第44話:『スパイの引退。 ―魔界ハーブで細胞が歌い出す―』
九条家を監視していた国際スパイ。
しかし、お母さんが趣味で育てていた「魔界ハーブ」のあまりの栄養価に、彼のDNAが書き換えられてしまいます。
殺意も任務もすべて「健康」という名の暴力に押し流され、彼は最強の農夫へとジョブチェンジを果たしました。
「ターゲットの自宅、九条家周辺に潜入。……こちらコードネーム『シャドウ』」
九条家の生け垣の影で、ハイテクな光学迷彩スーツを着た国際スパイが、超高性能マイクを向けていた。彼は某国の諜報機関から「世界を裏から操る九条リィナの正体を暴け」と特命を受けていたのだ。
「……現在、ターゲットの母と思わしき個体が、庭で謎の植物に肥料を撒いている。……待て、あの肥料、光ってないか?」
シャドウが目撃したのは、お母さんが**(神の加護)×(魔王の堆肥)×(パパの飲み残しの栄養ドリンク)**で育て上げた、九条家特製「キッチンハーブ(魔界仕様)」だった。
「ふぅ。リィナ、今日の晩ごはんは冷しゃぶよ。この『デス・ミント』を添えれば、夏バテも吹っ飛ぶわ」
お母さんが家の中へ戻った隙に、シャドウは空腹に耐えかねて(潜入48時間目)、その庭に生い茂る青白く光るハーブを一葉、口に含んだ。
「……ただのミントだ。毒性チェック、異常な――」
ドクンッ!!
次の瞬間、シャドウの全身の細胞が、オーケストラのような大合奏を始めた。
(細胞の活性化)×(全チャクラの強制開放)×(視力:50.0へのアップデート)。
「な、なんだ……!? 視界が……地球の裏側の裏側まで見える! 筋肉がダイヤモンドより硬くなり、脳内麻薬がドバドバ出て……私は……私は今、宇宙と一体化しているッ!!」
「……ねえ、パパ。あそこで変な格好の人が、虹色のオーラ出しながら踊ってるんだけど」
リィナが窓から外を指差すと、そこには筋肉が膨張しすぎてパツパツになった光学迷彩スーツの男が、涙を流しながら「世界は……美しい……!」と叫び、庭の雑草(魔界産)をムシャムシャ食べていた。
『ああ、リィナ。……彼、某国のエーススパイだね。……(印:職業適性の書き換え)×(印:農業への目覚め)。……よし。彼は今日から、魔王の城の裏にある『自治会共有農園』の管理人として第二の人生を歩むことになったよ』
「パパ、本当に情け容赦ないわね」
翌日、シャドウは「私は人を殺す道具ではなく、野菜を育てる天使になる」という書き置きを組織に残し、麦わら帽子を被ってクワを振るっていた。
スパイが健康になりすぎて引退するという、平和的(?)な解決方法(笑)。
九条家の庭で採れる野菜は、もはやドーピングを通り越して「強制覚醒剤」の域に達しています。




