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「泥臭い辺境令嬢はいらない」と婚約破棄されましたが、前世は町工場社長なので“止まらない魔導炉”で廃工房を王国一にします  作者: 他力本願寺


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第15話 止められた材料

王都魔導商会連合が、ヴォルクハルト領への魔石の供給を完全に停止した。


 前触れもなく突きつけられたその通達は、本格的な冬を迎えようとしている辺境の命綱を物理的に断ち切る、容赦のない兵糧攻めの始まりだった。


 このまま材料が尽きれば、工房は完全に停止し、寒さに震える領民を見殺しにすることになる。


「親方。備蓄の石が、もう今日の分で底をつく。明日からの注文は、全部断るしかねえ」


 廃工房の薄暗い片隅で、ガスパルが重苦しい声で報告してきた。


 連日鳴り響いていた金槌の音は止み、活気に満ちていた職人たちの顔には、抗いようのない巨大な権力に対する諦めと絶望が影を落としていた。


「王都の商会に逆らった報いだ……」


 領主である父アランは、寒さに身を縮めながら青ざめた顔で呟いた。


「名称の横取りを防いだことで、グロウ商会の面子は丸潰れになった。彼らは怒り狂っている。私たちが音を上げ、ひざまずいて工房の権利をすべて差し出すのを待っているのだ」


 魔石は、魔導具の心臓だ。


 それがなければ、どんなに優れた設計図があっても鉄の箱に過ぎない。


 王都が流通を独占している以上、彼らの機嫌を損ねれば、辺境の小さな工房など一瞬で干上がってしまう。それがこの王国の絶対的な常識だった。


 だが、リナリアの青灰色の瞳は、少しも絶望に染まっていなかった。


 彼女の脳裏には、前世の町工場で幾度となく味わった、あの忌まわしい記憶が蘇っていた。


 ――部品の供給を止められ、工場の生産ラインが完全に停止した時の、あの背筋が凍るような静寂。


 ――単価の引き下げを飲まなければ材料は卸さないと、電話越しに冷笑した元請けの担当者の声。


 ――生殺与奪の権を握られているという、圧倒的な無力感。


 あの時、彼女は社員の生活を守るために頭を下げ、不条理な要求を飲み続けるしかなかった。


 その結果がどうなったか、リナリアは骨の髄まで理解している。一度でも脅しに屈して下請けの鎖を受け入れれば、あとは骨の髄までしゃぶり尽くされるだけなのだ。


「お父様。頭を下げる必要はありません」


 リナリアは凛とした声で告げ、工房の片隅に転がっていた木箱へと歩み寄った。


「流通を止められたなら、自分たちの足元にあるものを使えばいいだけです」


 リナリアが木箱の中から取り出したのは、泥が混じったような、黒く濁った不揃いの結晶だった。


 かつてヴォルクハルト領の鉱山で採掘されていたものの、純度が低すぎて王都の商会からは「使い物にならないゴミ」として見捨てられた、辺境特産の『濁り石』だ。


 幸い、濁り石は王都商会の流通品ではなく、採掘権も在庫もヴォルクハルト辺境伯家が保持していた。


 王都が止められるのは、あくまで彼らの市場を通る魔石だけだった。


「そんな不純物だらけの石ころ、どうする気だ? いくらなんでも、そいつじゃ魔力が詰まって炉が爆発しちまうぞ」


 ガスパルが顔をしかめたが、リナリアは濁り石を真っ直ぐに見つめ返した。


「王都の高級品なら、そうでしょうね。彼らの規格は、不純物のない透き通った高純度魔石を前提にしているから」


 リナリアは濁り石を作業台の上に置き、職人たちを振り返った。


「でも、私たちの《常火》は違います。最初から、美しさや大出力なんて求めていない。どんなに質の悪い魔力でも、止まらずに燃やし続けることだけを目的とした炉です。王都が見捨てたこの石ころこそ、私たちの炉に最もふさわしい材料です」


 リナリアの言葉に、職人たちの目に微かな光が戻った。


 すぐさま、廃鉱山に残されていた濁り石を使った、極限環境での稼働実験が開始された。


「お嬢様、やはりこの石は魔力の波が荒すぎます!」


 記録係のミラが、手元の試験帳簿を睨みつけながら叫んだ。


 彼女の指先は寒さで赤く腫れていたが、そのペンの動きは猛烈な速度で計算式を弾き出していく。


「以前使っていた石よりも、不純物による魔力の詰まりと爆発的な放出が不規則に起こっています。この波の高さでは、今の《常火》の細火管では圧力を処理しきれず、すぐに破裂してしまいます!」


「波が高いなら、無理に押し込まずに、すべて循環させて逃がすのよ」


 リナリアは即座にミラの計算結果を覗き込み、作業台に広げた設計図に新たな線を書き加えた。


「ガスパル。余った魔力を循環させる『戻し輪』の径を、今の倍に広げてください。魔力が詰まりかけた瞬間、炉を強制停止させるのではなく、広い輪の中へ一時的に魔力を逃がして圧力を下げるんです」


「無茶言うな! 戻し輪の径を広げたら、今度は炉全体の熱が逆流して、外装が溶けちまうぞ!」


「だから、管の長さを延長して、外気で冷却しながら回すんです。ミラの計算した波の最大値に合わせて、鉄を叩いて!」


「……くそっ、やってやるよ! 王都の連中に、俺たちの火を止められてたまるか!」


 ガスパルは自らの右腕に装着した《常火補助具》を起動させた。


 ガガッ、と力強い機械音が鳴り、古傷の痛みを完全に抑え込んだ右腕が、迷いのない軌道で金槌を振り下ろす。


 カン、カン、カンッ!


 凍てつく工房の空気を震わせ、激しい打刻音が響き渡る。


 ミラの緻密な数字の誘導と、ガスパルの正確無比な鍛冶技術。そして、リナリアの現場を俯瞰する設計。


 三人の力が完全に噛み合い、ただの鉄の塊が、辺境の荒々しい魔力を飼い慣らすための新たな心臓へと生まれ変わっていく。


 数時間後。


 冷え切った作業台の上に、大きく迂回するような太い鉄の輪を備えた、新型の《常火》が組み上がった。


 これまでのものよりさらに無骨で、泥臭い外見だった。


「点火します」


 リナリアが静かに息を吐き、最も濁りの強い、黒々とした魔石を炉に滑り込ませた。


 ゴォォォッ……!


 激しい不純物の燃焼音が工房に響く。


 炉の内部で魔力が暴れ、圧力が急激に高まる。


 だが、限界を超える直前、拡大された『戻し輪』がその荒れ狂う魔力をスッと飲み込み、太い管の中をぐるぐると循環させ始めた。


 暴走しかけた熱が外気によって冷却され、再び穏やかな流れとなって心臓部へと戻っていく。


 ガガッ、ガガッ、と一定の低い駆動音が安定して刻まれ始めた。


「……安定しました。圧力値、許容範囲内に収まっています!」


 ミラが叫び、ガスパルが大きく息を吐き出して額の汗を拭った。


 炉の奥で、小さくも力強い《常火》が、赤い光を放って燃え続けている。


 王都の高級品なら一瞬で詰まって爆発するような最悪の濁り石を食らいながら、辺境の泥臭い炉は、少しも止まることなく動き続けていた。


「やりましたね……俺たちの石で、俺たちの炉が回ってるぞ!」


 職人たちが歓声を上げ、互いの肩を叩き合って喜んだ。


 アラン辺境伯も、信じられないものを見るように目を丸くし、やがて安堵の涙を浮かべた。


 リナリアは、熱を放ち続ける無骨な炉を見つめながら、静かに微笑んだ。


 王都商会による容赦のない材料封鎖。それは工房を潰すための致命的な一撃のはずだった。


 しかし結果として、その悪意は、ヴォルクハルト工房を王都の流通網から完全に独立させる最後のピースをはめ込んだのだ。


 材料も、技術も、規格も、すべてが自分たちの足元にある。


 もう、王都の顔色を窺う必要はない。


 辺境産の石で、辺境の炉が回る。


 凍てつく冬空の下、王都に一切頼らない、真の独立工房への確かな道が切り開かれた瞬間だった。

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