17 さよなら無人島。
島の近くに船を停泊させ、小舟をおろして数名の兵士が島に上陸した。
オーキナ国の海兵服を着た二十代半ばの女性がリタたちの前に出てきた。どこか気品を感じさせる物腰で一礼する。
「我々はグレアス王国・オーキナ国合同捜索隊です。わたしはこの第二部隊のまとめ役であるヨイと申します。あなたたちは先の嵐で遭難した方々で合っているでしょうか」
エーデルフリートが答える。
「はい。俺たち、嵐のとき船から落ちて。みんなで島内の野草つんだりなんなりしてなんとか食いつないでました。……あ、えと、たぶんどこか貴族の領地だよね。ごめんなさい」
「いいえ。生き延びるためには必要なことです。そのことであなた達が責められることはないので、安心してください。むしろ天候の悪化を先読みして欠航にしなかった船の責任者に問題があったのです。あなた達が生きていてくれて良かった」
処罰されることはないとわかって、みんな肩の力が抜けた。
ヨイはリタの後ろに隠れていたルーシーに手を差し伸べる。
「ルーシー。無事で良かった。クリティア様とルールーがすごく心配していたんですよ」
「ふ………うぐ、あぅうう。クリティア様と、お姉ちゃんに、会いたいです……」
「こんな過酷な環境で、よくがんばりましたね」
ヨイとルーシーの雇い主は知人らしく、家族の名前を聞いてルーシーは本当に帰れるのだと実感がじわじわとわいてきて、声をあげて泣き始めた。
ヨイの後ろに控えていた少女兵が、リタの顔を見て確認する。
「あなたはリタですね」
「……あぁ。グレアス王国の兵装をしているということは、もしかして姉さんは」
「私はフレイア。監獄島の監視兵です。あなたの容姿はエリオットにとてもよく似ているから、ひと目でわかりました」
まるで、エリオットを知っているかのような言葉だ。
「安心してください。あなたのご家族はみんな救出されて、今は監獄島にいます。同じ船に乗っていた船員たちも無事本国に戻っています。あなただけが行方知れずだったので捜索が続いていたのです」
家族全員が無事だとわかって、あしのちからがぬけた。リタはその場にへたり込んだ。この島に流れ着いていなかったから、どうなったか知るすべがなかった。
どんな形であれ、両親と兄が生きていてくれるのはうれしいものだ。
「そうかぁ。みんな、生きとるんか。良かった……。ずっとそれが気がかりらったんらよ」
袖で涙をぬぐって、リタは自分の両手首をフレイアに差し出す。
「救出されたあとの兄さんたちが監獄島に送られたのなら、おれを移送するのが姉さんの仕事なんらろ。なら、連れて行っておくれ。そこでやるべきことがある」
この島に流れ着いたのでなかったら、計画通りに船が島についていたなら、リタは今ごろ刑務にあたっていた。
救助の船が来たならきちんと役目をまっとうしようと、この島についた日から決めていた。
「この状況で手枷をはめろなんて、君は正気か」
あまりの潔さに、フレイアのほうが戸惑った。
「リタなら自分から捕まる」とエリオットが言ったとおり。
「ヤケを起こしたように見えるかぇ?」
「い、いいや。本人がそういうのなら、職務を全うさせてもらおう」
フレイアがリタに手枷をはめようとするのに、シンディがまったをかけた。
「ちょっと待って! リタから親の犯した罪のことは聞いているわ。でも、リタはあたしたちが生活できるようずっと協力してくれていたの。リタがいなかったら栄養失調で倒れていたかもしれないわ。だから、恩赦で帳消しにするとかできないかしら」
シンディだけでなく、エーデルフリートも、リタも、ぴーたんまでもが口々に言う。
「そうだよ。リタがずっと、森でとった木の実とか野草とかでご飯作ってくれてたんだ。俺たち命を助けられてる。リタだけ刑務所送りなんてあんまりだよ」
「ヨイ様。ルーシーからもお願いします。ルーシーの命は、リタに助けてもらったのです。牢屋に入れないでほしいです」
『コヤツ自身が罪を犯したのではないなら、恩赦があってもいいはずであろう』
ミィもエーデルフリートの肩の上で抗議するように腕を振っている。
遭難したみんな、リタが罰せられないように訴える。
捜索隊たちは事情が飲み込めない。
ヨイは思案して、シンディたちに状況説明を求めた。
「どういうことか、説明をしてくださいませんか」
拠点に案内されて、捜索隊たちは我が目を疑った。
モンスターが住まう、荒れ果てた無人島だと聞いていたのに、ありあわせで作ったテントがはられ、畑が作られていた。
畑は素人が見よう見まねで作るようなものではなく、農業従事者が耕すそれだ。
肥料を混ぜて作られた土は柔らかく、芋が芽吹いている。
過酷な環境での訓練を受けた軍人がいるならまだしも、全員一般人。
魔法士が一人いるとはいえ、残り三人のうち二人は子どもだ。
そんなメンバーが栄養失調になるどころか、長期間救助が来なかったときに備えて保存食作りや畑作までしていた。
あまりのサバイバル能力の高さに、舌を巻いた。
一番驚いたのはヨイだ。
この島はユージーン家の領地ではあったけれど、本土から離れた位置にある上にモンスターも闊歩しているから長年手付かずになっていた。
「……この島で、生活できていたんですか? モンスターが生息しているのに?」
「たしかにコカトリスが出たけど、俺とシンディでばびゅーんっとやっつけて、リタが料理した。畑については、リタの指導を受けてみんなで耕したんだよ」
ヨイに聞かれて、エーデルフリートは大雑把に答える。
”実はリタって前世は違う世界で農業やってましてー”だの”呪われたせいでマンドラゴラ化する体質でして”だの、特殊すぎる事情を話せるわけもないので、詳細はそれとなくにごした。
グレアスの若い兵だけは納得が行かないのか、リタの手枷を掴んで怒鳴る。
「このガキが料理しただの畑を作っただの、そんなわけないだろ。偉ぶるしか能のないミズローズの子供に頼って生活していたなんて、あるわけがない。お前らはこの子供に取り入って侯爵家の恩恵を受けたくてかばってるんだろうが、残念だったな。ミズローズはもう家が取り潰されて……」
高笑いしていた兵が後方に吹き飛んだ。
リタが何かしたわけではない。
ヨイが殴り飛ばしたのだ。
「ガイ・ランバート上等兵。あなたの此度の任務は遭難者の保護であって、無抵抗の子どもに暴言を吐くことではありません。恥を知りなさい!」
ガイは真っ赤に腫れた自分の頰をおさえて、血の混じったツバを吐く。
「ぐ。俺にこんなことして、父上が黙ってな……」
「その歪んだ根性を直さないかぎり、あなたはこの先何十年経とうと上等兵止まりでしょう。二十七にもなって、自分の犯した過ちの尻拭いを父親にさせるおつもりですか」
厳しく言われ、ようやくガイは口を閉じた。
リタは仲間たちに向き合い、鉄の鎖がついた腕を振って、カラリと笑う。
「かばってくれてありがとうね。でも、これは裁判で決まっていたことだすけ。下手するとみんなもなんかしら罪に問われるかもしれん。みんなと島で過ごしたことは、忘れねぇ」
仲間たちはオーキナ国へ送り届けられた。
リタはグレアスの監獄島へ移送される。
四人が無人島で過ごしたのは約二十日間。
嵐で遭難した見ず知らずの四人が力を合わせて生き延びた話は、両国の新聞で連日大きく取り上げられた。





