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「泥臭い辺境令嬢はいらない」と婚約破棄されましたが、前世は町工場社長なので“止まらない魔導炉”で廃工房を王国一にします  作者: 他力本願寺


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第17話 王都からの採用試験

凍てつく真冬の空気が、領主の館の厚い石壁を抜けて忍び込んでくる頃。


 王国調達監査局から、一通の仰々しい封書がヴォルクハルト家に届けられた。


 それは、王国北方救援装備の採用試験に関する公式な通達だった。



「今年の記録的な寒波を受け、王国全土で『冬季輸送具』の早急な選定が行われることになった」



 執務室で手紙を読み上げる父アランの声には、隠しきれない緊張が滲んでいた。


 求められているのは、深い雪に閉ざされた道でも、薬や食料、修理用の部品を確実に村々へ運べる新しい魔導具だ。


 採用されれば、王国公用の正式な装備として莫大な予算と名誉が与えられる。



「しかし、参加要項の末尾に、信じられない一文が付け加えられている」



 アランは顔をしかめ、手紙を机に叩きつけた。



「『なお、本試験への参加は、王都魔導商会連合の推薦を受けた商会のみに限定する』……だと。事実上、我が工房のような独立した辺境の生産者を完全に排除する内容だ」



 リナリアは唇を噛み締めた。


 先の名称登録の件で煮え湯を飲まされたグロウ商会長バルテスが、権力を総動員して、ヴォルクハルト工房を公の場から締め出そうとしているのは明らかだった。


 領内でどれだけ《常火》が民を救おうとも、王国の正式な採用試験の土俵にすら上がれなければ、辺境は永遠に王都の下請けか、規格外の異端児として日陰を歩くしかない。



「諦めるしかないのか……」



 アランが深く息を吐いた時、執務室の重い扉がノックもなしに開かれた。


 冷たい風と共に現れたのは、監査官の軍服を隙なく着こなしたエルネストだった。



「その必要はありません」



 エルネストはいつものように無表情のまま、懐から別の羊皮紙を取り出し、アランの机の上に置いた。


 そこには、王国調達監査局の正式な印と共に、ヴォルクハルト工房の名前がはっきりと記されている。



「グランヴェル監査官……これは?」



「王都魔導商会連合の不当な独占を排除し、競争を促すための『特別監査枠』です。私が監査局本部に先の規格書を提出し、強引にねじ込みました。これで、あなた方の工房は正式に参加権を得たことになります」



 リナリアは目を見開いた。


 それは、彼が単なる中立な記録者であることを超え、明確にヴォルクハルト工房の盾として王都の利権に牙を剥いたことを意味していた。



「なぜ、そこまでしてくださるのですか? 王都の商会を敵に回せば、あなたの立場も……」



「私は監査官として、止まらない魔導具が辺境の命を救う事実をこの目で見た。それを王国の利益と結びつけるのが私の仕事です」



 エルネストは冷徹な灰色の瞳で、リナリアを真っ直ぐに見据えた。



「しかし、道を開いたのは私ですが、そこから先はあなた方の実力次第です。王都の商会は、最高級の魔石を積んだ最新型の輸送機を投入してくるでしょう。見た目の美しさと平坦な道での圧倒的な速度では、あなた方の泥臭い炉は絶対に勝てない。勝算はありますか?」



 リナリアは即答できなかった。


 今まで作ってきたのは、定位置で動くポンプや暖房炉だ。雪山を走り抜け、重い荷物を運ぶための自走する魔導具など、この工房で作ったことはない。


 もし王都の公開試験で無様な失敗を晒せば、「やはり辺境の安物はこの程度だ」と烙印を押され、せっかく築き上げてきた《常火》の信用も、領民たちからの信頼も、すべてが崩れ去ってしまう。



 前世で、無謀な新規事業に手を出して資金をショートさせ、社員を路頭に迷わせかけた恐怖が、リナリアの足元に黒い影となってまとわりつく。


 自分の一存で、職人たちの生活をまた危険に晒していいのか。



「……少し、時間をください。工房の皆と相談します」



 リナリアは足取り重く、廃工房へと向かった。


 工房の中では、ガスパルが火の加減を見ながら鉄を叩き、エッダが皮をなめし、ミラが帳簿の計算に没頭している。そしてノアが、配達の合間に歩行補助具の整備に立ち寄っていた。


 誰もが、自分の仕事に誇りを持ち、充実した顔をしている。



 リナリアは作業台の前に立ち、彼らに王国からの採用試験の話と、失敗した時の恐ろしいリスクを包み隠さず話した。


 静寂が工房を包む。


 王都の華やかな大舞台で、最高級の魔導具と競い合う。それは、泥にまみれた辺境の職人たちにとって、あまりにも現実離れした恐ろしい話だった。



「……やめといた方がいいんじゃねえか」



 沈黙を破ったのは、ガスパルだった。


 リナリアは小さく息を吐き、頷こうとした。やはり、今の安定を捨てるべきではない。



「俺たちの作ったもんは、見栄えが悪りぃ。王都の貴族様の前で走らせたら、笑われるのがオチだ。……だがな」



 ガスパルは、自らの右腕に装着した補助具をガガッと鳴らし、金槌を力強く握り直した。



「俺たちの作ったもんは、絶対に止まらねえ。雪の降る日だって、誰も助けに来ねえ村だって、俺たちの火はちゃんと届いたじゃねえか」



 ガスパルは、皺だらけの顔に不敵な笑みを浮かべ、リナリアを真っ直ぐに見つめた。



「親方、現場で動くもんを作るんだろ」



「ガスパル……」



「俺もやります! 雪道でも止まらない形、私が全部計算して見せます!」


 ミラが帳簿を叩いて立ち上がった。



「寒さに耐える防寒の覆いなら、私が最高の革で縫い上げます」


 エッダが優しく、しかし力強く頷く。



「俺、走ります! その新しい機械に乗って、どんな深い雪でも薬を運んでみせます!」


 ノアが、補助具のついた脚でドンと床を蹴った。



 リナリアは、目頭が熱くなるのを感じた。


 前世では、一人ですべての責任を背負い込み、孤独に戦って潰れた。


 だが今、彼女の背中を力強く押しているのは、自らの手で誇りを取り戻した最高の職人たちだ。



 彼らが、彼らの手で辺境の命を救う道具を作りたいと言っている。


 ならば、経営者としてやるべきことは一つしかない。



「……分かりました。やりましょう」



 リナリアは作業台に設計用の新しい羊皮紙を広げ、力強くペンを握った。


 その瞳から迷いは完全に消え去り、ただ勝利を見据える冷徹で熱い光が宿っていた。



「見栄えは悪くて結構。美しさや速さで勝負はしません。私たちが作るのは、どんな深い雪や泥の中でも、絶対に止まらずに薬を届ける命の箱です」



 工房の職人たちから、王都の権威に挑むための、力強い雄叫びが上がった。


 ヴォルクハルト工房の、雪上で決して止まらない輸送機を作るための戦いが始まった。

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