最終話
私が目を覚ましたのは、丸二日過ぎた夜だった。
起きた時、枕元に樹里がいたのには正直驚いた。
樹里はあの後、無事に住処に戻り、力も戻り、黒闇天?…という黒い影のような奴を撃退したらしい。
その時、既に私の気配もあの場から消えていて、心配して探して来てくれたのだと、お酒をぐびぐひとやりながら話してくれた。
あれっ?……樹里さん、それ、台所の戸棚に入っていた高いお酒だよね? 私、普段お酒を飲む習慣がないから、たまに高いお酒をちびちびやるんだよね。いや、別に飲んでくれても良いんだよ。心配させちゃったしね。
「だけど、気配の消えた人間をどうやって探したんだ?」
「その輪っかを辿ったのじゃ」
ふと疑問に思って聞くと、樹里はお酒をぐびぐびやりながら答えてくれた。
まだ、指に嵌めてたんだったな。作戦会議の時、樹里に渡された指輪だ。
決して作戦通りとはいかなかったけど、無事に全てが終わった今、これはもう私には必要ないよな。
「これ、かえさなきゃ、なっ!?……って、外れねえじゃねぇか!!」
「そのようじゃの」
指輪は、指の皮膚と完全に一体化していて、指のその部分が少し膨れているようにしかみえない。
「あのぅ、樹里さん?これは一体どういう事かな??」
「一応、見当はついとるが、それで良いか?」
「まぁ、原因がわかるなら?」
「ふむ、では順序立てて説明するとだな。まず、あの町は術者によって作られた空間であってな。実際の物は、儂の『住処の木』だけだったようだの。今の街並みと違う事には、お主も気付いておったであろう?」
確かに、それを理由に「夢だから大丈夫だ」と、アホな事を言った記憶がある。
あの時の樹里はと言えば、三十年も住処を離れていたという事もあって、違和感はないようだったが、今思えば、よく私の言葉を信じてくれたよな。
「まぁ、十年以上前の街並みだったからなぁ。そりゃ気付くよな」
「……で、その輪っかじゃが、本来は、あの町から持ち出せんはずなんじゃ。お主があそこから出るにしても、輪っかを外すか、壊すかせんとだし。だが、どういうわけだか、お主は町から強制的に排除されて、その時つけていたその輪っかが、お主の指と融合でもしてそうなったようじゃの」
なるほど……想定外の事が起こったと、それでこうなったと……
……って、あれ? 樹里さん? 今、聞き流せないような事を言わなかった?
「私があそこから戻れなかったのは、この指輪のせいなのかっ!?」
つい大声をだしてしまった私に、樹里は少し驚いているようだった。
「……え、っと、言っとらんかったかもしれんの。いや、必要ないと思っておったからか。鬼はそれの気配を追っておったわけだし、普通はそんな物騒な物、早々に捨てそうな物なのじゃが……」
……確かに、実際、鬼の異常な身体能力を見たわけだし、追いつかれる可能性を考えれば、一旦引き離した後に指輪を投げ捨て、物陰に隠れる手もあったかもしれない。
例え、安全地帯まで逃げ切れると思っていたとしても、追いつかれそうになってから指輪を捨てていれば、樹里の気配のなくなった私を見逃す可能性もあっただろうし、そうしていればあの空間から抜け出せたかもしれない。
その考えに至れなかった私の落ち度……なのか!?
だが、何だその言い様は!! 実際、教えてくれなかったからあんな危険な目にあったんじゃねぇか!!
ふと、樹里の不安そうな顔が、私の眼に映り込んだ。
ん!?なぜ、そんな表情をしているんだ……? あっ、……そうか、私が急に黙り込んで考え事をしてたからか。きっと、樹里も今、私と同じ様な事を考えていたのかもしれないな。
それで、コイツのことだから「危なくなったら指輪を捨てて逃げろ」とでも一言いっていれば、私が鬼や黒い影と接触しなくて済んだなんて考えているんだろうなぁ。
…………って、樹里とはまだ知り合って間もないはずなのに、なんでこんなにコイツの考えている事が想像できるんだ? まぁ、今はそれは良いか。私は考えても分からないことは考えない主義だからな。
だから今は、
「あのな、私は樹里から渡されたものを簡単には捨てはしないし、樹里が住処に戻るのを、この指輪が光るのを見届ける為に、あんなに一生懸命に頑張って走ったんだ。やっぱり、事前に話を聞いてたとしても指輪は捨てなかったと思うぞ?」
正直な思いを口にした。
あの時、鬼に追いつかれそうになった時は、あの場から逃げ出したいと思ったけれど……
…私は捻くれ者だから、事前に話を聞いていれば、きっと指輪を捨てずに余計に頑張っていただろう。
「……そうなのか。だが、なぜ疑問形?」
そ、それは……樹里さん、私にも多少は後ろめたい事があったからで……
ここは、追及される前に話をすり替えておこう。
「そういえば…鬼との戦いでは、この指輪にも随分と助けられて――-」
「――それには、そういう力は備わっておらんぞ!」
「え?」
あれ? てっきり、
1.強力な樹里の気配を放ち、百メートル離れた場所にもその存在を知らしめる。
2.樹里の帰宅を光って知らせる防犯機能付き。
……に続く、第三の機能だと思ったのだけど。
ただの『石ころ』に、あれだけの力を乗せて放てたのは一体……?
「ただでさえ力を失っておったのに、余計な力まで込められるわけなかろう」
……確かに。
「儂はてっきり、お主が鬼を倒せる力を隠し持っておったと、思っておったのじゃが……」
いやいや、そんな力を隠し持っていた覚えもないし、実は、私には隠された能力があった!…とか、漫画や小説じゃあるまいし……
あの日、作戦開始からの一部始終を樹里に話すも、結局、鬼と戦った時の力に関しては何も分からず、やがて話は樹里の昔話へとすり替わった。
数々の武勇伝、高い知能を持った物の怪や人間との交友、一通り話し終えて酒瓶を空にすると、樹里はそのまま眠ってしまった。
まったく、無防備というか何というか、人間ではないと分かってはいても、見た目は人間の女性と変わりないのだ。
私は、樹里にそっと掛け布団を掛けてやると、ベランダへと出た。空はすでに白みかかっていて、随分長く話し込んでいたのだと気付かされた。
それだけ樹里の話が興味深く、また私も楽しんでいたのだと思う。
ふと、先程の樹里の話の一つを思い出す。
それにしても、樹里が『山の神』だったとはなぁ……
夜が明け、辺りが明るくなると、久々に『蔵』の戸を開けた。ここに入るのは何時振りになるだろうか。
ここは、現在私が住んでいる民家と隣接する『蔵』で、民家と共に死んだ祖父が残してくれたものである。
蔵の中には、世に出る事の無かった169冊もの古い書物が死蔵されている。
祖父はこれらの書物をゴミだと言っていた。
だが、それが本心からの言葉で無い事は、本の保存状態の良さから見ても明らかであった。
本の著者は、『山盛文太』なんともダサい名前である。
私の9代前のご先祖様なのだと、昔、家系図を開いて祖父が教えてくれた。
そして、文太には壊滅的に文才が無かった。
それこそが祖父にゴミと言わせ、世に出る事の無かった所以である。
子供の時分、そんな文太の書物に何故か惹かれて、週末の度に蔵に籠っては、夜を明かした。
書かれている内容は、全て文太が全国を巡り、見聞きして集めた怪異や物の怪の話であった。
そんな書物の169冊目。その中に書かれているのは、叔父の死とともに故郷に戻り、山の女神と出会った男の話であった。
男は、代々『山の神』と寄り添い、共に山を守る『山守』の一族の家系であった。
十年、二十年と歳を重ね、年老いていく男に対し、女は出会った当時の美しい女の姿のままであった。
三十年目、男は自分の死期が近いと悟り、「旅に出る」と言って、女のもとを去っていった。
この話がここで終わっている理由を、意外にも先程の樹里の話の中で知る事となった。
『文太は、旅に出てすぐに流行り病に罹り、三日後には帰らぬ人となった』
……と、樹里は、名をくれた三番目に仲良くなったという人間の話を、そう締め括ったのだ。
昔、ここの書物をすべて読み終えた頃、祖父に尋ねたことがある。すると祖父は、家は代々『山守』の家系なのだと教えてくれた。
そして、「心配せずとも、五代も前から『山の神』の姿は誰も見ておらん。儂ら一族の役目も終えたのであろう」と言っていた記憶がある。
『山の神』はいつしか人の前から姿を消したらしい。それが今頃になって私の前に姿を現した。
その理由はいたって簡単である。危機に瀕し、無意識の内に、縁の深い一族である私を、夢を通じて引き寄せていたのだろう。
そして私は樹里と出会って、直接的な縁が出来たと……
まだ、部屋で寝ているであろう樹里の姿を思い浮かべる。
私はこの先、あの女神と共に生きていく事になるのだろうか? もし、そうなら私ももう少しお酒に強くならないとなぁ。
書物に書かれている女神は、大層な酒好きであった。
あ、その前に酒を買い足しておかないとだな。
―――私の名前は『山盛聡太』
代々『山の神』と寄り添い、共に山を守る『山守』の一族の家系である―――
駄文にお付き合い頂き有難う御座いましたm(__)m この話で一旦〆ます。
この後、後日談等数話予定しております。
続編ですが、タイトルは『石神と山犬』の予定です。この話の続きになります。
文章の書き方など勉強しなおして出直してきます。それではっ!!




