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思い出の定着  作者: 椎名未来
二章
6/7

日常と異常三


          □



 アパートに帰って夕飯の支度もせずにバッグを置いてベッドにねっころがると、なぜかため息が出てきた。

 なにもやる気が出ない。なにもする気力がでない。いやあるんだが頭の大半をずっと占拠している考え事が、頭の中を占めていてそのせいでしようとしないことはもうすでに分かっている。

 栞のことは、そう、何とかしてやりたい。あんな取り乱した栞をなんとかしてあげたい。

 いや、何とかするべきだ。

 漠然とそんなことをだけを考えていた。アパートにどうやって帰ってきたのかすら綺麗に記憶にない。それほど思い詰めていた。

 栞と別れた後は、まあ、そのまま呆然としながらひどくがっかりしてチャリで帰ってきたんだけど。ショックだったり衝撃だったりでよく覚えていない。

 あいつは意味不明な事は言っていたけれど、きっとそれは俺に関係することだ。栞はあれはあれで理不尽だけれど、あんな怒り方はしない。

 ようやく気づいてとか。気づく? 何に?

 それは前に俺が言った栞が長髪だったっていうことを…………。いや、何か違う。長髪自体は関係がない筈だ。「勝手に思いだして」という理由にはいきつかない。こっちが思いだしてほしい、そういったものじゃないのか?

 じゃあ、「長髪の事自体、それを含めて全てを挿して言っているのか」?

 じあ、何に? 栞は何に俺にきづいてほしか、

 思わず俺は身体を起した。

「……栞は気づいてくれるのを、ずっと待っていた、のか?」

 自分の呟きが、呟き出ない言葉が耳に入ってこない。胸の鼓動が早くなる。

 もしそうだとしたら――それは凄く理不尽だ。

 自然、両手に力が入ってシーツを強く掴む。口をかみ締めた。

 なんで言ってくれない。俺だったらいくらでも、なんでも相談でも乗ってやるのに。助けてやるのに。

 俺は栞を信用しているし、ずっと親友だとは思っているけれど、そこまで感情的になるんだったらなんで一刻も早く俺に言ってくれない。俺だったら一番話しやすいだろうし、なんで、

 いやいや違う違う! そうじゃない。なに考えてるんだ俺は。理不尽とか信用とか言ってくれないとか。そもそも俺が気づくのが前提だろ。

 だってそんなの、栞が決めることじゃないか。

 栞が決めて、そして栞がどうするか、待つ。

 間違っても待つ。

 助けてと言ってくれるまで、待つ。

 それが、親友だろ?

 それが一番あいつの近くにいた俺が出来ることなんじゃないのか。

 栞が怒ったのは俺がそんな揺ぎ無い信用を、いつでも相談に乗れるような姿勢だってことを失望させた。気づいてほしかったことに失望させてしまった。だから――

 だめだ。考えすぎてわけ分からなくなってきた。

 俺はポケットからケータイを出すと着信履歴からある名前を探し出す。

「…………」

 でもなー。相談するにしてももう少し適任がいそうな気がするんだけど、ゼミの子とかは引かれそうだし。付き合い長くて栞の事知ってる。相談できる。

 消去法。

「こいつかあ……」

 無駄に呟いてパカパカとケータイを開閉する仕草をしてから意を決して通話ボタンを押した。

 微妙な間のあるコール音が続いて切ろうかと思った一一回目で相手が出た。

『ドーンっ!』

「……………………」

 なんだか可笑しな声と共に何かを叩きつける送話口から音が聞こえてきた。物凄い音量。

『あーうん、今アタマきり落としたから。それは引き千切っちゃって。大丈夫だってそれ死んでるから、いや死んでるってばー! もう、入らないのは黒いポリ袋に入れて山にでも捨ててきちゃってーあははは。おー、そだそだ、おい、くにひこ、おー、』

 電話を切った。

 聞かなかったことにしよう。

 いつものことだし。

 色々おかしかったけれどそれはいつものことだし、そもそもそれがいつものことだ、なんて認識させるほどあいつがオカシイのだ。俺は正常である。ノーマルだ。多分。

 なんか緊張したのが霧散しちゃったじゃないか。くそう。

 そんなことを考えながらベッドから立ち上がろうとしたらケータイが鳴ったので滑り落ちそうになった。

 ケータイを開いて確認すると案の定。

 とりあえず息を整えてどうするか頭の中を整理してから電話に出た。

『おいおいおいおいおいおいおい。電話を掛けて来ていきなり切るなんてないっしょーそれはないっすんぐでしょー、くにひこー。なんだっ! お腹空いてるから機嫌が悪いんだなっ! じゃあ食べるか! このアタシを!』

 テンションたっけーなー、と相手の話題の間隙を探っていた俺は言う。

「俺にはカニバリズムの癖はねーから喰わねーよ鈴鳴さん。ていうかなにやってんの?」

『おー、じゃあ裸のアタシの方向を所望しているのかくにひこ! 卑猥だ! だがそれがいい! だが、それがいい! 大事な事なので二回言いました! 自分で言うのもなんだがそれなりに出るとこは出ているからね。ふふん』

「ふふん、じゃねーよ! ちょっと恥らってるとこがすげぇムカツクよ! 少しは話聞けよっ! そうじゃなくて、えっと、その、今……暇?」

『いやー、そういうリアクションはないなーくにひこー。おいお前本当にくにひこかー? 戸籍上に載ってるくにひこかー? ちゃんと存在してるくにひこかー? がっかりさせないでくれるかなー』

「載ってるよ! ちゃんと区役所にあるよ! そんなお前にがっかりだ! ていうかお前のボケに付き合わされていたら夜が明けるからさっさと本題にはいらせてくれよ、マジで!」

『んー、だったらまずはその呼び名だね』

「は?」

『鈴鳴さんはぁーやめてくれるとぉー嬉しいなっ』

「可愛くいってもなにもでねーよ。砂すらでねーよ。あーじゃーえっと美衣、これでいいか?」

『みうのほうがいいーよぉー!』

「どうやったらそんな変換出来るんだよ。文書ソフト困らせんな」

 鈴鳴美衣すずなりみい。一八歳。同じ医学部に所属している栞の知り合いだ。春に色々あって俺も知り合ったのだが、最初は元気な快活な娘、っていう印象だったが、ところがどっこいこれまたぶっ飛んいるやつだった。。

 どうやら何かしたか分からないが、特待生(そもそもそんな制度があるかどうか知らない)扱いで医学部に入った。らしい。

 確かに学業成績優秀すぎてねーちゃんと何かよく分からない話をするほどいい。らしい。

 何かすごいものを開発して特許をすでに数十所有しているとかなんとか。らしい。

  で、だがかなりの性格難だ。

 なんと言えばいのか、とにかく面白いこと、興味があること、自分のしたいことをなんでもかんでもやろうとするのだった。

 相手の迷惑? 気持ち? そんなもの憲法のどこに書いてますか? ぐらいの無視っぷりで他人を巻き込む。草の根一本残らず旋風するその行動は端から見ていれば楽しいものだ。

 端から見ていれば、の話、だが。

 だけどなぜかだれからも苦情や仲違いや訴訟(これは本気の意味で)などは一切なく、美衣は普通に大学を謳歌しているのだった。

 間違った異常に大学を謳歌しているのだった。不思議だ。なぜだろう、不思議だ。世界の物理法則がきっと歪んでいるんじゃないか? と識に真剣に相談したぐらいだ。

 それで栞とは付き合いの長いななっちこと長谷川菜々子に話すには、さすがに後からでいだろうし。異常に栞に関することには敏感なので話すのが怖い。ということで残ったこいつだったのだが。

『いや今日はさー、ゼミの仲間のお誕生日会してたのさー。それでお料理上手のこのアタシがー、工作してたんだよねー』

「工作……?」

『和洋折衷のクリスマスディナー』

「今は、夏だ」

『ちっさい男だねー、たかだかあと数ヶ月のイベでしょ』

「今は、夏、だ」

 二回言わせんな。……これさっきもやったな。

『四段ホールケーキにー、オードブルは結構時間かかったよー。食べきれないからって他の友人もよんでもう立食パーティーって感じ。あ、さっきのは七面鳥を解体してたとこね』

「……こえー。お前マジこえーよ」

 あらゆる意味で常識を凌駕する異常の鈴鳴美羽。実を、とかいわずとも関わりたくないやつランキング二位なんだけれど。緊急事態ってことで。

「ところでさっきから室内じゃないし、なんかがたがたやってるけど何やってんだよ」

『おお。よく気づいた。ちょっとスニーキングミッション中だ』

「ストーカーですかー。しかも実況ですか。やめてください」

 率直に言った。

『ふっ、安心しなさい。アタシは男如きに欲情しないから』

「みうみうの性癖は聞いてねー」

『んっ……。お、男なんかにぃ……ムラムラ、したりしないんだからぁ……』

「エロく言ってもかわんねえーよ!」

 あれ? なんかすごい話題がずれてる。

「あーえっと、そう、でさーちょっと相談したいことがあるんだ。不本意ながら美衣ちゃんに」

『ほっほーアタシに相談とは賢明だね』

 寧ろ、駆け込み寺的なイメージしかわかないのはなぜだろう。こいつは自由に生きてるからなー。本当に。

「栞、のことだ」

『…………』

 ここまで喋り続けて初めて黙った美衣。

 栞のこと。それは「俺たち」の間では最重要問題だ。だってあいつは……。

 あいつは、なんだ? あれ? なんで栞のことが重要事項になってるんだろう。でもそれでもいいかって気がしてくるから不思議だ。

 でも何か問題があるなら助けたい。

 送話口から聞こえてくるレジの音を無視して俺が再び言う。

「その栞のことについてのことなんだけどな――」

 俺はかいつまんでだいたいのことを話す、が、美衣は流石秀才、俺が隠そうとしたことをことごとくと指摘、丸裸にされた。

 やっぱコイツこえー。

 夜風をきるような風邪きり音を響かせながら美衣が言う。

『ふむ。じゃあやっぱり栞はあれを……』

「え? あれってなんだよ」

『ん? いいやなんでもない。気にしないで。それより栞自身が「長髪」という単語に反応してそして「気づいてくれなかった」と言った。そしてくにひこはそれを悩みをいえない栞が、くにひこにだしていたなにがしかのサインだと思った、と』

 本当は栞自身の問題で触れられないでほしいことなのかもしれない。

 俺程度が触れていい問題でもいいないかもしれない。

 でも――だからってなんだ? それが助けない理由なんか、ならない。

「お前はどう思う?」

『率直に言うと、栞自身の問題だろう。例え友人であるアタシ達が触れていいものじゃない。むしろ誰かが問題を解決しようとすればもっと悪い方向に転がることだってある』

 そうだろう。正論だ。

 でも、俺は、

「それでも、助けたい」

『…………』

「俺はあいつの抱えてる悩みを解決してやりたいんだ。自分勝手なのはわかってる。でも親友が困ってるのなんか見過ごせないだろう」

 随分はっずいことをいっているけど、心のそのそこからでた言葉。

『…………転機、かな』

 そう美衣は呟いた。

「は? 天気?」

『くにひこがそこまで言うなら、アタシも加勢しよう。ふふふ、こんなことは新入生歓迎会以来だね』

 俺の質問には答えずにやっぱり何か意味を含んだ言い方をするけれど、それには答えず快諾してくれた。

「そうか、ありがとう」

『じゃあー、まずは作戦会議だね』

 そこでアパートの呼び鈴が鳴った。

「あ、ちょっと待って。誰か来た」

 すると連続ピンポンをして来やがるので、

「まさか! 美衣、おま、」

 アパートのドアを開けると、背の低い女子がいた。多分栞よりも低いだろう。でも日本人の平均はいっている。

 上は刺繍入りのブラウスに下はパンチングのミニ。の下にスパッツというあってるんだかあってないんだか。靴は編み上げのショートブーツ。

 そしてなんだか勝ち誇ったかのように満面の笑顔で俺を見てくるそいつはケータイを耳に当てたまま俺に視線を固定していた。片手にはなぜか物凄い量のビニール袋が下がっている。

 眼前でみると愛らしい顔で化粧っけもなく、また腰まで届く綺麗な黒髪を今日はツーサイドにしていた。

「…………お前はなんで俺の家の前でドヤ顔してるんだ?」

「どやがおってなに?」

 そのままの格好で小首を傾げるのでそれだけなら可愛い。それだけなら、ね。

 俺がため息をついて、言う。

「作戦会議って、俺んち?」

「そう!」

 美衣は物凄くうれしそうにビニール袋を俺の鼻先に突きつけると、

「なべを突きながら作戦会議だよ、くにひこー」


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