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思い出の定着  作者: 椎名未来
二章
7/7

日常と異常四

「いっつも思うんだけどねー、身長が平均いってないってだけで可愛いだの羨ましいだの言われるのは、どうにも心外なんだよ」

「いっつも思うんだが、お前の話題振りは唐突だよな。しょーがねーじゃん。チビなんだから、っだ! お前っ! 脚蹴るな!」

「蹴ってないよー。突然出現したゴキブリ君に天からの鉄槌を食らわそうとしただけだよ」

「それが本当だとしても踏みつけて処理しようとするなよっ! ていうかゴキブリどこっ!?」

「うっそぴょーん」

 そういうわけで、作戦会議、と称した美衣の俺んち突撃訪問はなぜか夕飯の支度へとかわっていた。

 別段これが初めてなわけじゃなく過去に何度も何度もこんなことをやっているので、俺は俺で慣れているが、今回はタイミングが良すぎる。空気を読んだというべきか。

 いろんな理由をつけてあがりこんで来る美衣だが、疲れているときは時たま勝手に食事を作っていってくれるいい奴なのである。多分。

 俺と美衣はもくもくと、というか美衣がほとんどやってしまった。座卓がわりのテーブルにコンロ設置、鍋設置、和風出汁に練りゴマをいれ、塩、鷹の爪、白味噌をいれて摩り下ろしにんにくを入れる。沸き立っている間に、牛ホルモンを食べやすく解体、ささがきゴボウにキャベツ、豆腐を下ごしらえしてもやしとニラを簡単にきってゴマを用意。

 良い匂いを放つ鍋にホルモンをまずぶち込み、各種野菜をいれて火をが通るのを待つ。

「んー、よしっ! いいだろう! さぁ食べるがいい! 餓鬼の如く!」

「おう! 意外に普通にうまそうで食べたくなってきたぜ! じゃあ、」

 そこで俺は一旦持った箸を置いて、

「って、そーじゃねーだろおおおおおおっ!」

 思わず叫んだ。いやここで叫ばずしてどこで叫ぶだろうか、いやない。

「めちっちゃ暑いわっ! 馬鹿じゃねぇの! 今夏だよ? 夏なのになんで鍋なの? いやお前馬鹿だったな! ごめんな気づけなくてな!」

 もう展開も状況もわけがわからなくてテンションもおかしくなってる俺。

 そしてなぜだか不満そうに美衣が俺を見上げながら、鍋からホルモンを皿によそってる。

「なんだアタシの『冬にぴったり! スタミナたっぷりニンニクモツ鍋』が気に入らないとはくにひこはもらわれ手が将来いなくなるぞ」

「俺が貰われるのかよっ!」

 どこから突っ込んでいいかもうわからない。冬って。

 とりあえず蚊は覚悟して窓をあけ、エアコンの冷房を最大にした。それをもぐもぐと咀嚼しながら観察していた美衣は言う。

「くにひこ、腕ほっせー」

「うっせーよ!」


 とりあえずなんとか鍋に耐えられる環境になったのでどうしようもないし、とにかく鍋を突くことになった。しかしや、意外にうまい。美衣は昔からなんでも器用で才能で全て完璧にしてきた。こいつ料理の腕も完璧なのかよ、どんな超人だ。

「やっぱ夏は鍋だねー」

「情緒も風情も裸足で逃げ出す言葉を言うよな、お前。つーかお前暇なの?」

 向かいに座ってる美衣は存外暑かったのかブラウスを脱いで肩紐のキャミ姿になってる。もちろんブラも見えるので目のやり場に困るのだが、美衣はんなもん気にするような神経がないのでなんだか残念。背は低いが胸は平均以上なので成長とは何か考えさせられる。

「詳細に言うと『暇にした』って感じだよ。栞のことはなによりも大事だからね」

 大事。何が? とは俺の口からは聞けなかった。なぜか。

「きっとまたくにひこは自分一人で悩んだだけその結果、周囲を不幸にするような結末に至ってしまうんだろうと思ってね、アタシも助力することにしたんだ」

 そう笑顔でいう美衣は本当に栞のことを案じているように見えて、なんだか普通の女性に見えた。不思議なことだ。

「不幸な結果とはまた大層な予言だがそんなん風にはならないように努力はするつもりだよ。だからお前に相談したんだし」

 俺が鍋の最後のニラを口に入れて空になった。三分の二は俺が、残りは美衣が喰ったが俺に気を使ったのか?

「相談、を受けた覚えはないよ? 泣き言きかされた覚えはあるけどね」

 そう言って鍋を流し台に持っていく美衣。

 まあ、確かに相談はしてないか。でもそれを受けて着てくれた美衣は殆どそれと同等のことじゃないのか。

「相談っていうのはね、相手の悩みを他人が聞き、結果解決しなければならない。良くも悪くも。促すわけでもなく、ただ知識やひらめきの助言を与えるだけ、その人に干渉しちゃいけないんだよ」

 流し台から戻ってきた美衣は座りながらそんなこと言った。そういって座る彼女の顔は真剣なものだった。こういう顔を美衣がするときはだいたい「なにかに集中している時」だ。

「じゃあ、相談聞いてくれるのかよ? つーかそのために来てくれただろ?」

「いや。相談を聞くとは言ってないよ」

「……なに言ってるかちょっとわかりませんねえ……」

 美衣は長いツーサイドの髪を両手で整え、俺のほうをしっかり見据えて言う。

「『加勢』すると言った。アタシが、全知全能のアタシが、全力と集中力と知能を全てくにひこに任せるということだよ。言葉よりも行動のほうが全てに勝る。相手の信頼だとか不安だとかは、そんなもの全て吹っ飛ばせるぐらいの破格の申し入れだよ」

 そう微笑む美衣はどんな時も相手を不安がらせないようにしている、というか天真爛漫な彼女にしては意外すぎるほど素直な表情だった。

 見惚れるほどに、綺麗だった。

 変わった雰囲気と美衣の表情に飲まれてからからの喉に唾を飲み下す。

「……うん、まあ、いつになく真剣だっていうことは分かったけれど。とりあえず話しをすすめていいか? その栞こと」

「ああ、いいよ。アタシは加勢してあげることしかできないけど」

 それは助言とどう違うんだよ。少し細くため息を付きながら、俺はガスコンロを片付けて、水をいれたコップを二つ、流しからもって彼女の前にも出して座った。

「確か、何故だか俺は記憶が曖昧なんだけど、栞は早川さんのことをななっちって呼んでるんだよな」

「その通り。栞は早川奈々子さんのことを昔からそう呼んでる」

 即答する美衣にやはり少し違和感を覚えるが俺は続けた。

「その他に昔、栞はロングヘアーだったよな? 今見たくショートじゃなくて」

「うん」

 美衣は頷くだけ。水の入ったコップの縁を指でなぞってる。

 この辺は確認作業だ。さっきの電話で全部喋ったからこそ美衣曰く「加勢」しているんだから。

「うん、まあ、それで俺の考えなんだけど、栞はなにか隠していて、ずっと俺に気づいてほしかったんじゃないのか?」

 それを言うと微笑んでいた美衣が本当に驚いたように表情を浮かべた。彼女の驚いた表情なんて初めてみた。そんなおかしなことを言っただろうか。

 そして目をふせてうんうん、と頷くと微笑みながら言う。

「よくそこに気づいた、というか今回は一気にその答えにいった」

 今回? 何を言ってるんだ。

「お褒め頂きうれしいんですが、それでなんで栞は泣くまで怒ったんだ? 『気づいてくれるまで』的なことをいってたから、いや違うか、ようやく気づいてくれたのが遅い、とか言っていたから俺と栞の間になにかあったのか?」

「……そこまで。どうしたんだ。今日のくにひこはキレにキレて別人だと思うぞ」

 そう言ってテーブルに手をつけて身を乗り出してくるもんだから(下着が下着が)、思わず仰け反る。

「いや、こっちくんな。つか本当になんかあったの? ていうかそれ忘れてる俺って」

 む、と考えるような顔になって美衣は髪を手ぐしで整えながら座り、ふぅ、と短くため息を着いた。

「そこが最重要なんだよ。くにひこが忘れていることが。その忘れていることが栞には最重要なことだったのさ。ちなみに言うと『長髪だった』うんぬんはただのきっかけに過ぎない。あれは朝起きて昨日の朝何食べたっけぐらいの瑣末な忘却だよ。そこから繋がる真実に栞は『くにちゃんはやっと思い出した』と思い込んだ。言ってみれば言葉にしないことが通じ合ってしまったただのすれ違いと言えるね」

 思わず俺は、後ろのベッドにもたれかかった。

 確かにあけてみればそうかもしれない。というかそうだ。

 栞は俺が何か忘れていたことを思い出すのをずっと待っていた。何かが終わったことを。でもそんなに重要ならなんで俺に言わなかったのだろう。あんな泣くまで、多分悩み続けて。まるで泥のなかで落としたカギを探しているかのようだ。栞の本意が見えてこない。

 でも――。もしかしたら。

「なあ」

「なんでございましょご主人様」

 軽い美衣の返しに薄く笑って俺は天井を見ながら言った。

「もしかしたら、栞自体が忘れてるんじゃないのか? 忘れているからこそ俺が思い出したと思い込んだ。自分でも思い出していないことを。だから『勝手』だといったし、『先に行っちゃう』なんて表現した。推測だけど、互いに何か忘れてるんじゃないのか?」

 少し長く呟いた後の静寂。

 天井にはエアコンと窓から入ってくる夜気が混ざり合って鍋の水蒸気見たく渦巻いているように見えた。俺の今の心を見ているようで悪い気分じゃなかった。拘泥した頭の中身を見れるならこんな感じなのかもしれない。

 美衣からの返事はいつまでたっても返ってこなかった俺は身体を起こして美衣を見た。


 そこには見たこともない女の子が座っていた。


 俺は思わず息が詰まる。身動きも出来ない。

 女の子は実に美衣に似ていた。だけどあどけない顔はいくら美衣が背が低く子供っぽいとはいっても明らかに中高生の女子だ。小さな眼鏡をかけ、黒い滑らかな髪はセミロングに揃え、自然なボブ。来ている服はワンピースの上に白衣を着ている。


「そこまで来たのは先輩が初めてです」


 俺は言葉が出ない。


「でもまだ何をやるのか。何をすべきかはわかっていません。重要なのは『全員』に会う事。お姉さまに会う事。柏尾さんの講義を聞く事。それが全ての鍵です」

「お前――」

 ようやく口を開いた。でも何を言ったのかは自分でも聞こえなかった。でもその言葉に少女はにこやかな笑顔を浮かべると霧のように消えていって――


 目の前に美衣の顔があった。


 熱気につられてなにかいい匂いまでしてくる。急な展開に思考が着いていかない。

 と、思いっきり顔が横に動き衝撃が来た。

 あれ? 叩かれた?

「おい、さっきからなにぶつぶつ言っているの? 気絶か? 意識混迷か? 救急車なんかよびたくないからカンベンしてくれよ」

 呆れ顔の、やっぱ整ってるなーと思わせる顔立ちの美衣は、俺を平手打ちしただけでいそいそと立ち上がり、ストンと元の位置に戻る。

「……おはよう」

「まだ夜だけどね」

 突っ込まれた。

 美衣は二回目のため息をして、言う。

「そこまで分かってるんだったらあと、重要なのは――」

「早川さん、識、飛鳥に会う事、ねーちゃんに会う事。あと……柏尾さん? に会うことかな」

「…………」

「人を便所に落ちてる濡れ雑巾のような目で見ないでください」

 なんだよその目は。別にいつまでも鈍感なわけじゃねーよ。

「だったら」

 そういうとテレビがおいてある下からゲーム機を引っ張り出す。

「もうアタシがいうことはないわね。いつでも加勢してあげるけど、全部は教えられないわよ」

「どうも。感謝しております」

 そういえば。さっきすらすら言葉が出てきたけど、あれは一体なんだったんだろう。どこかで聞いたような忘れているような。美衣の徹底的なことを知ってしまったような。

「ああ、そういえば超能力に興味あるんだって?」

「……なんで知ってんの」

 ちょっと驚いて聞き返す俺の前に美衣はスカートのポケットから何か平たい黒い物体をだした。ちょっと見た感じは研究室においてあるPDAに似ている。

「なにこれ?」

「ふふふ。今米国で大ヒットしているスマートフォンという物だよ。今開発が盛んでアタシもよく監修してるから貰ったりしてるんだけど、日本ではまだネットまでしか対応してなくてね」

 何かすごいこといっているようなきがするがさっぱりわからなかった。つまり新技術を持ち込んでるってこと?

「ほら」

 そのキーが付属している携帯電話? の画面を僕に見せてきた。メーラーで驚いたことにアウトルックだった。そこには未希とねーちゃんの差出人で、

『なんだか邦彦が超能力に興味あるみたいだから正樹に言っておくから、明日来てって言っておいてくれる?』

 なーにこれ。

「アタシが来た理由はまー栞の件じゃなくてもメッセンジャー役でもあったりというわけなのよ」

「いや。電話すりゃーいいじゃん」

 取ってつけたかのようになに堂々と言ってんだ。

 そしてゲーム機の配線が終わった美衣はテレビをつける。

「というか超能力についてどこまで知ってるの?」

「えー……。こう何もないところから火をだしたりとか?」

 人を殺せそうな目で睨まれてしまった。

「そこまで無知だとは。未希さんが苦労するわけだ。だいたいの表面はサイコキネシスのPK、超感覚的知覚、ESPに分類される。あとはネットで探しなさい。はいほれ、ゲーム、ゲーム」

 投げやりな美衣の言葉にげんなりしながら僕もコントローラーを握らされる。

 結局人のことを心配して自分のことにズレていくのが彼女だった。

 つーか俺、明日講義あるし、正樹さんと約束あるんだけど。時計を見ると深夜零時をちょうどすぎるところだった。




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