第85話 月影神獣
冒険者ギルドへ戻ったシオンたちは、受付にいたエマのところへ向かった。
「お帰りなさい。鉱山から連絡は受けています」
エマは三人の姿を確認すると、すぐに立ち上がった。
「アイアンモールクイーンを討伐したそうですね」
「ああ。死体も丸ごと持って帰ってきた」
「助かります。すぐに解体場へお願いします。鉱山の方から、クイーンの生態についても詳しく調べてほしいと言われていますので」
「分かった」
三人はエマと一緒にギルドの解体場へ移動した。
前回アイアンモールを出した場所より、さらに広い場所へ案内される。
「この辺りなら大丈夫です」
「じゃあ出すぞ」
シオンが《ストレージ》からアイアンモールクイーンを取り出した。
巨大な死体が床へ横たわる。
「……これがアイアンモールクイーンですか」
エマは目の前に横たわる巨体を見上げた。
「通常のアイアンモールとは別物だな」
「甲殻の厚さも全然違いました」
ロッテが答えた。
「最初に戦った時は、私のミスリルの戦鎚でもほとんど砕けなかったんですよ」
「それを昨日作った武器で?」
「はい!」
ロッテが《金剛砕》を見せる。
「これなら砕けました!」
エマはクイーンの甲殻を見る。
何か所も砕かれ、深い斬撃痕も残っている。
「こちらの斬撃はリュナさんですか?」
「うん。《金月華》で斬った」
「オリハルコン製の武器は、それほど違うんですね」
「かなり違ったよ」
エマは頷き、解体担当の職員たちを呼んだ。
「まず討伐確認をお願いします。その後、可能な限り詳しく解体を。特に胃の内容物は残してください」
「胃?」
シオンが尋ねる。
「クイーンは鉱石を大量に食べる魔物なのでしょう?」
「ああ。《鑑定》ではそう出てた」
「でしたら、何を食べていたのか確認できるかもしれません。鉱山側も知りたがっています」
「なるほど」
解体担当の職員たちが作業を始める。
シオンたちは邪魔にならない場所まで下がった。
「全部終わるまで時間かかりそうだな」
「この大きさですからね」
ロッテが答える。
エマが書類を確認しながらシオンたちを見る。
「その間に討伐報告を進めておきます。クイーンの討伐については鉱山側でも確認済みですので、依頼達成として処理できます」
「助かる」
「それと、リュナさんがレベル50になったそうですね」
「うん」
リュナが頷いた。
「《月影獣》が50になった」
「でしたら転職できますね。教会へ行かれますか?」
「そのつもり」
シオンが答える。
これまでと同じなら、レベル50に到達した職業から次の職業へ転職できる。
「解体が終わるまで待ってても暇だし、先に行ってくるか?」
「うん」
「私も行きます!」
「解体が終わりましたら、こちらで待っていますね」
エマに見送られ、三人は冒険者ギルドを出た。
向かったのはバルゼンの教会だ。
鉱山都市だけあって建物には石が多く使われているが、教会の中へ入れば他の街と大きな違いはない。
受付で転職を希望すると、奥の部屋へ案内された。
「転職されるのはこちらの方ですね?」
「うん」
リュナが冒険者カードを差し出す。
担当者が確認する。
「《月影獣》レベル50。問題ありません」
必要な手続きを済ませ、リュナが転職用の魔道具の前へ立った。
「それでは、現在転職可能な職業を確認してください」
「うん」
リュナが魔道具へ触れる。
いくつかの職業が表示された。
「どれがいいかな」
リュナがシオンを見る。
「シオン、《正解選択》使える?」
「やってみる」
リュナの転職先。
最強を目指すなら、ここで適当な職業を選ぶ理由はない。
「《正解選択》」
シオンの視界に文字が浮かんだ。
【転職先を選択します】
【条件を確認】
【《月影獣》Lv50――達成】
【《影歩》――取得済み】
【《見切り》――取得済み】
【《気配察知》――取得済み】
【《影縫い》――取得済み】
【《瞬影乱舞》――取得済み】
【《獣身強化》――取得済み】
【上位職解放条件――達成】
【隠し最上位職《月影神獣》が解放されました】
【転職対象――リュナ】
【正解】
「出た」
「何?」
リュナがシオンを見る。
「《月影神獣》」
「月影神獣……」
「隠し最上位職だって」
「最上位職!?」
ロッテが声を上げる。
担当者も驚いた顔をしていた。
「そのような職業があるのですか?」
「普通には表示されてないみたいだ」
シオンが答える。
「条件を満たしたから解放されたらしい」
「じゃあ、それにする」
リュナは迷わなかった。
「いいのか? 一応ほかの職もあるぞ」
「《正解選択》がそれだって言ってるんでしょ?」
「ああ」
「なら、それでいいよ」
「決まりだな」
担当者が少し戸惑いながらも手続きを進める。
リュナが再び魔道具へ触れた。
「《月影神獣》」
魔道具が淡く光る。
その光がリュナの身体を包んだ。
しばらくすると光が消える。
「終わった?」
「はい。転職は正常に完了しています」
リュナが自分の状態を確認する。
「本当だ。《月影神獣》になってる」
「何か変わった?」
「ちょっと待って」
リュナが取得可能なスキルを確認していく。
「あっ」
「何かあったか?」
「これ」
リュナが一つのスキルを見つける。
「《瞬影乱舞・閃》」
「《瞬影乱舞》の上位スキルか?」
「たぶん」
リュナが内容を確認する。
【瞬影乱舞・閃】
【瞬影乱舞の上位スキル】
【超高速移動と共に十数回の連続斬撃を放つ】
【瞬影乱舞を大幅に上回る速度と攻撃回数を持つ】
「十数回?」
シオンが聞き返す。
「うん」
「今まで三回くらいだったよな?」
「そうだね」
「一気に増えましたね……」
ロッテが驚いている。
「取れるのか?」
「うん。スキルポイントは足りてる」
「じゃあ取っちゃえば?」
「そうする」
リュナが《瞬影乱舞・閃》を取得する。
少しして、リュナが小さく頷いた。
「取れた」
「使ってみたいな」
「ここでは無理だよ」
「分かってる」
「シオンなら言い出しそうだから」
「教会の中で試したりしないぞ」
リュナが少し笑う。
「あとで外で試してみる」
「その方がいいですね」
ロッテも頷いた。
三人は教会を出た。
リュナは歩きながら自分の手を見る。
「何か違う?」
シオンが尋ねる。
「少しだけ身体が軽くなった感じがする。でも、実際に動いてみないと分からないかな」
「じゃあ残ってるアイアンモールで試せるかもな」
「残ってる?」
「鉱山の職員が言ってただろ。クイーンを倒しても、ほかのアイアンモールが全部いなくなるわけじゃない」
「ああ」
リュナが納得する。
「それならちょうどいいかも」
「新しいスキルの試し斬りですか?」
「ちょうどいい相手がいればね」
三人は冒険者ギルドへ戻った。
解体場へ向かうと、先ほどより多くの職員が集まっている。
「何かあったのか?」
シオンが尋ねる。
エマが振り返った。
「あ、皆さん。ちょうどよかったです」
「解体終わった?」
「まだ途中なのですが……こちらを見てください」
エマが指した先には、大きな容器が置かれていた。
中には鉱石のような塊がいくつも入っている。
しかも一つや二つではない。
「これ……」
ロッテが駆け寄った。
一つ手に取り、《金属鑑定》を使う。
すぐに目を見開いた。
「オリハルコンです!」
「やっぱりか」
シオンも近づく。
「全部?」
「待ってください」
ロッテが別の塊も確認する。
「これもです。こっちも……これも!」
エマがクイーンの腹部を見る。
「胃の中から出てきました」
「こんなに食べてたの?」
リュナが容器を覗き込む。
「まだこれで全部ではありません」
「まだあるのか?」
「はい」
エマが少し困ったように笑う。
「解体担当から、追加の容器を用意してほしいと言われたところです」
ロッテがクイーンを見る。
「だからあれだけ甲殻が硬かったんでしょうか」
「可能性はあるな」
シオンもクイーンの巨大な身体を見る。
《鑑定》では、鉱石に含まれる金属と魔力を大量に摂取すると表示されていた。
実際、その体内には大量のオリハルコンが残っていた。
「これ、鉱山側にも報告ですよね?」
「もちろんです」
エマが答える。
「クイーンが鉱脈からどれほどの量を食べていたのか、重要な情報になります。それに、回収されたオリハルコンをどう扱うかも鉱山側と相談する必要があります」
「俺たちが勝手にもらうわけにはいかないもんな」
「そうですね。鉱山から採掘された物と考えるのが自然ですから」
「それでいいよ」
シオンはあっさり答えた。
今回の目的はクイーン討伐と鉱脈の保護だ。
体内から出てきたオリハルコンまで自分たちの物にしようとは思わない。
「ただ、鉱山側も驚くでしょうね」
エマが容器を見る。
「クイーンに食べられたと思っていたオリハルコンの一部が戻ってきたわけですから」
「かなりの量ですよ」
ロッテが嬉しそうに鉱石を眺めている。
その間にも解体は続き、別の職員が新しい容器を運んできた。
「本当にまだ出てくるんだな」
「どれだけ食べたんだろうね」
リュナが呆れたように言った。
しばらくして、エマが手元の書類を確認した。
「クイーンの素材と体内の鉱石については、解体が終わってから正式にまとめます。報酬についても鉱山側と相談しますので、少しお待ちください」
「分かった」
「それと……」
エマの声が少し変わった。
シオンが見る。
「何だ?」
「もう一件、鉱山側からお願いが来ています」
「お願い?」
「はい」
エマはにこりと笑った。
「新鉱脈と周辺の坑道に残っているアイアンモールを、可能な限り討伐していただけないでしょうか?」
「やっぱり残ってるのか」
「かなり数は減っていると思います。ただ、鉱夫の方々を戻すには、もう少し安全を確認したいそうです」
シオンはリュナとロッテを見る。
「どうする?」
「私はいいよ」
リュナが《金月華》の柄へ手を置く。
「《瞬影乱舞・閃》も試してみたいし」
「私も行きます!」
ロッテもすぐに答えた。
「せっかく守った鉱脈を、残ったアイアンモールに食べられるのも嫌ですから」
「じゃあ決まりだな」
シオンがエマを見る。
「その依頼、受けるよ」
「ありがとうございます」
エマが依頼書を差し出した。
リュナはそれを見てから、腰の《金月華》へ目を落とす。
「十数回か……」
「楽しみ?」
「ちょっとね」
リュナは小さく笑った。




