●第58話(謀)
「……ム、おいシアム!」
「ふい……? だれか…よん…だ……?」
なんだろう、どこか聞き覚えがあるような、ないような、ない声が聞こえたような?
夢、かな? 夢、だね。うん、そうだ。
僕は今、夢を見てるんだ。
「シアム! お前いつまで寝てるつもりだ!」
「ううん…」
よっこいせ、と布団を手繰り寄せて、潜り込む。温かいし、ふわふわだし、気持ちいい。
なんだろう、凄く安心する。最近、なんか身の危険ばっか感じてたから凄く幸せで。これこそ、僕が求めてた平穏。
「ふふふ……」
「この男は…」
「…ねて……ねてない……ぐう」
「寝ぼけるな! さっさと起きんか!」
「…もうちょっと……ぐらいねえ……すう…」
「………」
やれ、と鬼のようなフリギアっぽい声がした、ら、全身に水をかけられたような…冷たいんだけどっ?
「ひょわあああぁぁっ?」
つ、冷たいっ? なんでっ? い、一体僕の身に何が起きたのさっ?
ていうか寒いっ! 痛いっ! 寒い!
「なななにっ? なにが起きたのさっ?」
「手をかけさせおって。起きたか」
「起きた」
「え? フリギアっ? ミノアっ? え? なんでっ?」
慌てて横を見れば、宝玉部が輝いている杖を持ったミノアと、その隣で腕を組むフリギア。
ミノアは小首を傾げて、フリギアは冷徹な顔で僕を見下ろしてた。なんで?
肩が震えて、反射的に腕を回すと物凄い濡れた感覚が。
「な、何で僕濡れてるっ? 寒い! さ、寒い!」
「ギャハハハハハ! シアムやっぱ面白い! いい反応! オモシロ過ぎ!」
そして爆笑するドゥール。
「ドゥール酷いよ! っていうかいい反応って! 一体何したのさ! フリギア!」
「ああ。少々氷をな、お前の背に流し込んだだけだ」
叫ぶ僕に、飄々と返す鬼のフリギア。でもって氷ってなんだよ!
せ、折角僕が気持ちよく寝てたのに!
僕の幸せな時間を潰すだなんて! もう我慢できない!
握りこぶしを振り上げて怒鳴る。
「お、鬼っ! フリギア酷いよ! なんでそんな酷いことできるんだよ! 人でなし! 謝ってよ!」
「何故だ。呼ばれて起きん方が悪い。お前こそ目が覚めて良かったではないか」
「キャ、キャハハハハハ! も、もうムリ…ヒ、ヒヒ…」
「なにその言い方! 僕何も聞こえなかったよ! 全身濡れてるし寒いし!」
「そうだな」
「そうだな、じゃないよ!」
ベッドから降りると良くわかる。
僕の背中から……とか人でなしのフリギアは言ってるけど、僕だけじゃなくてベッド自体ずぶ濡れじゃないか!
絶対に氷、じゃなくて氷水を流し込んだに違いない。
信じられないよ! フリギアの考えなし、悪魔!
「フリギア何やってんのさ! ホントこれどうするのっ?」
「そうだな…」
指差して怒っても、フリギアに動じた様子はない。
数秒沈黙した後、悪びれた様子もなく、反省した様子もなく、平然と濡れたベッドと……僕を指差して一言。
「ミノア、乾かせ」
「うん」
若干嬉しそうで、それでいて不穏な言葉とほぼ同時。
「うん…? てミノア…?」
瞬きしたら、目の前に赤い弾がありまして。赤い弾が飛んできまして。
「………へ?」
目の前に。赤い弾が。
「………ちょ」
ま、ほ、う? ほ、の、お?
「ぎゃああぁぁぁぁっ!」
「シ、シアム! だからこれ以上オレ笑わせないでって……ギャハハハハ!」
「熱っ? 熱いいいっ? 痛い、痛いって!」
なんということか、ミノアが僕に火炎弾を放つとか!
あ、当たったよっ? バッチリ当たったんだけど!
「死ぬの?」
「死にません! ってちょっとミノアぁぁぁぁ!」
しかも一発や二発じゃないし! ちょ、ちょっと待ったぁぁぁっ!
「も、もう止め…!」
「構わん、続けろ」
「うん」
「ぎゃあああぁぁぁぁ…」
「もうムリ! ヒ、ヒヒッ……わ、笑い死ぬ……」
「…これぐらいで良いか。ミノア、止めてくれ」
「うん」
幸い、数秒でミノアは杖を下げてくれたから良かったものの、一体僕に何発当たったと……!
「………い、生きてる? 僕、生きてるよね……?」
慌てて炎の弾が衝突した部分を叩いて……ああ、生きてる! 僕、生きてるよ!
ん? もしかしなくとも、全身濡れてなかったら僕とてつもなく危険じゃなかった…?
ああ、全身ずぶ濡れでよか……良くないよ!
なんで寝てる間に氷水かけられて、起きたら起きたで炎で炙られないといけないんだよ! っていうかここ城だよねっ?
皆、なにやってんのさ!
「っていうかドゥール! 笑ってないで止めるぐらいしてくれたっていいでしょっ? 僕、本当に死ぬかと思ったんだよっ?」
「や、やだなあ! 止めてたじゃん! ギャハハハハハ!」
笑ってるだけのドゥールはドゥールで、やっぱりお腹抱えて涙流して僕指差してるだけだし。ふんっ。
「どうだシアム」
「なにが!」
腕組みして見下ろしてくるフリギアは、相変わらず冷ややかで僕に全く優しくない。
加えて、口角吊り上げて嘲笑ってくる悪魔は、僕の服を上から下からしげしげ見やって、満足そうに頷く。
「乾いたな」
「そうだね! しっかり乾いたよ! ありがとうフリギア!」
半泣きで言い返したのに、フリギアときたら当然のような顔をして手を軽く振るだけで。
「大した手間ではない。礼には及ばん」
「あ、そう……うん…」
そして、この台詞。なんだか、ものスゴイ敗北感を感じたんだけど。
多分さ僕、フリギアには一生勝てないと思うよ、うん。
「杖」
そんな中だけど、一人ミノアだけは僕に杖を突きつけてくる。
僕に氷水やら炎やら色々お見舞いしてくれたのに、全部忘れたように杖突きつけてくれるね。
「あのねミノア、僕の命が危ないからね、もう杖は仕舞おうね」
自分の道を進みまくっているミノアの杖を、半分以上諦めの境地で丁寧に手で押し下げておく。
それでも、めげることなくミノアは杖をぐりぐりと押し付けてきて。
「あててて、だからミノア…」
「杖」
「……ん? 杖がどうかした?」
あまりにもぐりぐりと杖をめり込ませて来るから聞いてみれば、フリギアにため息吐かれた。
なんで? なんでフリギア?
見上げれば、小馬鹿にしたような顔が待ってるし。
「作るという約束だろうが」
「あれ? そうだっけ?」
ミノアの杖を…杖…杖……あぁっ、思い出した!
「作らないと! フリギアのお金で杖作るって約束してたね!」
「うん」
「ごめんねミノア。すっかり忘れてたよ」
「うん」
そういえば最初出会った時に、作るって約束してたっけ!
「そっかあ…いい杖作らないとね!」
「お前は本当に…武器に関してだけ……」
ようやく落ち着いてきて、色々考える余裕が出てきたり。
だから、僕の服と一緒に乾いたベッドに腰掛けて頭を掻いて。気付いた。
「フリギアがいる」
「そうだな」
指差すと、頷かれる。
「ということは王様と話終わったの?」
「終わったな」
聞けば、首肯される。ということは。
「鉱山の許可証はっ? もらったんだよね!」
「もらったな」
「やったぁ! ねえねえ頂戴! 早く行こうよ!」
「そうだな」
「早く! フリギア!」
そんな仏頂面で腕を組んでないで、鉱山の許可証を僕に!
「……」
「な、なんで黙ってるのさ。ほら、早く頂戴よ!」
「………」
「こんな酷い目にあって、今までも結構酷い目にあって、絶対これからも酷い目に遭うんだから、鉱山行かないと!」
「……」
「フリギアってば! 早く! 僕、まださ色々やらないといけないこと、沢山あるんだから!」
「そうだな」
「だよね!」
「シアム、お前には『まだ』色々やってもらわんといかんな」
「………へ?」
あ、なんか触れちゃいけなかった話題、振っちゃった?
ちらりとドゥールを見れば、僕を指差してまだ笑ってるし。ミノアはといえば、杖を穴開きそうなほど見つめてるし。
いつも通りだけど、僕を助けてくれる人なんていないわけで。
「ええと…フリギア?」
「喜べ。お前の処遇も決めてきた」
「しょ、処遇? こ、鉱山連れてってくれるって処遇?」
「それも込みで決めてきた」
「そ、そう…」
「ああ」
僕、別に悪いことしてないけど。してない、はずだけど。
フリギアは大きく頷いて、ニヤリと悪魔の笑みを浮かべる。
わあい、いつものフリギアだあ! うっれしいなあ!
身構えてると、フリギアは一つ頷いて口を開く。
「俺の屋敷に招待してやる。嬉しかろう」
「ええ? なにそれ?」
「文字通りだ」
予想外過ぎて、納得できない。
「鉱山はっ? ねえ鉱山巡りはっ? 僕の癒しはどこにあるのさっ?」
「お前の頭はそれしかないのか」
「鉱山で鉱石沢山もらって、沢山武器作ってさ! それに…」
それに、ドゥールとの約束は? 馬車の中でこっそり決めてたあの約束は?
『フリギアに内緒でエルフの里に行こうよ』計画は?
嫌な予感しかしないけど、一縷の望みをかけて目を向けると、そこには爽やかな笑みを浮かべたドゥール。
「シアムごめん。実は計画オウサマにバレて怒られた」
「え?」
なんですとっ?
驚く僕へと、エルフの少年は頬を押さえて嘘泣きし始める。
「しかもオレ、オウサマに殴られて! オヨヨヨヨ!」
「ええぇっ? って殴られた?」
「そうそう! もンのスゴイ痛かったよ。シシシシ」
「ほ、本当に?」
「うんホントホント」
それにしては反省の色とか、後悔とか、そういうの無いみたいだけど…
殴られた痕もないし……いつもの嘘、なのかな? 僕、からかわれてる、のかな?
だけども。
「あれだけやられて反省一つせんとは」
「してるしてるよ。ほらほら!」
どうも本当に殴られたらしく、フリギアがドゥールを睨みつけてたり。
でもって、フリギアは続けて僕を睨みつけてくるし。
「エルフの里に行くのは構わんが、当分……いや、相当先だと思っておけ」
「えぇっ?」
「そうだな、俺もお前も忘れた頃には行けるだろう」
「なにそれ…」
それってつまり、行かせる気がないってことじゃん!
「諦めろ」
「………」
容赦なく僕に止めさしてくるフリギアは、やっぱり悪魔だった。絶対、悪魔の生まれ変わりだと思う。