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【取材】に関する閃き

 多くの超越者は本拠地として、木々の生い茂った離島のような見た目の大きな船──島船を所有している。


 普段は各国の迷宮都市外に構えたセーフハウスを転々としている僕だが、今日は久々に島船へと帰還していた。


 ちなみに、マナが豊富で異能者に人気の迷宮都市内ではなく、都市外に仮拠点を用意しているのは、偏に安全の為だ。


 木を隠すなら森の中。異能の気配が場に満ちているという事は、敵が隠れて接近しやすいという事でもある。


 その点、主に未能者が生活している場所を拠点にすれば、マナや瘴気の影響を受けやすい彼らを観察する事で逸早く異変に気付けるだろう。


「でぇい!」


 デクランは地面に触れるほどに上体を沈ませて、巨大な金色の熊の突進を避ける。


「ウウゥ……!」


 そのまま居合のような所作で聖剣を斬り上げたが、金熊も真横の木から太い枝を乱暴にもぎ取り、振り下ろして切っ先を弾く。


「器用過ぎらぁ!王様、こいつぁ一体何なんです!?」


「熊」


「俺の知ってる熊と違ぇ!」


「……落ち着いて聞いて下さい。異界生まれの渡界者は知らないでしょうが、これがこの世界の標準的な熊なんですよ、デクランさん」


 僕達がデクランの孤軍奮闘を見守っていると、スフィアが悪い笑顔を浮かべて言った。


「スフィア、息を吐くように嘘を教えないで」


「ええっ、熊って戦っちゃうとあんなにツヨツヨなの!?」


 お前が騙されるのか、シビュラ……。


 勿論、スフィアの言っている事はデタラメだ。あの熊が異様に強いのは、島船の環境に適応して生まれた変異種だからである。


 この島船には、内部だけで完結した1つの生態系が構築されており、同時に超越者が暴れても多少は耐えられる設計となっている。


 その快適さから、術式実験や自己鍛練の場として便利に使った結果、僕のマナとシグネットが環境そのものに浸透してしまった。


 結果としてこの船は、人間よりも強くて賢い覚醒した動物や、昼夜問わず淡い光を放ち続ける植物が跋扈する魔境と化している。


 念の為に自己弁護しておくと、他の超越者が暮らす島船も似たり寄ったりだ。それこそアインの島船と比べれば、僕の船なんて大人しい方だろう。


 とはいえ、独自の環境は侵入者対策にもなるので、悪い事ばかりではない。




「ぐぇぇ……汗が止まらねぇ……!」


「お疲れ」


 僕は熊と戯れて汗だくになったデクランにタオルと水を差し出した。


 位階が低い体は無理が利かないから、僕達の側が気を遣わないといけない。


「僕が留守にしてる間、デクランにはこの船の管理をして欲しい」


「まぁ、熊1匹に負ける俺が前線に引っ張り出されても活躍できねぇでしょうからね。仕事が貰えるだけでもありがてぇ」


 デクランは何度か金熊に接近したが、聖剣を警戒されて勝てなかった。やっぱり聖剣の弱点は直接斬り付ける必要がある事だな。


 だが、その程度であれば充分に当たりの部類だ。遺物は偶然の産物なので、もっとピーキーな性能の欠陥品も多い。


「それで、デクランはどの組合に入るか決めた?」


「はぁ、組合……?王様の入ってる球状星団とやらじゃねぇんですかい……?」


「別にバレンシア派閥だからって僕と同じ組合に入る義務はない」


 所属がバラけた方が、他の組合の内部情報を収集しやすくなるしな。


「え、私の時は選択の余地なく球状星団に加入しろって言いましたよね?」


「スフィアみたいな度を越えた問題児は、問答無用で球状星団。逆に聞くけど、他の組合に馴染む自信ある?」


「馴染む?何故、私が有象無象に合わせなければいけないんですか?」


「こういう性格の終わった異能者を隔離する為に球状星団がある」


「ウゥ」


 金熊が僕の言葉に同意するように唸った。


「熊鍋にしますよ、畜生風情が」


「ウヴッ!?」


 スフィアの掌底が金熊を吹き飛ばす。


 梧桐志鳳と初めて会った時に受けた技か。一度見ただけで覚えるとは、本当にスフィアは才能の塊だ。


「僕の感覚だけど、聖蹟連合は外向的、花蓮会議は内向的、破綻枢軸は二面性のある性格の異能者が多い気がする」


「シビュラは1人で祭具を作っちゃうのが好きだから、花蓮会議が合ってるよ!」


「お、俺は破綻枢軸だが二面性はないと思う」


 シビュラとドルクが口々に言い合っている。全体的な傾向を伝えただけなのに、性格診断みたいな空気になってしまった。


「終わってる性格で悪かったですね!」


 スフィアは切り株を蹴りながら、1人でいじけている。


「ひぃ……」


「ウゥ……」


 八つ当たりを恐れてか、デクランと金熊が仲良く木の影に隠れていた。この調子なら船の管理人としてやっていけるだろう。




「閃いた」


 遺失支族から受けた怪我を完治させた志鳳が、完全復活とばかりに肩を鳴らした。


「取材に行こう」


 志鳳は演出家を自称し、舞台だけでなくドラマや映画、最近ではアニメの演出まで手掛けている。


 演出家として傑作を完成させる為には何が必要か。


 志鳳が特に重視しているのは、物語を多角的に解釈できる感性と明確な方針を示す決定力だ。


 彼は他人の影響を受けやすい人間だが、過程を重視する性格なだけで、最終的に決断を下す資質はある。


 ならば、磨くべきは感性だ。様々な観客(にんげん)の物の見方を知る為に、久し振りに取材を目的とした外出をしようと考えた。


 が。


「あはは、志鳳くん、こっち向いて?」


 左耳。爽やかな甘さを含んだ高声が流し込まれる。


 いつもの癖で振り向きそうになるも、鋼の精神力で堪え、親指と人差し指に挟んだ1レプタ硬貨に全神経を集中させた。


「私の事は無視ですかぁ」


 右耳。芯に幼さが残るハスキーボイスと吐息が吹き掛かる。


 反射的に体が跳ねたが、腕だけは揺らさずに硬貨を持ち上げた。


 そして、遂に1レプタ硬貨の塔が完成する。


「……僕の勝ち。今日の行き先は僕が決める」


 幕楽と杜鵑花の前には崩れた硬貨の山ができており、志鳳が無事に手番を終わらせた事で決着が付いた。


「強過ぎですぅ」


 杜鵑花が口を尖らせながら、シグネットで硬貨を雑に集める。


「流石の集中力かな」


 幕楽は丁寧な手付きで、自分の硬貨を片付け始めた。


「2人共、先に硬貨が崩れたからって妨害行為に全力を出さないで」


「やっぱり耳だと効果が薄いですかぁ?」


「あはは、志鳳くんはうなじを触られるのが弱点だよ。次があったら、そっちを狙おうかな」


「……この2人が揃うと僕の手に負えない」


 幕楽と杜鵑花は志鳳と同じ断章取義に所属している為、ウールーズの中でも関わる機会が特に多い。


 それ故に弱点も知り尽くされており、志鳳は横暴な姉と妹に挟まれたかのように手玉に取られていた。


「とにかく、今日は取材に……」


『むむっ!取材と聞いて、ぬるっと登場っす!口伝──盲目的な影法師ブラインドリー・シルエット──解除』


 3人の座っているテーブルの影から、明るい金髪の女性が勢い良く飛び出す。


「何ですかぁ?今、2回戦を始めるところなんですけどぉ?」


「しないから。僕の勝ちで終わり」


 腕を絡めて強請ってくる杜鵑花に対して、志鳳が毅然と断った。


 その様子を見た弱竹(ナユタケ)美虎(ミトラ)は目を丸くする。


「2回戦……おおっ、お取り込み中っすか!?アポなしで失礼しましたっす!ごゆっくりどうぞ!」


「待って、何か誤解されてる気がする」


 美虎は薄着の上に羽織ったコートから愛用の撮影用祭具を取り出した。


「こっちの影に潜っておくので、うちに構わず続けて欲しいっす!モザイク処理はお任せあれ!」


「あはは、帰りはしないんだね……」


「ジャーナリスト魂っす!記者たるもの命を捨ててでも真実を追求すべし!」


「立派な信念だけど、やってる事がゴシップ記者」

 

「ちゃんとした記事も書いてるっすよ!うちの書いた『実録!国際異能連盟の闇!』を読んでないんすか!?」


「ゴシップじゃないですかぁ」


 志鳳達が話していると、幕楽が厨房から料理を運んでくる。


「美虎ちゃん、せっかく来たんだから少し食べていく?」


「食欲を唆る匂いっす!」


「あはは、さっき作ったキッシュの余りかな。志鳳くんとアインちゃんが農園から貰ってきたお土産の野菜で作ったんだよ」


 ウールーズの奥には、時間系と空間系のシグネットを刻んだ特注の食品倉庫があり、鮮度を保って保管できる。


「卵料理は好きかな?」


「スクープの次に大好物っすよ!」


 美虎はあっという間にキッシュを平らげた。素早く食事を済ませる事も、記者には必須の技能らしい。




「うちも前々から遺失支族の事は疑ってたんすよ。過去の活動を調べても、経営者としての欲を感じられなかったっすからね」


「欲?」


「そうっす。必死じゃないというか、ゲーム感覚というか……。別の目標があって、その片手間で企業経営をしてるように見えたっす」


 仕事柄、多くの経営者を見てきた美虎の目には、その態度が異質に移ったようだ。


「余裕ぶってるとか危機感がないとか、そういうタイプとも少し違うんすよね。むしろ表向きは人間らしさを取り繕ってるけど、根本的な何かが歪んでいるような……」


 人間に擬態していても黙示録は別種族。見る者が見れば違和感を覚える。


「志鳳さん達のおかげで奴らの正体は分かったっす。でも正直、まだまだ調査する余地はあるっすね」


「インタビューでも申し込むつもり?」


「直接の取材は連盟から禁止されてるっす。奴らの手に落ちて、タヴさんみたいに暴走させられたら洒落にならないっすから」


 信号機の色が変わり、美虎がブレーキを掛けた。


「今日は別件っすよ。セントレアで噂になってる都市伝説に関して、周辺住民に聞き取り調査する予定っす」


「都市伝説ですかぁ。そういう怪しげな話、美虎さんは本当に好きですよねぇ」


「まあ、ほとんどは単なるデマっすけど、たまに大スクープに繋がる事もあって面白いんすよ」


「あはは、未能者の発信する情報は玉石混淆で選別が大変そうかな」


 知覚系のシグネットなどによって真偽判別ができる異能者と異なり、未能者の間では不正確な情報も広く拡散してしまう。


「その中から真実を探し出すのが、うちらの腕の見せどころっす」


 美虎の運転する軽自動車の助手席には志鳳、後部座席には幕楽と杜鵑花が座っている。


 4人全員が同じ結社──断章取義に所属しているので、移動時間も会話のネタには困らない。


「それで、都市伝説の内容は?」


「ああ、言い忘れてたっす。紗鶯さんの力も借りて事前に情報収集した感じだと」


 美虎は左手をだらんと垂らして見せた。


「悪霊が出るらしいっす」




「うがー!目撃証言がバラバラっす!」


 美虎がLITH端末に表示した地図は、バツ印と細かい追記で埋まっている。


「実際に多数の怪我人が出てるのに、犯人の姿は不明なんですねぇ」


「高位階の異能者なら見えない速度で動けてもおかしくないけど、だとしたら死者や重傷者が出てない事が不思議だね」


「人間だけを狙ったり、家具まで無差別に壊したり、被害状況にも一貫性がない。……で、ここからどうする?」


 志鳳は今回の責任者である美虎にお伺いを立てた。


 未能社会で起きた異能事件を取り扱う異能対策室にも聞き込みを行ったが、おそらく捜査状況は芳しくない。


 美虎の話術を以てしても、フルールドリスに異動した同僚が合コンで盛大に滑ったという、何の益にもならない与太話を引き出せただけだった。


「こういう事もあろうかと、知覚系の志鳳さんを連れてきて良かったっす!」


「言うと思った。報酬はしっかり貰うから」


 美虎から丸投げされた志鳳は息を吐く。


『失伝──|針の上で天使は何人踊れるか《シースレス・エンジェル》』


 知覚系を極めた超越者の真価。過去の過去の過去まで、意識を沈み込ませる。




「10番!何を休んでいる!甘えるな!」


 少女の首輪が締まる。


「かはっ……!ぐっ……!」


 少女に付けられた首輪は、装着者自身のマナを勝手に吸い上げて糧とする。


 仮に少女──10番が位階を上げたとしても、それに応じて首輪の強度も向上してしまう。


 普通の枷なら異能者の腕力で壊せるが、これはどうしようもない。何をしても無駄。無意味。


「なあ、お前ら異能者(ばけもの)は楽で良いよな。俺ら一般人(にんげん)にマナを提供するだけで生活が保証されるんだからよ」


「もう……マナ切れで……」


「言い訳すんじゃねえ!お前が手を抜くせいで俺の評価が下がってんだよ!役立たずの〇〇が!」


 10番の顔が諦観に染まる。


「お前、確か家族が3人いたよな?」


 だが、彼女には自らの心を殺す自由さえ許されない。


「ぁ……そ、れは……」


「危険な力を持つお前ら(ばけもの)を人間が管理するのは当然だ。だが、化け物を匿っていた〇〇野郎共も罪に問うべきだと思わないか?」


 未能者が醜悪に笑う。


「なあ、どう思……うッ!?」


 その下衆な笑顔が、鮮やかな炎に包まれた。


「うわ、思ったより勢い良く燃えたね。やっぱり人間は焼き加減が難しいかな」


 赤の髪と紫の瞳。大鎌を担いだ死神のような女性が、冷たい表情で燃える男を蹴り倒し、懐から首輪の鍵を奪い取った。


「はい、あげるね」


 赤髪の女性は10番の足元に鍵を投げ捨てる。


「あ……ありがっ……!」


「依頼を受けて来ただけだから、別に感謝しなくて良いかな」


 女性は愛想笑いすらせず、面倒そうに軽く手を振って去っていく。


 ──両親と妹が既に殺されていた事を知ったのは、その日の夜だった。




 同じ魂が同時に2つ存在する事はない。これは異能者の常識だ。


 人間は死後に直魂と呼ばれる残留思念の塊を残す事がある。


 では、直魂化した人間の遺体を蘇生の術式で生き返らせるとどうなるだろうか?


 その答えは、直魂と遺体のどちらに多く魂が分布しているかで変わる。


 例えば、プレイスホルダーはシグネットを利用して、自身の全てを直魂に移動させた。遺体が残っていたとしても蘇生は不可能だろう。


 反対に、直魂が魂のごく一部を切り離したものに過ぎなければ、本体を別に生き返らせる事ができる。


 そして、この2パターンに分かれる原因は端的に言うと無念の差だ。


 負の感情を抱いて死んだ者は前者になりやすく、二度と人間として蘇生する事ができない。


 だから、異能者同士が争う際は互いにわだかまりを残さないように注意する。


 殴られたら殴り返して水に流す。殴り返せなければさっさと忘れる。勝負の後には遺恨を残さない。


 でなければ……。


 


『つまり、この近辺には過去の異能者の怨念を含んだ魂が残留してるって事っすか?』


『それも1人や2人じゃない。この場所に秘密裏に建てられた施設は、異能者を非人道的に扱ってた。犠牲者は数え切れない』


 志鳳の説明に対して、幕楽が首を傾げる。


『だけど、そんなに恨みがあるなら重傷者が出てない事が変じゃないかな?』


『それは単純に個々が弱いから。プレイスホルダーみたいな直魂は少なくて、未能者を怪我させる程度しかできない雑魂が大半』


 死後に魂だけの存在になった者は、脆弱な雑魂と呼ばれる状態を経て、現実に干渉できる直魂に進化するのだ。


 直魂は非常に珍しい存在だが、雑魂くらいの思念ならば、それこそ雑草のようにそこら中に漂っている。


『雑魂ですかぁ。それは気付かないのも納得ですねぇ。私達にとっては空気と変わりませんしぃ』


 高濃度のマナが循環している超越者の体は、雑魂からの攻撃など受け付けない。


 だからこそ、気付けなかった。


『犯人そのものが沢山いたなら、手口に一貫性がないのも当然だね』


『雑魂の仕業なら、異能対策室に連絡して終わりですかぁ』


『いや、それは駄目』


 志鳳は否定する。


『雑魂が1箇所に集合し始めてる。未能者に対する恨みの気持ちだけを頼りに、1つの強大な直魂になろうとしてるみたい』


『合体っすか!肉体を持たないからこその荒業っすね!それで、集まってる場所は!?』


『ビルの屋上』


 志鳳は指差した先には、怒りの表情を浮かべた金髪の女性が立っていた。




『ひゃー、色んな方向から雑魂が集まってきてるっす!』


 断章取義の4人はビルの壁面を駆け上がりながら、各々の異能で同化前の雑魂を掃除する。


『雑兵に用はないっす!記事は短く簡潔に!口伝──盲目的な影法師ブラインドリー・シルエット!』


 宵闇の弱竹美虎。


 シグネットは影。開いた傘のような形の大きな影を出現させ、金髪の女性に突き立てた。


『って、あれ?当たった手応えが……?』


『口伝──|存在の耐えられない軽さ《フリー・フォール》』


『わわっ!』


 杜鵑花の引力により、美虎の首筋を狙った蹴りが逸れる。


『ヨワタケさん、無事ですかぁ?』


『誰がヨワタケっすか!うちはナユタケっす!』


 美虎は文句を言いながらも、影に身を隠しつつ敵から離れた。代わりに接近戦も得意な志鳳が前に出る。


『それにしても、あの義体……補綴戦姫シリーズですかぁ。贅沢ですねぇ』


『あはは、補綴戦姫って何かな?』


『知らないんですかぁ?数ある義体の中でも飛び抜けた性能を持つ7体の事ですよぉ。超越者の祝福にも匹敵する耐久性と適応力ぅ。人間そっくりな質感を持ちながら可動域を越えた動きも可能とし、その拡張性は……』


『杜鵑花、分かった。後にして』


 普段は気怠げな杜鵑花の目の輝き具合で、とにかく高性能な品だという事は伝わった。


『要するに、身体能力だけなら超越者クラス。中身も刻一刻と合体を繰り返して成長する。それなら』


 志鳳は器仗から戦棍を伸ばす。神聖喜劇時代によく使っていた近接武器だ。


武術(わざ)の冴えで差を付ける』


 両足を活術で強化して、フェイントを織り混ぜながら補綴戦姫に近付き、片手で戦棍を振り下ろす。


『許ざれない……許ざれない……!』


 戦姫も片手で攻撃を受け止めた。硬質な音が響く。


『腕が岩になってる。もうシグネットが使えるんだ』


 だが、多数の雑魂が合体したところで、複数のシグネットを同時には使えない。


 その程度の工夫で越えられる壁なら、志鳳が対抗神話から目を付けられる事もなかっただろう。


 そして、戦棍を止められる事も想定内。敵は片腕を防御に使っている。


『再演──洗礼(ラミナ)


『許ざ……っ!?』


 空いている片手で拳を作り、戦姫の腹を殴った。


『ざれない……っ!』

 

『再演──織り成す芸術(ファイバー・アート)


 岩の塊が飛んできたが、光の繊維で縛り上げて止める。


 戦姫は次々に雑魂を吸収し、志鳳は敵の動きを学習し、両者は加速度的に強化されていく。


 ──否。


『許……?』


 戦姫は気付いた。雑魂の供給が止まっている。


 何故、何故、何故……?


『志鳳くん、援軍の処理が終わったよ』


『数が多くて厄介でしたぁ』


『影で囲って燃やして貰ったっす!』


『ありがとう。再演──色鮮やかな花束(カラフル・ブーケ)


 戦姫の両足を光の花畑が捕まえた。


『許ざれない……許ざれない……!許ざれなぁい……っ!』


『ん、許さなくて良い。全部ぶつけて』

 

 志鳳は戦姫の目を覗き込む。その奥に宿る無数の悲劇を知覚する。


『思い切り、殴り合おうか』




「何が見えたっすか?」


 杜鵑花が倒れた補綴戦姫を検分している横で、美虎が口を開いた。志鳳の見た過去について訊いているのだろう。


「言いたくない」


「そうっすか。じゃあ、それで良いっす」


 志鳳は目を瞬かせる。


「意外。もっと根掘り葉掘り訊かれるかと思った」


「志鳳さん。うちが一番欲しくないシグネット、何だと思うっすか?」


 美虎が屋上の端に立った。


「正解は過去知覚っす」


 外套のようなデザインの礼装がはためく。


「だって、追体験なんてしたら絶対に私情が入るじゃないっすか。客観視できなくなったら記者失格っすよ」


「美虎……」


 美虎の明るい笑顔は、きっと無理に言わなくて良いという気遣いなのだろう。


「じゃあ、僕を便利に使わないで」


「いや、それはそれ、これはこれっす」


「それと、『実録!国際異能連盟の闇!』は私情が入ってると思う」


「読んでくれたんすかー!?」


 感極まって抱き着こうとした美虎が、その途中で幕楽から羽交い締めにされる。


「あはは、お触り禁止だよ、美虎ちゃん」


「志鳳さんに手を出すなら私達の許可を取って下さいねぇ、ヨワタケさん」


「ナユタケっす!」


 


「杜鵑花!杜鵑花、杜鵑花、杜鵑花ぃ……!」


 黒髪に黒縁眼鏡をかけた真面目そうな少女が、渡された1枚の写真を見て、学生服が乱れる事もお構いなしに躍り狂う。


「と、青髪の〇〇野郎……!」


 一転して憤怒の形相に転じ、写真を半分に破った。


「あーしをあんな目に合わせたばかりか、あーしの杜鵑花に色目使いやがって……!」


 少女の掌から瘴気が噴出し、写真から梧桐志鳳の姿だけを綺麗に消し去る。


「人間がここまで瘴気をコントロールできるなんて……。驚きの才能。それとも愛憎?」


「るせぇよ、灰色女。あーしが浸ってる時に話し掛けんな。向こうで〇〇でもしてろ」


「私は上司。口の利き方は礼儀。あと黙示録は両性だから女じゃな……」


「はっ!部下になった覚えはねぇよ。失敗続きの落ち目女が」


「短期業績ばかり追うのは素人。今回は成果もあった。広告のかいあって、怨嗟に満ちた雑魂をそれなりに回収できた」


 多くの雑魂は志鳳達に横取りされたが、上手く誘導すれば雑魂程度でも爆弾になり得ると確認できた事は、モナルキーアにとって大きな収穫だ。


「どうでも良いから寝かせてちょ」 


 モナルキーアは我が物顔でソファに倒れ込む少女を睨んだ。


 が、直ぐに諦める。どちらにせよ、自分の目的を達成する為には、この壊れた人間の協力が必要なのだ。


 瘴気に自力で適応し、戮辱者から烙印者に至った唯一の人間。異能者だった頃の経験から、あらゆる共有術式を瘴気で再現できる鬼才。


「あーしと一緒に、この世界の終わりを見届けようぜ、杜鵑花ぃ……!」


 ──10番(ツェーン)




 僕には友人と呼べる存在が少ない。


 前の世界では親友がいたので何とも思わなかったが、もう1人の僕──梧桐志鳳を見ていると、このままではいけないような気がしてくる。


 少なくとも、友人を増やす努力くらいはすべきではないか。


 そう考えた僕は、時間遡行に成功して以来、小まめなコミュニケーションを心掛けるようにしている。


 結果、変な奴らに絡まれるようになった。


「ん……何……?」


 真夜中。LITH端末に着信があり、僕は寝惚け眼で応答する。


 これでも幾つかの案件を抱えている身だ。仕事の連絡だったら無視もできない。


『応援してたバーグラーチームのエースが違反行為でクビになるんだって。もうマジ最悪。リスカした(泣)』


「知るか」


 僕は通信を切った。


 深夜に端末から流れる情緒不安定な男の啜り泣きは、もはやホラーだ。


 もう一度、着信が入る。おい。


『さっきは急に愚痴ってごめんね?俺の事、見捨てないでね(焦)』


「お前に端末番号を教えてしまった事を、僕は深く後悔してる」


 ただでさえ忙しい時期に、何が悲しくてメンヘラ腐敗野郎の相手までしなくてはいけないのか。


 以前までは自身の性別を意識した事もなかったが、もしかして僕は男運が悪いのかもしれない。


『クハハッ、見ている分には楽しいがね!』


『言っとくけど、お前もその中に入ってる』


『我輩は女性だが?』


『黙示録が両性だからって、都合の良い方の性別を名乗らないで』


 僕が悪魔と脳内で言い争っていると、端末の向こう側のメンヘラ男──落葉のフラム・センチュリーが、ヒステリックな声を出す。


『ねぇ、俺の話ちゃんと聴いてる!?(怒)』


「うるさい」


 早急に端末番号を変更したい。

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