act.67 魔界の番犬オルトロス、紫電を阻む銀毛
「あれは……まさかオルトロス!?」
突如遺跡から現れた強大な魔物の名を、意外な人物が知っていた。モニカだ。
「モニカ、知っているのか!?」
「どうして貴方が知らないのよ! イグナールのお母様、ツェツィーリアさんに聞いたのよ。魔界で出くわした魔物だって! でも聞いてた話と少し違う……」
(そういうことか……腐っている暇があったなら、もっと両親から魔界の話を聞いていればよかった……)
しかし、そんな後悔は先に立たない。オルトロスがルイーネの町へ赴けば甚大な被害が出るだろう。そもそも、あんなものをこちらの世界で解き放つわけにはいかない。
「ここで討伐する!」
イグナールは剣を引き抜き、その切っ先をオルトロスへと定める。
「こんなの聞いてないけど、仕方ないわよね」
「ふむ、手懐け甲斐のありそうなワンコロじゃのう」
「が、頑張ります!」
「……了解しました、マスター」
後ろから聞こえる彼女たちの言葉が心強い。強大な敵なのは間違いないだろうが、決して一人で立ち向かうわけではない。そう思うだけで活路を見出したような気持ちになった。
「エルフリーデは避難誘導と負傷者の回収! モニカは負傷者を見てやってくれ! ヴィクトリアはゴーレムでオルトロスの足止めを頼む! その隙に俺とマキナで斬りかかるぞ!」
それぞれの力や魔法の特性を加味して指示を出す。彼女たちは迅速に行動に移ってくれた。
「みんなこっちだ! こっちに逃げて来い!」
イグナールは叫びながら、上空へと魔力を放出する。紫電の雷光が辺りを包み、我を忘れて慌てふためくギルド員たちの注目を集める。逃げ惑う人々の奔流がイグナールたちの方へやってくる。
そんな彼らをエルフリーデが導き、ルイーネの町方面へと誘導する。逃走の最中に冷静さを取り戻した何人かが、エルフリーデに倣って避難誘導を手助けし始めた。
ある程度人がはけたのを見計らって、ヴィクトリアが五つの魔石を投げた。それが地面に落ちるやいなや、地が生き物のように蠢き、魔石を中心に形を成していく。五体のゴーレムがオルトロスに襲いかかる。人から見れば十分に巨大なゴーレムでも、一体ではオルトロスの半分程度の大きさしかない。しかし、奇襲じみたゴーレムの攻撃はオルトロスを抑え込むことに成功した。
その隙にエルフリーデが他のギルド員に避難誘導を任せ、風魔法を発動。負傷して動けない者たちを突風によって飛ばす。かなり荒っぽいやり方だが、背に腹は代えられない。そして、飛ばされた者たちをモニカの水弾が包み込み、優しく受け止める。土壇場とは思えないほどのコンビネーションで、戦いの場を整えてくれた。
「行くぞ、マキナ!」
「『我に眠りし力よ、我が意思に従え。我に纏いて助力と成せ』」
詠唱による身体強化で、無詠唱時よりも効果を高める。
「『剣に纏いて助力と成せ』」
続いて剣の属性付与も済ませる。
ヴィクトリアのゴーレムによって抑え込まれている双頭の狼、オルトロスへとマキナと共に接近戦を挑む。イグナールが右へ進んだのを見て、マキナが左に回る。
気を付けるべきは、双頭に備わっている鋭い牙と、大木と見間違えるほど逞しい四肢にある爪だ。そもそもあの太い足で叩かれれば、ただでは済まないだろう。現在はその強力な四肢がゴーレムによって封じられている。ならば警戒すべきは双頭の牙だ。
イグナールは頭をやり過ごし、胴体へと剣を振るう。紫電の力を帯びた剣の凄まじい切れ味は、以前相手取った守護者との戦いで実証済みだ。しかし、硬さと柔軟性を併せ持つオルトロスの厚い体毛に阻まれ、イグナールの剣は薄皮を切る程度で止まってしまう。
「クソッ!」
剣の威力が体毛に吸われてしまった。さすがに両断できるとは踏んでいなかったが、掠り傷程度しか負わせられないとは。
その瞬間、オルトロスが大きな叫び声を上げた。苦しみもがき、身体を大きく揺らす。巨大な身体の影になって反対側を確認することはできないが、マキナが痛烈な一撃を与えたに違いない。
だが、腹の横にいたイグナールは、激しく揺れたオルトロスに弾かれ、空中で体勢を大きく崩した。そこに右側から鋭い殺気を感じる。
大蛇だ。オルトロスの尻尾である大蛇が、宙に浮いたイグナールを目掛けて攻撃を仕掛けていた。普通ならば傷を負わせたマキナを狙うはずだが、大蛇は本体と感覚を共有していないのか、あるいは「仕留めやすい獲物」を直感したのか。
大蛇の口が大きく開かれ、液体が滴る二本の牙を覗かせる。人の持つ短剣ほどもあるそれは、身体に突き刺さるだけで致命傷になりかねない。
空中に投げ出された身体を無理に捻り、迫る牙に剣を合わせる。大蛇の噛み付きの勢いに押され、イグナールは吹き飛び、地面を転がった。無理な体勢から防御に転じたため、受け身も取れず、大地という凶器に打ち付けられる。
「ぐっ……」
何とか起き上がり、次の攻撃に備えて剣を構えるが、すでに身体が悲鳴を上げていた。
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