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或いは僕のデスゲーム  作者: Sitz
這いよる幕開け
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8/20

07/混戦、拡大Ⅱ

「あれ? 日月じゃん! おっす!」

 星弥がその声に振り返ると、此咲学園のクラスメイト……後藤が手を上げて近づいてくるところだった。

「おう、後藤か」

「まさか日月とこんなところで会うなんてなー」

「ああ、最近こういうのに興味あってな。ゲームとかやってるから」

「おー、あれか、FPSだな! 俺はモデルガン一筋だけど!」

 FPSというのは、ファーストパーソンシューティングというゲームジャンルの一つで、ようするに銃を撃ちあい技術を競うゲームの事だ。

 星弥が訪れているのは此咲中央の一画にある模型店……プラモデル、フィギュア、そしてモデルガンなどを取り扱う店で、星弥が手にしているのはその中のモデルガンの一丁であった。

「俺はただ集めて飾ってるんだけど、俺の知り合いにガチでサバゲーしてる人いてさー。あ、よかったら今度一緒にいく?」

「いてっ! いや、いかねーよ! まだ興味もっただけだっての!」

 にこやかにバシバシ肩を叩く後藤に対して、星弥は笑いながら受け答えをする。

 嘘だ。別に興味があって購入するわけではない。

 ……いや、今回のことがなくとも多少の興味はあったのだが、なぜ購入するのかといえば……。

「……まあ、ハマった時には後藤に頼むことにするよ」

「おう、楽しみにしてるよ!」

 そうして気軽に別れを告げ、必要な最後の品を手に入れた日月は、すぐに此咲南へと向かった。



 炎天下の日差しが降り注ぐ中、星弥はしたたる汗を意識の外においやり、集中を始めた。

 左手にはライター。右手には既に顛帯観測の黒手が実体化していた。

 左手でライターをつける。

 赤い炎がゆらめき、同時にそれを左目まがんが「ライター」と認識する。

 ――違う、ライターではない。もっと細分化して、細かく差別化して……。

 ライターの上に現れる、「火」の文字。それを確認して、星弥は怖気づく自身を振り払うように、細く長く域を吐いた。

 熱くない。熱くない。熱くない。

 そう心のなかで何度も唱えて、火は熱いという常識をぬぐいきれずにいる。

 昨日など、おそるおそるライターに近づけた人差し指に小さな火傷をしてしまった。

 ……触るのは、ライターの火ではない。

 文字として浮かぶこの「火」だ。

 ならば、それは熱くはない。

 認識しているのは文字情報だ。

 属性を抜き取る。属性に触るだけならば、熱くはないはずだ。

 つまり、成功しているのなら、火傷は、しない……!

 星弥は目を見開き、右手をライターの先へと伸ばした。

 「火」に、指先が触れる。

 じゅう、という音がはっきりと聞き取れた。

「あっちいい!!!」

 熱を帯びた激痛が走り、星弥はライターを手放して野原を転がった。


 ……星弥の顛帯観測を使いこなす訓練は三日目に突入していた。

 進展は……あるにはあるが、目覚ましい成果かといえば星弥にとっては疑問が残るものであった。

 ――黒手による属性の抽出。

 スキルの記述ではいまいちピンとこなかったこれも、実際に試してみることで、なるほど実に非常識な能力である事がわかった。

 星弥が最初に黒手を試したのは、ビー玉だった。

 たまたま貰ったものを持ち続けていただけなのだが、部屋にあったのをみかけて一つ案が閃き、この野原に持ってきたのが初日の事。


 まず、ビー玉を手で転がして遊んでいるような状況から始まった。

 属性を抜き取り、持ち歩くという概念がわからない以上、星弥はとにかくやれるだけの事をやった。


 右手の上でビー玉を転がす(ただのビー玉だ、感触を確かめるだけで終わった)。

 黒手にビー玉を埋め込もうとする(何らかの力でビー玉が吸い込まれてどーにかこーにかなると思ったがならなかった)。

 ビー玉を割ってみる(割れたら属性的な何かがゲーム的に飛び出るかと思ったが何度か試して割れなかったので諦めた)。

 両手でハンドパワーっぽく念を送ってみる(そもそもそんな力はないしやはりなにもおこらなかった)。

 ビー玉を右手で強く握る(何も変化はない)。

 ビー玉を手のひらにのせ呪文を唱える(何も起こらない)。

 ビー玉をもってはねる(しかし なにもおこらない)。


 早くも挫折しかけたところで、試してみたことを携帯電話のメモ帳に書き留めるうちに、星弥の考えに変化が生じた。

 ビー玉を割ると、そのカケラはどのように認識されるのだろうか? ビー玉のカケラになるのか?

 いや、そもそも、「ビー玉」は属性なのか……?

 ビー玉は名詞であって、属性ではないはずだ。なら、ビー玉のもっと本来の原型……大元のようなものを見つけなければならないのではないか。

 最初の予定では、ビー玉とその辺の草花と合体させることでビー玉の中に草が入ったものができたり、草でできた球体が出来たりする、というような発想をしていた。

 だが、そこから少し予定を変更して、星弥はビー玉を"本来の形"で認識する練習を始める。

 「ビー玉」の本来の形。

 これはビー玉ではない。

 まるいたま。硬質な球体。その材質は――「ガラス」。

 その文字を認識できた後は、驚くほどにうまくいった。

 ガラスという文字情報を確認し、黒手で触れた瞬間、ガラスという文字がグローブの手の甲に吸い込まれたのである。

 そして、グローブの甲の部分にあらわれる『硝子』の文字。

 病院でみたものと同じ状態になった事を喜びながらも、星弥はその状態で野原の草に触れる。

 何度か触ってみるも変化がでず、いよいよ"黒手を使う"というイメージをもって雑草に触れた時、黒手がその力を星弥に見せつけた。


 ――星弥は初日に成功したそれを取り出し、顛帯観測の力、属性を抜き取る力をイメージする。

 硝子でできた草。

 ただそれだけをみれば、ガラス細工の一品であると誰もがおもうであろう。

 別段驚くような代物ではないだろうし、むしろ草だけでガラスの花がないじゃないか、とバカにする人間もいるかもしれない。

 だが、星弥だけが理解している。

 これは草に『硝子』という属性を抜き取り、草に組み合わせた結果だ。

 ならば、星弥のおおよそのイメージ通り、思い描いたとおりの能力を黒手がもっており、それはクラフトカードにあった通り非常識な力にあたる。

 ……ゆえに、星弥は様々な成功例を生み出しながらも、ライターの「火」に苦戦していた。

 なにせ、翌日に午前中から夕方まで悪戦苦闘して、ただの一度も属性を抜き取れなかったのだ。流石に星弥も心が折れそうになる。


 ……非常識ゆえに、常識的なほど使用が難しくなる。


 その言葉の通り、星弥は今日もライターの火に触れないままだ。

 ビー玉を触ることも、ビー玉をガラスと認識することもあれほど簡単だったのに。……いや、簡単だったからこそ、火は尚の事難しいのかもしれない。

 ビー玉から「硝子」を抜き取る事が可能だったのは、星弥にとってそれが"まだ常識的だった"からだ。

 多くの人間にとってビー玉は手で触れるものだろうし、それが「硝子」でできているのを知らない人間はいないといっても過言ではないだろう。

 その硝子を意識して、硝子に触れる。口で言われてわからずとも、実際にこの黒手をつけて触れば誰もが出来るはずだと星弥は考える。

 それと同様に……いや、だからこそ、ライターの火は限りなく"火"なのである。


 "触れば火傷する危険なもの"


 火とは、誰もがそう知るものだ。

 だからこそ、星弥は「火」に触れることができない。星弥が触れるべきはライターの火ではなく、顛帯観測が認識する「火」だというのに。

 星弥は触れる度に、心の何処かで火に対する恐怖心を拭い切れていないのを自覚していた。

 あくまで想像だが、「火に触れたら火傷する。当たり前だ」と意識しているからこそ、「火」という属性に触れられないのだという仮説である。

 そうなると、単純に火に怯えない心、恐怖心を取り除いた、リラックスした状態で火に触れればいいのだが……。

「…………買ってしまった」

 取り出したるは、少々ごわっとした灰色の手袋。

 ホームセンターオオドリで購入した耐熱手袋、『あっちっち!安心タッチ君』である。

 その愛らしい名前とは裏腹に、耐熱性に優れたメタ系アラミド繊維とパラ系アラミド繊維のハイブリッド構造をもつ優れものだ。

 耐熱性に優れ消防服などにも使用されるこれは、数百℃の熱に耐え、高い防火性を誇る。

 ネットで調べて価格をみた時には目眩がしたが、ホームセンターオオドリでゲームソフト一本分程度の値段で売っていたので購入に踏み切った。

 それを黒手の上に装着する。

 ライターの火をつけ……手袋をつけた指でおそるおそる触ってみると、全く熱さを感じなかった。

 よし、これなら……!

 早速、意識を集中し、『火』へと手を近づけていく。

 恐怖心は薄れていた。耐熱手袋という保険が、星弥に安心感を与え、スムーズに指を「火」に近づけることに成功し……。

 手袋を脱ぎ、黒手の甲に「火」と刻まれているのを確認して、星弥は拳に力を込めた。

 黒手の上に何かを重ねた間接的な接触でも、属性の抜き取りは可能。

 これで火などの触れるはずがないものに対しても、かなり有効な抽出方法が思いついた。

 ……なら、もうこの練習は今日一日限りだ。

 星弥は立ち上がり、最後の調整に入った。



 *



『六日目が終了しました。経過報告を開始します。▽』



『今日の一言:ホルダーの人数も半分、エンカウントの可能性も低くなって来ました。

       ここまで生き残ったホルダーは、勇者か、臆病者のどちらかでしょう。▽』


『七日目を迎えたプレイヤーは十一人。六日目のリタイアは一名となりました。▽』


『リタイアされた方のお名前、リタイア原因は以下のとおりです。▽』


『【ささきとらじろう さま】

 ホルダーと遭遇し善戦するも、辛うじて敗れ、カードを破壊されました。

 長期戦の結果、老骨が身に染みる勝敗となりましたね。お疲れ様でした。▽』


『それでは、ゲームは七日目へと突入します。

 残りの参加者の皆様に、ナイアーラトテップの微笑みがありますように▽』





 『ナイアーラトテップの微笑み』


  ゲーム続行 七日目





 かくして、星弥は再び此咲中央病院へやってきた。

 前回は制服できたが、今回は服装からして風体ががらりと変わっている。

 動きやすさを重視したランニングシューズに、少しゆったりめのカーゴパンツ。それに白のTシャツをつけ、上から灰色のジャケットを身につけた。

 腰にはポーチを巻いており、ジャケットやポーチ等には様々な道具が入っている。

 イメージは何度もした。

 あの少年との戦いのイメージだ。

 だが、実際にはどうなるかわからない。

 戦闘になるかもわからない。

 ……考えていても仕方ない、いこう。そう決心して、星弥は病院内へと入る。

 自動ドアを抜けるなり、ドア前に立っていた男と目が合った。

 四十台ぐらいの男性で、よれよれのスーツに無精髭のぼさっとした印象の男だ……すぐに視界から外れ、星弥の意識からは遠ざかる。

 まずは、ロビーで表向きの目的……佐藤由美の見舞いの体裁をとる。

 といっても、話は簡単だ。今は面会が可能かどうか、というただ見舞いにくるなら聞く程でもない事を聞き、病室に向かう素振りをするだけである。

 ……そう思ってはいたものの、意外な収穫はあった。

「ああ、すみません、佐藤由美さんは病室が変わってしまって」

「あれ、じゃあ322じゃないんですか?」

「はい。今は214の病室ですので」

「わかりました、ありがとうございます」

 そうか。思えば前回のさつじん……エンカウントがあった時、あそこは佐藤由美の病室の前だった。

 警察が病棟に入っただろうし、それならば病室が変わるのも仕方ないのかも知れない。

 ……事件からまだ数日、今思えば、まだ警察が警備なりを担当しているかもしれない。まずは病棟の中を見回るべきか。

 いや、なら最初から始めるべきだ。迷っているぐらいなら、行くか、帰るか、選ぶしか無い。

 ――行くぞ。

 星弥は心の中でそう呟いて、病院のトイレへ入った。

 個室に入り、星弥はニット帽と伊達メガネをつける。念のため準備はしてきた変装道具だ。

 ジャケットも裏返す。リバーシブルのジャケットは、裏面が紺色になっている。

 入る時と見た目を変えれば多少マシだろう、といった程度の考えだったが、警察がいるなら最悪の場合を想定しても持ってきて正解だったかもしれない。

「……始めよう」

 小さく呟いて、自分の背中を押す。

 病棟の方に向けて、ホルダーサーチを使う。波紋が前方……病棟方面へと扇状に広がり、すぐに反応がでた。

 ピロリロリン、という間の抜けた電子音。すぐに結果が出る。


『ホルダーを発見しました。

 前方約百メートル。高低差、約プラス二十メートルの位置。

 及び――』


「……!?」


『及び前方約百二十メートル。高低差、約プラス二十メートルの位置。

 また、前方百八十メートル。高低差、約プラス二十五メートルの位置。

 発見されたホルダーは三名です。』


 三人!?

 星弥は個室で一瞬呆然としながら、自分で勝手に除外していた可能性を掘り起こした。

 他のホルダーが病院にやってくる可能性。

 複数のホルダーが同じ場所に集まる可能性。

 しかも、レーダーの位置をみるに、少なくとも三人の内二人は今、相対している。

 ……他のホルダー同士の、戦闘に遭遇する可能性……!

 不意に、ズンとトイレが揺れた。

 地震でも起きたかと思ったが、直後、それがあまりにも短く、かつ轟音を放っていた事を悟る。

 そして同時に鳴り響く非常ベル。火災報知機のものであろうそれで、トイレの外が騒がしくなる。

 始めたのか……!? こんなあからさまに?!


 ――前回、病院でゴーレムに追い掛け回された時の記憶が蘇る。

 そうだ。少なくとも片方のマスターはあの子供。前回同様、なりふり構わず襲ってくる可能性は高い。

 なら……また、被害が……もしかしたら、前よりももっと、たくさんの、いのちが。




 ―――――――――――――、―――――――――――――――。




 吐き出しそうになったものを飲み下して、個室を飛び出して洗面台に倒れこむ。

 水道で口をゆすぎ、呼吸を落ち着け、鏡を見た。

 あっという間に土気色になりかけた自分を見て、内心で星弥は鼻で笑う。

 ……この数日間で、どれだけの死を目にした。多いか、少ないか……。

 そんな程度の事で、既に胸の奥からこみ上げてくるものがあった。

 ……行かなければならない。

 いつもそうだった。

 誰かがされる嫌な事を、震える心をおさえて止めに入った。

 中学の時はそれで何人かに目を付けられ、面倒な目にあった。

 高校では流石に自重しようと思っていたが、それでも……。


 ――人様に迷惑をかけてはいけない。かつて叔母に口を酸っぱくして言われた事だ。


 星弥は体調が回復したのを確認して、トイレを飛び出す。

 その時点で、二度目の轟音が響いた。待合室がざわついているのを横槍に、星弥は病棟……サーチしたホルダーたちの位置へと走った。




 それを背後から目に止めた、よれたスーツの男がいた。

 ケータイを取り出し、部下にかける。

「俺だ、亮子。暇な奴何人かを病院へ集めてくれ。今すぐだ!」

 乱暴に通話を切ると、三度目の轟音が待合室を包んだ。この時点で喧騒は加速し、事故、爆発、などの単語と共に待合室の人間たちが動き出す。

 くそ。応援がくるまではまず安全の確保か。そう男……鮫嶋は決め、周囲に待機していた私服警官たちに合図を送る。

 嫌な予感がする。出来れば今すぐにでも現場に駆けつけたい。

 だが、同時に、それをも上回る危険な悪寒が背筋に張り付いて離れない。

 ……今は院内の一般人の安全が優先だ。優先だから……行かないわけにはいかねえ!

 鮫嶋は廊下に駆け出した先ほどの少年を思い返し、後を追って走りだした。

「あ、ちょ、鮫嶋さん!?」

 突然駆け出した鮫嶋を、警官の一人が呼び止める。

「避難誘導は任せたぞ! 俺は現場へいく!!」



 *



 ……三度目の轟音によろめきながらも、星弥は階段を駆け上がっていた。

 音と振動がより大きくなっているのを察知して、すぐに星弥は"戦闘準備"に入る。

「顛帯観測……!」

 クラフトカードを取り出し、名前を呼ぶ。瞬時にクラフトカードの感触は霧散し、右手が包まれる感覚を確認した。

 同時に、星弥の視界に多数の文字が出現し、クラフトが展開したのがわかる。

「"セーブ"」

 右手を壁に手をつけ、星弥は不意に言葉を続けた。

 "訓練通り"、声を出して手をつけた先で、黒手が属性を吸収する。

 そのまま階段を駆け上がった所で、星弥は左手の廊下側から放たれた衝撃波に飲み込まれた。

「……っ!!」

 両手でとっさに頭を守るが、吹き飛ばされるような感覚もなく、ただ突風のような圧力だけが通りすぎていく。

 改めて階段を登った先……四階の廊下に、土煙が立ち込めていた。

 どこかが大きく破損でもしない限り、こんな状況にはならないだろう。近くでは悲鳴があがり、すぐ脇を患者らしき女性と看護師の男が通りすぎる。

 同時に、再び轟音。何かが砕ける音。巨大な物体が動くような音。硝子が割れる音が立て続けに発生していく。

「なにやってるんだ! 君も早く逃げなさい!」

 看護師の男は星弥にそう声をかけるが、星弥が頷いたかも確認せずに降りていく。

 ……それほどに切迫した状況なのだろう。星弥は階段踊り場の壁に身を寄せ、恐る恐る廊下へと視線を向けた。

 煙煙煙。属性視認で視界を少し阻害されるが、黒手を展開している状態のせいか土煙の中でも一つ一つの物体を簡単に捉える事ができた。

 だから、その"惨状の中で戦っている"二つの影を、捉える事ができた。

 その内の一人が、大声を上げながら土煙から転がりでてくる。

「やっべぇ! やべえって! 上田、防御防御ォ!」

 飛び出してきたのは金髪にピアスの、星弥より少し年上らしい青年だった。

 手には映画などに出てくる黒塗りのハンドガンが収められていて、咳き込みながらも、星弥の視線に背を向ける形で土煙へと銃を向ける。

 星弥は目を見張った。その拳銃を視認し、それがクラフトであることを確認した次の瞬間。


 耳をつんざくような爆発音と共に、その青年の拳銃から"透明な何か"が放たれた。


 星弥はそれを目で追うも、情報として認識することはかなわない。だが、その凄まじい突風は先程も感じたものだ。

 直感的に、銃を使っている事からそれが何らかの攻撃であると推察した。

 事実、土煙がその衝撃波に巻き込まれるように廊下の奥へと吹き飛んでいき、廊下のガラスがそれに合わせて破裂音を響かせる。

 窓ガラスが割れ、そのから土煙が外へと逃げていく事で視界がひらけていく。

「ショウジ、てめ殺す気か!!」

 そんな怒鳴り声と共に飛び引いてきたのは、日焼けした肌の茶髪の男だ。

 その両手には何らかの武具が取り付けられており、顛帯観測はそれを篭手クラフトと認識する。

 後ずさると表現したが、その実、それは飛び退いたとも言うべき凄まじい跳躍だった。

 まるで映画かアニメかというような身体能力で金髪の青年……ショウジの数歩前に着地して、上田と呼ばれた色黒の男はボクシングらしきファイティングポーズを取る。

 二人の視線は廊下の奥に向けられたままだ。その事と会話の内容から、この二人が協力関係にある事を星弥はすぐに理解した。

 そして、その目線の先に存在する"巨大な結晶の人型"が、その二人に立ちはだかっている事も知った。


 先日の圧倒的な恐怖が蘇り、背筋を悪寒が走る。

 ……クリスタルゴーレム。その不敵な体躯と美しい結晶の構造をもつ自動人形は、そうしてまたホルダー達の前で黙している。

 いや、むしろ動かないというより動けないのか? 土煙が晴れる中、クリスタルゴーレムの挙動がカクつくようにブレているのがわかる。

 そうして注目すると、クリスタルゴーレムの右腕の一部に亀裂が入っているのを星弥は見た。

 砕かれている。なぜ? それは、もちろん……。

「上田、こいつおれのテッポウきいてねえよ! お前のワンパンでなんとかしろって!」

「さっきからまるっきり効いてなかったろうが! わかったんならとっととさっき逃げた車椅子のガキ見つけてボコれよ!!」

 車椅子のガキ。それは間違いなくあのゴーレムを操っている少年のことだろう。

 操作パネル型の遠隔攻撃が可能なクラフト。床から飛び出す設置攻撃や壁などの妨害、それにゴーレムといった自動戦闘が可能な無人兵器を操れる厄介なクラフトだ。

 ……だが、弱点はあるはずだ。星弥は、今"眼の前にクリスタルゴーレムがいる"からこそ、それを好機と捉える。

 そんな思考をしつつも、星弥は早くこの場を離れたい衝動に駆られていた。

「んな事いったって、こいつ出されたらおれだけじゃ倒せねえじゃん! 二人でこいつ倒してからでいいだろ!」

 上田の声に対して、ショウジの非難が上がる。

 その声を聞きながらも、わずかに身構えた星弥は階段の方へと後退する。

 ――今はどちらもクラフトカードをクラフト化しているようだから良かったが、ショウジがもしもあの少年の探索に向かうのならばクラフトを解除する恐れがある。

 そうなれば、エンカウント機能が作動して警報が鳴るだろう。見つかったなら、あの二人を相手にする事になる。

 ……上田というホルダーとのエンカウントだと思ってくれるかもしれないが、まだ不明瞭な点が多いクラフトカードの機能にそんな甘い考えを抱くわけにもいかない。

 なら、見つかる前に下がり、星弥は星弥であの車椅子の少年を探すしか無いだろう。

「てめえは邪魔だっつってんだよ! お前を守りながらあんなのと殴り合えるかっての!」

「んだよ、いけるって! おれもオトリになるからやろうぜ!」

 ややいがみ合い気味の二人をよそに、星弥はゆっくりと下がる。

 よし、このままなら……。

「おい、そこのお前!」

「……っ!?」

 背後からの声に息を飲んだのは星弥。その声に反応し上田とショウジが振り返るのを目線で追いながら、咄嗟に廊下に身体を引く。

 声の主を求めて、星弥は振り返った。

 目の前にいたのは、スーツをきた男だ。見覚えがある……そう、病院の入口にいた男だ。

「こんなところで何してんだ! さっさと避難を――」

 男は目が合うと同時に近づいてくる。星弥は男から目を逸らし、廊下側をみた。

 結果的に、その直感的な動きは正解だったと言えるだろう。

 ……銃口をこちらへと向ける金髪の青年。その姿を認識して、星弥はこの後に、反復的な訓練をしてきた経験が活きたのを実感した。

 やられる。そう考えながらも、右手を……顛帯観測の黒手を、床につける。

 手の甲に書かれた文字は『壁』。それを意識して、床という文字を認識し、つぶやいた。

「"ロード"……!」

 壁の文字が床に消える。黒手が勢い良く盛り上がった床に弾かれた。

 衝撃音が、"壁"を超えて星弥の耳をつんざく。


「な……!」

 驚いたのはショウジだった。ほとんど無意識で、背後にいた人間相手に自身のクラフト……空気圧を発射する風槌銃エアホークガンを撃ってしまったのだ。

 どういう原理かはショウジにはさっぱり理解できていなかったが、この風槌銃から発射される透明な弾丸は、木造のものなら易々と砕き、樹の幹をへし折るほどの威力を持っている。

 人間に撃てば間違いなく身体が吹き飛ぶだろう。実際、一瞬それを想像し、恐怖と驚き、そして高揚感すら感じた。

 だが、結果はどうだ。

 放たれた弾丸は、"壁に阻まれた"。

 ショウジは自分の認識がおかしいのかと一瞬混乱するが、そうではない事はすぐにわかった。

 間違いなく、目線の先には階段があり、曲がり角があったはずだ。

 だが、なんでだ?


 なんでいきなり"階段のあった曲がり角が壁になっている"んだ!?


 ――でき、た。

 星弥は"壁の向こうで発生した衝撃音"に耳を痛めながらも、飛び跳ねるように収縮する心臓を抑えるので精一杯だった。

 眼の前にあるのは、廊下ではなく壁。

 ……階段の踊場の壁から廊下までを斜めに切るように突如として発生した壁は、ショウジという青年の銃の攻撃を防いでいた。

 顛帯観測の黒手。

 "セーブ"、"ロード"と名付けたその能力の性能、星弥は実戦を前にしてついに実感した。

 属性の『読み込み』と『書き込み』。未だ謎の多い力だが、星弥はその確かな手応えを元手に、いくつかの戦うイメージを模索した。


「……な、なにが起きた……?」


 そうぼやいたのは、星弥の後ろに駆け寄ってきた男だった。

 突然目の前にあらわれた壁に呆然とし、現実を理解できないまま呆けている。

 ホルダーではない。星弥は振り返って視認し、その男がホルダーではない事を理解して、同時に息を呑む。

 ……顛帯観測を通して見た男の文字情報。

 その『刑事』という二文字が、星弥に新たな緊張を走らせていた。







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