第57話(謀)
暫くミノアが消えた方向を見つめていた僕ら。ほぼ同時に目を離して。
まずは、苦笑したレガートさんが女性に手を上げ。
「アルナ、毎回すまない」
「いいえ。変わらずお菓子に夢中のようですね」
対して女性は、アルナさんはミノアの完全無視っぷりを全く気にしていない。
ミノアとの関係が気になるところだけど、僕が質問出来る雰囲気じゃないし…あ、レガートさんと目が合っちゃった。
「そう言ってもらえると助かる。それで…」
と、僕に気づいたレガートさん、掴んでた腕を軽く引っ張ってみせる。
「彼を、シアム君を休ませたい。部屋は開いているな」
「はい。シアム様、ですね、こちらへ」
「は、はい…」
やっぱり僕に向けて頭を下げるんですね。
ああ、早くこの居た堪れない感から開放されたい。
「………」
まだフリギアに罵られた方が楽だよなあ、とか一瞬勘違いするほど居た堪れない。
うん、城って本当に恐ろしい場所だ。
もう絶対行かない!
「先ほどより顔色が悪くなっているようだけど…本当に大丈夫かい?」
「……」
「シアム君?」
「え…あっ、へ、平気でっす!」
「あと少しだから」
「は、はい…」
申し訳ないんですケド、大丈夫じゃない原因は体調ではなくてですね、その、レガートさんたち、だったり…
だなんて言えない僕から何を読み取ったのか、レガートさんは何かを思い出したかのように、少し眉を持ち上げる。
そのまま、事情を聞かずに案内してくれていたアルナさんへと。
「彼は、バージェスに絡まれて雷撃を胸部に受けたようでね」
「うぐっ?」
ひ、広げないで! 詳しい事情を広げないでクダサイ!
「まあ……! なんてことを」
「うぐぐっ、ぐっ」
レガートさんの言葉が余程衝撃的だったのか、アルナさんは口に手を当てて、しばらく固まってたり。
僕もレガートさんの言葉がとても衝撃的で、暫く咽てたケド。
「シアム様、本当に申し訳ありません」
「あ、いや! 手加減してくれ……じゃなくて、僕は平気ですので!」
「いいえ、そういうことならば、私共が責任を持ちまして…」
「そ、そのくらい最近じゃあ日常茶飯事だ、ですので!」
主にミノアやフリギアたちのお陰で。じゃなくて。
「ううむ…」
それにしても。
自分で言うのもなんだけど、不審者っぽい僕が、ドゥールに没落貴族っぽいって評された僕のことを、そんな心配しなくていいと思うんだけど。
実際、僕を心配そうに案内してるアルナさんや、そのバージェス様とやらに嫌悪感を示しているレガートさんは、僕を何だと思ってるんだろう?
鍛治とは言ったけど、実際単なる不審者のような? ミノアにくっついてたけど、明らかに素性が知れない不審者のような?
「むむ…む」
自分で言って虚しくなってきたから、ここら辺で止めておこう。
だなんて少し凹んでたら、我に返ったらしいアルナさんが慌てた様子で扉の奥を示す。
「本当に、申し訳ありません。魔法師団がこのような暴挙を。規律すら守れない…」
「お、お気遣いなく…ええと、誰が悪いってわけじゃないし、僕は気にしてない……ってさっきから言ってたり…」
と言ってみても、やっぱり無駄だったり。
アルナさんはどこまでも僕を気遣ってくれるし、その後ろをこれまた心配そうに付いてくるレガートさんも本気で心配してくれてるようだし。
やっぱり思うけど、一小市民にそこまでしなくてもいいんじゃないかな?
こういうのって、王宮じゃあ普通なのかな? ううむ、でも最初のあのローブ集団は僕に対して…ううむ。
なんだろう、僕の想像とは全然違う。
「シアム様、着きましたので、奥へどうぞ」
「あ、はい」
そんなこんなで案内されたのは、白いベッドが並んだ清潔に保たれた部屋。多分、恐らく、救護室。
見たところ、誰も利用してないみたいで、人の気配が全くない。
人がいたらいたで、色々アレだけどね。
一番奥のベッドに僕を座らせたレガートさん、背後に立つアルナさんを振り返り。
「アルナ、第三に連絡を頼む」
「はい」
「………」
「レガート様、シアム様、失礼いたします」
鋭い声に、一礼して素早く身を翻していくアルナさん。
えっとですね、どうして、そうなるのでございましょうか?
「あそこは実力はあるのだけど、自分たちが常識だと思っている節があってね。抗議を入れておかないと、色々とね」
「そう、ですか」
と、僕の視線を正確に把握したレガートは嘆く。
「申し訳ないね。本当にあの第三魔法師団、あそこは協調性が皆無でね、どの兵士団とも魔法師団とも仲が悪いんだよ」
「はあ……大変、ですね…」
つまり、こういうことが普段からあるわけだ。なるほどなるほど。
…やっぱり城怖い。
年中こういうことが起きてるだなんて、恐ろしや。
あ、でもフリギアみたいに人を騙して平然としてたり、人を勝手に囮にして命の危機に晒した挙句、反省すらしない人がいるぐらいだし、それぐらい物騒な場所でもおかしくないか。
レガートさんみたいに、優しい人もいるんだろうけど、きっとそれは極一部なんだろう、うん、そうだ、そうに違いない!
「……さん? シアムさん?」
「あ、はい! なんでしょうか!」
「ここなら他人は入ってこれません。少し休むといいですよ」
「えっ? ですけど」
心配そうなレガートさんの存在を忘れてた! 慌てて首を振ってみるも、やんわりと振り返される。
困った。何がなんだか分からない内に城まで来て、知らない人に魔法食らって、挙句城内で休めと言われて休めるほど、僕の神経図太くないし。
だからって、こんなところじゃ休めません、なんて言えるはずもない。
自然黙る僕へ、レガートさんは優しく続ける。
「心配しなくとも、フリギアたちが来たら起こしますよ」
「ええと、そういうわけじゃ…ってどうしてフリギアたちが来るって…?」
あれ? レガートさんにはフリギアのこと、一言も言ってない気がするんだけど?
言ってない、よね?
「クラヴィアから伝言があったからね。だから遠慮しないで」
「………」
ただの庶民が貴族様に勝てるはずもない。
それにしてもクラ…なんとかさんって誰だっけ? 何かどこかで聞いた気がするけど……どこだっけなあ…
考えながら靴を脱ぎ、やっぱりまだ傷が治ってないのを確認して凹みつつ。
恐る恐るベッドへ身体を横たえる。おお、なんかいい肌触り!
これは……あの棺桶に匹敵する! 素晴らしい!
「ベッドまでお借りして、すいません」
「いいえ。こちらこそ、ミノアが世話になったね」
「世話……なのかなあ」
今までの出来事を思い出そうと目を瞑れば、意識が落ちそうになって焦る。
いや、僕、ここで休むだけなのに、寝ちゃあ流石にまずいって!
なのに、なのに瞼が自然に落ちてくるんだけど…ね、寝そう。本当に、寝そう…
「気にせず休むといいよ。魔法を受けたこととは別で、疲労しているようだからね」
「です、けど……」
「遠慮せず」
レガートさんの声も遠い。
僕自身、気づかなかっただけで、大分疲れてたんだろうなあ。なんかもう、遠慮とかどうでも良くなってきたし。
色々あったし、こんな静かな場所で休んだのも久しぶりだし。
「じゃあ、少しだけ………おやすみ、なさい…」
「おやすみなさい」
最後に聞こえた声は、やっぱり優しかった。




