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act.66 阿鼻叫喚の遺跡口、異形の咆哮

 皆が朝食を済ませた後、ルイーネ遺跡へと出発した。遺跡はルイーネの南口から出て、少し歩いた場所にある。南口に近づくにつれて、討伐ギルド員らしき装備をした人々の密度が高くなっていく。


 それは遺跡に繋がる、整理された道もそうだ。どうやら朝の食堂が閑散としていたのは、このルイーネ遺跡の状況が関連しているようだった。


 町から出てしばらくすると、見覚えのある顔、もとい耳が見えた。エルフリーデとエーミールだ。


「お、おはようございます」

「おはようございます!」


 おずおずと挨拶をするエルフリーデと、対照的に元気な挨拶をするエーミール。


「おはよう。そう言えばなんだか遺跡の方面が騒がしいようだが、何かあったのか?」

「ええ、昨日お話しした通り、低階層の魔物たちが遺跡から溢れているのですが、その数が徐々に増えつつありまして」


 エーミールが一歩前に出て、現状を説明してくれる。そういえば、遺跡から出てきた魔物の対処をギルド員にお願いしているという話を昨日していたな、とイグナールは思い出した。昨日の様子ではさほど大事ではないと思っていたが、どうやら一日経って情勢が大きく変わりつつあるらしい。


「今のところ、十分に対処できているのですが……なにせ数が多く、いくつかのチームで交代しながら頑張ってもらっています」


 弱い魔物であっても、数が集まればそれは十分な暴力だ。今回の一件を少し楽観視していたが、このような状況が続くのであれば、一刻も早く対処すべきではないかとイグナールは考える。自分の存在が起因しているのならば、なおさらだ。


「早速、調査に入ろう」

「は、はい。それじゃエーミール、貴方はここに残りなさい」

「え? どうしてエリー姉さん! 僕だって戦えるよ!」


 エルフリーデの気持ちはわかる。これからどんな危険があるかわからないのだ。大切な弟をそんな場所に連れて行くことはできないだろう。しかし、エーミールは断固拒否する。


「確かにエーミール、貴方の魔法の技量は高いレベルにあるわ。けど、昨日貴方はどうしてその魔法で誘拐犯に抵抗しなかったの?」

「そ、それは……」


 姉の言葉に、痛いところを突かれたと言わんばかりに口ごもるエーミール。


「突然の出来事に混乱して、集中を欠いてしまったのでしょう? 技量は認めるけど、まだまだ貴方では経験不足よ。だから、今日のところは大人しくして頂戴」


 エーミールの方が頼りがいのある弟だと思っていたが、彼を案じて諭す姿は、立派な姉のそれだった。エーミールの顔はまだ納得しきっていないようだったが、それでも彼は静かに首を縦に振った。


「地上のことはエーミール、貴方に任せるからね」

「うん! 任せて!」


 調査には連れて行ってもらえなかったが、新たな役割を与えられ、彼は今度は元気よく頷いて見せた。



 ルイーネ遺跡へとたどり着いたイグナールたちが目にしたのは、まるで戦場の様相を呈した光景だった。炎が舞い、水が流れ、風が轟き、土壁がそそり立つ。討伐ギルド員の面々が如何なく己の力を発揮し、遺跡から這い出る魔物たちの討伐に当たっている。


「うわぁ、すごいね。でもこれだと遺跡の中に入れないよ?」


 モニカの言う通り、低レベルの魔物が湧き出し、入り口を塞いでいる。しかし、先程から魔物たちの様子が少しおかしい。確かに低レベルの魔物は知能が低く好戦的ではあるが、燃え盛る炎に自ら飛び込むほど愚かでもないはずだ。


(まるで、何かから必死に逃げているようだ……)


「や、やはり……魔物たちの流出の勢いが増しています……おそらく、そろそろ――」


 ――ドォォォン!!


 エルフリーデの言葉を遮って、爆発にも似た音が響き渡る。急いで遺跡を見やると、入り口付近が濃い土煙で覆われていた。その煙の中に、巨大な影が浮かび上がる。


「なんだ? 狼……か?」


 そのシルエットは間違いなく四足獣のものだ。規格外の大きさであることを除けば。しばらくして土煙が徐々に消えていき、姿を現したのはイグナールの予想通り「狼」だった。


 日の光を浴びて燦々(さんさん)と輝く銀の体毛は、見るからに硬質だ。巨大な足は大の大人を軽々と踏みつぶすことができるだろう。だが、そんな巨躯さえ霞むほどに、その生き物は異様な姿をしていた。


 頭を二つ持ち、尻尾の代わりに大蛇が生えている。まるで複数の動物を無理やり掛け合わせたような、自然界では決して生まれることのない、酷くいびつなフォルム。


「ワオオォォォォォン!!」

「ワオオォォォォォン!!」


 二つの頭が同時に雄叫びを上げると、残っていた土煙が霧散し、凄まじい音圧がイグナールたちを震わせた。入り口の衝撃で唖然としていたギルド員たちが我に返り、一斉に逃亡し始める。


 我先にと走り出す者、腰を抜かす者、逃げる者に躓いて地に伏せる者。先程まで軽快に魔物を狩っていたはずの場所は、今や阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


 遺跡の魔物たちは、この双頭の狼から逃げていたのだ。あの恐怖から逃げ延びるため、必死に外へ這い出ていたのだ。今や魔物も人も入り混じり、凄まじい混乱を極めている。


 情けない光景にも見えるが、彼らを責めることはできない。ここに集まったギルド員たちは、こんな化け物が出現することなど予測もしていなかっただろう。それはイグナールも同じだったが、先日死線を潜り抜けた経験が大きかったのか、多少怯みはすれど、臆してはいなかった。


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