第42話 軍議の波紋
アドリアン王太子が手を叩く。
その合図とともに査問室の扉が開き、近衛兵が入ってきた。
「ヴァルデン卿をご案内しろ」
「はっ」
カイルは近衛兵に促されるように立ち上がり、出口に向かう。
部屋から出る間際、背を向けたまま静かに尋ねた。
「私は、いつまで軟禁されるのでしょうか?」
モンモランシーは目を閉じ、もっともらしく頷きながら返事をした。
「我々は、君の無実を証明するための努力を怠らない。しばらく辛抱してくれ」
アドリアン王太子が付け加える。
「『軟禁』とは人聞きが悪いな。シャルルに言って、豪華な客室を用意させてある。そうだな……休暇だと思って、ゆっくりくつろいでくれたまえ」
「はぁ……それはどうも」
カイルは不遜な返事を投げ捨て、部屋をあとにした。
近衛兵に先導され、静まり返った廊下を歩く。
絨毯の敷かれた階段を上がると、案内された先は二階の客室だった。
豪華な客室という言葉に偽りはなく、客人を迎えるには十分すぎる部屋だった。鉄格子こそ嵌められていたが、窓もいくつかあり、室内は明るい。
「私は部屋の前に控えておりますので、御用があればお呼びください」
「君、名前は何て言うんだ?」
「お答えする必要はありません」
「ふーん。ところで、君は近衛勤めは長いのかな?」
「お答えする必要はありません」
「……」
カイルは少し考えたあと、質問を変えた。
「王太子殿下への忠誠は高いようだが、王家への忠誠はそれより低そうだな?」
近衛兵は顔を赤くして言い返した。
「そんなことはありません! 王太子殿下への忠誠こそが、王家への忠誠に他なりません!」
「わかった、わかった。冗談だよ」
(図星のようだな)
(さて、しばらくしたらバス・ドゥ、いやバス―ルがこの場所を見つけてくれるだろう。それまでのんびりするか)
カイルはテーブルに置いてあった果物をつまんで口に放り込んだ。
◇
出兵前に軍議を行った会議室で戦後軍議が行われていた。
『統括軍議』という名目も、実際にはカイルへの秘密査問を隠すための方便に過ぎなかった。
出席者はロシュフォール侯爵とアルテール平原に出兵した将軍や諸侯、そして爵位を持つ副官か子弟たちであった。
部屋の壁際に勲功記録騎士たちが直立している。
総大将のライネル将軍が、アルテール平原での戦いの詳細を報告していく。
その中で、セレスが前線に出たことも、戦況を覆すために不可欠な英断であったと強く説いた。
ロシュフォール侯爵はセレスと聖騎士団の活躍を認め、今回の軍令違反は『訓告処分』に留めると宣言した。
その後、各軍団にいた勲功記録騎士が順番に、さらに細かい戦果報告をロシュフォール侯爵へと開始した。
そこへ、アドリアン王太子とモンモランシー子爵が会議室に入ってきた。
一同は挨拶をしようと立ち上がろうとしたが、アドリアンは「そのまま」と手で制する。
記録騎士による報告が一通り終わったあと、将軍たちが一様に気にかけていた疑問を、マーロンド伯爵が代表して尋ねた。
「ところで、ヴァルデン卿の姿が見えぬようですが……セレスティーヌ卿、彼はいったいどうしたのかね?」
「それは私がお答えしよう」
アドリアンの後ろに静かに立っていたモンモランシーが口を開く。
「失礼。お初の方もいると思うので挨拶しておきましょう。私は二百年以上の歴史を持つローゼンベルク王立学院学長のグザヴィエ・フォン・モンモランシー子爵だ」
余韻にひたるように一呼吸置いたあと彼は続けた。
「彼は緊急の用件でここには来られない。まあ緊急と言っても事務的なことだ。心配することはない」
その言葉を聞き、セレスは直感した。
(『利敵行為の疑い』は黙ってるつもりだ。不要な風評を広げない――そんな理由でも付けるつもりなのだろう。)
(いや、これは逆だ。将軍ら軍人たちには隠したいのだ。そして私もその取って付けた理由に従うと思っているはず)
セレスは静かに手を挙げた。
「親愛なるモンモランシー学長。私が先ほどヴァルデン卿と別れたときは、近衛兵より『利敵行為の疑い』があると、はっきり聞きましたが?」
会議室がざわついた。
ライネル将軍も驚いて、ロシュフォール侯爵を見つめた。
ロシュフォール侯爵も困惑して首を振った。王太子の独断であったのだろう。
マーロンド伯は声を荒げた。
「どういうことか、説明願えるだろうか?」
モンモランシーはセレスがはっきりと確認してくるとは思っていなかったので、少し鼻白んだ。
「『ヴァルデン卿は、敵に通じており、敢えて兵糧を焼かせた』という噂があってだな。無論、私は疑っていないが、軍としては、兵士たちの動揺を招くわけにはいかない」
セレスは口止めされていたものの、兵糧に火を放ったのがバス・ドゥであることを知っていた。だからこそ、この疑惑が濡れ衣であることも理解していた。
「私には学長様こそ、根も葉もない噂で軍を混乱させているようにしか見えませんが」
「そんなことはない」
「『利敵行為』という言葉を選ばれた時点で、結論ありきではありませんか」
アドリアン王太子はなだめるように言った。
「まぁまぁ、セレスよ。学長は、軍内で有耶無耶にしたくなかったがゆえ、敢えて厳しい言葉を使ったのだ。そのあたりを組んではくれんか?」
セレスは唇をきつく結んだ。
カイルが不当に扱われることだけは、どうしても看過できなかった。
「組みません。そもそも軍と関係者のみで行う『戦後軍議』の場に、王立学院の学長様が上座から、我々を諭すような物言いをしているのが理解できません。私のような若輩者ならまだしも、歴戦の将軍方に対して失礼ではありませんか!」
王太子への非礼とも取れる発言だった。だが、この場違いな学長と、それを軍議へ招き入れた王太子に、諸将も少なからず思うところがあった。セレスを咎める者は誰一人いなかった。
モンモランシーは明らかにひるんだ。
「……で、殿下」
「私が許可したのだ。それではいけなかったかな?」
ロシュフォール侯爵も王太子の独断に思うところがあり、珍しく申告する。
「殿下がお許しになったのであれば、何人の入室も可能にございます。……ですが、そのような特例であっても、事前に軍の指揮官たちに通達しておくのが軍議の鉄則にございます」
「それは、初耳だな」
「いえ、お伝えしていなかった我々の不徳の致すところでございます」
アドリアン王太子がセレスを睨みつけたあと、すぐに温和な顔になり言った。
「すまない。配慮が足りなかったようだ。モンモランシーよ。貴殿はいったん退出してくれ」
「……くっ、承知致しました」
屈辱に顔を歪めながら、モンモランシーは部屋から逃げるように出ていった。
セレスはすぐさま王太子を見据えた。
「殿下。繰り返しになりますが、ヴァルデン卿は無実でございます」
「セレスよ、その件については既に決定したのだ。安心しろ、悪いようにはしない。今頃は豪華な部屋でくつろいでいるはずだ」
「……わかりました」
セレスはそれ以上追及せず、引き下がった。これ以上はカイルの立場を悪くすると判断したのだ。
「そんなことより、本題といこう」
アドリアンが声を張り上げると、一同の間に緊張が走る。
「本題ですか?」
「王都方面に放っていた密偵から、面白い報せが伝信竜によって届いた」
「それは……?」
「どうやら、ディートハルト率いる五千の部隊が王都を離れベスティア領方面へ向かったようだ」
マーロンド伯爵が顎に手を当てる。
「グランゼイド本国で何かあったと考えるべきですな」
ライネル将軍が続ける。
「ふむ、皇宮で何かあったか、さもなくば外敵か。帝国北部は敵対している小国が多い」
諸将が分析を交わす中、アドリアン王太子は言った。
「そこでだ。この千載一遇の機会を逃すわけにはいかん。――我々はこれより、王都を奪還する!」
将軍たちは感嘆の声をあげた。
「おお……!」
「ライネルよ。この場合、いかほどの兵が必要だ?」
「フルーランシュを占領している帝国軍の動きが、まだ完全につかめませぬ。ルミナリアの防衛を考え、二個師団、約二万程がよろしいかと」
「よろしい。二個師団を編成し、その一翼に聖騎士団を組み込む!」
アドリアンは立ち上がり、言い放った。
「そして総大将は私だ!」




