そういう宿命
サンドラは後ろ手に静かに扉を閉めた。
普段あまり足を踏み入れることない2階の応接室の前、目をギュッと閉じて両手でガッツポーズをする。
そのまま中にいる査定官の気が変わらないうちに、しかし踊るように階段をぴょんぴょんと降りていく。
そのまま流れるように受付へ。
「来たな、中級冒険者」
「エイダさん、もう聞いてたんだな」
「仕事だからな」
受付特有の貼り付けた笑顔でなく、ニッカリとした笑顔で彼女を出迎えるエイダ。
待ってましたとばかりに机から新しい冒険者証を取り出す。
これまでの折れそうなひ弱な木材から黒檀に、それだけでなく中央付近に小さな青い宝石が埋め込まれている。
エイダは見せびらかすようにぶら下げるのをやめて、一気に仕事モードに移行する。
「これからサンドラさんは初級第3位から中級第4位の冒険者になります
竜種の討伐を経たという事で飛び級が認められたようですね」
釣られてサンドラも少しだけしゃっきりと答える。
「ありがとうございます!」
「こちらが冒険者証になります
中級者からは位階に応じた緑柱石、つまり宝石が埋め込まれるのが慣例になっております
上級者が持っている貴金属製の物ほどではありませんが、冒険者証その物が高価なものになってきますので、くれぐれも盗難に気を付けてください」
エイダはトレーに乗せた冒険者を差し出す。
「へへっ、飛び級かぁ、トゥルーテが悔しがるな」
仕事モード終わりとばかりにふーと一息ついたエイダは、また口調を戻す。
「あの子もひとつ上がってサンドラより上だからな、まだまだ先輩だぜ」
「ちぇっ」
ちっとも残念そうじゃなく、楽しそうに漏らす。
それから受けられる仕事の違いとか、身分がどうたらとかの説明を受けて、受付を後にする。
後ろ姿にエイダははたと思い出して声をかける。
「そういや忘れてた、もう燃やすなよ?再発行も高ぇからな」
「ぜ、善処します」
少しばかり、不安の種が増えたサンドラであった。
そのまま鼻歌交じりに冒険者商会を去ろうとするサンドラであったが、その扉前であまり見ない顔に出くして表情が一気に曇る
「げっ」
そこにいた浅黒い肌に長い耳をした痩身の男、ガリオンは心外とばかりにおどけてみせる。
「御挨拶だな」
「うるせ、仕事してねぇのかよ」
不機嫌を隠す様子もないサンドラは訝しげに問う。
「あれには船と馬車を覚えろと言われたが、いつまでにとは言われていないのでな
もう二十年くらい練習を積むのも悪くは無い、それはそれとして食い扶持は稼いでいるがな」
不老基準の長い構想にさぞ呆れた様子のサンドラだったが、次に彼が冒険者証をチラつかせたのを見て表情を変える。
具体的に言えば得意、あるいは意地悪なそれになった。
「おんやぁ?もしかして君は初級冒険者じゃあないかな?」
と、自分の真新しい冒険者証を見せびらかす。
今度はガリオンの方が呆れ返る。
大袈裟に肩をすくめ、ため息を漏らしてしまう。
「全く君というやつは」
サンドラはお構い無し、無遠慮に近づいて肘やら指やらでガリオンをつっつく
「かしこまらくていいのだよ後輩くぅうん、なんなら食事でもご馳走しようじゃないか」
煽りに煽り、悔しがってぷるぷる震えるのを期待してくすくすと顔を歪ませるサンドラ。
しかし、あの時毒の抜けたガリオンは、それこそ見違えるほどに大人であった。
「ふっ、まあいい、そういう事なら、ここは先輩の顔を立てようじゃないか」
彼は余裕たっぷりに含み笑いをし、誘いに応じて見せた。
口論や小競り合いを想定していたサンドラは肩透かしと同時に大いに驚き、そのまま固まってしまう。
「へっ?」
そう声が漏れる頃に彼は目と鼻の先にあったホールの席に座り、葡萄酒を注文し終えてしまっていた。
(あれ、あっるぇ?)
「なに、別におおらかになったとかでは無いさ、琴線がちょっと変わった、とは少し思うが」
一転して不機嫌さを取り戻したサンドラを半ば宥めるように口を開くガリオン。
片手に葡萄酒、目の前の皿には燻製肉とチーズ、それにオリーブの実のアソートが並ぶ。
彼はそれを摘むフォークを踊らせながら、今まで気にしてこなかった自分のことについて思考を巡らせている。
「要は、そこは負けたくないところじゃないってそれだけだよ」
「ふーん……」と犬歯で骨付き肉を齧りながら彼女も彼の言葉について理解しようとする。
「なるほど、身の程を知ったって事か」
そしてあまりにもストレートにすぎる言葉でまとめる。
それでもガリオンはオリーブを一つ摘み、涼しい顔でグラスを傾ける。
「そうとも」
恥ずかしげもなく、彼は認めた。
「誰に習ってもいない、修練も積んでいない剣の腕とか、入ったばかりの冒険者の階級とか、そんなものにプライドを張るだけ無駄さ
彼女を見て思い出させて貰ったよ
つまりは探求と研鑽、それらを繰り返した末に培って来た確かなもの、それだけが誇るに足り得る、という事さ」
サンドラは葡萄酒と肉をすっかり飲み込んでからも言葉を咀嚼し続ける。
それからたっぷり間を持ってから
「至言だな」とだけ言った。
「例えば、君と戦っていて、直ぐに熱でやられそうになったが、そうならなかった俺の対抗魔法のセンス、とかね」
「魔法だったのか」
謎が溶けた気分だ。
サンドラは火精霊
普段はともかく、臨戦態勢になった彼女は近づく草木が燃え落ちる程の熱を発しているのだ。
溶けない剣を持っていたと言っても直接触れた時に伝わる熱量は想像を絶する。
トゥルーテが戦った時は結局最後の一瞬しか接触しなかったし、バルには耐火装備があった。
彼女はこの男がどうやってその熱を防いでいるのかは結局分からなかったのだ。
「手数と同時展開数には少し自信があるからね
とは言っても、彼女に勝てる気は全くしないがな」
「あいつはなんていうか、強さが人間やめてるからな
真っ当にやって勝つってビジョンが全く浮かばねぇよ」
サンドラは大いに同意する。
わかる、わかるぞというのが表情ににじみ出る。
「正直、龍よりよっぽど怪物じみている」
ガリオンも悪気はないのだが、前戦った時にイメージが出来上がってしまっている。
「30を超えるゴーレムを同時に切り伏せたり、吸血鬼を単騎で圧倒したり、何より私の主に1発勝負で勝ってる、あの人が負けてるとこなんて初めて見たよ」
武勇は他に聞くし、騎士団時代も含めれば軽く小一時間は話せる程あるらしいが、サンドラがぱっと思い浮かぶのはこんな所だ。
「それほどか」
「あと、私を倒すのも本当に凄いんだぞ、お前も自信を持っていい
魔族の軍勢の中じゃ私は四強に数えられるんだからな」
「俺の勝ちでいいのか?」
彼はここでもおどけてみせる。
「む……、あれは、倒されてねぇ、それに剣はまだまだ特訓中だ」
彼女は赤い顔をさらに赤くして、頑として負けを認めない。
少し酔いが回ってきているのかもしれない。
「だが、彼女には完敗した、と」
彼と違い、サンドラは大いにぐぬぬと悔しさを滲ませるが、それでも切り替える。
「ま、真っ当にやらなきゃいくらでも勝てるだろうけどな、あいつアホだし」
「そうなのか?」
「適当な落とし穴にも嵌る程だってよ」
そのままケラケラと笑いながら噂話を続けるサンドラ。
その最中に、走り去るものの影があったが、訝しみながらもガリオンは見逃すしか無かった。
「お前なかなかいいやつだな、主様の軍勢に入れてやらないこともないぞ」
すこし、サンドラがめんどくさくなりはじめていたのだ。
(魔族、スレイの話辺りは聞かれていたと見ていいな、少し、嫌な予感がする)
そう思っているのも束の間、サンドラは突っ伏して寝始めてしまい、彼はその介護や送り迎えに勤しむ羽目になる。
何処ぞの酒に弱いエルフといい、おそらく彼はそういう宿命を背負った男なのだろう。
「全く、あの子もそうだが、君も大概に油断だらけだよ」
熱を遮断する魔法を掛けながら寝こける彼女を背負い、独り言のように話しかけるガリオンであった。
余談だが、その日トゥルーテはやたらとくしゃみが出たという。




