思いがけない戦果
私とバルさんは何も持たずにダンジョンを後にした。
とにかく疲れていたし、バルさんに至っては満身創痍だった。
あれでよく死ななかったと思ったものだけど、攻撃の受け方に尽きると言っていた。
とは言え全身打撲に肋骨は数箇所の骨折。特に背中のものが酷かった。
そんな状態にもかかわらず、自信満々に「腕だけは守ったぜ」と言っていたのに関しては、さしもの私も呆れ返ってしまった。
本当に剣を打つために生まれた人と言うか、なんというか。
かくいう私はと言うと、全身肉離れに近い状態でポーションが無ければ指1本動かせない状況だった。
にしてもこの最近のポーションというのは凄いもので、かなり痛みが和らいだし、何より体を動かせるようになった事にかなり驚いた。
いや、ともすれば修行時代に欲しかったと言うのが正直なところだったが、まぁいいや。
そんな感じでバルさんの実家に向かって、倒れ込むようにと言うか、体当たりしても扉が開かなくて。
扉の前で一夜を明かす覚悟をした辺りでジルさんに助けられ。
そこで数日療養することになって、現在に至る。
エイダさんの仕事の兼ね合いもあったけれど、得意な手合いだからって誰も助っ人を雇わないでダンジョンに入るなんてどうかしている。
と言ったのは私ではなくて、数日後に様子を見に来たエイダさんで、なんとなくバルさんについていった私までついでに怒られてしまった。
しぶしぶ折れてという感じじゃなく、すまなそうな感じに詫びるバルさんはとても新鮮で、おかしくて、努めて顔に出さないようにした。はずだ。
「気にしないで下さい、なんとかなったじゃないですか」
「で、言いたかったのはそれだけじゃなくてな」
と、エイダは後ろからやってきたカイルに目配せをする。
「いい知らせと悪い知らせがある」
バルの父であるカイルは、冒険者商会の幹部としての真面目な顔で口にする。
大きすぎる部屋の大きすぎるベッドに腰掛けるバルに、丸椅子で円陣のように集合する面々。
「んじゃ、悪い方から」
嫌な予感しかしねぇと言った顔で促すバル。
「この功績は内々に処理され、栄誉と呼ばれることはない
従って、これを理由に昇格するという事もない」
カイルは残念そうに言うが、ついていけていない2人は疑問符を浮かべるしかない。
「あ?話が見えねぇんだが」
バルが無遠慮に聞く。
「あのダンジョンの更に奥に行ったチームの報告によると、そこには大量のゴーレムの残骸、そして、かつて上位魔族として恐れられた多眼のゴーレムマスターの死体があったのだ」
それがなんの関係があるのだろうと、トゥルーテは未だに話についてこれないが、バルは一足早く納得する。
「男の致命傷、およびゴーレムの破壊のされ方はゲートキーパーと同じく横一文字での切断によるもの、つまり」
「ゲートキーパーごとこいつが文字通り一刀両断した、と」
「な、な、な、なんですと!?」
トゥルーテは驚きを禁じ得ない。
そこを詳しく、と聞きたいところであったが、重要なのはそこじゃないらしい。
「問題はここからだ
というのもこの魔族は、かつての勇者が討ち滅ぼした筈なのだ
影武者か子孫か、とも考えられたが、ゴーレムの精巧さ、お前をそこまで追い詰める周到さ
何より当時を知る長命種族の冒険者の見立てからしてそれは考えずらい、つまり、だな」
カイルは歯切れ悪く言葉を濁す。
「殺した筈の奴らが再び人間を脅かすかもしれないってのはもちろんだが、そうじゃねぇな」
「そうだ、問題はそこじゃない」
「どういう事です?」
「要は、その勇者様々がそいつらを逃がした、匿った可能性が浮上したって事だ」
「そんな馬鹿な」
「あるんだよ、歴史上」
トゥルーテの否定に対し、食い気味にエイダの言葉が入る。
顔は至って真面目、いつになく深刻といった様子。
「かつて、数いる勇者の中で最も優れた男と言われた当時の勇者は、後に魔王に転化し、かつての魔王幹部とともに、世界に歴史上最大の被害をもたらしたのだ」
カイルは重々しく、口にする。
そしてそこから長い、長い話が始まった。
今は昔、人が暦を数えるより更に昔、神話の時代。
人々が創世の神とも呼んでいる《混沌の神》の息子たち、《邪なる神》と《善なる神》との間にほんの小さな言い争いがあった。
それを間に入った《戦いの神》が面白がり、《遊戯の神》を焚き付けた。
地上の生き物たちを互いに取り合い、ルールを定め、盤上遊戯を始めた。
それが魔族と人族の長き永きに渡る争いの始まりだったと言われる。
《正義と平等の神》は固唾を飲んでそれを見守り、《愛と真実の神》、それに《情欲と嫉妬の神》、他に沢山の神達が度々ちゃちゃを入れる。
《調和と友愛の神》はこれらの間に度々入っては仲裁しようとするが、そもそも神々はそんないがみ合いなど忘れて、遊戯を楽しんでいるのだと知ると、いつしか争いの幕間につかの間の休符をもたらす役割に甘んじた。
《邪なる神》と仲の良い《悪意と背徳の神》に祝福を与えられた者は魔王や魔将と呼ばれ、魔物を導き、《善なる神》と仲の良い《正義と平等の神》はそれと同等の祝福を人々に与える。
それらは勇者や英雄と呼ばれ、使命を帯びる。
それは幾度となく繰り返し、歴史の中に登場しては消えていき、そして現代にまで続いている。
しかし、何事にも例外はある。
生まれてより、悪意と背徳、正義と平等、その何れの神にも祝福を与えられるという常識外の存在が。
それは魔物と人々との混血であったと言われている、
瞬く間に他の英雄、魔族を従え、そのいずれの陣営にも甚大な被害をもたらす大災害を起こしたという。
神の怒りに触れたのか、後にその男の姿は忽然と消えたと言うが、こといまに至るまでその真相は分かっていない。
要約するとそういう感じだそうだ。
「その可能性が事実であるかどうかはもはや関係ない、世に知れれば大混乱は避けられないのだ
国の基盤は崩れ、民は割れ、多くの者が飢え、争いを始めるだろう」
「なるほどな、それでいい話ってのは?」
割と真面目な筈のその話を耳糞を吹きながらな聞いていたバルは納得したふりをして続きを促す。
トゥルーテもまた船を漕いでいたが、ふと我に帰り、聞いていたふりをした真面目な顔に戻る。
彼女は思った。長話は親譲りか、と。
決して口には出すまいが。
エイダは内心、(こいつら……)と思って、青筋が浮かびそうになるがぐっと堪える。
「先に話した通りだが、この上位魔族を打ち倒したというのは大変な功績であることに変わりは無いのだ
この話は国王に報告され、収支内容極秘として褒賞が支払われる事となった」
仕事モードのエイダは用紙を片手に事務的に話をする。
「債務との差し引きを行いまして、金貨にして、残り22枚の支給となります」
バルは一瞬驚いたが、即座にそれを否定する。
「いや、それはこいつんだ、俺は何もしてねぇ」
とは言うものの彼が剣を作らなければあのような結果にはならなかったのも事実。
うんうんと唸り、どうしたものかと考えていトゥルーテであったが、名案を思いつく。
「じゃあ、バルさんのとっておき、先払いって事で」
そう言われ、バルはきょとんとしてしまうが、突然にぷはっと吹き出す。
皆それにつられてどっと吹き出し、笑いだす。
そんな面白いこと言っただろうかという顔をして置いてけぼりになるトゥルーテ。
それを後ろから肩を組んで頭をぼんぼんと叩くエイダ。
「やべぇ、やべぇよ、先払いとかおめぇ、初めてじゃねぇの?すげぇ」
と、素が出てしまっている。
このこの、とボディブローも入り始める。
バルは今まで、自分がべらぼうに高いものを作っていた自覚があった。
貴族階級の一括払いと、仲間たちへの餞別、見所のあるやつへの出世払いと分割払い、先に金を出して受注された事などない。
冒険者としての信頼は上から二つだろう。
だが、鍛冶師としての信頼はどうだ。
バルは独立してからというもの、目の前に商品を示す事でしか自分の剣を購入をされた事が無かったのだ。
良い剣を造ると噂は広がっているかもしれない、だが、鍛冶師として剣を造る、という仕事を依頼されたのはこの方初めてだった。
それをこんな小娘にとは、バルは夢にも思っていなかったのだ。
おかしい、これを笑わずして何を笑うのか。
ひとしきり笑い続けるが、「うし」と気合いを入れ、自信満々に骨を鳴らし、こと冒険に対しては見せたことがないやる気を滾らせる。
「オーケイ、お前には俺のとっておきをくれてやる」
驚く程高額な商談は、驚く程短時間でまとまった。
「しゃぁ!籠るぜぇ、もう誰にも俺は邪魔できねぇ、けぇるぞ」
バルは勢いよく部屋を、そして荷物をまとめ屋敷を後にする。
他の面々を置いていく勢いであったが、流石に引き止められる。
エイダには傷を気にせず関節をきめられ、連れ戻されていた。
「飯ぐらい食わせろ」
だそうだ。
そんな様子を残された2人は窓越しに覗く。
「なまくら使いやがって、だそうよ」
「手厳しいな」
「言ってあげたらいいのに」
少し寂しそうにマリーナは呟く
「一体なんの事だ?」
「全部部屋に記念に 飾ってあって、勿体なくて使えないんだって」
カイルはゲフンゲフンと咳き込む。
「あいつには言うな、絶対にだぞ」
気恥しそうに言うカイルに、マリーナはなんとも言えない表情でクスリと笑った。