっちの人間達じゃそう簡単には俺達のペースと合わせられないのは一目瞭然だ。
一応聖女は人族側の旗印だからこその発言だったんだけど、それはあっさりとあしらわれた。
「お二人は私を害さないでしょう?何も心配はいりませんわ」
それはそうだろうね。魔術で縛られてるんだから。
心の中で悪態を吐きつつ外ではへらりと笑って見せる。
聖女に今の俺達の考えがどれ程把握されているのかはわからない。
少なくとも初日の時点では攻撃の意志を示してしまったから、そこまで信用はされていないだろう。
月の事を人質として話に出したのもそれを証明している。
でもこうして、偽りでもずっと好意を表に出していればいつか聖女はボロを出す。
だからまずは俺達が聖女に敵対心を抱いていないと思わせることが必要だ。
月が“聖国”で五年を費やしたそれを、一朝一夕で出来るかはわからないけれど。
「さて、露払いも粗方済みましたね。
セイ様、シル様。あれが本部隊ですわ」
魔物は確かに俺とシルヴァ君の攻撃で殆どが消えていて、遠くから向かってきているのは人型の相手だから魔族なんだろう。
この世界の人族だと太刀打ちできない彼らだけど、俺達にとっては然程の障害にはならない。
聖女の方もそれを既に悟っているらしく余裕の表情で敵を見据えていた。
「では、お二人とも」
楽しそうに聖女が命令する。
「【あれらを滅ぼしてください】」
くそったれ。
心中で思いながらも、俺の腕は勝手に動いた。
こういう感覚は久しぶりだ。
小さい頃に俺が一度狂いかけた時も似たような感じだったと思う。
神サマの呪い(祝福とも言うかもしれない)の効果で俺の身体は無意識下でも結構動く。
狂っても敵が向かって来ればそれをどうにか倒そうとするし、ピンチな時簡単に殺されることがないように動くようになっていたみたいなのだ。
とは言ってもそれは月が言ってたことで、神サマからきちんとしたことを聞かされたわけじゃないけど。
ただ大人になってからは俺が実力をつけたからかその呪いは失われたように思う。
そういうのが無くても異世界を生き抜く力を手に入れられたということだ。
月は………神サマからの呪いは消えたけど、“聖国”の魔術師からの、自らを害する敵を殲滅するという命令は身体のなかに残っているからまた別みたい。
あぁ、嫌な事思い出しちゃったなぁ。
シルヴァ君はシルヴァ君で奴隷だった頃でも思い出しているのか妙に殺気立っている。
聖女に感じている苛立ちを全て魔族にぶつけているんだろう。
まあでも月を召喚した魔族には俺だって恨みを感じてるし、その怒りを向ける方向性が間違っているとは思わない。
ただこの制限の魔術が解けたら、聖女には今俺達が魔族にしている以上のお返しがしたいなぁ。
「………?どうしたのですか、お二人とも。
敵にはまだ生き残りがいます。何故手を止めるのです」
戦いの途中で敵の軍隊(既に壊滅状態だけど)から距離をとって背中合わせに立った俺とシルヴァ君に、聖女は訝しげな顔をした。
それだけで聖女の実力のほどが知れるというものだ。
まあ全然戦ったりはしてないみたいだし、所詮戦場にいる時はお飾りだもんね。
この気配に―――強い相手特有のそれに気づけないのも無理はない。
「来るぞ」
「はぁ?何その注意。誰に言ってんの?」
軽口を叩きながらも周囲を警戒する。
どうやら転移からの不意打ちを狙う気はないらしく、軍隊を庇うような位置に魔法陣が輝いた。
そこから現れたのは映像でも見た魔族の男。
敵の兵が陛下、と呼んでいることからしてまず間違いなく――魔王本人だ。
「我が臣民よ。ここは退け。この勇者達の相手は我が務めよう」
「で、ですが………守るべき陛下を前に立たせるなど!」
「構わん。お前達には少々荷が重い。それに……我も一人と言うわけではない」
その時だけこちらに視線を向けて笑んだ魔王は、赤い瞳を上空に向けた。
その先で再び魔法陣が閃き、現れた人影が魔王の腕の中におさまる。
魔王妃殿下、と歓声が上がった。
「………急に転移させるなんて酷いと思わないのかな?
事前説明くらいあってもいいじゃないか、ヒバリ」
「わかっていた癖に」
「それはそうだけど。大体これから戦うのにどうして抱き上げるかな?
絶対邪魔になるだろう。君にとっても、私にとっても。
私はあそこにいる女のような、お飾りに成り下がるつもりはないよ?」
「………ルナ?」
見慣れた姿に聞きなれた声。
まるで当然のように魔王の腕に囲われる彼女は間違いなく月本人のはずだ。
なのにどうして、まるで他人みたいに俺達を見るの?
「ルナ!!ルナ、俺達がわかる!?」
シルヴァ君の叫びにも月は表情を崩さない。
ただ尋ねるように魔王を見た。
「あぁ……勇者達もお前と同じ世界から召喚されたらしいぞ」
「へぇ。すごい偶然だね」
シルヴァ君が言葉を失った。
手足の先から冷えていくような感覚がする。
目の前で魔王が愉快そうに笑ったのが目に焼きついた。
「ルナ。我は金の勇者の相手をしよう」
「それなら私は銀の勇者の相手をしよう」
「怪我はするな」
魔王が名残惜しそうにゆっくりと月を地に降ろす。
月は微笑んで魔王の身体を魔術で覆った。
「【君も怪我をしないようにね】」
身を守る守護の魔術。
でもそれをどうして、魔王にかけるの?
「お待ちなさい」
目の前の事実が信じられない俺達の代わりとでも言うように、そこで聖女が声をあげた。
月と魔王が視線をこちら――俺の腕の中にいる聖女に向ける。
「聖女本人が出てくるとは、人族は随分と追い詰められているらしい」
「……ルナさん、とおっしゃるのでしたか。
貴女はそこにいる魔王に騙されています」
魔王の揶揄に欠片も注意を向けず、聖女は真剣な表情で月を見つめた。
「貴女が魔王を思う感情は召喚術によって植えつけられた偽りのもの。
貴女と勇者……セイ様とシル様は、同郷の、それも親しい間柄だったのですよ?
そんな三人が戦うのは間違っています。どうか魔王から離れて、私達の方へ。
【ルナさんは私達と共に戦い、魔王を打ち滅ぼすべきお方です】」
「お前……っ、ルナに何を!」
シルヴァ君が声を荒げた。
彼のその反応と、確かなものではないが腕の中から微かな力が放たれた感覚にヒヤリとする。
まさか聖女は――と言うよりもこの世界の魔術は、相手の名前を使って相手を支配することが出来るのか?
だとしたらマズい。俺とシルヴァ君は今のところ聖女に本当の名前を知られていないけど、俺達の迂闊な発言から月の名前はバレているのだ。
もしも今ので月が聖女に洗脳されたら……
「………それがこの世界の、名前による支配の魔術か。
でも残念だね、聖女さん。君のちっぽけな力じゃ私を縛れない。
それに私の名前は……それじゃないんだ」
「な……っ」
聖女は信じられないものを見るような顔をした。
確かに聖女と月の魔力量は比べるのも烏滸がましいほど。
けれどそのことについては昨日の宣戦布告の時点で聖女もわかっていたはずだ。
それでも聖女が支配の魔術を使おうとしたということは――勝算があったということ。
魔力量が少なくても名前さえ知っていれば相手の支配は可能なのか、それともその他にも条件が存在していてそれを満たしているのか。
わからないけど、月が名前はそれじゃない、と言ったのが要因なら少なくとも条件のひとつは名前を正確に呼ぶこと?
月のことを正しい発音で呼ばなければいけないのかもしれない。
それか、彼女の姓である久遠が含まれていないことが失敗の原因だろうか。
「もしかして私のことを味方にできると思っていたの?
だとしたら残念だったね。私がこの世界で従うのはここにいる魔王ただ一人だよ」
嫣然と笑んだ彼女はそのまま視線を移してシルヴァ君を見つめる。
それでも彼女の瞳にシルヴァ君に対する親愛の情は見て取れなかった。
月はどこまでも冷静に、敵としてシルヴァ君を見ている。
「それじゃあ、いくよ。勇者サマ」
月は本気と言っていいスピードでシルヴァ君に向かった。
接近中に亜空間から取り出した彼女の身体ほどまである大剣を振りかぶる。
「【―――戦いなさい】!」
「……!!」
ただ立ち尽くしていたシルヴァ君は、聖女の言葉で剣を抜いた。抜かないといけなかった。
ギンッと刃と刃が合わさる。衝撃がびりびりとこちらにまで伝わってきた。
「ふふふっ、やっぱり強いね。勇者サマとして選ばれるだけはある」
「ルナ……!」
月はじっとシルヴァ君を見つめた。
「何だろう、君、私に遠慮でもしているの?どうして?」
疑問と共に魔術が弾けた。
光の矢が全方向からシルヴァ君に向かう。
それを結界で防いだ彼の顔は、まさに絶望と言っていい。
―――きっと俺も、同じ顔をしてる。
「何で、ルナ。俺達のこと、忘れた……?」
「………何を言っているの?」
「俺はっ、俺は勇者なんかじゃない、俺の名前はシル―――」
再び魔術がシルヴァ君を襲い、轟音が周囲に響く。
大地がひび割れて土煙がたちこめた。
「―――無駄話はいいんだ」
その中で冷静な月の声。
「さっさと戦おうよ。これは戦争なんだ」
あぁどうして。
堪らなくなって月の方に向かおうとした俺を、魔王の魔術が遮る。
「お前の相手は我だ」
「………魔王ッ!」
怒りが身体の中で燃え上がる。
腕は自然と聖女をおろし、腰の剣を抜いていた。
ニィッと笑んだ魔王も魔力で造ったのだろう剣を手におさめてこっちに向かってくる。
「ルナに何をした!!」
「別に何も?」
「嘘を吐くな!どうせ召喚術と一緒に制限か洗脳でもかけたんだろ、じゃなきゃあんな…!」
「ルナがお前達を忘れるわけはない、と?」
カッと頭に血がのぼった。
この男は知っているのか?俺達と月がどんな関係だったのか。
知っていて、だからそれを利用してる?
「てめぇ……!!」
こんなに誰かが憎くなったのはいつぶりだろう。
この男を殺せば、月は俺達の事を思い出してくれるだろうか。
月はまた俺達の事を大切に、愛しく思ってくれるだろうか。
わからないけれど、俺は心の底からそれを願った。




