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第55話(謀)

「……あててて…」


 痛む胸を押さえて壁に背を預け、僕なんていなかったかのように悠然と立ち去るローブ姿を見送る。

 振り返ってもう一度魔法を展開されたらどうしよう、なんて思いながら。


「……はあ……っていたた…」


 でもって溜息吐くだけで全身が痛いデス。痺れは一瞬だったけど、まだなんか全身が痺れてるような感じで。

 綺麗で高そうな壁を汚したなあ、だなんて思いつつ、立ち上がる気力なんて無いからそのまま。


「平気?」

「なんとか……」


 我ながらだらしなく壁に凭れ掛かってると、珍しくミノアが思いやりを見せてくれたり。

 小さな掌が伸びてきて、魔法を食らった僕の胸に当てられる。大丈夫だから、と手を振ると。


 どうしてだか、杖を取り出してローブ集団の後姿に向けちゃうんだけどね!


「殺す?」

「い、いやいや僕平気だし! 雷系の魔法をくらっただけだし、加減されてたし!」


 慌てて手を振る速度を上げると…


 なんでか、今度は僕に杖を向けてくるんですけどね!


「死ぬ?」

「こんなところで物騒なこと言わないでっ?」


 ミノアならやりかねない、と杖を下ろそうとして身体を動かすと、全身に痺れが走る。足の怪我も治ってないのに、追加で負傷とか泣いて良いでしょうか?

 多分ちょっぴり涙っぽい何かが流れたような気がしたけど、ミノアが杖を引いてくれたのでよしとする。


「あてて…」


 それにしても……一片の容赦も無かったし、従者は人間じゃないってことなのかな? やっぱり、基本的にお貴族様は怖い。

 でもって無駄に顔を覚えられた気がするし。


 ああ、僕の平穏が! 僕の『小市民として一生を過ごす』っていう目標が!


「ううう…うっ?」


 兎にも角にも落ち着こうと深呼吸を繰り返していたら、目の前にミノアのものでない、大きな手が差し出されて驚いた。


「ん……」


 なんとなくじっくり眺めてみたり。割と綺麗な手で、お貴族様っぽいような、なんか紋章が入った指輪が嵌められてる手で。


「君! 大丈夫かいっ?」

「あ、はいっ! き、気にしないでください! ええ!」


 頭上からかけられた切羽詰ったような声に、二度同じことはしない、と、全力で断りを入れる。

 だけど手は差し出されたまま、動かない。なんか怖いんですけど!


「とても大丈夫に見えない。何か病気でも?」

「すいません、迷惑ですよね! 大丈夫です、よっと!」


 脂汗を流しながら、ここが城内ってことを思い出し。気合を入れて立ち上がる。

 途端よろめいて壁にぶつかったのは……見なかったことにしてクダサイ、だなんて。


「ど、どうもご迷惑を…あれ?」


 誤魔化し笑いをしつつ顔を前に戻すと、目の前に、どこかで見たような顔立ちの男性が。

 やっぱりお貴族様っぽくて、服もさっきのローブの人たちと似たような感じなんだけど…

 それでいて優しげな顔立ちで、僕のことを心配してるように見えるし、ミノアがその男性に引っ付いてるし。


 って…あれ? ミノア?


「え、ええと…ご心配かけました。すいません」


 疑問はとにかく、お礼を言っておかないと。

 これでまた何か難癖つけられたら、繊細な僕の心臓が物理的に持たない。絶対に持たない。

 結構本気で命の危機を感じて頭を下げて。伺うように男性を見上げると。


「やはり顔色が悪いですね。少し歩きますが、向こうに救護室があるので行きましょう」


 男性は眉を下げて磁石のように引っ付いてるミノアの頭を撫でた後、僕の腕を取る。

 思わず腕を引きそうになって、危うく留まる。


「い、いえ…その、ちょっと」

「脈も安定していない…」

「じ、持病! そう、ちょ、ちょっと人見知りがアレでソレなんで! 気にしないで下さい!」

「シアムは知らない人に魔法をもらったの」

「ちょっ? ミノアっ?」


 僕の素晴らしい思い付きを一瞬で駄目にしたのミノアサン。なんでこういう時だけ素直になるのかな!

 抗議の声に対しても、いつも通り反省の色なく不思議そうに僕を見て。いつもとは違って引っ付いてる男性を見上げる。


「あ、あれ?」


 普段なら、杖を取り出して…ってやるはずなのに。っていうかミノア、この人とやけに親しげだけど…一体どちら様?

 珍しいことに、男性に引っ付いたまま離れようとしないし。


「どんな人間で、どんな魔法を?」


 男性はミノアの頭を撫でながら、鉄壁無表情のミノアに対して慣れた様子で問いかける。

 はて? もしかしなくても、ミノアの知り合い、なのかな?


「変なローブを着たの。雷撃」

「へんって…ミノア、もう少し、こう…」


 あの男に見覚えが無いっていうのは分かってたけどさ、変なローブって……アレ、魔法師の正装じゃないの?


 果たして城の人間を変と断じたミノアへ怒るのかと思えば、男性は気にした様子もなく廊下の先へと、男が消えていった方向に顔を向ける。

 その顔は一転して一切の感情が分からない無表情で、どこか見覚えがあるような、ないような。


「…第三が任務で出たはず……そうか、彼らか」

「い、いえ違います! 別に何もなかったんで! ええ、本当に!」


 持病で倒れそうになっただけ、という雰囲気を前面に出してみたら、やっぱり腕を引っ張られたり。

 一体なんでございましょうか? と聞き返す間もなく、強引に僕の腕を取った男性は微笑む。


「ああ、すまないね。まずは落ち着ける場所へ移動しよう」

「ぼ、僕らのことは気にしないで、ええと結構ですので」


 ま、まずい!


 これ以上何か起きたら、何か起こしたら、絶対なんか主にフリギアとかに怒られる!

 だけども男性は、僕の腕をやんわりと、かつ強引に引っ張っていくし!


「あああ…ううう…」


 もうコレどうすればいいのさ。反射的に味方を探して、迷いに彷徨った視線はミノアへ。

 って、でもミノアの場合、僕に杖向けて…って指だ。ミノアが僕に指を向けてる! 杖じゃない! おお!


「シアム。兄様」

「ん? 何?」


 ちょっと感動してると、これまた僕の予想とは全然違う言葉を放ったミノア。

 男性に引っ付いたままのミノアは、聞き返す僕を見て、もう一度口を開けて。


「シアム。レガート兄様」

「……………え?」

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