↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/68

第48話 音のない部屋

セレスティーヌの妹――ルチア・フォン・ランカスター。

その名を聞いた瞬間、エミールの中で様々な情報が一気に繋がった。


(セレスティーヌ様の妹。ランカスター公爵の令嬢。だとすれば、もう一人の女性も高貴な身分の方に違いない。帝国兵が要人を人質に取り、立て籠っていたということか? それなら、アドリアン殿下自ら乗り込んだ理由も分かる。……この保護の件は、近衛兵に報告すべきなのだろうか……)


「おい。エミール?」


エミールは思考に沈み込み、バスールの声に気付かない。


(だが、彼女は僕たちが近衛兵ではないと知って、安堵していたように見えた。それなのに、セレスティーヌ様の元へ連れて行けと言っている。これは、どういうことだ)


「エミール! 今ここで無理に決断して、選択肢を減らすな! とりあえず軍団長ボスの元に連れていけば、選択肢は残ったままだ」


「は、はい!」


バスールはエミールが連れてきた兵士に命令した。

「そこの荷車に載せて移動しよう」


命じられた兵士がルチアの傍らに膝をつき、詫びるように頭を下げた。

「ルチア様、申し訳ございません。このような物に乗せるのは、誠に心苦しいのですが……」


「問題ありません。急いでください」


(セレスティーヌ様とは雰囲気はまるで違う。いかにも箱入りの貴族令嬢という印象だ。だが――あの眼だけは、驚くほどよく似ている。)


不意に、正面通りのほうから声がした。

「おい! お前たち!」


エミールは反射的に息を潜め、声のした方へ視線を走らせた。近衛兵だった。

「なんだ? 火事場泥棒ではないだろうな?」


バスールは素早く周囲を一瞥し、他に人影がないことを確かめると、愛想よく近づいた。

「おお! 王国軍の方々ですか? 助かりました! 旅館の火事から窓を伝って逃げてきたのですが、家族が足を挫いてしまいまして……どうか手を貸してくれませんか?」


近衛兵は訝しげな表情を浮かべながらも、バスールへ近づいてきた。


バスールは一歩踏み込み、近衛兵のみぞおちに重い一撃を入れた。

「ぐっ!」

近衛兵は声にならない呻きを漏らし、その場にくずおれた。


「さて、どうしたものか。俺なら殺して、人目につかない場所へ捨てるがな」


「同じ王国人なのにですか?」


「王国人かどうかではなく、敵か味方かで判断すべきだろう。俺はこいつらを敵だと思うが。どのみち放っておけば報告されるぞ」


エミールは周りを見渡し、誰にも目撃されていないことを確認した。

「せめて、当分は目を覚まさないようにしておきましょう」


そう言うと、うずくまる近衛兵の身体を近くの物陰まで引きずり込み、念入りに当て身を重ね、しばらくは目を覚まさないようにした。


「甘いな。まあ、お前たちらしいといえばらしいが。しかし、多少時間が伸びただけだぞ」


「顔をはっきり見られたのは、バスールだけでしょう? 表向きは貴方はセレスティーヌ軍には存在していませんからね」


バスールは肩をすくめて言った。

「言ってくれるぜ」


「……行きましょう」


エミールたちは、燃え盛る『薔薇の棘亭』を背に、裏路地の闇へと姿を消していった。



一方その頃――

セレスたち一行は王宮近くの聖騎士団駐屯地に兵士を移動させていた。


駐屯地の正面にある聖騎士団兵舎から、あらかじめ偵察に出した兵士が戻ってきた。

「ここも帝国兵はいないようです。やはり王都から完全撤退したようですね」


「ありがとうございます」


「フェリックス、ルーク、先に王宮へ行ってください。王宮にも残兵はいないと思いますが、念のため警戒は怠らないようにしてください」


「ん? 団長はこないのかい?」


「少し寄りたい場所があります」


ミリアが気が付いた。

「聖騎士団団長室ですね」


「はい」


「セレス姫様のお部屋?」

ルナが反応した。


「そうよ、ルナ」


「見てみたい! ふかふかのベッドある?」


ミリアが微笑みながらルナに言った。

「ルナ。セレス様はそこに住んでたわけではなく、仕事をしてたのよ」


「剣の練習するお部屋?」


「私って、ルナにはそう見えてるのね……」


セレスとミリアは苦笑いをした。


三人は雑談をしながら兵舎の二階にあがり、団長室に入った。


壁には帝国軍第一騎士団の軍旗が掲げられていたが、それでも戻ってきたのだという実感で目が潤んだ。


セレスは正面にあった机に近づき、自分が座っていた椅子の背にそっと触れた。


「セレス姫様のお席?」


「そうよ」


たった数か月しか使っていないはずなのに、その感触がひどく懐かしい。

セレスは椅子に座り、目を閉じた。


「たった数か月だったけど、随分と昔に感じるわ……」


座ったまま、セレスは部屋をゆっくりと見渡した。


「でも、使ってたのも一年も満たないから、こんなにしみじみするのもおかしいかしらね?」


ミリアが答える。

「いえ、そんなことはありません」


ルナは壁に掛けられた帝国旗を指差し、不満そうに頬を膨らませた。

「セレス姫様! 私、この黒い旗が嫌いです。セレス姫様の旗をもらってきます!」


「ふふ……お願いね、ルナ」


ルナが出て行くのを見届けるとミリアはセレスに聞いた。

「セレス様。これから、どうなさるおつもりですか?」


「そうね。聖騎士団は王都を守る軍……とは言っても、実際は治安維持や式典の警護がほとんどだったわ」


「でも、まだベスティア領に帝国軍は残っています」


「それでも、王都を空にするわけにはいかないわ。王都を守るのは聖騎士団本来の役割。今度は、本当にアルクリーズ兵や紅蓮騎士団とも別々になるでしょうね」


セレスは寂しげに笑った。

「ミリア、勘違いしないで。王都を取り戻したことはとても嬉しいのよ」


「……セレス様」


「カイルやミリアたちだって、今後、帝国軍と戦うには必要な人材よ。王国のことを考えたらこのまま聖騎士団に残すなんてできないわ」


「ですが、敢えて申し上げます。アルテール平原の勝利は、セレスティーヌ軍があったからこそです。王都の防衛を軽んじるつもりはありませんが、ベスティア領遠征が再びあるなら、参加するべきです」


「でも、今度こそ、アドリアン殿下が許してくださるわけがないわ。聖騎士団が外征に加わること自体がおかしいのだから……」


「そんな……」


「ごめんなさい。少し感傷的になったかもしれないわ」


扉が開きルナが戻ってきた。

「セレス姫様。旗を持ってきました!」


ルナは帝国旗を壁からはがし、聖騎士団の旗をいそいそと取り付けた。


「ありがとう。ルナ」

セレスは優しく微笑み立ち上がった。

「そろそろ、王宮に向かいましょうか」



三人が兵舎から出ると荷車がこちらに向かってきた。

「なにかしら?」


「セレス姫様。エミールたちです」


「ルナは本当に視力がいいのね」


エミールが兵舎の入口あたりにいたセレスに気が付いて叫ぶ。

「セレスティーヌ様! 医務室をお借りします!」


荷車には布が掛けられていた。

『医務室』という言葉に、セレスは思わず表情を強張らせた。


「どこかで帝国兵と戦闘になったの?!」


「そ、その声は、姉さま!?」


布から一人の少女が顔を出した。


「ル、ルチア! 生きていたのね!」


セレスは横になっているもう一人の少女の顔を見てさらに驚いた。

「王女殿下!?」


「気絶しているだけのようです。ただ骨折してる可能性があります」

エミールが答えた。


「わかったわ。急いで医務室へ。軍医を呼んで! ミリアも手伝って!」


「はい!」


「でも、でも、二人とも無事で本当に良かった……」


ルチアがセレスの腕をつかんだ。

「姉さま、治療は王女殿下だけでいいわ。姉さまにとても大切な話があるの。二人きりで話がしたい」


「でも、あなたも怪我をしてるじゃない」


ルチアは声を荒げ、姉の言葉を遮った。

「お願い! 時間がないの!」


セレスは妹のこのような形相を見たことがなかった。

「わ、わかったわ」


セレスはルチアに肩を貸し、二人は団長室に向かった。

「ルチア、お父様はご一緒じゃなかったの?」


「……」


団長室に入り、扉が閉まったあとルチアは姉に告げた。


「お父様も、国王陛下も殺されました……アドリアン王子にです」


「……何を言っているの、ルチア。そんなことあるわけないじゃない」


「私は、この目で見たんです! アドリアン王子の剣が、お父様の胸を貫く光景を!」


ルチアはその場で泣き崩れた。


セレスは何が起こっているのか理解できず、呆然と立ち尽くした。

世界が音を失ったようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。