小さな祝勝会
その日のうちに私はパーティから抜けた。
信頼していなかったことを詫びられたし、
助けてくれたことを感謝もされたけれど、
それ以上にやりたいことが出来てしまったのだから仕方がない。
冒険者商会の受付のすぐ脇。
報酬の分配や提供された酒類を飲むためのホール。
そこで私と彼とで小さな打ち上げをしていた。
バケットとオイル煮込み、塩漬けオリーブ他、祝勝会とはとても言いがたい酒のつまみたちだ。
バケットに塩気の強いオイル煮をしみしみにして口に食み、酒を飲む。
これだけで幸せになれる。
顔が多少歪もうが緩もうが、誰が襲ってくるわけでもない今なら許されるだろう。
もっぱら私はエールだが、彼は火酒を好んで飲む。
何でも、入れておく樽で味が変わるとか。
そんなこと言っても、麦は麦じゃないのかと思わなくない。
でも、彼のような違いのわかる職人のような人が言っているから多分そうなんだろう。
よくわからないけれど。多分、きっとそう。
エールは好きとは言っても、私はあまり強くない。
つい饒舌にもなってしまう。
これまでに一番練習した剣はロングソードだとか。
グレートソードと斬馬刀の扱いを誉められた話をして、お前は本当に人間かと誉められたり(?)した。
そのあと、装備が柔いのをどうにかしろとか考えなしに間合いを詰めるなとかくどくど言われた。
一方彼の方は酔いが進んで暫くすると剣の自慢が多くなってくる。
あそこにある剣は斬城剣と名付けたとか、使う人が使えば魔王を城ごと叩ききれるとか。
斬撃をのばすとかビームの刃を出すとか、なんかよくわからないことを言っていた。
そのあとは早く帰って剣を打ちたい、試せていない新しいアイデアがあるとか、そればかり。
なんとなくだけど、かわいいなって思ってしまう私がいた。
特別な気持ちという訳では無いと思う。
多分。
夜も酒も深くなって、まどろみうとうととしてくる頃合い。
べろべろに酔った女性が後ろから彼にのし掛かる。
「うぃーす、新しい子とパーティ組むんだって?」
いきなり肩を無理やり組んで、質の悪いだる絡み。
髪は編み痕のびらびら、細い顔にそばかすがついている。
「話がはぇえじゃねぇの。適当に登録頼んだぜ」
彼も酒が回ってか、全く意に介している様子はない。
「はいよー」
あまりの馴れ馴れしい態度に、もしかして妻だろうか?妻なのか?と思った。
「よ、よろしくお願いします!ご主人お借りしいたします」
酔った勢いからの、急直立からの騎士団的敬礼。
そこからふと我に帰って、しこたま笑われたのは死ぬほど恥ずかしかった。
二人とも机をバンバン叩いたり腹をかかえたりして、女性に関しては涙目にまでなる始末。
「元パーティメンバーだっつの!あと、あんたとはもう会ってるわけなんけど?」
「え?」
何処だ?何処で会ったんだ?全く思い浮かばない。
「んじゃあ、これなら?」
といきなり髪を後ろにやり目をしゃっきりとさせた。
「ご依頼、よろしくお願い致します」
「え、ええええ?受注の時のお姉さん?」
「エイダ、よろしく」
信じられない、あのバルさんを平手打ちにしていたお姉さんだったとは……
「仲悪くなかったんですね、演技ですか?」
いやいや、と両方が首を振る。
「こいつ、ちょいちょいキレさしてストレス吐かせねぇとダメになんだよ
常時目が据わっちまってよ」
酒も入って上機嫌なバルが面白半分に言う。
「はぁ!?ケツでも叩かれねぇと行く気が全く起きねぇとか言ってのはてめぇだろ?」
突っ込みを入れる彼女も、最初のヤクザみたいな様相じゃなく、楽しそうな談笑として話をしている。
きっと本当に仲がいいんだろうな、と思った。
「言ったっけな、言ったような気がしなくもねぇなぁ」
「まぁいい、それはそれとして、あとは、あたしみたいのが一人や二人いないと調子づく男っているんだよな
受付嬢にサービス要求したり、そう言うのを蹴飛ばすのもあたしの仕事の内ってかんじかね」
「そうなんですね」
睫毛も長いし、鼻も高い。ちょっと憧れなくもない。
それに唇がセクシーなのがずるいというか強いなぁと思う。
「それにしても、かわいい子ひろってきやがって」
酒の勢いか普段からか、自然にハグをしてくる。
埋もれる程の胸の圧に完全なる敗北感を禁じ得ない。
そして追撃で耳元に息を吹き掛けられる。
変な声が出そうになる。
「襲っちゃおかな」
と、更に耳をなめられた。
「」
声にならない声が出た。
出た?出なかったかもしれない。
「手出すんじゃねぇぞ」
「はいはい、冗談ですよ、じょーだん、ねー?」
しらじらしく両手をあげる彼女。
「あは、あははは、はい」
とにかくこの人は心臓に悪い。体やら性格から挙動も全部。
笑いながらも、無意識に変な距離感になってしまう。
そんな事を意にも介さず、彼女は耳打ちとは名ばかりの話を持ちかける。
「あいつどうしようもないくらい唐変木だから、気を付けろよ」
「おいこら!聞こえてんぞ」
何処までが、むしろどれが冗談なのか、わからない。
そういうミステリアスなのがいい女なのか、そんなことを思わなくもなかった。
「しっかし、これで任務ばっかの毎日とおさらばだぜ。とっとと鋼叩かせやがれってんだ」
「は?その子一人でいいわけねぇだろ?てめぇも行くんだよ」
「わってるわってる、ちゃんと冒険覚えさせるって、そしたらいいだろ?」
エイダは言いにくそうに、だが明確に告げる。
「パーティのリーダーがいないと、指名受注要件満たせないって知ってた?」
「は?」
それからバルさんを宥めるのは大変だった。
鋼を叩かせろ、鋼を叩かせろと、嗚咽のように漏らしていた。
そして、ついでと言わんばかりに
「あとこれ、あんたの分の請求書ね
これでもこいつ、ちゃんと商売してんのよ」
「へ?」
とんだとばっちりを受けた気分だ。
その紙には「バターナイフ貸与代」と書かれていた。
実に騎士団時代の給与3ヶ月分。
「買うと、小さい城なら2つ建てられる値段だから、まぁ借りるとこんなもんなのよ」
「俺はたけぇぞっつったぞ」
私は2日寝込んだ。
そんなわけで、私はバルさんの工房で下働きすることになるのだが、それはまた別の話。
余談だが、これを全部返済してもバルさんの借金はびくともしないそうだ。