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第13話 獲物と狩人

アルクリーズ城とラウルズを結ぶ街道にかかる、ラウール大橋。

その付近に、公国の街グレイヴから密かに移動してきた公国軍が陣を張っていた。


四千の公国軍を率いる将、ヘンドリック・ロレンツィオは、前方の街道をゆく小さな行列を指さした。

「ひい、ふう、みい、よう……幌馬車五台、斥候の報告通りだ。ありがたくも我々のために、わざわざラウルズから兵糧を運んできてくれたぞ」


四十代の恰幅(かっぷく)の良い武人は、余裕たっぷりに笑みを浮かべた。


「こちらに気が付いたようです! 街道を外れ、川沿いに東へ逃走。護衛は二百ほどです!」


副官である小隊長の報告に、ロレンツィオは豪快に頷く。


「よし。歩兵千名と騎兵千騎は街道に残れ。我ら騎兵二千にて、あの輸送隊を追撃する!」


二千の騎兵団が、獲物を狙う猛獣のように一斉に駆け出した。轟く蹄の音とともに、土煙を上げて大地を駆ける。


目標の輸送隊は、幅広い河畔(かはん)を必死に逃げる。だが、荷台を引く馬車では、駆け寄る騎兵の速度から逃げ切れるはずもない。見る間に距離が詰まっていく。


「あと少しで捕捉できます!」


若い小隊長が、興奮気味に叫んだ。


そのときだった。

突然、輸送隊の荷馬車から一斉に真っ白な煙が噴出した。濛々と立ち込める煙幕があたり一面を呑み込み、公国軍の視界を瞬時に奪う。


「これは、煙幕のようです! 煙に乗じて逃亡するつもりです」


ロレンツィオは馬の手綱を強く引き絞った。


「うろたえるな! いつまでも続くものではない」


「しかし、視界がこれでは、味方同士が接触するかもしれません」


「少し距離をとって、煙が薄くなる位置まで下がれ。なに、煙がまさに幌馬車の位置を教えているようなものだ。見失うことはあるまい」


しばらくすると、煙幕切れなのか煙の隙間の視界が開けてきた。


「進行方向に丘が見えます。敵輸送隊、北へ転進しました!」


小隊長の報告に、ロレンツィオが即座に反応する。


「ちょうど良い。あの速度のままでは旋回は出来やしない。必ず速度が落ちる。そこを狙え!」


ロレンツィオの号令一下、煙の切れ目に見えた輸送隊へ、騎兵たちが再び殺到する。公国軍の騎兵団も、右手に丘を負う形で北へと転進し、一気に突き進む。


偽装隊に混じったセレスは、馬車の中で奥歯を噛み締めていた。

(あとはタイミングね……。信じるしかないわ)


煙幕が次第に薄れていく中、公国の騎兵はもはや目と鼻の先まで肉薄していた。


急な旋回により、最後尾の幌馬車の車輪が外れ、転倒した。


セレスが叫んだ。

「あ! 馬車を止めて! 味方の馬車が取り残されたわ!」


輸送隊は速度を緩め、止まった。


「手間をかけさせおって。逃亡できぬよう包囲しろ」


そのとき、東の丘の上でキラッと光が瞬いた。


「ん? なんだ」


異様な気配を感じ、ロレンツィオが丘の上へと視線を走らせた。


そこには、無数の「白い煌めき」が立ち並んでいた。西日に照らされ、まるで丘に降り積もった白雪のごとく、眩い輝きを放っている。

「なっ……!?」


息を呑むロレンツィオの目が見開かれた。アルクリーズ城から、兵が出撃したという報せなど受けていない。


だというのに、視界を埋め尽くすのは――。

白銀の鎧。そして、風にたなびく無数の旗印。


小隊長が、震える声でうめくように言った。

「あれは……ローゼンベルク王国聖騎士団ですッ!!」



――時は遡り、セレスの輸送隊が城を出た頃。


ミリア率いる聖騎士団本隊は、メイルドック辺境伯領内を川沿いに西へと向かっていた。

「このまま街道を北西に向かえば、明日にはアルクリーズ城です」


傍らの騎士が告げると、ミリアは小さく頷いた。

「無事、合流できそうね」


「ええ、向かいましょう」


騎士が促すが、ミリアは不意に空を見上げて手綱を引いた。

「待って。カイルの伝信竜(レグート)だわ」


旋回してきた一羽が、馬車に据えられた巣箱(ネスト)へと着地する。ミリアは筒から取り出した書状の内容を、素早く確認した。

「交渉の結果ですか? カイル殿はなんと?」


期待に満ちた騎士の問いに、ミリアはこめかみを押さえて呻いた。

「あの阿保(あほ)カイルめ……セレス様を連れて、よくもこんな危険な作戦を立てたわね!」


「……?」


「予定変更よ。アルクリーズ城には向かわない。このまま川沿いに進むわ!」


そして、作戦当日。

ミリアは予定の地点、河畔(かはん)を見下ろす丘の上に陣を構えていた。


視界の先、西から白い煙を噴き上げながら、輸送隊がこちらに向かってくる。その後方には、獲物を追うヴァリシア公国軍の騎兵二千。

「あれは狼煙ですか? にしては煙の様子がおかしいですね」


「似たようなものよ。戦闘準備! 配置について!」


――そして、今。

ロレンツィオが迎撃の号令を絞り出すよりも早く、丘の頂からミリアの号令が戦場を震わせた。

「全軍! 突撃ッ!! 敵背後を強襲しなさい!」


その瞬間、稜線に留まっていた白銀の軍勢が、音を立てて崩れ落ちる雪崩のごとく斜面を駆け下りた。


「騙された! 伏兵だ!」

「な、なんだこの数は……!?」


公国騎兵団は、一瞬にして恐慌(パニック)状態に陥った。包囲しようとしていたはずが、丘の上から迫る倍近くの兵に包囲されようとしていたからだ。


逃げ惑う輸送隊は、公国軍を誘い出すための「餌」に過ぎなかった。丘の上に潜んでいた本隊の正体を知り、彼らは絶望に顔を歪める。


「なぜ聖騎士団がここにいるのだ!」


セレスは、馬車に並走してきた部下の騎士に目配せを送った。騎士が手綱を引いて差し出した愛馬の背へと、彼女は迷いなく飛び移る。

そのまま力強く手綱を握りしめ、碧色の騎兵たちを率いて乱戦の渦中へと飛び込んでいった。


「指揮官を逃がさないで! 包囲を縮めてください!」


セレスの凛とした号令が響く。


指揮を執るべきロレンツィオ自身、いつの間にか完全に退路を断たれていた。四方から殺到する白銀の騎士たちに阻まれ、もはや身動きすら取れない。


そのとき、ロレンツィオの目の前に一人の少女が姿を現した。

夕陽を浴びた白銀の鎧が眩く輝く。


(……戦女神(エイリーン)!?)


ロレンツィオは思わず息を呑んだ。


その幻想を打ち消すように、少女は静かに名乗った。


「私はローゼンベルク王国聖騎士団長、セレスティーヌ・フォン・ランカスター。貴殿が公国軍の指揮官ですね」


彼女の瞳には、一切の迷いがない。


「無駄な抵抗はやめて、投降してください」


「くっ……ここまでか……」


ロレンツィオは力なく呟き、がっくりと肩を落とした。


「わかりました。セレスティーヌ殿。降伏しましょう」


剣を捨て、セレスティーヌに近づいていく。


「ところで、セレスティーヌ殿。実は帝国軍について、お伝えしたいことがあります。お耳をお貸し願えますか?」


卑屈な笑みを浮かべて身を乗り出した。


その袖口で、鈍い光が一瞬だけ煌めいた。


「覚悟……ッ!!」


降伏を装ったロレンツィオが、隠し持った短剣でセレスに飛びかかろうとした、そのときだった。


一閃。


ロレンツィオの首が、音もなく胴体から離れ、宙を舞った。


「セレスティーヌ様、お気をつけください。最後まで油断なきよう」


いつの間にか傍らに立っていたエミールが、双剣に付着した血を鋭く弾いた。


「ありがとう、エミール。助かったわ」


エミールの背後から、馬を寄せたミリアが声をかけた。


「セレス様」


ミリアは安堵したように剣を鞘に納め、戦場を見渡した。そこへ、一足先に馬を休めていたカイルが、静かに進み出てくる。


(みんな)、感傷に浸るのは後だ。街道に戻るぞ。敵はまだ半分残っている」


カイルの冷静な一言が、勝利に沸く空気を通わせた。


「……そうね。行きましょう」


セレスたちは頷き、再び馬を走らせた。


激闘の跡地には、主を失った馬のいななきと、公国騎兵団の亡骸だけが虚しく残されていた。



輸送隊の追撃に出た騎兵団を見送った後。

街道に残された二千の公国軍は、すでに臨戦態勢を解除していた。


日が傾き始めた頃、彼らは早くも野営の準備を整え、あちこちで焚き火を囲み始めていた。


「そろそろ奴らも戻ってくるんじゃないか? 馬車の荷物を分捕ってな」

「酒なんか積んでたら最高だな。今夜は乾杯といこうぜ!」

「おっしゃ! 戦勝祝いだ!」


士気高く酒盛りの準備を始める公国兵たちの耳に、微かな地鳴りが届き始めた。


「おい、馬の音だ。戻ってきたぞ!」


喜び勇んで目を凝らす。だが、視線の先に現れたのは――夕闇を切り裂く、燦然たる白銀の輝きだった。


「な……!?」


彼らの前に現れたのは、味方の騎兵団ではない。正真正銘の、王国聖騎士団であった。


「嘘だろ……あいつら、どこから!?」

「まさかやられたのか!? 追撃部隊はどうした!」

「撤退だ! ここから離れるぞ!」


武装を解いていた公国軍は、パニック状態で聖騎士団とは反対方向へ逃れようとした。しかし、その退路を塞ぐように、低く通る声が響いた。


「おっと、ちょっと待ちな。……そっちは行き止まりだぜ?」


「なっ、何者だ!?」

公国軍の士官が狼狽して叫ぶ。


行く手を遮るように立ちはだかっていたのは、深紅の鎧を纏った一団であった。

その数、およそ一千。居並ぶ彼らは一斉に、巨大な騎馬槍(ランス)を垂直に立てた。退路を完全に塞ぐ、強固な「壁」と化している。


中央から、唯一の軽装を纏った男が馬を歩ませた。長斧槍(ハルバード)をくるくると回しながら、悠然と姿を現す。

アルクリーズ軍の碧色でも、聖騎士団の白銀でもない。


(あか)い鎧……? どこの所属だ! 貴公、ローゼンベルクの軍勢か!?」


士官が震え声で叫んだ。


「かぁーっ! やっぱり知らねえか。まあ、田舎貴族の部隊じゃあな」


男は肩をすくめて吐き捨てると、ようやくその顔を晒した。

不敵な笑みを浮かべた男は、手にした長斧槍(ハルバード)を肩に担ぎ直し、高らかに言い放つ。


「俺はフェリックス・フォン・ダミアン。我が男爵家が誇る『紅蓮騎士団』の団長だ。悪いが、お前ら――公国には帰れねえぜ?」

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