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或いは僕のデスゲーム  作者: Sitz
這いよる幕開け
9/20

08/乱戦、拡大Ⅲ

 今……何が起きやがった?

 鮫嶋は自分の目の前で起こった事を、反芻して飲み込もうとする。

 ――謎の爆発音を追って階段を駆け上がったそこで見たものを、鮫嶋は理解できずにいた。

 階段を登りきった時、目の前にいたのは一人の少年。

 膝を付くように屈んでいる彼を、鮫嶋は一瞬怪我人かと見誤った。

 それに目を奪われていたせいだろう。少年が何がしかの声をあげた直後に、奥の景色が一瞬光り、薄暗くなった事への反応が遅れた。

 気づけば、激しい衝撃音と、明らかに先ほどまではなかった不自然な廊下の壁。

 飲み込めない。理解できない。

 だが、鮫嶋の背筋に走るものがあった。

 "嫌な予勘は的中する"。鮫嶋の経験則が、脳裏で警鐘を鳴らしていた。


 眼の前に立つ男を認識した瞬間、星弥の眼はその男を"刑事"と示した。

 緊張が走る。騒ぎになればいずれは関わるかも知れないとは考えていたが、まさかこんなに早く警察に出くわすなんて。

「……あなたは、警察ですか……?」

 そのまま黙って横を通りすぎるわけにもいかず、星弥は自分からわかっている事を切り出した。

「! あ、ああ、そうだ。俺は此咲警察の鮫島……いや、だが、これ、は……」

 男……鮫嶋は、星弥の問いに対して辛うじて名前と職業を明かすも、未だ目を白黒させて現れた壁を見ている。

 見られたのか? 星弥の関心は全てそこに注がれた。

 いや、仮に見られていたとしても、何が起きたかなんて理解すらできないはずだ。

 なら、とぼけてしまえば問題はないか……?

 言い逃れはいくらでも出来る。知り合いが入院していて心配で、好奇心で、正義感で……いくつかの解答パターンを巡らせながら、星弥は壁の向こうにいる"敵"について思考する。

 男二人組のホルダー。それにこの病院に元々いる少年ホルダー。

 当初の目論見からは大分ずれてきているが、場合によっては三人のホルダーと戦うことになる。

 うまく立ち回らなければ……………………しぬ。

 ……ひとまず壁は作った事で難は逃れたが、かといっていつまでもここにいるわけにはいかないだろう。

 星弥はそう判断して、言葉に詰まっている鮫嶋と名乗った男に切り出す。

「すみません、俺、上の階に知り合いが入院してるんで、助けないと……!」

「! い、いや、待て! お前……!」

 言うやいなや、星弥は階段へと足をかけた。背後から鮫嶋がそれを追い、腕をつかむ。

「待てと言っているだろうが!」

 鮫嶋の一喝に星弥は一瞬たじろぐ。だが、ここで捕まっているわけにもいかない。鮫嶋に掴まれた腕を星弥は振り払おうとして、

 直後、廊下に創りだした壁が凄まじい衝撃音と煙に飲み込まれ、自然と鮫嶋の手は解かれた。

 いや、解かざるを得なかった。

「ゲホッゲホッ! くっそ、んだよこれ!」

 土煙の中から光が差し込み、人影が現れる。茶髪に褐色肌の男……上田と呼ばれていたホルダーだ。

「上田、気ぃ付けろ! "敵"かもしれねえぞ!」

 壁の向こうから漏れる声に震えたのは星弥だった。緊張が走る中で壁を突き破ってやってきた上田を観ると、上田もそのタイミングで星弥と鮫嶋を見上げて、両者は目が合う。

 上田の鋭い眼光と、星弥の揺れ動く瞳が交錯する。

「警察だぁ! 動くな!!」

 その視線を断ち切るように声を張り上げたのは、鮫嶋だった。

 まさに一喝。壁の向こうの廊下側にまで響き渡る声に星弥は耳を貫かれる。

 それは上田も同様だった。警察という言葉が出た時点で、僅かに怯んだ。その反応を見逃さず、鮫嶋は言葉を続ける。

「この病院は数十人規模の私服警官が配備されている! 一階は既に俺の仲間が封鎖している! 大人しく投降しろお!!」

 それは鮫嶋の嘘だ。実際には彼を含めて十人程度の私服警官が警備交代で居合わせただけで、こちらに応援を呼ぶ手筈もつけているか定かではない。

 だが、法治国家の日本において警察の二文字は絶対的な権威力がある。どんな凶悪犯であろうとも、まともな日本人ならばこの脅威を恐れずにはいられない。

 ……そう、相手が、まともな人間である限りは。

「――数十人? 足りねえなぁ、おい?」

 一瞬の怯みも束の間、上田は下卑た笑みを浮かべる。

 それだけで、鮫嶋も警告して止まる気のある相手ではない事を理解した。

 懐に携帯してある銃にいつ手をかけるか。鮫嶋の思考はそこへシフトする。

「オマワリさん、これ、何かわかる?」

 笑い顔のまま、上田はそうして両手をあげた。その両手は鉄製の防具に包まれていて、異彩を放っている。

 クラフトだ。星弥は頭の中でそう応えるも、口には出さない。

「……篭手、か?」

 鮫嶋はありのままを答えた。真実、それは篭手だ。

 篭手と言っても種類は様々だが、あえていうならば西洋の騎士が装備する一の腕から指先までを包む、フルプレートと呼ばれる鎧の篭手に近い。

 しかし、その形状にして更に異彩を放つのは、真紅に染まり上がっているその外見だ。

 現代的な私服に不釣合いの真紅の篭手を装着した男。これほどの違和感にはそうそうお目にかかれない。

「せーかい」

 上田はそう言いながら、ゆっくりと鮫嶋に歩み寄る。

 咄嗟に鮫嶋は拳銃を抜いた。それは警察としてのマニュアルではなく鮫嶋の直感だった。

 警察の象徴である花の名前を冠したクロムメタルのリボルバー拳銃……『M360J"サクラ"』を両手で構え、鮫嶋はその銃口を上田へと向けた。

 本来、ここで発砲するわけにはいかない。相対する青年に一見してわかりやすい凶器がないからだ。危険性は薄いと言わざるを得ない。

 だが、なんだこの危機感は。鮫嶋は、"それ"ばかりに目が行く。

 赤い篭手。あの時代錯誤で、異質なもの。それがまるで、凶悪犯に与えられたナイフのように見えて……。

「それ以上近づくな、撃つぞ」

 鮫嶋自身、思わぬ言葉がついて出た。だがそれは本心だ。それ以上、一歩でも近づけば。

「あっそう」

 踏み込んできた上田の足元に向けて、鮫嶋は銃のトリガーを引いた。乾いた銃声が踊り場に響き渡り、刹那に甲高い金属音が炸裂する。

「次は足を狙うぞ」

「…………」

 鮫嶋は上田の顔に視線を注いだままだった。再び銃口を上田の身体へと向けて、その動向を伺う。

 だからこそ、気づかなかった。いや、気付く道理すらなかった。

 本来それはあってはならない事だからだ。上田の平然とした態度にわずかな疑問を抱き、鮫嶋は床を確認する。

 ――着弾した。そう当たり前に思っていた。

 だが、床に見当たらない弾痕と、"目の前の男が左手でつまんでいるどんぐりサイズの何か"を視認した瞬間、鮫嶋は背後に控えていた星弥を飛び越え、階段上の壁に激突した。

「う、が、あ……!」

 悶絶して崩れ落ちる鮫嶋を、星弥はふりかえって確認する。大丈夫、吹き飛んだだけだ。もしも殴られていれば"どこか吹き飛んでいてもおかしくないはず"。

「やべ、やりすぎたか……? コロシてねえよな?」

 上田は鮫嶋を突き飛ばした右腕をぶんぶんと振って、それから左指で摘んでいた弾丸を床に落とした。

 ……銃弾を摘んだ。それは以前、佐藤一がやってのけた事と同等かそれ以上の芸当である。

 星弥は息を呑みながらも思わず後ずさり、階段を一段登る。

「待てよ」

 上田はその動きを見逃さなかった。星弥は再び肩をびくつかせ、体勢をやや低く構える。

「今そこに転がってるおっさんは、殴っても何ともなかった。って事は、だ……お前、おれらと"同じ力"持ってんだろ?」

「力……?」

「トボけてんじゃねえぞコラ!!!」

 誤魔化そうとした矢先、星弥の反応は上田の一喝で吹き飛ばされる。

 星弥は額から汗が滴るのを感じていた。異様な熱気に包まれながら、そっと階段の手すりに手をかけ、その上のスロープに右手を置く。

「……、……」

「……シカトか。てことは、イエスってことだよな? なら――」

「う、上田ぁ!!」

 上田が一歩踏み出そうとしたその時、背後から男の声が上がった。上田がそれにつられて振り返りかけた瞬間、星弥は階段を駆け上がった。

「あ、おい!」

「う、上田! こいつまた動き出した! やべえやべえって! 下がろうぜ!」

「くそ!」

 壊れた壁の部分から飛び込んできた男……ショウジに一瞬目をやりながらも、上田はすぐに星弥の方へと身体を向けて階段に足をかけた。

「"ロード"……!」

「!?」

 その時すでに階段を登りきっていた星弥は、右手……黒手を階段につき、手にした属性を開放する。

 対象は階段。属性は『平』。階段のスロープ部分から抜き取ったそれが階段に上書きされた瞬間、文字通り"階段は平らになった"。

「な、んだっと!?」

 突然スロープ状になった階段に足をかけた上田は当然のように転倒する。かろうじて手をつくことで顔面の強打は免れたが、何をされたのかを上田は理解できなかった。

「なにしてんだよ上田、早く上へ……って、なんで階段がないんだよ!?」

「あいつだ……あのガキのクラフトだ! あの野郎、ぶっ飛ばす!」

「いや、そんな事より後ろ! 後ろのなんとかしてくれよォ!!」

 ショウジが叫んだ直後だった。星弥が作った壁が轟音と共に崩落し、結晶の腕が煙を抜けてくる。

 両腕で壁を崩しながら踊り場に現れたクリスタルゴーレムを見て、ショウジは転がるようにして上田の背後に逃げ込む。

「ちっ、くそ! おれがこいつ止めとくから、お前が今のガキを追え!!」

「え!? マジかよ! どうやって!」

「そんぐらいの坂道這ってでもなんでも登れるだろうが! いいからいけ! "巻き込まれてもシラねえぞ"!!」

 後ろを向いてショウジを怒鳴る上田に、クリスタルゴーレムは巨大な右腕を振り下ろした。

 それを上田は振り向きもせずに受け止める。右腕に着けられた篭手が淡く輝き、結晶体の腕を力強く握り、爪を立てる。

 そこでようやく上田はクリスタルゴーレムに向き直った。巨体の右腕を受け止めた自分の腕を冷静に見つめながら、"右からやってきたゴーレムの左腕を残る腕で受け止める"。

 図らずも手を交差させる形になったところで、上田は背後を見やった。ショウジが階段を這って登り、半ば逃げるようにして『ガキ』を追ったのを確認して、今度こそを目の前の巨人を睨みつけた。


 *


 星弥は階段を駆け上がりながら、懐を漁る。

 取り出したのは黒塗りの拳銃……ただし、本物ではなくエアガンだ。

 ベレッタM92という銃をモデルにしたそのエアガンを抜き取り、弾が込められているのを確認した。

 重い振動が階下から響いてくる。六階に出た所で廊下の反対から悲鳴が聞こえ、何人かがそちらから避難しているのを確認した。

 もちろん、そこにあの少年ホルダーはいない。彼がいるのはおそらく屋上だ。"ゴーレムが動いているのがその証拠である"。

 星弥は念のために足元を見た。先日のような槍が出て来ないのを確認すると、背後の階段から軽い悲鳴をあげながら登ってくるのを察知する。

「くそ! くそ! この!」

 悪態をつきながら這い上がってきたのは、金髪にピアスの男……ショウジだった。

 いけるか? 星弥は手にしたエアガンを両手で握りしめて、構える。

 ショウジが踊り場に転がりでて階段の上を見た時、まさにその瞬間に星弥の銃口はショウジを捉えた。

 パシュッという乾いた音と共に、エアガンの銃弾……BB弾と呼ばれるプラスチック製の球体が発射される。

 へ? と呆けたような顔のショウジに弾が向かうも、しかし命中することはなく、踊り場に弾が転がる。

 計三発まで撃ったところで、星弥は銃口が自分の手で震えているのに気づいた。

 それでも構わずに撃つ。四発目、五発目。そして六発目のBB弾が放たれ、それが偶然にも手すりの止め金具に着弾した。

 瞬間、バシン! という乾いた音と共に、白光がショウジの眼をくらませた。

 それがどういう原理で起きたのかはショウジには皆目見当もつかなかった。だが、学のないショウジにもその現象には覚えがあった。

 静電気。昔、科学博物館で見た、中に電気が走っているガラスの玉。それに触っている友達の手に触れた時に起こった、弾けるような閃光をもっと強烈にしたもの。

 ……強烈になったのなら、それはもう静の電気ではない。電撃だ。

 スパーク、という単語が意味もなく浮かび上がるが、それが正しい表現かはショウジにはわからなかった。

 だが、身体が反応する。あれはヤバイ。なんだかよくわからないが、当たったらやばい……!

「――アアアアアッ!」

「っうわあああ!!」

 最初に声を上げたのはショウジ、次いで悲鳴をあげたのは星弥だった。

 星弥のそれを攻撃と認識した瞬間、ショウジは手に持った風槌銃をところ構わず乱射した。

 先の事でその武器の特性を知っていた星弥は、一発目が外れて窓ガラスを突き破った時点で、左手の廊下に転がり込む。

 続けて二発目、三発目と衝撃波のような波がガラスを、窓枠を変形させて引き剥がす。鉄製のフレームが外へと放り出されたのを確認して、星弥の息が詰まった。

 せっかく"事前に用意した"のに、当たらない上に相手の拳銃クラフトの方が強い……!


 ――星弥のクラフトである顛帯観測てんたいかんそくの魔眼、黒手。

 それによって可能な『属性干渉』を利用し、星弥はいくつかの武器を用意していた。

 その中の一つがこのエアガンと、マガジンに込められている『スタンBB弾』である。

 このクラフトを持ちその特性を把握しつつある星弥以外に、誰が"電気が流れているBB弾"を理解できるだろうか。

 だが、事実として金具に着弾したBB弾は放電現象により火花を起こした。

 スタンガンから『電気』という属性を取り出し、BB弾に込める。そんな単純作業を繰り返して作った武器だったが、初戦にして相性の悪い敵と出会ってしまった。

 同じ射撃武器、しかも威力も使い勝手も相手のクラフトの方が上手だろう。

 汎用性という意味では別にしろ、こと攻撃力という部分に関していえば相手に分があるのは火を見るよりも明らかである。

 BB弾……元々プラスチックで出来ている弾が星弥の武器の正体だ。細かい理屈こそわかっていないが、相手のクラフトは風圧のような衝撃波を飛ばす銃である。

 正面から撃ち合えば、こちらが撃ったプラスチック弾など、あの衝撃波で容易く吹き飛ばされてしまうだろう。

 ――そう判断して、星弥はエアガンをしまって壁に手をつく。

「"ロード"」

 小さくそう呟き、床に手をつき、

「"セーブ"……!」

 再び『壁』の属性を開放し、廊下を壁で塞いだ。


 ショウジが風槌銃の乱射後に我に返って階段を登り切った時、そこには再び壁が現れていた。

「くそっ!!」

 あの野郎、ぶっ殺す! 巨人の時とは異なり、不意打ちのように攻撃を浴びせてきた少年にショウジは血を上らせた。

 目の前の壁はさっきと同じコンクリートで出来ている事がすぐにわかった。この壁は上田のクラフトで無ければ破壊できない事もさっきの事でわかっている。

 だから、ショウジは少しだけ考えて、階段を駆け上がる選択をした。

 この壁で道を塞いだという事は、相手は"廊下の向こう側にしかいけない"はずだ。なら、階段を急いで登り上の階から回りこめば、逃げた少年と鉢合わせする。

 そう結論付けたショウジは踊り場を反転し、七階の廊下へと飛び出る。

 廊下を見る。誰もいない。既に患者も避難したのか、辺りには遠くから聞こえる警報の音しか聞こえなかった。

 いつ来る? ショウジはそう考えながら、ゆっくりと廊下を歩く。

 ……自分の思考に穴があることに、ショウジは最後まで気づかなかった。

 確かに別の階から回りこめば、少年……星弥が向かうであろう階段に行くことは可能である。

 しかし、ショウジは星弥が七階に上がってくる事しか想定せず、六階から下へと逃げるという予想をしなかったのである。

 もしも星弥が階段を降りていれば、ショウジは完全に星弥を見逃して、追撃の機会を失っていただろう。


 だが、それとこれとは別の話。

 結局の所、ショウジは"背後から現れた星弥"にスタンBB弾を数発受け、一瞬で意識を奪われた。


 ……細く長く息を吐き、星弥はショウジの意識を確認する。

 生きてる……よな?

 エアガンを構えながらにじり寄り、目の前で倒れている青年を見やる。

 反応はないが、微かに身動ぎしているのをみて星弥は緊張を解いた。多分、生きてる。

 相手が"予想通り"、階段を登ってくれて助かった。

 ――星弥はクラフトで壁を作った後、割れた窓から漏れる反対側の音に耳を傾け、相手の様子を確認していたのである。

 悪態をつき、階段を登っていく足音を確認した後、星弥は壁に対して『扉』の属性をつけた。

 事前に確認していた通り、病院のドアから抜き取ったその属性により壁に扉が生まれ、星弥は再び階段に戻ることでショウジを急襲した。

 結果としてその奇襲は成功し、星弥の目の前には倒れたホルダーが一人いる。

 初めての戦い。

 初めての勝利。

 そんな言葉を噛み締めると、乾いた感情が湧き上がった。

 同時に、凄まじい電子音が鳴り響き星弥の心臓が跳ねる。

 ……まだだ。まだ終わっていない。

 星弥は気を引き締め、懐からナイフを取り出す。

 何のことはない、本当にただのナイフだ。ただし、星弥が鉄に『刃』という属性をつけたクラフト製の刃物である。

 それを取り出して、倒れているホルダーの手元にある……今まさに警報を鳴らしているクラフトカードへと刃物を押し付けた。

 力をこめると、いとも簡単に刃が入り、クラフトカードが割れる。

 途端に音は止んだ。

 ……気絶したホルダーのもつクラフトがカードに戻った事にも若干驚いたが、こんなにあっさりとホルダーをリタイアさせた事にも拍子抜けする。

 クラフトはクラフトによってしか破壊できない。

 つまり、クラフトに纏わる事象、物でならクラフトカードは簡単に破壊することができる。

 これで、この男はリタイア。彼の"ゲーム"は終わりだ。

 クラフトも、クラフトカードもなく、ホルダーを狙い、狙われることもない。

 ――そうして逡巡して、星弥は屋上へと足を向けた。

 そこには、あの少年ホルダーがいるはずだ。

 星弥は一端クラフトをカードに戻し、エンカウントが発生しないのを確認してからホルダーサーチをかける。

 結果はすぐに出た。

『ホルダーを発見しました。

  左方約四十メートル。高低差、約マイナス十メートルの位置。』

 これが、さっきの男の連れのホルダーのはずだ。

 そして、

『及び、右方約四十メートル。高低差、約プラス十メートルの位置。

 発見されたホルダーは三名です。』

 これがあの少年だろう。間違いなくいるのは屋上だ。

 そう判断した星弥はカードを再び黒手にして、靴を脱ぎ、靴下で階段を登り始めた。



 *



 ギイ、という錆びついた音を立てながら、屋上へと通じるドアが開かれる。

 ドアを開けて屋上に入った瞬間、すぐに車椅子の少年がこちらに振り返るのがわかった。

 そのひざ上にはすでにクラフトが展開されており、何がしかの操作がされているのを星弥は確認する。

「……!」

「待て、話を聞け!」

 驚いたのも束の間、敵意を剥き出しにした少年に対して、星弥は制止をかける。

 少しためらいがちに思案するも、少年はその中で小さく言葉を漏らした。

「ど、どうして……」

「"どうして俺が来たのがわからなかったのか"、か?」

「……! そ、そうだ! だって、おれのクラフト(針の夢城)のレーダーには何も……!」

「そうだ、お前のクラフトに索敵能力があるのは知っている。この病院内のものの"ある程度の動き"を把握できるのもな」

「なのに、おまえが七階からここへ来るのはわからなかった!」

「……靴下で来たからな。それならお前のレーダーにはかからない」

「……!? 靴下?!」

「そうだ、靴下だ。靴下で"足音を立てないように歩く"。お前のそのレーダーというのがどういう風に見えてるかは知らないが、小さな振動……例えばすり足のような動きは感知できないようだからな」

「な、んで……」

 なんでそんな事がわかるんだ? おれも知らない弱点をなんで?

「前回、俺を襲った時に散々"攻撃"してくれたからな。それぐらいは理解できた。そして、今この場にはあの守護者もいない。追ってこないのをみるに、もう一人いるホルダーと戦闘中のはずだ」

「っ!」

 図星だ。星弥は子供らしい露骨な反応にそれを察する。

「お前がこの場で使えるのは、隠し玉がないならニードルとウォールだけ。車椅子で動かなくちゃいけないお前と俺でやりあえば、どうなるかわかるな……?」

「…………」

 年下に対する言葉責めに少々の罪悪感を覚えるも、星弥は言葉を続けようとする。

 だが、それを遮るように少年の言葉が続いた。

「もう、どうでもいいよ」

「何……?」

「もうどうでもいいって言ってるんだ!」

 なげやりに叫んで、少年はひざ上にある空中ディスプレイのようなモニターを転がり落とした。

 星弥の視界にもそれが入り、中を確認できる。

 ゲームのようなインターフェースに、システムメッセージのログが走る。

『結晶の守護者 戦闘不能』

『COST 0/10000』

『HEAT 100%』

『SYSTEM:実行可能なコマンドがありません。』

 ゲームをやった事のある星弥でなくとも、そこに記述される文字列が少年の敗北を意味している事は理解できただろう。

「もう、おれのクラフトは使えない」

「使えないって、どういうことだ?」

「おれのクラフトは、一日ごとに使える"エムピー"が決まってるんだ。それを使いきっちゃったら、もう何もできない。だから、あいつに見つかったら、もう……!」

 あいつ……それはおそらく、階下にいたもう一人の青年、上田という男の事だろう。

「あ、あいつは、お、おれを……殺すって言ってた! もう逃げられないよ、お兄ちゃんだって殺される。あいつ、おれの守護者と真正面から戦って二回も倒したんだ。勝てるわけ、ない、じゃない……!!」

 堰を切ったように、少年の感情が漏れ出し、膝が濡れる。

 そこにいるのは、ただの子供だ。嗚咽を漏らし恐怖をあらわにする少年を見て、星弥はナイフを取り出した。

 少年のモニターにナイフを刺すと、あっさりとそれは割れて、粉々になる。

 これで、こいつもリタイアだ。星弥は立ち上がって、少年に歩み寄る。

「……名前は?」

「……?」

 星弥が不意に投げかけた質問に、少年は濡れた顔を上げる。

「俺は、日月星弥だ」

「……桂、貞義」

「さだよし、か。このゲームで優勝したら……その足を治したかったのか?」

「……うん」

 わかってはいた。わかってはいたが、そうして肯定されて改めて星弥は言葉につまる。

「リハビリで治らないのか?」

「…………。大変だけど、頑張れば、治るって……」

 それを聞いて僅かに安堵した自身に悪寒を覚えながら、星弥はしゃがみ、少年……貞義と目線を合わせる。

「……俺の後輩が、このゲームで殺されたんだ」

「……っ」

「お前のクラフトでも、人が死んだ」

「……ご、ごめ、ん、なさ」

 星弥は拳を振り下ろした。いわゆるゲンコツだ。

「あ、がっ!」

 鈍い衝撃のあとに悶絶する貞義をよそに、星弥は立ち上がって背を向ける。

「頑張れば治るんだろ?」

「……っ、……?」

「頑張れば治るんなら、頑張れよ。そりゃ、楽じゃないのはわかってる……でも、こんな"ふざけた遊び"で治そうとするより、よっぽどマシだ」

「…………」

 星弥に殴られた痛みからか、その慰めにもならない言葉に押し黙ったのか、貞義からの反応はなかった。

 だから、星弥は言った。

「直にホルダーサーチで篭手の男が来る。だから……逃げろ」

「! で、でも……」

「そんな所にいられても迷惑だ。いいから、行け!」

 一喝する星弥に気圧され、貞義は少しだけ戸惑いながらも反対側の階段へと向かった。

 丁度その直後、星弥がやってきた扉から一人の男が現れる。

 それをふりかえって確認して、貞義は恐怖から階段へと急いだ。

 あの篭手の男……上田だ。

 貞義はただただ恐怖に飲み込まれ、一心不乱に階段を降りて逃げる。

 そんな最中で、一瞬だけ逃げろといった星弥の姿を思い浮かべて、少年は疑問を浮かべた。


 あの人は、何でおれを助けようとしたんだろう。


 あの人は、何であんなに怖い相手と戦うのだろう。


 あの人の……日月星弥の、願いは何なんだ?




 車椅子の少年が去った屋上に、人の影が二つ。

 一方は日月星弥。万物を見る瞳、万物を操る黒手を持つ少年。

 対するは上田裕司。星弥にとって未知数のクラフトを持つ、都合三人目となる対戦者。


 火蓋は間もなく、切って落とされる。



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