57話 ACT15-3
「わかってる。何も言うな」
「わかってないわよ。わかった風で話すのはやめなさい」
明らかに動揺しているセリカに、シキは口頭上でのイニシアチブの感触を得初めた。
「たしかに俺は何もわかってない。事情はわかってないけど、お前の心はわかってる。お前の心がわかっているなら何も問題はない。お前が俺を理解して俺がお前の心の苦しみを理解して、一緒に解決する事に時間を掛けていけばいいだけの事だから」
「な、なに、言ってるのよ・・・?」
「だから俺と約束をしないか?」
「・・・、質問の返答もせずに続けるわね・・・。なんなのよ、約束って?」
「お前が思う大事な人云々の前に、俺とお前の二人にとっての契りを作りたい。お前が俺に勝ったら、俺はもちろん帰化プレイヤーに甘んじてなる。その代わり俺がお前に勝ったら、帰化プレイヤーをやめて、プレイヤーに戻れ。戻れないなら帰化プレイヤーのままでもいいが、俺についてこい。お前の苦しみがなくなるまで、俺がお前の苦しみを半減してやる」
シキの提案に、本来であれば鼻で笑ってからかう対応をするはずだったが、この時だけは、その真っ直ぐなシキの眼と、どこかでもしかしたら自分の進んでいるべき道を間違えているのかもしれないと思っていたセリカの心を惑わせた。
セリカは人を信じる事に疲れ果て、また恐れている。
帰化プレイヤーは、己を力を誇示したい欲望でプレイヤーから、帰化プレイヤーになるタイプばかりではない。人に絶望して世界に絶望して新たな理想郷を求めるタイプもいる。セリカはまさにそのタイプだった。
神志名芹は、子供の頃、AHもなかった頃、人に人一倍気を配るのが女の子だった。
経済的に豊かだったが、自営業をしていた父は家に定時で帰ってくる事も少なく、それでも母と二人で記念日一緒にいられなくても、二人とも一切父に文句を言うこともなかった。
尊敬していたし、家族全員で一緒にいられる時は、なによりも芹にとって最高の時間だった。
ところが父の会社が倒産することでその日常は一変する。当初は、事の重大さを理解できていなかった。いや、理解をするよりも、寂しかった感情が埋まると言う思いが、先に動いてしまった芹は、大好きな父と一緒にいられる時間が増えてうれしかった。
母も父を応援はしていたものの、やはり少し寂しかったのだろう。仕事をなくした父に対してできる限り気丈に振舞っていたし、内心一緒にいられる事を喜んでいるようにも思えた。
しかし、父の心理状態は二人の思いに反してドンドン悪くなっていく。最初こそは意気消沈していたので母や芹が傍にいる事で少し安らげたのかもしれなかったが、次第に冷静になっていったのか、すべてを失ってしまった父は現実を受け入れられないようだった。
また負債を抱えてしまっていて破産したのも大きく、事業を失敗してしまった烙印を押された父には社会の反応は冷たかった。言葉通りに一文無しになってしまい、父はうつ病を発祥し、母が働くようになるが、一家を支えるほどまでには至らず、次第に母も倒れ、父と母を支えるためにも芹は夜の世界に身を投じていくことになる。
成績がよく、裕福な家庭にいた事もあって、将来を有望視されていた自分の取り巻く環境しか知らなかった芹にとって、夜の世界に身を投じざるおえない事の心理的ストレスは、少しづつ芹の心を蝕むようになっていく。
今まで付き合っていた友達だと思ってた人達からは遠ざけられ、新しい世界でできた交友関係は、表面上のものだけであり、素直な気持ちだけ付き合っていけるほど安易な関係値でははい。それでも家族を支えなければいけない芹は、次第に環境に慣れていき、家族を経済的に支えるまでに至った。ただ夜の世界も単純ではない、体への負担も一刻一刻と増えていく中で、体調や芹の置かれている環境を気遣ってくれた一人のお客さんと恋に落ちた。
ホステスとしてしっかり男性の目利きが付いていたと思っていた芹だったが、そこは自惚れであった事に気づく。そもそもの恋愛経験の少なかった芹は、一度、恋人に気を許した事で今まで家族に対して見せていた姿すら、本当の自分でなかったかのようにその男性に依存していく。
ただ、夜という世界の環境のせいか、芹の運命なのか、彼女にとってその男との時間が癒される環境にはならなかった。男は青年実業家を語った女衒である事が判明する。経済的豊かさを見せていたのも最初のうちだけだった。次第に、芹の気持ちを推し量るように、事業の運転資金を理由にお金を求めてくれるようなった。
元々、家族を支える為に始めた夜の仕事。芹自体に自由にできるお金がそこまであるわけではなかった。だが、惚れられた者勝ちである。お金を融通する事で、その男に求めに応えられている自分に満足した錯覚を覚えて始めてくる芹。
相談できるような友達もいなかった。
だから、男の求めに対する疑心感は、承認欲求に勝る事もなく、重くなった負担の分、ノルマの厳しい店を紹介される事で、ただただ体にムチを打ちながら応えて行った。
ただ、その関係にも終止符が訪れる。いい時給もらえる店に行けば行くほど当たり前だが、相当きついノルマになってくる。そのノルマをこなす為に営業、営業をし続けていた芹はついに体を壊す。しばらくお酒を控えるように言われた芹は、ついにその男に風俗で働く事を進められる事になる。
依存しているとはいえ、そこで完全に目が覚めた芹は、男との別れを決める。だが、夜で働く事もできないかったし、そもそも、家族の為とはいえ、これ以上自分を偽って生きていく事に疲れ果ててしまったところ芹は、人間関係を全て断ち切ってしまった。
何かから隠れるように訪れたネットカフェで、何もする事のなかった芹が、暇つぶしの為に見つけたのは、まだホロジェクターグラスでしかログインできなかった頃のAHだった。
ログインして、ただリアル世界の時間を過ごさない為に、時間を過ごしているような芹に、すべてを捨てて理想郷で生きていく事を提案してきた男がいた。ちょうど人との関係値を断ったが、人恋しさが、で始めた時期でもあった。出会いは、ふと困った時に助けてもらえた。ただそれだけのキッカケ。一緒に公王する事を誘われた時には、疑心暗鬼よりも孤独を感じない気持ちを無くしたい気持ちが強くなっていた芹だった。
一緒に居ても何しても、リアルな世界に戻って、男女を関係を求めてくるわけでもなく、ただただリアル世界とは違う別世界、AHで一緒に行動をするだけの関係値が続いた。
恋人とも友達とも違う、仲間と呼ぶにふさわしい環境を与えてくれたその人が、この世界を変えたいと言い始めた時は、耳を疑った。ただただ現実逃避できる時間をくれただけだと思っていた芹だったが、リアルな世界に未練は何もない。AHが唯一無二の世界となるのであれば、それ以上の幸せはない。家族には申し訳ないがこれ以上はセリカの精神状態をリアル世界で持たす事も厳しかった。
そして芹は、リアル世界での生活に終止符をうち、AHでセリカと名乗り行動し始める。
この世のすべてをAHに集約する為のEG幹部として。
しばらくの間、沈黙が続いた。だがその沈黙が悪い方向に向いているものではないと、シキはわかっていた。この沈黙の時間はセリカの中での戦いの時間なのだと。
「・・・、坊やも大概悪い男ね」
「俺ほど、いい男はいないと思うぞ」
「ああ、もう、なんだかどうでも良くなってきちゃった」
次回も月曜日19時に投稿します。




