18 リタは依頼を受ける。
無人島から帰還したリタは、監獄島で生活を始めた。
エリオットがリタの無事を喜び泣いてくれた。
事故にあう前は同居する他人という感じで距離があったから、リタはちゃんと兄妹になれたようで嬉しかった。
常駐の医師に健康状態良好と診断されて、島についた翌朝から受刑者に混じり、刑務についた。
先輩受刑者にさらっと流れを聞いたところ前世でやっていたことと何も変わらないので、率先してクワを振り肥料を混ぜて苗を植えた。
刑務初日なのに十年以上服役している者と変わらない、熟練者の動きだ。
「いんやぁ、腕と足ば上がるし腰も痛くねぇ、目もはっきり見えると楽らなぁ。このまま全部耕してくれるわね。ハッハッハッ」
などと、鼻歌を歌いながら笑顔でクワを振る姿は異様だ。しかもさっさと割り振られた仕事を終えて他の受刑者の仕事まで手伝う。
半月以上ここにいる母のカトレアは、いまだに文句ばかり言って作業を覚えていないのに、本当にこの二人は母娘だろうかとまわりがざわついた。
フレイアを始めとする捜索隊参加組は「あの三人が無人島で言ったことは本当だった」と実感することになった。
午前中やるはずだった刑務はあっという間に終わってしまった。
お昼に出された食事は、野菜スープと黒パン。
リタは手を合わせたあと、大口をあけてかぶりつく。
隣に座る四十代くらいの受刑者……サラは、複雑そうにリタを見やる。
「ねえあんた、もとは侯爵家のご令嬢だろう? こんな庶民向けの粗食で平気なのかい」
カトレアが散々、家畜の餌とわめいていた同じ食事を、リタが美味しそうに食べているから出た台詞だ。
「作ってくれた料理人と食材に感謝するんは当たり前のことらよ。それに、無人島のときゃそこらの木の実や葉を食っとったから、パンはかなり久しぶりで……」
「あぁ、ごめんよ。そうだった。あんた辛い目に遭ってたんだもんね。失礼なこと聞いてごめんよ。あんたみたいに幼い子がモンスターがうろつく島で雑草を食べて生き延びたんだよねえ。成長期にこんだけじゃ足りないだろう。アタシのぶんもお食べよ」
事実を言っただけなのに、サラは滝のような涙を流し、自分の食事トレイをまるごとリタに渡してきた。
野草(マル芋やニンジン)と倒したコカトリスの肉で作ったスープを食べていたので栄養失調になりようもなかったんだが、モンスターが出る無人島にいたという噂を聞いて色々想像したらしい。
「ええんだよ。それはおめさんの分だすけ。これだけありゃじゅうぶんさね」
「そんなにやせ我慢しなくても。たくさん苦労してきたんだ。監視兵に、あんたの分多めになるようにお願いしとくからね」
話を聞いていたサラ以外の受刑者も泣きながらどんどんリタに食事を分けてきて、パンが山盛りになった。
午後も率先して農作業して、他の人の仕事も手伝う。
一日にしてリタは女子受刑者たちの娘か孫ポジションを獲得していた。
カトレアはそれが面白くないと憤慨した。
カトレアが「こんな粗末な残飯少量じゃ足りませんわ!」と言っても食事を下げられるだけなのに、リタには分け前が出る。
「力仕事なんてわたくしの仕事ではないわ。代わりなさい」と言っても誰も手伝わないのに、リタが荷物を運んでいたら何人かが手伝いに行く。
あまりにも理不尽だ、とカトレアはハンカチを噛む。
オルドレイクの方も反省の色はない。
バレなければ今も屋敷で子羊のシチューを食べていたのにと言う。
休憩時間、男子受刑者と女子受刑者のエリアを分ける柵のところにエリオットが来て、リタに言う。
「無人島で苦労したのに、初日からそんなにがんばらなくてもいいんじゃないか、リタ。三日くらい休んでいても誰も咎めないだろう」
「心配いらんよ、兄さん。屋根があってベッドがあってあったかいご飯も出る。そんな環境もらえてんだから、きちんと仕事で返さんとな」
「……そりゃあ、無人島と比較したらどこでも快適だろう。僕もリタの姿勢を見習わないといけないな」
さぼって文句を言ってばかりの夫婦の子どもたちがこれである。
元侯爵家の夫婦は、この日以降監獄島の人々からスズメがフェニックスを産んだと揶揄されることになった。
リタが監獄島にきて一ヶ月経った頃。
面会者がいるということで呼び出された。
監獄島では月に一度、受刑者が外の家族や友人と面会することが許されている。
外の人間が面会を望み、受刑者が了承することで成立する。
会いに来る人間に心当たりがなくて、呼びに来たフレイアに聞き返してしまった。
「面会って、どこの誰が」
「オーキナ国の子爵令嬢、クリティア・フローレンス様です」
クリティアはルーシーの雇い主だ。
リタが監獄島にきて間もない頃、クリティアから「ルーシーを助けてくれてありがとう」と手紙が届いたのだ。
ルーシーとその姉、そしてルーシーの家族、たくさんのお礼の手紙が箱いっぱいに詰められていた。
そのクリティアさんがリタに何の用なのか、不思議に思いながらも、面会室に入った。
テーブルセットがあるだけの簡素な部屋で、水色の髪の若い女性が待っていた。
シャツにパンツにコートという、いたってラフな旅装で、装飾品の類を一切身につけていない。説明がなければ貴族の令嬢とわからなかった。
縦ロールの髪を揺らして、クリティアが一礼する。
「はじめまして、リタ。私はクリティアと申します。よろしくお願いします」
「おれはリタだ。なんで、外国のお嬢様がこんげ辺鄙なとこまできなした……」
クリティアはリタの言葉を聞いて、目を丸くした。
それからリタの背後に控えていたフレイアにお願いする。
「やっぱり……。すみません。リタと二人で話さないといけないことがあるのです。監視の方は席を外していただけませんか」
「ですが、面会室には常に一人以上監視を置くという規則が」
「なら、何を聞いても聞かなかったふりをしてください。私たちの命に関わる話なので」
なんだかとてつもなく重い話をされることだけは感じ取った。フレイアは黙って自分の耳を両手で塞ぐ。
「……ありがとう、頼みを聞いてくれて」
フレイアに礼を言ってから、クリティアは膝をついてリタと視線を合わせた。
「ほかんしょに聞かれたら困る、っつうんは、どういう……」
「ルーシーから聞いたの。あなたの前世が日本人だったということ。新潟で農業をしていたということ。リタに救われたから、どうにかしてリタを助けてほしいって」
クリティアは貴族らしからぬ口調になって、告白する。
「私も元は日本人で、この世界に転生したの。私は玲奈。栗田玲奈というの」
「………………玲奈?」
栗田玲奈。
それは日本の、ミズのひ孫の名前だった。
生まれ変わってひ孫と再会するなんて予想外だ。
「あの無人島も見てきたわ。熟練した農業従事者でなければ、あの限られた道具と環境で畑を作るなんてできない。窮地に陥っても人の命を守ろうとする心根、あなたの前世の能力を見込んで、お願いをしに来たの」
「お願い? おれに?」
「ええ。あなたにあの無人島を、開拓して欲しいの。もちろん、ユージーン伯爵公認のもとで」
言われたことを頭でかみくだくのに、少しばかり時間が要った。
「あの島の開拓を、おれがするんか? でも、ここの刑務は」
「あなたの才能を埋もれさせるのは惜しい。それに、ルーシーを救ってくれたあなたを、罪人で終わらせたくないの。国にかけあって、『刑務』という形で無人島の開拓要員にする許可を得たわ。こちらの雇った監視もつくし、刑務期間が終わるまで島の外には出られないけれど、島ではあなたの好きに過ごしてもらってかまわない。あとはあなたの答え次第よ」
ルーシーを助けたお礼として、牢獄の外で生きる道を用意してくれると言うのだ。
貴族の娘であっても、交渉するのは、かなりの労力がいるだろうに。
クリティアは、ここにいるのが自分の前世のひいばあちゃんと知らないで行動している。
「前世の同郷ってだけで。こんげこつしねでいい。おれぁ、助けてもらうためにルーシーを助けたんでねぇよ」
「私も見返りを求めて行動しているわけじゃないわ。ひいばあちゃんがいつも言っていたのよ。越後人は何事にも、粘り強く生きるんだ、今の自分にできることをしろって。リタをここから出して、あの無人島を人の住める場所にするのは未来のためになると思うのよ。あそこで生き抜ける力を持ったあなたは、開拓に絶対必要な人材だから」
子から孫へ、孫からひ孫へ。
世界をまたいでも、ミズが教えたことはひ孫の中に刻まれていた。
クリティアがルーシーを雇い、リタがルーシーを救い、ルーシーはリタを監獄島から助けたいと願った。
そうしてめぐりめぐって、生まれ変わったひ孫が自分を助けに来ている。
クリティアがリタに手を差し伸べる。
リタは泣きそうな気持ちで、クリティアの手を取った。
「……わかった。おれに任せとくれ」
「そうこなくっちゃ! そうと決まればここの兵長にも話をしないと」
クリティアは笑顔で立ち上がる。
「リタ。あなたの前世の名前、まだ聞いていなかったわね。差し支えなければ教えてくれない?」
リタは今世で自分よりも年上のひ孫に教えてやる。
「おれは栗田ミズらよ。玲奈。相変わらず底抜けのお人好しで、ばあちゃん安心したわ」
クリティア……いや、玲奈が絶句したのは言うまでもない。





