61話 ACT16-3
「な!!、どこでそれを・・・」
「いや、なに。言っただろう。貴様、、、か。と」
ガインのフリとも思える返しに、言葉が詰まるマリア。質問に対する返答の意味が、汲み取れない。
「どういう事ですか?」
「だから、言っただろう。貴様が俺様の前に現れた時に、貴様、、、なのか。と」
確かに、言っていた。
シキと組んだ奇襲作戦変更によって、ガインへの最大のキルタイミングだったあの瞬間、ガインは確かに言っていた。「貴様、、、か」と。それはつまりのところ、反逆者を知っていて泳がしていた事を意味する。そして、その泳がしていた対象者に対して発言する言葉であれば、その言葉が「貴様か」という言葉である事になんの疑問もない。
「私は・・・、泳がされていたんですか?」
「まあ、そういう事になるな」
「なんの為に?」
「その答えを俺様に求めるのか?貴様の苦悩、信念、怨念すべてに繋がる事なのではないのか?」
ガインの返答に、ガインの意思が感じられない。個別の戦いを望んだ辺りから、余興が入っていたように思えたが、泳がせていた事自体も、その余興に含まれているのか、いないのか。ガインにとって、この一連の流れは、描いていたシナリオ通りなのかもしれない。
表情が窺えないとは言え、もう少し、相手を手の平で転がしていていた事を楽しむ様子が、垣間見れてもいいものだが、あたかもそれが、淡々と事務作業をこなしていく既定路線のような対応と、無感情に発する言葉に、マリアは、この一連の対応には、別の者が絡んでいるように思える。
つまり
「兄さんですか?」
「そういう事だ。貴様の一連の行動はすべて、貴様の兄の手中にあるという事だ。貴様が助けたいと思っていた兄は、貴様を求めていないという事になるな」
マリアにとって、VBCとAHは、テクノロジーの進化の象徴でもなければ、人類の発展の姿でもなかった。
ただの呪いだった。
天才エンジニアの名をほしいままにしていたマリアの兄は、本人の想いとは関係なくその進路を最先端のテクノロジーの業界に身をおく事となった。ビッグデータにおけるAIの進化、VR,AR,MR,BRの進化、ブロックチェーンの進化により作られた技術的特異点の世界。
様々な仕様の本質を理解し、深堀し、新しい仕様の仮説を生み出してきたマリアの兄は、その仮説検証に対する意欲に、アイデンティティを持っていたが、彼の才能を、世間は、そのままにしておくことを許さなかった。サービスレイヤーまでの提供、及びlife value technologyのあくなき欲望に巻き込まれていき、兄の精神状態や思考は、年々、マリアの知っている兄とは違った方向に向き始めていた。
新しいロジックや仕様の発見に、進化や価値を見出した兄が、その先の世界を作る重荷を背負わされる事で自身の許容量を大きく超えてしまったのであろう。兄と妹、慎ましく生きてきた、そしてその環境や関係値が大好きだったマリアの想いとは裏腹に、世界を変えていく事への意識のみに兄の思考は移っていく。
次第に体を壊し、時に数少ない友人との関係も減っていき、心配するマリアの声にも耳を傾ける回数は減っていき、止められない流れを食い止める為にも、兄を止める為にも。
マリアは兄と同じ世界に身を投じる事を選ぶ。
そう、AHの世界を作り上げたアノテスの入社である。天才エンジニアの妹とあれば、その役割がなんであれ、率数百倍といわれるアノテスだったが、簡単に入社を受け入れた。
しばらく兄とも合えていなかったマリアは、兄にアノテスへ入社した事は伝えなかった。もうしばらくの間、返信をもらえていない。どうせ送ったところで返答は返って来ないのも分かっていた。だったら突然兄の前に姿を表してびっくりさせてやろう。それからは嫌ってほどつきまとってやる。どうせ彼女もいないだろうから人並みの家事もできていないだろうから、色々押しかけてやる。一緒にいる時間を増やせれば、少しづつマリアにまた心を開いてくれるはず。そうすれば昔の兄に戻ってくれるはず。本当に大事な事は世界を変えることなのではなく、自分らしくいられる事だって気づかせてやる。
そう息巻いていた。
だが、そんなマリアの想い、願いは簡単に打ち砕かれた。プロジェクトホライズンと名づけられた最重要プロジェクトのコマメンバーだった兄と会う事は勿論の事、見かける事すらマリアには叶わなかった。兄の信用力を元に入社したマリアは、兄に近いエンジニアスキルを求められていたが、そのような特別な才能も持ち合わせていない事を会社が理解し始めてくると、マリアに対する扱いも変わって来た。
同じ会社にいながらも、兄妹でありながらも、会うことはおろか見かける事すら叶わないマリアに対して、同情の声すらなく、異質な文化のアノテスでただただ事務員として働く日々が続いていた。
そんな中、プロジェクトホライズンのモニタリングを社内から募集される。これは特別なスキルを必要とされる事はない。変わってしまった兄の思考を望んだ会社に合わせるようにマリアも自身の思考が、テクノロジーの進化における世界の変革であるように見せていた事も幸いし、モニターとして選ばれた。
そこは、所謂、VBCヘッドセットで作られた、自分のデジタル分身データのアバターに、ゲーム性のステータスを与えて遊べるようにした昔ながらのVRMMORPGのような世界だった。大掛かりな最重要プロジェクトとして作られた世界がゲームだったと知った時に違和感を隠せないマリアだったが、その違和感は早くも的中することとなる。
VBCヘッドセットによって生み出されるアバターは、人類の進化である。という考え方と、普段の肉体ではできない事が、できる便利なツールである。という二つの考え方に対して、アノテスは完全に前者の思考が強かった。
その思考を現実のものにするために必要なのは、現実の世界の肉体とアバターを完全に切り離す事である。実体には生命維持装置としての役割のみを求め、アバターこそが本来の姿であり、アバターのみで人間としてのアイデンティティを作り上げていく事を望んでいていたアノテスは、ゲームプログラムの中に、帰化プレイヤーという実体を切り離したアバターのみを唯一無二の体とするイベントプログラムを組み込んでいた。モニターとなったプレイヤー達は、その第一弾の対象者だった。
ゲームをプレイしていく中で、次々と仲間がキルされ、その後の説明もなく、そのまま消えていく事に違和感を感じたマリアは、空いている時間をみつけてこのゲームプログラムのバグチェックに時間を注いだ。
バグチェックをしていく事で、プロジェクトフォルダのソースファイルに刻まれたメモを見るレベルにまで達したマリアは、このプロジェクトの真相を知る事になる。そして、このプロジェクトのコア開発メンバーであったマリアの兄はすでに帰化プレイヤーとなって現実世界から引き剥がされている事を知る。
それを本人が望んでした事なのか、無理やりやらされた事なのかはマリアにはわからない。
けれど、この事実を知った時点でマリアはもう自分の為すべき事が分かっていた。人類の進化だと妄想されたこの会社の想いを断ち切られなければいけない。
きっと正式オープンした際には、帰化プレイヤープログラムの事を言わずにユーザーを巻き込んでいき、そして少しづつ少しづつ真相が分かる頃には、アノテスの思惑通りの世界になっているようなロードマップが描かれているのだろう。
それであればマリアはそのアノテスのロードマップを崩すしかない。来たる時に向けて自身の状態を万全にして、その瞬間を潰さなくてはいけない。抗争になれば、思惑通りに進むこともなくなるはずである。そうなった時、反対勢力を率いるほどの立場に自分が慣れるとは思ってもいないし、なりたいと思ってもいない。キッカケさえ作れればそれでいい。
その来たる時に向けて、マリアは帰化プレイヤーが何たるかをバグチェックと共に調べあげ、モニターから逃げ出し会社から逃げた存在としてAHから去った。
そして、一般公開にあわせて準備を整え、参加することとなる。何も知らないプレイヤーとして参加し、キルされたフリをして帰化プレイヤー装ってギルドに参加し、同行を見ながら抗争キッカケを作るための機会と仲間作りを目指して。
すべては、兄を取り戻す為に。
次は月曜日19時に投稿します。




