鬼を狩る
前には巨大な化け物。
左右は土の壁。
後ろには傷ついた仲間たち。
絶望を鍋で煮詰めたような最悪の状況がトゥルーテに突きつけられていた。
(あぁ、だめだ
まだ人間サイズとしか対峙したことない、リーチ差が辛い)
マイナスのイメージばかり浮かんでしまう。
一方的になぶられるしかない間合い、手も足も出ない、力で押しきられる。
どれも現実味があって最悪だった。
目の前のオーガの威嚇するような咆哮は体の芯から震え上がらせ、最悪のイメージを更に増長させた。
だが、そのイメージに反して攻撃は非常にと言える程遅いものだった。
祖父に比べれば蚊がとまる速度だ。
しかし、当たっていいものの筈が無いことは明らか、かつ対峙したことがないメイスという武器。
いつ間合いを詰めたものか考えながらの戦いになった。
戦いが始まり、約1分で、トゥルーテはオーガの本質を丸裸にした。
こいつにはある種の武術の心得がある。
しかし、洗礼されたものではない。型の数が少なすぎる。
逆にこういったパターンがあると、ただ力押しされるよりもやり易い。
思いきってほんの少しだけ前に、間合いを詰める。
攻撃が当たらないとわかると、奇をてらったり、フェイントを仕掛けて来る可能性が高い。
その前に相手の心理的余裕を奪い、癖として染み付いた動作を引き出す。
大振りな振り下ろし攻撃を横に回避し、その流れでくる回転攻撃に対し半歩後退。二週目をしゃがんで回避する。
そして三周目に、目を回さないためか、若干回転スピードの緩んだ全力の振り抜き。
ここだ。大きく踏み込む。
(そして遠心力のない柄の部分をナイフで受けて、受けて、受け、あ!)
受けられない!
想像の中で絶望する。
どうやったら切らないで受けられるか全然わからない。
真横にしても滑って切れていきそうだ。
そうしたら威力が全く衰えない先端部分が体に飛んでくる。
死。
しかも既に間合いの中に入ってしまっている。
体をひねる時間もない。
咄嗟に腕を曲げ、前腕と上腕両方で柄を受ける。
「ヴアアアァ!」
と言う叫びと共に、これまでのみみっちくもかわされて攻撃が当たらなかった鬱憤を炸裂させるオーガ。
一気に肋骨まで肘が食い込む。
声もあげられず、ミシミシと音を立てながら体か吹き飛び、壁にぶち当たって落ちる。
悶える。
脇からの激痛。
肺から空気が出せない。
吸えもしない。
苦しい。
意味もなく胸当てをカリカリとかいてしまう。
「んガ、ぅ…」
喘いでいるのか、口をパクパクさせているだけなのかわからなくなる。
死ぬ、死ぬ、死、死。
一瞬、気を失ったのかもしれない。
そんな気がした。
もしかしたら一秒も経っていないかもしれない。
ドスッドスッと大きな足音の方に目を向ければ、まだ動く自分に止めをさそうとする化け物が視界に入る。
その時、激痛を感じてるのに自分でも怖いくらい冷静になった。
息をしなくても少しなら動ける。
受ける面積を多くして、筋肉で受けたから肋骨以外は折れてない。
腰から上をもたげたまま立ち上がる。
首だけをあげて目線を横へ。
まだ時間がかかる。
ナイフを左手に持ち変える。
(そうか、バルさんはいつもそうだった
攻撃を切っても攻撃は止まらない
だから受けるという選択肢がない
だから徹底的に動きでかわす
かわして斬る、かわしながら斬る、攻撃の前に斬る
この3択しかないんだ)
目の前まで迫ったオーガはメイスの大きく振り被り殺しにかかる。
散々と避けられてコケにされた恨みをここで晴らす。
それだけじゃ済まさない、グチャグチャにする。
そんな明確な殺意を向けて振り下ろす。
それ以上に冷たい殺意を向けられているとも知らず。
(振りかぶり動作は無防備だけど離れすぎて斬れない。)
半歩引いて体を横に、膝を曲げて反らして回避。
同時に刃を置いてくる
(これでメイスの先はない。次)
オーガは土煙でメイスの先が切り落とされた事に気づかない。
避けられた事に驚きと怒りを感じるも
即座に振り下ろした流れからの薙ぎ払いを敢行。
(先がないから当たらない)
一歩前に出て、最高速に至る前の位置に置いて斬る。
(これで残るは柄だけ、次は蹴りか拳
更に間合いを詰める一歩を踏み込んで・・・・・・)
「ッ痛!!」
激痛の中の更に大きな激痛が脇に走り一瞬止まってしまう。
もう少しでこちらの攻撃が届くという距離。
ただの一歩が永遠にも思える。
一拍置き、巨大な拳が目の前に迫る。
武器を排除したのに、まだ致命傷になりうる攻撃が幾らでも用意出来る。
脅威はまだそこに居座り続けている。
それをギリギリの所で腕にナイフを添わせて、ガード
(傷がついただけでは気付かないほど鋭い刃だ、このまま捻って指を貰う!)
初撃と違いしっかりと受けきるが、数メートル後ろに滑った後膝をつく。
息の苦しさが甚だしくなり、視界がどんどん黒くなっていく。
黒い視界の先で指を失ったオーガが激昂している。
表情は怒りに満ち満ち、額からは血管が浮き出て、目は白目を剥く。
怒りに任せて全力でブチ殺す事しか考えていない。
今直ぐにでも襲いかかってくるだろう。
時間がない。
(自分で、肺に、衝撃を送れば!)
ナイフの柄を持った拳で胸を叩く。
瞬間、つかえがとれて、激痛と共に血の咳が出るが、新しい空気がしっかり入ってくるのを感じる。
「クハッ!ッハッハァ、はぁ。」
だんだんと視界が開けてくる。
その瞬間、オーガの巨体の走り込みによる蹴りが眼前に広がっていた。
破城槌に使う巨大な丸太のように太い足。
それが巨体の全力疾走から繰り出されてくる。
食らったら文字通りに一溜りも無い。
(やばっ)
そう思いながら体が動かない。
緊張感だけが跳ね上がり、同時に、これは死ぬという確信が頭をよぎる。
その刹那。
「悪くねぇ動きだったぜ、途中から」
その言葉と同時に盾が横合いから割り込まれる。
地面にぶっ刺すと同時に腰と肩を入れて膝で踏ん張る。
大きな金属音とともに半歩の距離を滑ってで耐えるバル。
「時間稼ぎ、助かった
神官は持ち直した、他の蘇生に当たっている
ナイフ貰ってたら間に合わなかったかも知れなかった
ナイス判断だ」
バルのその言葉を聞いた瞬間、力が抜けてへたりこんでしまう。
「はああぁぁぁー!」
と、もう戦闘が終わったかのような安心の声を出してしまった。
何故だかわからない、不思議な安心感に包まれてしまったのだ。
怒り狂ったオーガが馬鹿力で盾を蹂躙しようという、その最中であったのに。
「惚けてんな、終わってねぇ!貸せ!」
「あっはい!」
腰が立たなくて、這って近付く。
今度はしっかりナイフを渡すことが出来た。
巨人の、巨大な拳。
力、ただそれだけで人間を圧倒する威力を叩き出してくる。
しかし、それをバルはナイフを受け取りながらいなして、衝撃を逃がし、余った威力を吸収してみせた。
「ナイフは慣れなかっただろうに、よくやった」
その最中にも、話をする余裕があるのだから驚きだ。
彼はナイフを受け取ると「ふー」と一息つく。
それから仕事の仕上げだと言わんばかりに盾から身体を出す。
「あとは、なんだ、バターナイフ使いの年季ってやつを見せてやろう」
そこからはあっという間だった。
逆手で拳を反らせて前腕と腱をえぐり、その手のすぐ脇から間合いを詰めて、順手に持ち替えてスナップを効かせて胸筋ごと肋骨をえぐり、掌底で心臓に押し込む。
そう言っていた。
言葉ではわかるし、つぶさに見ることが出来た。
ただ、これを身に付けるのにどれだけの時間がかかったのだろう。
錬度の違いというのをまざまざと見せつけられた気分だった。
私はまだまだだ。
「ナイフ使いになりたいんじゃねぇんだろ」
と言われたけど、やっぱりまだまだ。
そう思った。




